24 / 68
24.婚姻という名の契約
しおりを挟む砦の街の転移門はさほど大きくはないのだが、魔力量のある者が操作すれば騎馬ごとの転移が可能だ。
「風魔法で駆け抜けるのとどちらがいい?」
「アシュタイ側の門を確認させろ。通行料に警備体制など、まだ決めていないのだぞ」
「なるほど、それでこそ私の妻に相応しい」
アラムハルトが騎馬を駆けさせれば、騎士たちの騎馬も追随してきた。どうやらアラムハルトの騎士たちは魔力に長けているようだ。
「くっ……っう」
横抱きにされた状態で、風魔法を使って疾走する馬上でエディエットは苦戦していた。なにしろ揺れる。アラムハルトが、一応はシールドを張っているようだが、馬に横抱きで乗るなんて、なれない体勢を強いられているエディエットは、不本意ながらアラムハルトに、しがみつくしか無かった。
「私の妻は積極的だ」
「ふざけるな」
無理やりかぶらされたベールのおかげで顔が近くても遮るものがあるのはありがたい。エディエットはベールで遮られていることを免罪符にアラムハルトの胸に顔を押し付けた。
「何故また、ベールで顔を隠すのだ?」
「ふざけるな。こんな装飾だらけの服に顔を直接つけたら痛いに決まっている」
「化粧がつくことに対してなら問題は無いが?」
「は?誰が化粧などしているものか」
エディエットが顔を上げた時、ちょうどアシュタイ側の門に到着した。振動も何も無くなったので、エディエットはアラムハルトから体を離し、騎馬から飛び降りた。
「危ないだろう」
アラムハルトが慌てて後を追う。
「ここを開通させるつもりがあるのか?」
「なぜ、私に聞く?」
「俺の領地が欲しいのでは無いのか?」
エディエットはベールを上げ、改めてアラムハルトを見た。エディエットを見るアラムハルトの目には、企みごとの気配が見当たらない。
「言ったであろう?私が欲しいのはお前だ」
「妻にすれば俺の持つ全てが手に入るな」
エディエットは皮肉気味に笑って見せた。
「まだ開通させないとしても、不審者のねぐらにされても困る。警備はしてもらおう」
「分かった。ご希望に沿うようにしよう」
そんなことを言って、アラムハルトがエディエットの手を取ろうとしたので、エディエットはすぐさま振り払った。
「馴れ馴れしく触るな」
「つれないな私の妻は」
「まだなってはいない」
2人のやり取りは大勢の騎士が見守る中行われているのだが、帝国の皇帝たるアラムハルトの手をエディエットが無下に払っても、騎士たちはピクリとも動かなかった。なぜなら皇帝であるアラムハルトからの命令がなかったからだ。
それに、騎士たちは事前に知らされていたのである。「求婚しに行くからついてまいれ」と。
――――――――――――
そうしてようやく着いたと思ったら、アラムハルトはエディエットを早々に執務室に連れ込んだ。そこには皇帝の片腕たる宰相が待ち構えており、結婚誓約書を準備していた。
「お待ちしておりました」
宰相は恭しく頭を下げるが、エディエットは胡散臭いものを見る目で返した。そして、事務机の上に並べられた結婚誓約書を手に取った。
「……領地の自治権、俺の開発品の使用料、妃としての予算……ふむ、悪くは無いな」
ひと通り読み終えて、エディエットは納得したらしい。
「それで?チールド帝国皇帝には正妃がいると聞いているが、間違いないか?」
「そうだ」
「それなのに俺を妻にする。と?」
「第二妃夫人だ。お前の国の言葉で言うと側妃という言葉が近いかもしれないが……」
「だいぶ違うな。第二夫人は子をなさない。社交と金銭管理を主にする奥方のことだろう?正妃、いわゆる本妻は子を成すのだったな」
「そうだ」
「ふん。我が母を知りながらからかうような事を口にするな。第二夫人とは名ばかりで、大抵の高位貴族は男を据える」
「…………」
「それが、役割だ。子を成す女と家を守る男。こちらの国々ならではの風習だったな」
第二夫人の役割を知っているエディエットからすれば、典型的な政略結婚という構図しか見えてこない。
「魔獣の森は資源豊だからな。俺が作った街道を利用したいのだろう?俺だってあのおつむの緩い連中にくれてやるのは我慢ならないからな。帝国の一部にされるのは気が進まないが、第二妃夫人としてなら高待遇だな」
「では、この結婚誓約書に署名頂けると?」
宰相が探るような目でエディエットを見た。
「予算がいささか少ない気がするが、女と違って衣装にこだわりはしないし、公には姿を見せる必要がないから、まぁ、いいだろう」
エディエットは改めて金額を確認した。ウルゼンで書類仕事をしていた時に何度も目にしていたが、第二王子の生母セレーヌの衣装費は馬鹿みたいな金額だった。その分エディエットの生母であるフィナの衣装費は少なかった。
「よいのだな?」
「ふん、ここまで連れ込まれて拒否など出来ないだろうに」
エディエットはそう言って結婚誓約書をアラムハルトに突き出した。
「では、署名しようではないか」
アラムハルトは事務机の椅子に座り、宰相が用意したペンを持ち署名をした。それに続き、エディエットも椅子に座り署名をした。
「これであんたの負担が軽減されるわけだ」
「左様で。有難く存じます」
宰相は恭しく書類をトレーに載せると、執務室を後にした。
「さて、あちらの会議室に大臣連中が集まっているのだかな」
「なるほど、あいにくだか俺は礼服など持ち合わせてはいない。そう領地でも話したはずだが?」
エディエットが皮肉混じりにそう言うと、アラムハルトは黙って執務室の奥にある扉を開いた。鍵のかかったその扉のなかは棚になっており、重要な書類などがしまわれているようだった。
「これだ」
アラムハルトが大きな箱を取り出して、エディエットの前に置く。
「なんだ?」
訝しげに問えば、アラムハルトは嬉しそうに箱を開いた。
「………………ふざけるな」
箱の中には白を基調として仕立てられた礼服が納められていた。
13
お気に入りに追加
279
あなたにおすすめの小説
愛されない皇妃~最強の母になります!~
椿蛍
ファンタジー
愛されない皇妃『ユリアナ』
やがて、皇帝に愛される寵妃『クリスティナ』にすべてを奪われる運命にある。
夫も子どもも――そして、皇妃の地位。
最後は嫉妬に狂いクリスティナを殺そうとした罪によって処刑されてしまう。
けれど、そこからが問題だ。
皇帝一家は人々を虐げ、『悪逆皇帝一家』と呼ばれるようになる。
そして、最後は大魔女に悪い皇帝一家が討伐されて終わるのだけど……
皇帝一家を倒した大魔女。
大魔女の私が、皇妃になるなんて、どういうこと!?
