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第46話 こんなところでイベント発生?
しおりを挟む気を利かせてくれたのか、本心なのか、ロイは疲れているからと言って部屋に帰ってしまった。
完成した剣を、見せない理由は特にない。それに、剣が完成した事を、テオドールに教えたのはエレントだろう。
「こうして歩くのは……」
「……初めて、ですね」
別に手を繋いでいるわけではない。ただ、並んで歩いているだけだ。
けれど、こんなことさえ初めてだった。
許婚と言うのに、並んで歩くことさえしてこなかった。将来は、二人で並んで歩いて行かねばならないというのに。
ほとんど無言のままで、演習場についた。転移魔法がきちんと使えるようになったのだから、飛べばよかったのに、なぜか飛ばなかった。
「ゴーレムをだしてくれないか」
セドリックがそう言うと、エレントは黙って頷いた。エレントは土魔法に長けている。初めから得意だったわけではない。英雄の家系であるセドリックの役に立つ様にと、家庭教師をつけて習わされたのだ。
「いきます」
エレントが演習場の中央にゴーレムを作り出した。素材が演習場の土だから、見た目は脆そうだ。だが、一歩踏み出すごとにセドリックの足元が揺れた。操るのはエレントではあるが、ゴーレムの一撃は容赦がない。人ひとり潰せるほどの土の拳が、セドリックめがけて振り下ろされる。
身体強化をかけて、セドリックはその攻撃をかわし、反撃の体勢をとる。土と火では相性がそこまでよろしくはないが、ダンジョンでキメラを切った時の様に、剣の斬撃に魔力をのせる。
エレントは、操るゴーレムにただセドリックを攻撃するように指示を出しているに過ぎない。だから、ゴーレムの攻撃をかわし、手にする剣に魔力を注ぐセドリックを、エレントは見つめ続けた。
セドリックの剣を構える姿は美しかった。
どうして、自分はこの美しい許婚の姿を見てこなかったのだろう。
セドリックが剣を振り抜くと、その斬撃に乗った魔力が、炎の刃となってゴーレムを両断した。
魔力でもって断ち切られたゴーレムは、瞬時に元の土へと還っていく。そうして、小高い丘を作り上げ、何事もなかったかの様に静かになった。
「素晴らしいです」
エレントは、思わずセドリックに駆け寄って行った。
そうして、セドリックと向き合ってしまったとき、どうしていいのかわからずに、立ち止まった。あるいは、許婚として無邪気に抱きつけばよかったのかもしれない。けれど、長年の肩書きだけの関係故に、エレントはただ立ち尽くした。可愛らしい令嬢ならば、許婚のその首に飛びつくのも許されただろう。けれど年上で、身長も許婚と同じくらいあっては、そんな無邪気な行動は、はばかられたのだ。
「ありがとう」
セドリックは、ただ素直に褒められたことを受け止めた。そうして、エレントと目が合ったので思わず微笑んだ。
「…ぁ、汗が」
目があって、どうしたらいいのかわからなくなったエレントは、目線を逸らした際に目に入ったセドリックの汗が気になった。そうして、思わずポケットからハンカチを取り出した。
「ありがとう」
セドリックが礼を口にしたので、躊躇いつつも額の汗を手にしたハンカチで拭いた。こんなことさえ、許婚であるからこそ許される行為なのだ。
それなのに、なぜしてこなかったのだろう。
学年が違うから、年上だから、そんなことを言い訳にしていたのは自分だ。公爵家として、威厳を振りかざして行動をするような人ではないと知っていたのに、避けていたのはエレントの方だった。
「…今更、ですが……」
何故か喉の奥がひきつるようで、上手く言葉が出てこない。
誠実な許婚は、話し始めた自分の顔をじっと見つめている。
「私は、ずっと英雄を産むことを考えていました。だから、それに相応しい魔力を得ようとしてきました」
言い訳にしか聞こえない、なんともみっともない事を口にしていると思いながらも、エレントは伝えずにはいられなかった。
「親が決めた許婚だと思っていました。政略的なものだから、そこに自分の気持ちはいらないと思っていました。結婚したら産めばいいのだと、そう…考えていました。でも、違ったのですね」
エレントは、セドリックの額の汗を拭いていたハンカチを、握りしめた。
「英雄を産むというのは、生み出す。と言うことだったのですね」
一歩後ろに下がる。
セドリックが、そんなエレントを不思議そうに見ている。
「今更です。私は英雄を生み出せなかった。用無しとなった私は許婚ではなくなるでしょう」
エレントがそんなことを口にしたので、セドリックは実家で母親が言ったことを思い出した。
「それは?」
それは?どういう意味なのか?それはどういうことなのか?問いかける相手は目の前にいる許婚なのか、それとも母親なのか。
「英雄の技を見せていただき、ありがとうございました」
エレントは深々と頭を下げると、去ってしまった。呼び止めることが出来なかったセドリックは、転移魔法を発動させた。こんな胸のしこりを持ったままなのは良くないことだ。
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