【完結】廃嫡された王太子は沼にハマったようです

久乃り

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5.とりあえず逃げきれた?

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 使い捨ての転移の魔法陣の到着先は、一度は訪れたところに限る。未踏の地には設定できない。今回は荷馬車毎であったから、随分と大きな魔法陣を描いたけれど、一人ならもっと小さく素早く描けたわけだ。
 エディエットは目的の地の転移門に正しく到着したことを確認して安堵した。以前と変わらない無機質な石造りの床に壁、そして明り取りのための窓には太い鉄の棒がはめ込まれている。転移門がこのようなつけりになっているほどに、この地は堅実を求められるのだ。

「砦の街南」

 壁に取り付けられたプレートを見て思わず声に出してしまった。けれど、それに返事をするものはいない。エディエットは荷台に布をかけ転移門の扉を開けた。

「こんにちは」
「ああ、こんにちは」

 一応は街の入口にもなるところなので、門番が立っていた。ただ、転移門を使えるわけだから特に警戒はされない。

「相変わらず静かなところですね」
「特に娯楽は無いですからねぇ」

 門番とたわいのない言葉を交わして、エディエットは手網を握った。行先は決まっている。
 随分と昔に国王が王妃である母にプレゼントした屋敷だ。幼い頃に何度か来たことがある。
 街中の石畳の道をゆっくりと進めば、その屋敷にはすぐに着いた。簡素な街には不釣り合いな程に大きな屋敷である。しっかりと施錠された門の鍵を魔法で開けると、ゆっくりと開いた。

「貰ったものだから、問題は無いんだな」

 そんな独り言を言って、エディエットは門の中に入っていく。もちろん、エディエットの乗った荷馬車が入れば、門は勝手に閉まるのだ。

「うん、ちゃんと機能しているね」

 エディエットは幼い頃に自分が施した魔法が未だに機能していることに感心しながら馬を歩かせた。もちろん、街の人々は何年かぶりに開いた屋敷の門に驚いた。慌てて砦の警備兵の所に報告に行く。もちろん、そんなことはエディエットにとってどうでもいい事だった。

「母上はここの部屋かな?」

 幼い頃の思い出のままの部屋を見てエディエットは少し懐かしく思った。長らく魔法で閉じていた空間だからチリやホコリなどは無い。けれど、空気も動いていなかったからなんだか重苦しい。

「リズ、起きて」

 袋から出してソファーに座らせた侍女に声をかけると、リズはゆっくりとまぶたを開けて、エディエットを見た。

「おはようございます。エディエット様」
「おはようリズ。今日からエディと呼んで?」
「賜りました」

 もう、エディエットは王太子では無い。住まいである王城を追い出される前に逃げ出してきたのだ。家財道具一式を持ち出して。
 王太子とその婚約者のお披露目で賑わう王都をこっそりと出てきたから、明日の朝になれば大騒ぎだろう。今日は一日お祭り騒ぎで、誰も後宮になんか戻ってきやしないのだ。
 もしかすると、明日の朝から移り住む第二王子の生母であるセレーヌのために、大掃除をするよう命じられた者たちが、もぬけの殻の王妃の部屋を見て大騒ぎをしているかもしれない。いや、既に片付いていて作業が楽になったと喜んでいるかもしれない。
 そうなれば、報告は後回しでセレーヌの為の新しい調度品を運び入れ、王太子の居室も楽々と整えられていることだろう。どちらの部屋ももぬけの殻なのだから。

「この部屋が、母上の部屋でいいかな?」
「そうですね。間違いございません」

 リズに確認を取ると、エディエットは置かれている家具を片っ端から腰にぶら下げているポーチにしまい込んだ。そうして何も無くなった部屋に、後宮から持ってきた家具を配置していく。

「エディ様、寝台はもう少し中央に」
「この辺かな?」
「はい、よろしゅうございます」

 リズに確認しながらエディエットは家具を配置し、カーテンを取り付けると、母の部屋は今朝までいた後宮の王妃の部屋と違わぬ作りとなった。

「では、母上を起こそう」

 エディエットは袋から母を出すと、寝台の上に丁寧に寝かせた。

『おはようございます。奥様』

 リズがそう告げると、寝台の上に寝ていた母のまぶたがゆっくりと開いた。

『おはよう、リズ』

 そう言ってゆっくりと起き上がると、部屋の中を見渡す。けれど軽く小首を傾げたのは、違和感を感じ取ったからだろう。

『リズ?』
『ご心配なく母上。お話は明日でも?』
『そう?』

 エディエットがそう言うと、母は微笑んで答えた。特に考えることは無いようだ。

『申し訳ないのですが、もう夕飯の時間なのです』
『あら、そう』

 先程、おはようと挨拶をしたのに、夕飯の時間だと告げてもそのまま受け止めてくれるので、エディエットは気が楽だった。

『では、着替えて食堂にお越しください』

 エディエットはそう言うと部屋を後にした。そうして急ぎ食堂に行くと、素早く魔法で浄化する。ポーチから取り出した食器を並べ、そこに鍋ごと持ってきた食事を盛り付ける。カゴには焼きたてのパンを並べて、食事のための酒も出した。

「まぁ、こんなものかな?デザートも一応あるから文句は言われないだろう」

 後宮から持てるだけ持ち去ったから、何年も放置しておいた屋敷だけれど、後宮にいた時と遜色のない夕食の支度が出来た。もっとも、王妃であった母は、母国を懐かしむあまり、この国の食事をほとんど受け付けてはいなかった。
 だから、食事のほとんどは母国から連れてきた侍女のリズが作っていた。異物の混入の心配もなく安心であったから、定期的にエディエットはポーチにしまい込んでいたのだ。不測の事態に備えてのことではあったけれど、まさか本当に使う日が来るとは本気で思ってはいなかった。

『なんて素敵なのかしら』

 リズと共にやってきた母が嬉しそうな声を上げた。

『気に入っていただけて嬉しいですよ。母上。本日もリズが作りました』
『そう、リズの作るものはなんでも美味しいから好きよ』

 そう言って席に着くと、ただの母と息子となって初めての食事を楽しむのであった。
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