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第21話 ドキドキお宅訪問
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ロイとセドリックが、演習場で二人仲良く訓練と言うじゃれ合いをしているところを見ていた人物がいた。
それはもちろんミシェルではなく、セドリックの許婚であるエレントだ。
食堂にロイが現れた時から、ずっと黙って見ていたのだ。
食堂では、食事中ということもあり、むやみに立ち上がることがはばかられたのだが、耳をすませてよく聞けば、聞き流すことのできない会話になっていた。未だエレントでさえ、セドリックとは手合わせなどしたことがない。それなのに……
「『英雄』だなんて…」
エレントの手が、自然と握りしめられる。
セドリックの許婚となった時、両親から言われたことは「英雄を産みなさい」だった。英雄の母となることで、歴史に名を刻み、公爵家に恩を売るのだと、そう教えられてきた。政略な事ぐらいわかっていた。年上である自分が歩み寄らなければ、セドリックから来ることなどない事ぐらいわかっていた。
それなのに、英雄を生み出すと言うことが、出産に限らなかっただなんて思わなかった。
もし、もしも、セドリックが英雄と生まれ変わったのならば……
「私の立場がなくなるではないか」
エレントの拳が演習場の壁を叩いた。
──────────
セドリックのクビにしがみつく形で、ロイはロイエンタール公爵家にやってきた。
はじめての訪問が夜な上に、許婚のいる公爵子息の首にぶら下がっているなんて、だいぶとんでもないことだ。けれど、ロイにとってはそんなことより、英雄の剣だ!
「うわ!家でかっ」
セドリックの首からおりて、最初の言葉がそれだった。
「とりあえず、中に入ろう」
セドリックは簡単に身なりを整えて、玄関を開けようとした。さすがに夜の訪問だ。静かに開けようと手を伸ばした時、つかもうとした扉が静かに開いた。
「!!」
おもわず伸ばした手を引っ込めると、その先で執事が微笑んでいた。
「おかえりなさいませ、セドリック様」
連絡などしていなかったうえに、いまは夜だ。それに……
「ウォーエント家のロイ様ですね。ようこそいらっしゃいました」
話してもいないのに、執事はロイのことを把握していた。
「はじめまして」
ロイが頭を下げた。
許婚であるエレントに比べれば、優雅さも何もない。洗練された様子もなく、ぴょこんと揺れる様はどちらかといえば可愛らしい。
「こんなところではなんですから、どうぞなかに」
執事がそういい案内をした。
こんな時間だというのに、客間の暖炉には火が入っていて、部屋が暖められていた。
「すごーい、さすがは公爵家」
ロイは単純に喜んで褒めてくる。
「なにをおっしゃいますか、セドリック様の大切なご友人様ですからね」
執事がそう言ってさがると、すぐにメイドが二人の前にお茶を出してきた。
セドリックは、執事に用件を伝えてなどいなかった。慌てて立ち上がりそうだったけれど、メイドが目配せしてきた。それを察してセドリックは深く座り直す。
「いま、父に話を通してもらっているので、待ってくれ」
セドリックがそう言うので、ロイはお茶を飲むことにした。だいたいそんなもんだとは分かっている。たいていのゲームだと、家宝とかその手のものは見せてもらうだけでなにかしら試練を与えられたりするものだ。たとえば、夜遅くくるなんて非常識だとか言われたり……
(いま夜じゃん)
アポなしの上、夜の訪問なんて、非常識極まりないだろう。
今更ながら、ロイは落ち着かなくなった。格上の公爵家だ。粗相のないように、って言う以前にだいぶ失礼だ。
「待たせてしまったね」
なんと、やってきたのは公爵本人だった。セドリックが「父上」とか言っちゃってるし、執事が後ろに控えてるし、今更ながらロイはドキドキだ。
「案内しよう、ついておいで」
長い廊下を通り、階段を下る。地下室なんて、いかにも感があって密かにロイは興奮した。一応、セドリックの後ろをついていく。本音は手ぐらいつないでほしい。歩く廊下に明かりはついているけれど、雰囲気がありすぎて緊張するのだ。
「この部屋だよ」
重厚な扉が開けられて、手招きされた。ロイはセドリックの背中に隠れるようにして部屋に近付く。
「どうぞこちらに」
執事が扉をおさえて案内してくれた。セドリックに続いてロイも中に入ると、不意に肩をつかまれた。
「きみには礼をしても足りないほどだ」
そう言われて、ロイは驚き顔を上げた。ニンマリと笑う公爵と目が合う。
「期待しているよ。好きなだけ滞在してくれ」
公爵はそう言い残していなくなってしまった。
「セドリック様、こちらが先代様の剣にございます」
執事が示した先には、立派な剣が鞘に納められた状態で飾られていた。見渡せば、この宝物庫には剣がいくつも飾られていた。どれも違うデザインだ。つまり、支給された騎士の剣ではないと言うことだろう。
「これって、オーダーメイド?」
ロイが聞くと、執事は深く頷いた。
「じゃあ、全部そうなの?」
「はい、そのように文献に記されております」
執事はそう言って、一冊の日記のようなものを見せてくれた。
「先代様の日記にございます。こちらのページにその時の様子が書かれております」
それはもちろんミシェルではなく、セドリックの許婚であるエレントだ。
食堂にロイが現れた時から、ずっと黙って見ていたのだ。
食堂では、食事中ということもあり、むやみに立ち上がることがはばかられたのだが、耳をすませてよく聞けば、聞き流すことのできない会話になっていた。未だエレントでさえ、セドリックとは手合わせなどしたことがない。それなのに……
「『英雄』だなんて…」
エレントの手が、自然と握りしめられる。
セドリックの許婚となった時、両親から言われたことは「英雄を産みなさい」だった。英雄の母となることで、歴史に名を刻み、公爵家に恩を売るのだと、そう教えられてきた。政略な事ぐらいわかっていた。年上である自分が歩み寄らなければ、セドリックから来ることなどない事ぐらいわかっていた。
それなのに、英雄を生み出すと言うことが、出産に限らなかっただなんて思わなかった。
もし、もしも、セドリックが英雄と生まれ変わったのならば……
「私の立場がなくなるではないか」
エレントの拳が演習場の壁を叩いた。
──────────
セドリックのクビにしがみつく形で、ロイはロイエンタール公爵家にやってきた。
はじめての訪問が夜な上に、許婚のいる公爵子息の首にぶら下がっているなんて、だいぶとんでもないことだ。けれど、ロイにとってはそんなことより、英雄の剣だ!
