【完結】知っていたら悪役令息なんて辞めていた

久乃り

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第61話 ??のやんごとなき事情

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 翌朝、ロイが眼を覚ますと、誰かに抱きしめられていた。しかも背後から、相手の顔は見えないけれど、触れる肌から心地の良い魔力を感じた。

(肌が密着してる?つか、服きてない?)

 背後の相手に悟られないように、ロイは自分の状態を確認した。背後から抱きしめられてはいるけれど、腕は拘束されていないから、少し目線を動かして自分の腕を確認できた。
 魔石で部屋を温めてはいるけれど、この時期に半袖の寝間着を着るはずは無い。多分裸だ。間違いない。

(昨夜、ナニ、したっけ?)

 背後から感じとれる魔力は、知っている。
 だからこそ、背後の相手に自分が起きていることを気づかれたくはなかった。アレだけのことをした場合、どんな顔でどんな挨拶を交わせばいいのだろうか?
 前世でもそんな経験がないから、困ってしまう。知識を総動員させたとしても、ドラマや映画の様に甘ったるい朝チュンなんてできるわけが無い。それに、ラノベ系で読んだ知識でいくと、転生者は大抵童貞だから、カッコつけて失敗する。

(前世で童貞ではなかったけれど、この経験は無い)

 記憶にある限り、実家暮らしだったからお泊まりなんてしていなかった。姉がうるさくて、毎晩ゲームの手伝いをさせられていた記憶がやたらとある。このゲームの世界もそうだ。記憶にある限り、最新のゲームだった。残念なことにロイのパートを未プレイで、破滅エンドの回避方法が分からない。
 同じ体勢でい続けるのに疲れて、思わずため息のようなものが出てしまった。一応控えめに出したつもりだったのだけど……

「ロイ、起きたの?」

 背後から回されていた腕に力が入り、ロイへの拘束が強まった。首筋の辺りに顔がやってきて、匂いを嗅がれている気がしなくもない。

「…ぅ、ん」

 結局、前世の知識をかき集めたところで、こんな朝チュンの対応方法は分からなかった。しかも、腰がだるいとか、喉が痛い、声がかすれるなんてラノベの情報は一切ないのだから恐ろしい。

「魔力こええ」

 思わず声に出してしまった。やってしまったと思ったところで、背後の相手にはしっかりと聞こえていたことだろう。

「ん?なにかな、ロイ?魔力が足りない?お腹空いた?」

 耳の辺りで喋るから、くすぐったい。

「お腹がすいただけっ」

 そう言って、ロイは腕から抜け出そうとしたのだけれど、ロイの動きにピッタリと合わせて、背後にいた相手も起き上がった。そうして、起き上がったロイをまた抱きしめると、しっかりと両頬を手のひらで挟み込み、唇を重ねられた。
 一連の動作が流れるように無駄がなく、寝起きたというのに口の中に爽やかなミントの香りが広がってきた。

「ん~~」

 あまりにも自然にこんなことをされたから、ロイは目を見開いたまま相手を見ていた。キラキラと輝く金髪に、宝石のような瞳。長いまつ毛が朝日を浴びて影を落としている。彫刻のように整った顔はもはや芸術の域だろう。さすがは乙女ゲームの攻略対象者の王子様だ。
 ロイが何度か瞬きを繰り返すと、最後にロイの唇を舐めて解放してくれた。

「なんで、アレックスがいるの?」

 ようやく開放されたから、ロイは素朴な疑問をぶつけてみた。王子様方の後継者問題の手伝いをした。質の良い魔力が豊富な者は、器としての役割を仰せつかるのだそうだ。
 で、ロイは昨夜王子様方の子作りのお手伝いをした。
 たしか、核のはいったゆりかごに、魔力を注がなくてはならないはずなのだが?
 部屋の中を見渡しても、ゆりかごはないしマイセルの姿もない。

