【完結】知っていたら悪役令息なんて辞めていた

久乃り

文字の大きさ
上 下
27 / 75

第26話 ダンジョンでお楽しみ

しおりを挟む
 セドリックはダンジョンのなかで、断崖絶壁に遭遇していた。
 目の前にそびえ立つ土の壁があるけれど、それよりも驚いたのは背後に現れた崖だ。
 かろうじて底は見えるけれど、尋常ではない深さだ。いきなりこんなところに出てきてしまって、正直セドリックは軽くパニックを起こしていた。

「今回はここに出たかぁ」

 ロイの呑気な声でハッとした。
 ダンジョンに慣れているロイからしたら、この程度のことは何てことがないのだろう。書物で読んだだけの知識ではあるが、ダンジョンの形が毎日変わると知っている。けれど、降り立った途端に断崖絶壁と深い崖に遭遇するだなんて想定していなかった。

「だ、大丈夫なのか?」

 セドリックは初心者丸出しでロイに聞いた。
 何しろ降り立ったらこんなところだったのだ。進むことも引き返すこともできそうにない。どうしたらいいのか、ハッキリ言ってセドリックにはわからない。

「たまにあるんだよね、こう言うの」

 ロイは楽しそうに崖の下を覗き込む。
 見える範囲の底には、なにかが蠢いている。
 この高低差で、肉眼で見えてしまうと言うことは、底にいる魔物はどれほどの大きさになるのだろうか?

「どれぐらい深いんだ?」

 身体強化すれば、飛び降りても問題はないだろう。だが、ダンジョンは下に降りるほど魔物が強くなっていく。この崖を飛び降りたら、何階層分降りることになるのだろうか?それによって、今見えている魔物の強さが分かるだろう。

「だいたい20階分ぐらいかなぁ?30階は無いと思う…けど、底にいるあれはヤバイ」

 そんなことを言いながらも、ロイの口元は笑っていた。

「この崖にさ、貴重な鉱石があるんだよね」

 ロイはゆっくりと人一人分しかない際の道を歩いていく。そうして崖の壁を確認して、頷いた。

「やっぱり上より下にあるね」

 ロイに手招きされて、セドリックは細い道を進んだ。ロイの示す辺りに目線を向ければ、壁が変わった光を放っているのが見えた。

「あれは?」

 初めて見る自然の鉱石に、セドリックは驚いた。崖の途中に張り付くように存在している。一目で価値のあるものだと分かる。

「あれをさぁ、回収するの。貴人の馬車とか、宝物庫とか、もちろん武器にも加工されるわけ」

 ロイは鉱石を見つめながら言う。

「セドのおじいちゃんたちの剣も、あの手の鉱石を加工して作られているよ、もちろん」

 ロイは言いながら剣を抜いた。

「もちろん、これもいいものだよ?でもね、英雄と呼ばれるからには自分にぴったりの剣が必要だ」

 ロイの握る剣に魔力が宿る。
 まるで魔法使いの杖のようにロイは剣を扱う。
 それがセドリックには不思議でならない。いくら魔石がはめ込まれているからといって、剣がこんなにも魔力を解放できるだなんて、思っていなかった。しかも、階層を降りれば魔物が強くなると言うのに、それに合わせてロイのスキルが上がっていくのがわかった。剣の扱いは無茶苦茶だけど。

「下にいるやつ無茶苦茶デカイよ?覚悟して?」

 ロイの頰が紅潮している。新しいおもちゃを前にした子どものようだ。自然セドリックの口元が上がる。時間の感覚が麻痺しつつあるけれど、確実にセドリックも英雄の剣を使いこなしつつある。魔力の放ち方、打ち方が理解できるようになってきたのだ。

「あいつらに見つかったら確実に襲われるから」

 ロイが唇を舐めた。
 セドリックの喉がなる。
 もう何度目かわからないけれど、お互い、それが合図なのだと口にしなくともわかりあっていた。

「いっけぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!サンダァァァァァァァァ!!!」

 崖に身を躍らせながらロイが剣から魔法をはなった。
 出力を最大にまで上げているのか、青白い雷が無数に落ちて行く。行き先はもちろん、底で蠢く魔物だ。
 異様なまでの大きさをした魔物の啼き声が耳障りな上に、忌々しい。遮音の魔法を展開してまでこんなに聞こえるとは思わなかった。
 困ったことに、ロイは元々が魔法使いだ。杖から剣に持ち替えた程度で、使える魔法が減るわけでは無い。
 それどころか、器用に魔法を使い分けている。

「困ったものだな」

 風魔法を展開して、ロイは崖の中央に浮いていた。握る剣の柄が光っている。風の魔石を発動させて、補助させているのだ。そんな器用な使い方は、セドリックにはできない。
 宙に浮くロイめがけて、魔物たちが底から飛んでくる。しかし、羽を持っていないため、空中を少し蠢いては落ちて行く。その振動で、セドリックの足元が揺れる。

