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49.どうやらお怒りの様子です
しおりを挟むついでにマクベスに地下にある転移の魔法陣を教えて、そのままそこから転移した。夕方までに戻ると言ったからには、約束は守らないとダメだろう。
さすがにエディエットも自分のせいでセシルが罰を受けたのでは可哀想だとは思う。帝国の皇城にはいくつか転移門がある。騎士団が主に使うもの、登城する貴族が使うもの、それと皇帝専用のもの。
さすがに皇帝専用のものを使うと、到着した途端にアラムハルトと遭遇してしまう可能性がある。かと言って登城する貴族が使うものでは、見張りの騎士に見つかるし、騎士団のものでは尚更だ。そう考えて一番安全だとエディエットが考えたのは後宮のものだった。後宮の奥まった場所にあり、見張りの騎士も立ってはいない。何より使える権限があるのは皇帝とその妻だけなのだ。
エディエットは何食わぬ顔で後宮を通り抜け、門番に軽く挨拶をして正殿宮へと戻って行った。後宮から正殿宮への道のりは大した距離もなくエディエットが、一人で歩いてもなんの不思議はない廊下だった。
そうして何食わぬ顔で自室の扉を開けてしまえば、護衛の騎士が驚いた顔でエディエットを見つめてきた。
「第二妃夫人、お出かけをしていらしたのですか?」
「ちょっと散歩してきただけだ」
ぶっきらぼうに答えれば、騎士たちは何も言わずエディエットをただ見るだけで、セシルが慌ててエディエットに上着をかける。
「第二妃夫人、そんな薄着のままで」
昼頃にふらりと出ていったけど、今はもう日が傾いて気温が随分と下がっている。昼間が暖かいから、夜の冷え込みはだいぶ強い。それでも何とか約束の夕方までには戻ってきたからよしとしよう。
エディエットはセシルに強制的に風呂に入れられてしまった。転移の魔法陣で出かけて行ったから、出ていくところは見られてはいないけれど、実際エディエットがどこに立ち寄ったのかセシルは知らない。だから、アラムハルトが来る前にエディエットから外の匂いを消しておく必要があるのだ。
「特に御髪は念入りに洗いなさい」
セシルが珍しく湯殿に入って指示を出す。普段よりも念入りに泡立てられて、何度も湯をかけられたエディエットはだいぶうんざりとした表情をしていた。それでも、セシルの不安は解消されない。いつもより時間をかけてエディエットの体を香油を使ってマッサージまで施したのだ。
さすがにエディエットも断ることが出来ずに、大人しくして、風呂上がりにはやたらとハーブのキツい水も残さず飲んだ。
そうしてようやく落ち着いてソファーに座った頃、空の色は茜色から藍色へと変化し始めていた。大きな窓から空の様子を眺めつつ、エディエットはポーチの中から星型の灯りを取り出した。この時間に明かりを灯せば、なんとも幻想的な雰囲気が醸し出される。
エディエットは人の頭ほどの大きさがあるその灯りをぼんやりと眺めていた。
「皇帝陛下がお戻りになられました」
セシルがいつもの通りにアラムハルトが正殿宮に帰ってきたことをエディエットに伝える。正殿宮は皇帝の住まいであるから、お渡りではなくお戻りだ。ぼんやりとしていたエディエットは、手にしていた星型の灯りを腰のポーチにしまった。
そうして顔を上げた時、何故かアラムハルトが目の前に立っていた。いつもなら脱いでいる公務用の上着を何故か身につけたままだ。いつもとは違うアラムハルトにエディエットは何度か瞼を瞬かせた。
「何をしまった?」
「 え?」
唐突に問われた言葉にエディエットは戸惑った。いつもなら、エディエットが何をしていようが聞くことなどないと言うのに。
「出しなさい」
立ったまま、威圧的な面持ちでアラムハルトが告げる。だが、エディエットは腰のポーチに手をかける素振りは見せない。ただ黙ってアラムハルトを見つめる。
「今日は何処へ行っていた。答えなさい」
反応しないエディエットに、アラムハルトは続けて問う。
今日、エディエットは休みだ。起きてそのように伝えたはずだ。転移の魔法陣で外に出たから、城の門番はおろか、エディエット付きの護衛騎士にも見られてはいなかった。
なのに、なぜ?
