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42.事後報告でも構わない

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 フィナには日が沈むまでに帰らないと皇帝に怒られるのです。と説明をした。時間の話をしても上手く伝わらないのは分かっているから、いつもフィナにはそうやって説明してきた。だから今回もそう話せばフィナはニッコリと微笑んで送り出してくれた。
 アシュタイ国の城の中にある執務室には何人かお仕着せを着ている男が書類を書いていた。見た目では分かりにくいが帝国から来た者たちだろう。

「少し、いいかな?」

 エディエットが、声をかけたことで一斉に顔を上げた。そうしてエディエットの衣装を見て直ぐに背筋を正した。

「こちらがリッツ・アレルド。死亡した内務大臣の息子だよ。俺と一緒にこちらに帰ってきた。ここ度王女フィナを下賜され皇帝陛下より新しい内務大臣に任命された。よろしく頼む」

 エディエットに言われリッツが頭を下げて挨拶をする。ここに帰ってきた時に見た顔がチラホラ見えるが、正しく正体を明かして挨拶した訳では無い。今初めてリッツ・アレルドとして顔見せをしたのだ。内務大臣としてのお仕着せは皇帝陛下よりの賜り物だ。国として自力で色々と機能できない状態であるのだから、属国化はやむを得ない。
 帝国としても支配したいほどの魅力がなければ、後宮の女が欲しいとも思わなかっただけだ。何しろ
 皇帝陛下が欲したのはアシュタイ国の王女ではなく、その子であったのだから。
 諸々の事情を理解している帝国から派遣された役人たちは、言われた通りに仕事をこなすだけ。アシュタイ国を復興させるために働いている訳では無い。ただ国として機能させるためにいるだけなのだ。
 国の方向性の舵取りを任されたリッツは、フィナのために働くのでは無い。グラハム領の邸で出会ったアシュタイ国から逃れてきた彼女らを知っているからこそ、住みやすい国を作らなくてはならないのだ。

「リッツ   いや、リズ」
「はい、なんでしょう」
「母上を   いや、フィナ王女を頼んだよ」
「賜りました」

 リッツが拳を胸にあて片膝を着いた。エディエットは腰のポーチから剣を取り出すと鞘から抜いて刃をリッツの肩にのせる。
 
 それ以上言葉を紡ぐことなくエディエットはリッツに背を向け歩き出した。文箱をもった侍従が後に続き、転移門から姿を消した。


――――――――――

「土産だよ」

 エディエットが気軽に菓子の入った箱を宰相の前に出すと、返答に困った宰相は曖昧な微笑みを浮かべて受け取った。目線に入れないようにしてはいるが、あちらで皇帝が不機嫌な顔をしているのがわかる。ただ、この場で一番困った顔をしているのはエディエットに連れ回された侍従だろう。

「随分と遅かったな」

 案の定、普段より幾分低い声がした。この部屋に置いて一番発言権の強い皇帝陛下たるアラムハルトが、時計を見つめている。その声を聞いただけで侍従は背筋をただしアラムハルトの方を真っ直ぐに向き、直立不当で弁解をする。

「も、うしわけございませんっ。第二妃夫人が領地にも立ち寄ると仰られたものですから」

 そういうや否やものすごい勢いで頭を下げた。文箱を持ったままだから、それはもうぎこちのないブリキの人形のように見える。

「領地、に?」

 アラムハルトが、形の良い眉を片方だけ軽くあげた。そうして目線をエディエットに向ける。だが、エディエットはそんなアラムハルトを見ても表情ひとつ変えることは無い。むしろ、

「リズに書簡を届けて、マクベスにないのはおかしいだろう」

 そう言い放ち、アラムハルトの前に立つ。腰のポーチから例のものを取り出すと、書類の上に転がした。

「コレの有効活用をしたまでだ。    さて、皇帝陛下はコレをどう使う?」

 視線だけをゆっくりと置かれたものに移すと、アラムハルトの眉が今度は中央による。それが何か理解したところで、侍従のように無様な態度をとることは無い。

「良く持ち出せたものだな」

 ひとつをつまみじっくりと眺めるように確認をする。確かに間違いなく玉璽である。

「この魔力の波動は間違いなくウルゼン国のもの……どういうことだ?」
「三つも?」

 宰相が素早く駆け寄り机の上のものを確認し、アラムハルトの手の中のものの魔力を確認した。

「国王、王太子、王妃……って、なぜ?」

 宰相は目を見開いてエディエットを見た。確かに、エディエットはウルゼン国の王太子であった。数年前に皇帝アラムハルトの即位の際に国王の名代で来た時のことを覚えている。

「そりゃあ、母上は字が読めないし書けなかったからね。リズは侍女だから、代筆は出来ない。魔法がかかっているから玉璽を押すことも出来ない。王族の血が流れていることが条件だから、俺なら押せる。で、あのスタンピードのおかげで国王が倒れたから国王の分まで俺が仕事をさせられていた。というわけだ」
「なるほど」

 アラムハルトはエディエットの話を聞きながら、手のひらの中で、三つの玉璽を転がしていた。手にすることは出来ても、ウルゼン国の王族の血が流れていなければ押すことは出来ない。

「グラハム辺境伯の領地の引き継ぎをきちんと書類で残してきた。今日からマクベス・グラハムが領主となりあの地を治める。そして   コレ」

 エディエットは一枚の書類をアラムハルトの前に出した。

「なんだ?」

 アラムハルトはつまみ上げてその書類に目を通す。

「ふっ   なるほどな」

 読み終わるとそのまま宰相に手渡した。宰相は書類に目を通すと、ゴクリと唾を飲み込んだ。

「あのおバカさんたちは気づいてもいないのだろう。だからまずはこの書類に押印して送り付けてやろうと思うんだけど……どうかな?」
「とても必要な事だ」

 アラムハルトが答えれば、宰相も頷いた。自分たちのことしか見えていないあのおバカな連中は、エディエットとフィナが勝手にいなくなってくれたことを素直に喜んでいることだろう。だから、あまりにも綺麗に片付けられた後宮を見て、手間が省けたぐらいにしか思っていないのだ。
 少しでも思慮が及んだのなら、誰かがグラハム領に確認をしに来ていたはずだ。だが未だに誰も来てはいない。

「こちらの書類ですが、少し手直しをしても?」
「ああ、構わない。グラハム領がもうウルゼン国の領地でないことが伝わればいい。    で、国王の玉璽が使われていることに気づかせられればそれでいい」

 あちこち移動して、普段よりたくさん歩いたから、エディエットは疲れていた。城の中を歩くのと、外を歩くのでは勝手が違う。オマケに外出用のお仕着せは重装備で重たかった。

「じゃあ後はよろしく」

 玉璽は渡したし、報告もしたからエディエットのお仕事はおしまいだ。報告書を書くのは侍従の仕事だろう。

「待ちなさい」

 慌ててアラムハルトが立ち上がりエディエットを停めたけれど、

「じゃあ、待ってる」

 エディエットは笑顔で振り返りそう言うといなくなってしまった。それを暫し眺めたあと、侍従は慌てて文箱を宰相の前に出す。

「す、直ぐに、報告書を書きますのでっ」

 頭を深々と下げてエディエットが、消えたばかりの扉から慌てて出ていった。アラムハルトは立ったままだ。

「座られてはいかがです?」

 文箱を持ったままの宰相がボソリと告げた。

「まっ     まっ     待って、る。と」
「座って仕事を片付けて下さいね。待たせては可愛そうですよ」

 アラムハルトは慌てて座ると、急いで残りの書類を片付けるのであった。
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