「酷いな、ロイ。閨事の後はこうして…」

 アレックスは再びロイを抱きしめた。

「大切に包み込み、互いの魔力を擦り合わせて幸せに包まれるのだ。そう習わなかったか?」

 しかも、余計なことにアレックスはロイの首筋辺りに顔を埋めて、鼻を鳴らした。おそらくロイの匂いを嗅いでいる。どう考えても浄化魔法を施しているから、たいして匂いなんてしないはずだ。
 朝日を浴びながら、裸で抱き合うとか、どんなロマンス映画だよ。とツッコミたいところだが、どうやら王子様は閨の習い事でそんなふうに習っているらしい。

「そんなの、知らない」

 残念なが、ロイはそんなことを習ってなどいない。
 閨の習い事をするのなんて、王族や上位貴族ぐらいのものだろう。子どもは魔力で作るから、契約の魔用紙と器となる体、親となる者の血があればいい。本能のままの性行為は獣のようだ。と、表向きはそうなっている。

「それなら、私が教えてあげよう」

 裸で抱きしめられているから、アレックスの手が触れるところから、じわじわと魔力が流れてくるのがよく分かる。その行為が絶対にわざとだとロイはわかってしまった。意識しないと魔力は放出されない。それに、魔力を直接肌に当てられると、神経が敏感になるのだ。つまり、性的な刺激を与える行為だ。

「あ、朝からっ、朝からいらないからっ」

 ロイはアレックスをおしのけて、四つん這いでバタバタとベッドの端まで逃げた。後ろ姿が情けないとかはこの際気にするべきではない。

「そーゆー、朝チュンとか俺には必要ないから」

 このまま流されたら、絶対にコトが始まってしまう。流されてはいけない。

「なぜ?私はロイを大切にしたい」

 裸だけど、両手を広げてロイを抱きしめようとするアレックスは、朝日を浴びて輝いている。困ったことに、アレックスの裸体は無駄のない均整のとれた、思わず見惚れてしまう程のいい身体だった。

「……だ、だって…」

 ロイは必死で口を開いた。忘れちゃいけないことがある。

「アレックスには、婚約者がいるだろう!」

 必死で叫ぶように言った。
 まだ間に合うのなら、NTR回避できるはずだ。昨夜のは王子様方からの依頼だ。魔用紙による契約だ。
 ロイは必死で頭の中で叫んでいた。

「……ああ、その事?」

 なのに、なのに、アレックスのテンションが、急に落ちた。それはもう、急降下だ。

「え?なに?どうしたの?」

 先程までと、打って変わって、アレックスの周りには氷の粒が飛んでいる。見えるのではない、飛んでいる。本当に飛んでいるのだ。

「えと、あの…寒い、んです、けど…」

 裸だ。魔石で部屋を暖めていたはずなのに、寒い。
 まるで外のように、いや、外より寒い。

「ロイ、あんなやつのこと……お前が気にかける必要なんてないだろう?」

 意味がわからない。

「え、だって……俺、婚約者と争いたくないしぃ…」

 逃げ場がほとんどないから、ロイはベッドの柱に背中をあてている。裸だし、裸だから、その辺は意識してしまう。

「ロイ。そんなことを心配していたのか」

 突然アレックスは笑顔になって、ロイを抱きしめた。膝立ちからのこの跳躍力、どんな肉体構造をしているのだろうか?

「ぐ、え?なに?」

「そんなことを心配するなんて、ロイは可愛いね。大丈夫、無事に核が出来てゆりかごに入った。私たちの後継者問題は解決したんだ。だからもう、ユースルは不要となった。クガロア侯爵家の出番はない」