「うわ!家でかっ」
セドリックの首からおりて、最初の言葉がそれだった。
「とりあえず、中に入ろう」
セドリックは簡単に身なりを整えて、玄関を開けようとした。さすがに夜の訪問だ。静かに開けようと手を伸ばした時、つかもうとした扉が静かに開いた。
「!!」
おもわず伸ばした手を引っ込めると、その先で執事が微笑んでいた。
「おかえりなさいませ、セドリック様」
連絡などしていなかったうえに、いまは夜だ。それに……
「ウォーエント家のロイ様ですね。ようこそいらっしゃいました」
話してもいないのに、執事はロイのことを把握していた。
「はじめまして」
ロイが頭を下げた。
許婚であるエレントに比べれば、優雅さも何もない。洗練された様子もなく、ぴょこんと揺れる様はどちらかといえば可愛らしい。
「こんなところではなんですから、どうぞなかに」
執事がそういい案内をした。
こんな時間だというのに、客間の暖炉には火が入っていて、部屋が暖められていた。
「すごーい、さすがは公爵家」
ロイは単純に喜んで褒めてくる。
「なにをおっしゃいますか、セドリック様の大切なご友人様ですからね」
執事がそう言ってさがると、すぐにメイドが二人の前にお茶を出してきた。
セドリックは、執事に用件を伝えてなどいなかった。慌てて立ち上がりそうだったけれど、メイドが目配せしてきた。それを察してセドリックは深く座り直す。
「いま、父に話を通してもらっているので、待ってくれ」
セドリックがそう言うので、ロイはお茶を飲むことにした。だいたいそんなもんだとは分かっている。たいていのゲームだと、家宝とかその手のものは見せてもらうだけでなにかしら試練を与えられたりするものだ。たとえば、夜遅くくるなんて非常識だとか言われたり……
(いま夜じゃん)
アポなしの上、夜の訪問なんて、非常識極まりないだろう。
今更ながら、ロイは落ち着かなくなった。格上の公爵家だ。粗相のないように、って言う以前にだいぶ失礼だ。
「待たせてしまったね」
なんと、やってきたのは公爵本人だった。セドリックが「父上」とか言っちゃってるし、執事が後ろに控えてるし、今更ながらロイはドキドキだ。
「案内しよう、ついておいで」
長い廊下を通り、階段を下る。地下室なんて、いかにも感があって密かにロイは興奮した。一応、セドリックの後ろをついていく。本音は手ぐらいつないでほしい。歩く廊下に明かりはついているけれど、雰囲気がありすぎて緊張するのだ。
「この部屋だよ」
重厚な扉が開けられて、手招きされた。ロイはセドリックの背中に隠れるようにして部屋に近付く。
「どうぞこちらに」
執事が扉をおさえて案内してくれた。セドリックに続いてロイも中に入ると、不意に肩をつかまれた。
「きみには礼をしても足りないほどだ」
そう言われて、ロイは驚き顔を上げた。ニンマリと笑う公爵と目が合う。
「期待しているよ。好きなだけ滞在してくれ」
公爵はそう言い残していなくなってしまった。
「セドリック様、こちらが先代様の剣にございます」
執事が示した先には、立派な剣が鞘に納められた状態で飾られていた。見渡せば、この宝物庫には剣がいくつも飾られていた。どれも違うデザインだ。つまり、支給された騎士の剣ではないと言うことだろう。
「これって、オーダーメイド?」
ロイが聞くと、執事は深く頷いた。
「じゃあ、全部そうなの?」
「はい、そのように文献に記されております」
執事はそう言って、一冊の日記のようなものを見せてくれた。
「先代様の日記にございます。こちらのページにその時の様子が書かれております」
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