※表紙は作成者様からお借りしてます。
※他サイト様に掲載しております。
ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?
音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。
役に立たないから出ていけ?
わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます!
さようなら!
5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!
ちっちゃくなった俺の異世界攻略
鮨海
ファンタジー
あるとき神の采配により異世界へ行くことを決意した高校生の大輝は……ちっちゃくなってしまっていた!
精霊と神様からの贈り物、そして大輝の力が試される異世界の大冒険?が幕を開ける!
収容所生まれの転生幼女は、囚人達と楽しく暮らしたい
三園 七詩
ファンタジー
旧題:収容所生まれの転生幼女は囚人達に溺愛されてますので幸せです
無実の罪で幽閉されたメアリーから生まれた子供は不幸な生い立ちにも関わらず囚人達に溺愛されて幸せに過ごしていた…そんなある時ふとした拍子に前世の記憶を思い出す!
無実の罪で不幸な最後を迎えた母の為!優しくしてくれた囚人達の為に自分頑張ります!
推しの完璧超人お兄様になっちゃった
紫 もくれん
BL
『君の心臓にたどりつけたら』というゲーム。体が弱くて一生の大半をベットの上で過ごした僕が命を賭けてやり込んだゲーム。
そのクラウス・フォン・シルヴェスターという推しの大好きな完璧超人兄貴に成り代わってしまった。
ずっと好きで好きでたまらなかった推し。その推しに好かれるためならなんだってできるよ。
そんなBLゲーム世界で生きる僕のお話。
魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました
タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。
クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。
死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。
「ここは天国ではなく魔界です」
天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。
「至上様、私に接吻を」
「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」
何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?
身代わりになって推しの思い出の中で永遠になりたいんです!
冨士原のもち
BL
桜舞う王立学院の入学式、ヤマトはカイユー王子を見てここが前世でやったゲームの世界だと気付く。ヤマトが一番好きなキャラであるカイユー王子は、ゲーム内では非業の死を遂げる。
「そうだ!カイユーを助けて死んだら、忘れられない恩人として永遠になれるんじゃないか?」
前世の死に際のせいで人間不信と恋愛不信を拗らせていたヤマトは、推しの心の中で永遠になるために身代わりになろうと決意した。しかし、カイユー王子はゲームの時の印象と違っていて……
演技チャラ男攻め×美人人間不信受け
※最終的にはハッピーエンドです
※何かしら地雷のある方にはお勧めしません
※ムーンライトノベルズにも投稿しています
期待外れの後妻だったはずですが、なぜか溺愛されています
ぽんちゃん
BL
病弱な義弟がいじめられている現場を目撃したフラヴィオは、カッとなって手を出していた。
謹慎することになったが、なぜかそれから調子が悪くなり、ベッドの住人に……。
五年ほどで体調が回復したものの、その間にとんでもない噂を流されていた。
剣の腕を磨いていた異母弟ミゲルが、学園の剣術大会で優勝。
加えて筋肉隆々のマッチョになっていたことにより、フラヴィオはさらに屈強な大男だと勘違いされていたのだ。
そしてフラヴィオが殴った相手は、ミゲルが一度も勝てたことのない相手。
次期騎士団長として注目を浴びているため、そんな強者を倒したフラヴィオは、手に負えない野蛮な男だと思われていた。
一方、偽りの噂を耳にした強面公爵の母親。
妻に強さを求める息子にぴったりの相手だと、後妻にならないかと持ちかけていた。
我が子に爵位を継いで欲しいフラヴィオの義母は快諾し、冷遇確定の地へと前妻の子を送り出す。
こうして青春を謳歌することもできず、引きこもりになっていたフラヴィオは、国民から恐れられている戦場の鬼神の後妻として嫁ぐことになるのだが――。
同性婚が当たり前の世界。
女性も登場しますが、恋愛には発展しません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる