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第12話 なんか違う
しおりを挟む実技の時間は、ランニングからだった。実技場の外周を走って、軽くストレッチをしただけで、ロイは疲れた。今までこんなことをしたことがない。筋トレだってしたことがないから、ロイの腹は薄い。
ストレッチをしている時に、ようやく集団の輪から離れたところに、テリーと王子の姿を見つけた。
セドリックがテリーと話をしている。騎士科の中ではこの二人が最高の家格になるのだろうか?もちろん、王子は別格だ。誰もあそこに近づこうとはしない。魔術学科の時は、そんなことをお構い無しに、聖女であるアーシアが積極的に話しかけていたけれど。
打ち込みの練習をする際、実力差がありすぎるため、ロイは教師と組むことになった。もちろん、ロイは基礎なんか知らない。教師が一からロイに基礎を教えてくれた。剣を握ること自体が初めのロイは、しっかりと握ると言うことがよくわからなかった。杖は持ちやすいように握っていたから、しっかりと、と言うのが分からない。杖は手にしっくりとくる感じで握っていた。
カンタンな打ち込みをするだけで、ロイには重労働で、オマケに手が痛かった。
組手の時間、ロイはひたすら見学させられた。経験がないから、動きをひたすら見て、覚えろということらしい。刃が潰された剣であるから、当たっても切れることは無いけれど、金属に違いは無いので、かなり痛そうだ。
金属同士がぶつかり合う独特な音を聞いて、ロイは首を縮こませてしまった。魔力がぶつかり合うのと違って、大変生々しいのだ。
最後に王子とテリーが組手をした時、あまりの激しさにロイは思わずセドリックの後ろに隠れてしまった。つい先日、テリーに抱き抱えられたけれど、テリーは随分と大きい。体の厚みはロイの二倍以上ありそうだ。そんなテリーより見た感じ一回り小さそうに見えるのに、王子はガンガン攻め込んでいく。見た感じ、二人から魔力を感じないから、肉体だけでぶつかり合っているのだろう。一人っ子だから兄弟喧嘩の経験もないロイは、ただ争う姿を見るのも実は怖い。
セドリックの制服を握りしめて、その背中から隠れるようにして見ているだけで、汗がにじみでてきた。魔術学科の実技を見ている時には、こんな風にはならなかった。
打ち合いが終わった後、教師が二人に何やら話をしていて、それを聞く二人の顔が真剣すぎて、ロイには怖かった。おそらく、セドリックは教師の話を聞いているのだろう。頷いているような振動がロイに伝わってくる。ロイはセドリックの制服を掴んだまま、ミシェルを見た。ミシェルも教師の話を聞いていたようで、ロイの顔を見て少しだけ笑ってくれた。
アーシアに言われただけで騎士科に来てしまった事を、ロイは後悔した。けれど、魔術学科にいたままだと、アーシアに襲われる。学園を辞める訳にはいかないから、ロイは騎士科にいるのだけれど、なんか違う。
教師が最後に色々話をして、今日の授業は終わった。結局のところ、ロイは基礎体力がないから、宿題として体力作りを、言い渡された。
教師がいなくなっても、誰も帰らない。ロイはセドリックにくっついたまま、周りの様子を伺っていた。周りと違う行動を起こせば、悪目立ちする。とりあえず、セドリックに隠れていれば何とかなりそうな雰囲気を感じているので、ロイはセドリックが動くのを待った。
それなのに、セドリックではなく、王子が行動を起こしてロイの前にやってきた。
「お前がロイ・ウォーエントか」
せっかくセドリックの背中に隠れていたのに、王子がロイの顎を掴んだ。上を向かせられて、王子と目が合った。この間は少し離れたところにいたから、よく見えなかったけれど、王子は見事な金髪碧眼だ。
「………はい」
上を向かされたせいで、返事がしづらい。けれど、しない訳にもいかないので、なんとか返事をすると、王子は満足そうだ。
「レイヴァーンが言っていた、かわいい顔とやらを私も見てみたいものだ」
そんなことを言われて、ロイは驚いてセドリックの制服をさらに強く握りしめた。
「え?なに?」
意味が分からなくて聞き返すようになってしまった。
「テオドールが、お前を可愛がったとき、とても可愛い顔をしていた。と聞いたが?」
王子が、そんなことを言ったので、周りにいた生徒たちがロイの顔に注目する。
「この間見たくせに、なに言ってんの?」
ロイは訝しんで言い返した。
「この間見たのはレイだ。私ではない」
「レイ?」
そういえば、この間、テオドールも、その名前を口にしていた気がする。
「ロイ、お前もしかして」
ずっとロイが隠れるようにしていた背中のセドリックが、振り返るようにしてロイを見た。その顔の眉間にはシワが寄っている。
「お前、私とレイの区別がついていないのか?」
王子が笑いながら言ってきた。
区別、とは?