「そんなことされたら、崩れるじゃないか」

 セドリックはため息を一つついて、腰の剣を抜いた。
 はめ込まれた魔石を手に馴染ませるように握りしめると、宙を蠢く魔物に剣を突き立てた。

「ファイヤ」

 剣の先端から炎がほとばしり、魔物を内部から燃やし尽くす。魔物と一緒に落ちるわけにはいかない。
 剣を抜くと、燃える魔物を踏み台に次の魔物に飛び移る。
 ロイ目掛けて来ていた魔物が、いつの間にかにセドリックを狙っている。

「セド」

 何体目かの魔物から剣を抜いた時、ロイがセドリックの背後にいた。
 背の低いロイの腕は、セドリックの腹の辺りに回されている。

「ロイ」

 セドリックの腹の辺りに温かいものが流れてくる。

「セド、燃やして?」

 ロイの言っている事を理解して、セドリックは両手で剣を握りしめ、最大出力の魔力を放った。
 崖の底がまるで地獄の釜のように燃えたぎる。飛べない魔物たちは、蠢きながら燃えてゆく。
 耳障りで不愉快な啼き声が、炎に融けて消えてゆく。

「凄い匂いだな」

 炎の熱に煽られて、燃える魔物の臭いが酷い。
 さすがに、あれだけの大きさの魔物を大量に燃やすものではないだろう。
 燃え尽きるのに合わせて、ロイが風を吹かせた。
 ゆっくりとそこに降り立てば、無数の魔石が転がっていた。

「お宝だぁ」

 ロイが嬉しそうに魔石を拾う。同じ魔物だと認識していたが、魔石の色が随分と違う。
 魔石を手にしたまま、ロイは座り込んだ。

「どうした?」

 セドリックはロイの傍に膝をついた。

「ちょっと疲れたかも」

 空間収納に魔石もしまえないほど疲弊したとでも言うのだろうか?
 ロイは手にしていた魔石を地面に置いた。

「セェド、ちょっと、分けて?」

 ロイの手がセドリックの肩を掴んだ。

「分ける?何をだ?」

 セドリックが聞き返すと、ロイは笑いながら唇を重ねて来た。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

美形×平凡の子供の話

めちゅう
BL
 美形公爵アーノルドとその妻で平凡顔のエーリンの間に生まれた双子はエリック、エラと名付けられた。エリックはアーノルドに似た美形、エラはエーリンに似た平凡顔。平凡なエラに幸せはあるのか? ────────────────── お読みくださりありがとうございます。 お楽しみいただけましたら幸いです。

番から逃げる事にしました

みん
恋愛
リュシエンヌには前世の記憶がある。 前世で人間だった彼女は、結婚を目前に控えたある日、熊族の獣人の番だと判明し、そのまま熊族の領地へ連れ去られてしまった。それからの彼女の人生は大変なもので、最期は番だった自分を恨むように生涯を閉じた。 彼女は200年後、今度は自分が豹の獣人として生まれ変わっていた。そして、そんな記憶を持ったリュシエンヌが番と出会ってしまい、そこから、色んな事に巻き込まれる事になる─と、言うお話です。 ❋相変わらずのゆるふわ設定で、メンタルも豆腐並なので、軽い気持ちで読んで下さい。 ❋独自設定有りです。 ❋他視点の話もあります。 ❋誤字脱字は気を付けていますが、あると思います。すみません。

だから聖女はいなくなった

澤谷弥(さわたに わたる)
ファンタジー
「聖女ラティアーナよ。君との婚約を破棄することをここに宣言する」 レオンクル王国の王太子であるキンバリーが婚約破棄を告げた相手は聖女ラティアーナである。 彼女はその婚約破棄を黙って受け入れた。さらに彼女は、新たにキンバリーと婚約したアイニスに聖女の証である首飾りを手渡すと姿を消した。 だが、ラティアーナがいなくなってから彼女のありがたみに気づいたキンバリーだが、すでにその姿はどこにもない。 キンバリーの弟であるサディアスが、兄のためにもラティアーナを探し始める。だが、彼女を探していくうちに、なぜ彼女がキンバリーとの婚約破棄を受け入れ、聖女という地位を退いたのかの理由を知る――。 ※7万字程度の中編です。

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます

まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。 貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。 そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。 ☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。 ☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

〈完結〉毒を飲めと言われたので飲みました。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃シャリゼは、稀代の毒婦、と呼ばれている。 国中から批判された嫌われ者の王妃が、やっと処刑された。 悪は倒れ、国には平和が戻る……はずだった。

本当に悪役なんですか?

メカラウロ子
BL
気づいたら乙女ゲームのモブに転生していた主人公は悪役の取り巻きとしてモブらしからぬ行動を取ってしまう。 状況が掴めないまま戸惑う主人公に、悪役令息のアルフレッドが意外な行動を取ってきて… ムーンライトノベルズ にも掲載中です。

【完】僕の弟と僕の護衛騎士は、赤い糸で繋がっている

たまとら
BL
赤い糸が見えるキリルは、自分には糸が無いのでやさぐれ気味です

処理中です...