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41.それぞれの確執と未来の話 その4
しおりを挟む「ひぃーーーーーーーーーーー!」
耳をつんざくような悲鳴を上げたのは、誰あろうエディエットの侍従である。
ずっと大人しく黙って置物の様に座っていたのだが、さすがに耐えきれなくて声が出たのだ。しかも悲鳴だ。
「そっ、そ、そ、そ、そ、そ、それっ!」
しかも困ったことに指までさしてきた。侍従としてこれは大変いただけない。
「これ?」
ご丁寧にエディエットまで手のひらのものを指さす始末だ。
「そっうですっ!」
侍従はエディエットの手のひらの中をじっくりと見て、それからリッツが手にしている羊皮紙を見た。そうして、ゴクリと唾を飲み込むと、ゆっくりと口を開いた。
「予備の紙があるかと聞かれたのはまさか?」
「うん?」
エディエットはイタズラの見つかった子どものような笑顔を侍従に向ける。けれど答えは返ってこない。いや、この場合返ってこなくていい。むしろ聞きたくなどない。
「大丈夫だよ、リッツ。母上は何も知らないのだろう?だったらそれでいいじゃないか。二十年もの間大切に閉じ込めて世話をしてきたのは誰?俺は見たから口にするけれど、ウルゼンの王族譜から正妃フィナの名前は消されていたよ?だからリッツに下賜されたのだよね?」
順番が逆である。
事実があったから、それに沿った書簡をエディエットが作りあげた。たとえ王族譜から抹消されても、王族の血は消せない。だから国王の玉璽をエディエットは使えてしまうのだ。魔法が施されているから、王族の正当な血筋がなければ持つことさえ叶わない玉璽である。
しかも使えたということは、施された魔法は未だエディエットが正当な持ち主と認識しているからにほかならない。
「でも、こっちの皇帝の書簡のとおり、アシュタイ国の王政は廃止だ。これからは内務大臣が政治を行い、軍務大臣が防衛を取り仕切る。新しい軍務大臣は帝国から派遣されるから、少し待ってもらう」
リッツは静かに頭を下げた。
「だから、死亡した内務大臣の息子であるお前が新しい内務大臣だ。王女フィナが妻に据えられたのだから王政を望む連中も多少は大人しくするだろう」
そうして顔を上げたリッツは、先程までの不安に揺らいだ瞳はしていなかった。
「畏まりました。エディ様。 いえ、第二妃夫人殿。このリッツ、精一杯努めさせて頂きます」
誇らしげに左腕をエディエットの前にだし、言葉を紡ぐ。自分の身分を明かしての宣言は忠誠も意味する。それはそう、今までずっと偽り続けた侍女であったけれど、今からは正しく真摯に仕えるのだ。
「母上のことは任せたよ。 もう、お前のものだから、ね。今まで通りよろしく頼むよ」
エディエットはそう言うと、立ち上がりフィナの元に行った。そうして正面に立つ。
『母上、ご挨拶させていただきます』
『あら?なぁに』
こちらになんの関心もなかったらしいフィナは、声をかけられようやく顔を上げだ。ゆっくりと食べていたのだろう、皿の菓子はまだ半分ほど残っている。手にしているのはおそらく詩集の類で、高貴な子女のために魔法で読み上げ機能がついているものだった。フィナが軽くページに触れると声が止まった。
余程お気に入りの詩集なのか、フィナの顔は春の日差しの中の少女のように朗らかだ。
『まずはこちらをご覧ください』
エディエットは左肩の手袋を捲り肘まで下げた。そこに記されている最初は【アシュタイ国王女フィナの子】そして【ウルゼン国国王イサァークの子】
フィナの目線はその先に記された言葉で止まった。
『あら、あら、まぁ……』
そうして少女のように頬を赤らめるとエディエットを見つめて微笑み、祝福の言葉を述べた。エディエットはそれに対して礼をいい、改めてフィナの左肩の文字を読んだ。ものを知らないフィナではあるが、幼い頃から帝国についてはよく聞かされていたから知っていた。とても大きくて強い国なのだと。
だから、その帝国の皇帝の何かになったエディエットは、すごい人になったのだ。だからフィナは単純に嬉しかった。
『母上、俺は皇帝に与えられたお役目が忙しくあまり会いに来ることが出来なくなります。けれど、母上は今まで通り過ごしてくださいね』
『……そうなのね?分かったわ』
愛らしく微笑んで返事をするフィナをエディエットは見つめた。いつまでたってもフィナの愛くるしさは代わり映えがしない。そしてまた、世話をするリッツも同じ姿だとエディエットは思う。
(魔法、か)
グラハムの領地に来て少したった辺りから気がついてはいた。リズが着ている物を変えていることに。完全なものでは無いが、アシュタイの衣装に似た作りのものを着ていた。ウルゼンの後宮を出たことにより魔法の力が及ばなくなったからなのだろう。それはおそらくフィナも同様のはずだ。
目録を読んだから知っている。部屋の隅に置かれていたあの香炉だ。少し独特な香りのするお香が焚かれていた。グラハム領に来てからは焚かれているのを見たことがない。つまりはリズが意図的に使うのをやめたということだ。
「リッツ、俺が思うに最近母上もお前も急に歳をとった気がする」
「そう、でしょうか?」
指摘したところで、リッツは軽く片方の口の端を持ち上げて笑うだけだった。リッツも目録の内容を覚えていて隠すつもりはなさそうだった。
「ウルゼンの後宮を出てから色々大変だったのだろう?けれどこれからの方が色々と辛いこともあるかと思う。 それでも、母上をよろしく頼んだよ」
「もったいないお言葉です」
リッツはそう答えて胸に拳を当てた。
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