ロイは分からなくて首を傾げた。
「レイって誰のこと?」
ロイは聞き返した。
テオドールも口にしていた名前だけど、誰の名前なのか知らない。
「お前、そんなことも知らなかったのか……」
セドリックが呆れた顔をロイに向けた。
ロイはなんのことだか分からなくて、ポカンと口を開けてしまった。
「ロイ、こちらの方は第・二・王・子・アレックス様よ」
ミシェルに言われて、ロイはまじまじと目の前の王子の顔を見た。
「第二王子?………えっ?王子って二人いたの?」
ロイの発言で周りの空気が凍りつく。
「ロイ、お前……」
セドリックが絶望的な顔をしていた。
「こんなにも私に興味がないヤツは初めてだ。ロイ、お前は面白いな」
ずっと顎を掴んでいたアレックスの手が、するりと動いてロイの頬を撫でた。
「ひゃあ」
思わず悲鳴のような声を上げて、ロイはセドリックの背中にしがみついた。
「おい、よせ」
ロイは必死に手を伸ばしてセドリックにしがみついたから、セドリックの鳩尾の辺りにちょうどロイの手がきた。
「セドに、随分と懐いているね」
ロイがセドリックの背中に顔を押し付けるから、アレックスはロイの髪を撫でた。その触り方がなんだか変な感じがして、ロイは余計にセドリックの背中にしがみついた。
「アレックス様、程々にして下さい」
テリーが止めに入って、ようやくアレックスの手がロイから離れた。けれど、ロイはセドリックの背中から離れようとはしなかった。
「まぁ、いい。後で寮の私の部屋においで」
アレックスはそう言い残してテリーと共にいなくなった。
ロイは、セドリックの背中から顔を上げないでいたけれど、さすがにセドリックが、耐えかねてロイの腕を掴んで引き剥がした。
「うわぁん」
セドリックにちょっと引っ張られただけで、ロイの体は簡単に宙に浮いた。そうして、セドリックの前に立たされる。
「お前……バカなのか?」
「え、酷い」
ロイが反論すると、セドリックがロイの頭に鉄拳を落とした。とは言っても形だけの鉄拳だ。
「この国の王子が双子なことぐらい常識だろう」
セドリックに言われた事で、ロイは衝撃を受けた。だって、ロイは本気で知らなかったのだ。子爵なんて下級貴族だから、王子にお目通りするような行事に参列したことなんてない。それに、前世でゲームをしていた時に、そんなこと説明されていない。
(もしかして、右向きと左向きがあったのって?)
ロイはふと、嫌な感じがした。そこまでやり込めていなかったから、隠しルートに入れていないキャラがあったのかもしれない。なにせ、姉の狙いのルートしかプレイしていなかった。今更だけど、記憶にある王子のイラストは、右向きと左向きがあった。
「………知らなかった」
ロイは小さな声で答えた。
「マジかよ」
セドリックが、天を仰いだ。
「ねぇ」
ロイはおずおずと尋ねた。
「双子なのに、どうして第一と、第二って区別するの?」
ロイの疑問には誰も答えてはくれなかった。
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