「答えなさい。私に黙って何処へ行っていた」
アラムハルトの言い方から、問いかけているのでは無いことが分かる。分かるからこそ、エディエットは答えない。ただじっとアラムハルトの顔を見つめる。
「答えなさい。どこに行って誰に会っていたのか」
アラムハルトの口ぶりは、全て知っているかのようだ。だからこそ、エディエットはアラムハルトを見つめて考える。けれど答えが見つからない。
「ディ、外出する時は必ず護衛の騎士をつける約束だったはずだ。それに、私に許可なく外出をしてはいけないと言った」
アラムハルトが立ったまま威圧的な物言いをするから、エディエットは思わず睨み返していた。
「そんなこと、契約書には書いてなかった」
エディエットはそう言い放つと、ソファーから立ち上がった。今日は休みだ。アラムハルトの相手をするつもりは無い。
「待ちなさい。話は終わっていない」
「待たない。今日は休みだ。お前の相手はしない」
そのままアラムハルトを見ずに歩き出す。閨ではなく逆の方向。確か庭の向こうに離れがあった。今は使われていないから、無人であるはずだ。閨でなければ魔法が使えるから、そこに鍵をかけて結界でも張れば明日の朝まで一人で過ごせるだろう。幸い、グラハム領の邸から寝台を持ってきている。寝るだけなら不自由はしないはずだ。
「待ちなさい」
アラムハルトが手を伸ばしてきたから、エディエットは咄嗟にその手を払い除けた。とにかく今日は休みなのだ。
だが、アラムハルトはそれを許さなかった。魔法でエディエットを押さえつけたのだ。突然床に倒されてエディエットは驚愕の目でアラムハルトを見る。しかし、魔法ならエディエットも引けを取らない。直ぐに弾き返し立ち上がろうとした。
けれど上半身を起こした時、目の前に剣先があった。抵抗したエディエットに苛立ったアラムハルトが剣を抜いたのだ。
「答えなさい。今日、誰にあったのだ」
エディエットが答えないでいると、目の前の剣先が下に動き喉元にあてられた。それでも、エディエットは答えなかった。
「契約書にはそんなこと書いてなかった」
「契約書?」
アラムハルトの片眉が少し上がった。質問に答えないエディエットが、口にした言葉を不審がる。
「俺がどこに行こうと勝手だろう。お前に外出の許可を貰わないといけないなんて書いてはいなかった」
突きつけられた剣先を気にもとめず、エディエットは立ち上がった。
「今日は休みだ。話があるなら明日にしろ」
エディエットはそう言い捨ててアラムハルト偽を向けようとした。その時、耳元で空を切る音がして何か黒いものが床に散った。
(切った?俺の髪を切ったのか?)
床に散った細く黒いものをエディエットは眺めた。まばらに散る細かいものは間違いなく髪の毛で、それはどう考えてもエディエットのものだった。
「答えなさい。今日は何処に行って誰と会っていたのか」
相変わらずアラムハルトは抑揚のない声で問う。だが、ウルゼンにいた頃何度も命を狙われてきたエディエットからすれば、この程度のことは大したことでは無い。剣術を習っていなかったエディエットには、何度も刺客が送られてきたからだ。剣先が自分の頬を掠めたのは一度や二度では無い。
色々な方面で命を狙われてきたからこそ、エディエットは無意識で自分の体に防御魔法を張っているのだ。だから、今回も髪は切れたがエディエットを傷付けることは無い。
「その話は明日だ」
エディエットは真底面倒くさそうに告げると、アラムハルトに背を向けた。
「待ちなさい」
アラムハルトの声がして、続いてエディエットの体に衝撃がやってきた。
「なっ」
完全に油断していたエディエットの体に、衝撃がきた。普段から魔法で防御をしてはいる。だから、衝撃は受け止めたけれど、自分の体にあてられた剣を見てエディエットはため息をついた。
「用済みということか」
剣が体に当たったところで防御の魔法が発動しているから傷つくことは無い。だが、衝撃はあった。それはつまり、アラムハルトが寸止めをしなかったということだ。
「どういう意味だ」
「新しいのが見つかったか?俺との契約を破棄するんだろう?それとも、面倒だから切り捨てるということか」
エディエットが吐き捨てるように言えば、アラムハルトは眉根を寄せる。
「まぁ、使い潰される寄りはましだが、それでも死に様は自分で選びたいからな」
刀身は細いがそれでも両刃であればどう当たってもエディエットの体を傷付けることは確実で、それを寸止めせずに来たのだからそう言うことなのだろう。
「さすがは皇帝陛下の剣だな」
エディエットも剣は持っているが、鞘から抜いたことはほとんどない。立太子した時に国王である父から賜ったものだが、本当に切れるのかは疑問しかない代物だ。それに引替え、アラムハルトの持つ剣は鈍い光を放ちよく手入れがされていた。突いても払っても確実に相手に傷を負わせることができるだろう。
そんな剣を抜いてエディエットに叩きつけてきたということは、そういうことなのだとエディエットは理解したのだ。だから、話すことなどない。
「待ちなさいと言っている」
変わらずアラムハルトは抑揚のない声で告げる。だが、エディエットはその声を無視して踵を返した。切り捨てられるぐらいなら、契約を破棄された方がましだ。明日、契約書を確認して宰相の前で破棄すればいい。
「今日話すことは無い。明日にしてくれ」
振り返らずにエディエットが告げると、背後から強い風の音がした。それに気付いてエディエットが身構えるより早く、アラムハルトの剣がエディエットを薙ぎ払っていた。
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