 アレックスはちゅっと、音を立てて何度もロイの頬に唇を寄せてきた。それがくすぐったくて、ロイは思わず目を瞑る。

「朝からお盛んなところを失礼しますね」

 ロイの部屋の扉がポンッという変わった音をして開いた。

「結界を壊すな。テオドール」

 そんなことを言っても、その結界を施したのはテオドール本人だ。自分で昨夜施したのだから、朝になって破壊しても問題は無い。

「うぇぇ、テオ、なんで?」

 ロイからすれば、裸で抱き合っていた決定的な証拠を見られて恥ずかしくて仕方がない。隠したくても隠せないし、隠れる場所もない。

「なんで、とは?昨夜もいましたよ。と、それより、城から迎えが来ています。身支度を整えて下さい」

 テオドールが、しれっと言ったことは、ロイには衝撃的すぎた。重要なことが二個あった。

「ほら、アレックス様はこちらを」

 テオドールは手にしていた服をベッドに置くと、アレックスに下着を渡した。アレックスが下着を履くと、その後はテオドールが着せていく。する方もされる方も随分と慣れたものだ。

「坊っちゃま、ぼんやりなさらないで」

 ベッドに座ったままのロイに、メイドが服を着せていく。あっという間にロイはお仕立てを着せられていた。

「さあ、客間に行きますよ」

 テオドールに急かされて、アレックスとロイはウォーエント家の客間に転移させられた。
 そこには、キチンとした服を着たロイの両親と、ゆりかごを抱いたマイセル、その隣にはレイヴァーン、そして、絶対にお城務めの人たちがいた。

「揃ったか」

 そんなことを口にした人物は、なんだか誰かに似ていた。

「さて、マイセル様の抱かれるゆりかごには、ウォーエント子爵夫妻の書かれた魔用紙により印がされている。これは契約が履行されたことを意味する。すなわち、ここにレイヴァーン、アレックスの双子王子と隣国のマイセル王子との間に核が生まれたことを確認した」

 なんだか厳格な雰囲気に、ロイは瞬きを繰り返す。そもそも何がどうなっているのかなんて分からない。なれない場の空気に飲まれそうで、ロイは隣に立つアレックスの袖を握った。

「これより、国王に報告をし、速やかにマイセル様には離宮にてゆりかごの保持をして頂くものとする」

「で?父上」

 テオドールが、一歩前に出た。
 見たことがあると思ったら、テオドールの父親だった。つまり、宰相だ。

「国王に報告をするために、この場にいる全員は王城に転移する」

 そう、厳格に告げたあと、宰相はウォーエント子爵に顔を向けた。

「今回はちゃんとしろよ!分かっているだろうな」

「はいはい、分かってますよ。ちゃんと魔法陣を描いておきました。あそこに」

 ウォーエント子爵はなんだか面倒くさそうに部屋の床を指さした。

「今回は?」

 話の流れが分からないロイは、思わず口に出してしまった。

「ああ、前回。現王の時にこの男は、乱暴に転移させたから王城についたとき、現王が尻もちをついてしまったんだ」

「王様が尻もち?」

 ロイは聞きなれない表現に思わず身を乗り出した。

「そのせいで中の核がわれてしまったんだ…」

 宰相は手で額を抑えた。
 ゆりかごの中の核が割れたということは……

「「それで私たちは双子なのか?」」

 レイヴァーンとアレックスが同時に叫んだ。

「違う、あれはジョセフの編んだゆりかごが、歪だったせいだ」

 ウォーエント子爵が否定してきた。
 が、ジョセフ?

「いきなり王のことを名前で呼ぶんじゃない。それに、王の編んだゆりかごについては言及しない約束だ」

 宰相が咳払いしながら言ったけど、なんだかとんでもない情報を聞いてしまった。

「ゆりかごが歪?」

「いや、その前に、王が編んだ?って、まて、父上がゆりかごを編んだ?」

 決して聞き流してはいけない話が耳に入ったきた。
 ゆりかごを編むということは?

「やっぱり、それもありなんじゃん」

 ゆりかごを抱いているマイセルが、やたらと嬉しそうだ。

「ええい、もう、うるさい。とにかく王への報告が先だ!早く転移するぞ」

 宰相が怒鳴るので、みんな仕方なく魔法陣へと移動する。杖を取り出して発動させるのはウォーエント子爵だ。

「では、いざ、王城へ」

 床に描かれた魔法陣が発動し、静かに転移した。
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