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ジークフリート目線8

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 帰宅して、本館ではなくセレスティンの待つ別邸で馬から下りる。本館にいた時からの使用人がそのまま移動しているので、馬の扱いも手馴れたものだ。今日もリヒト様の日課の早朝通学のおかげで人気のない学園を歩くことになった。そうしてリヒト様の日課である教室の机を全て雑巾で拭いているアリスの姿を眺める。に付き合っていた。が、空気のように立っていると、そこにセレスティンが現れた。セレスティンは黙って教室内の様子を伺うと、俺の事を残念そうな目で見て去って行った。残念なのは俺ではなくリヒト様だと言いたかったが、リヒト様の奇行を止められない俺は確かに護衛として残念なのかもしれない。
 そうして、相変わらずセレスティンは謎の独り言を呟いている。今までは風呂場ぐらいだったのだが、最近は馬車の中でも独り言をつぶやくようになった。ノイズが入るのは変わらない。馬車にも探知の魔道具を設置して、セレスティンがどこにいるのか分かるようにしてある。それに、屋敷の中にも通信の魔道具を設置した。もちろんセレスティンの安全の為だ。が、今日は思わぬことを聞いてしまった。セレスティン付きになったメイドのマリだ。ウィンス伯爵家から引き抜いたセレスティンの信頼厚い者なのだが、やはり俺との婚約を快く思っていなかったようだ。
 そうしてセレスティンと二人で何か画策しているようで、俺への牽制のために何かを倉庫から出てきたようだ。帰り際だったので挨拶などをしていたせいで、所々聞き漏らしがあったが、どうやらセレスティンはこの屋敷がどのように使われていたのか知っているらしい。
 俺は何も知らない風を装い、玄関ホールへと足を運んだ。セレスティンを先頭に使用人たちが俺の帰りを出迎える。未だぎこちなく俺のハグを受け入れるセレスティンが可愛くて仕方がない。朝は制服で、帰りは私服になっているのもまたいいものだ。成長しても相変わらず細い腰に手を回すとセレスティンの体が小さく震えた。それに気付かないふりをしてそのまま二人で部屋に戻る。
 セレスティンは一応婚約者として俺の着替えの手伝いをするつもりらしいが、騎士であるため俺は一人で出来てしまう。というより騎士服は複雑な仕立てとなっているため、手伝いはむしろ不要なのだ。着替えぐらい一人で出来なくては有事の際遅れをとってしまうから。
 そんなわけで俺は脱いだ服をセレスティンに渡してみた。案の定セレスティンは受け取った上着をどうしていいのか分からなくて棒立ちである。気の着くメイドがすぐさまハンガーを出てきた。セレスティンがそこに上着をかけると、メイドはすぐさま洗浄魔法を施した。
 騎士服を脱いだ俺が下着一枚になったのを見て、セレスティンは驚いていたが、その手には部屋着のシャツを持たされている。それを俺に手渡すだけでいいのだが、驚きすぎてしまったせいでセレスティンは全く動く気配がない。仕方なくセレスティンの手からシャツを受け取る。

「ありがとう」

 そう耳元で囁けば、セレスティンが急に動いた。俺がシャツに袖を通しているのを見て、メイドがズボンをセレスティンに渡したからだ。シャツを着ると直ぐにセレスティンからズボンを受け取った。メイドが俺の前に鏡を出してきてので、身だしなみを整えながら部屋の様子を伺ってみる。訓練を積んできたからこそ、目視と鏡を使っての確認ができることを今なら有難く思う。全部で五枚の絵画はこの部屋には飾られてはいないようだった。
 そうして夕食の時、食堂へ行くと絵が飾られていた。その事に気づいた振りをして、セレスティンに聞いてみると、倉庫にしまわれていたもので、母上に確認してところ以前この屋敷に住んでいた人たちの肖像画だと説明されたと言う。嘘では無いが、真実でもない。カインに目で確認をすると、頷いていた。母上に確認をしたのは事実らしい。
 食後、セレスティンはゆっくりと風呂に入るらしいので、俺はその間に執務をすることにした。騎士として護衛の任務についてはいるが、れっきとした公爵家嫡男である。多少は公爵家の執務を任されているのだ。執務室に入ると直ぐにカインがやってきた。絵の件は俺が断片的に聞いていた通り、セレスティンの指示でマリが用意したようだ。取り付けはカインがしたのだという。この屋敷の主であるセレスティンに言われれば、否を口にすることは出来ない。そもそもこの屋敷にあったものを飾るだけなのだ。散財などをしたわけでもなく、咎めることなどできようもない。飾られているのはサロンと遊戯室、それにセレスティンの部屋だと言う。

「セレスティン様のお部屋に飾られたのは、エイゼル・トワイス様のにございます」
「……そうか」

 どれもなかなかに存在感のある絵だ。自室にエイゼル様の絵を飾るとは、な。まぁ、セレスティンにとっては祖母にあたる人物だから、おかしなことでは無い。おかしなことでは無いのだが、確かマリは抑止力とか言っていたな。果たしてその程度がどれほどのものなのか、確かめてやらなくてはならない。俺は執務を片付けると風呂に入り寝巻きになってセレスティンの部屋へと向かった。

「どう、ぞ」

 セレスティンは学園での授業の予習をしていたらしく、テーブルの上には数冊の教科書が置かれていた。それをすばやくマリが片付けて、二人分のお茶をいれ静かに退室して行った。

「高等部の授業はどうだ?」

 毎日見ているから、セレスティンがどのような理解をしているかは大体わかる。授業を聞いて、わかったふりをしているのではなく、要所要所をきちんとメモを取り、教科書にも書き込みをしている。授業態度を見れば理解度も概ねわかると言うものだ。

「経済の内容が近代の内容になったのがいいですね。天候の変化と作物の収穫について話が結びつくようになりました」

 セレスティンはさらりと答えたが、これはすなわち仕官したり領地経営に使える知識である。こんなところに興味を示すことを素直に喜べばいいのか複雑な気持ちになる。

「セレスティンは賢いな」

 そう言って髪を撫でたとき、視界の中に見知った顔を捉えてしまった。エイゼル様だ。セレスティンの自室に飾ったとは聞いていたが、直射日光が当たらないようになって窓側に飾るとは思わなかった。こうしてソファーに座ればいやでも俺の視界の中に入ってくるし、セレスティンの寝台からでも見えるだろう。

「俺のおばあさまだと言うのでこの部屋に飾りました」

 俺の視線が動いたことに気づいたのだろう。セレスティンがわざとらしく顔を上げて言ってきた。

「そうか……確かに、シャロン殿よりセレスティンの方が趣が似ているかもしれないな」
「そうですか?」

 セレスティンが軽く小首を傾げるようなしぐさをした。まだあどけなさが残っていて、エイゼル様よりは幼く見える。あの絵がいつ頃描かれたものかはわからないが、この屋敷に来てからだろうから、今のセレスティンよりは年上なのは確かだろう。
 描かれたエイゼル様の顔とセレスティンの顔を見比べながらも、セレスティンの髪を撫でる手は止まらなかった。メイドのマリが丹念に乾かしたのだろう。弾力がありサラサラとした手触りで、いつまでも撫でていたい。そんな気分だ。セレスティンは何も語らず、ただ黙って俺のことを見つめていた。
 だからだ、俺は髪を撫でていた手の動きを止めると、そのままセレスティンの後頭部をおさえ、反対の手で頬をとらえた。一瞬、セレスティンが息を飲んだようだったが、逃げもせず抵抗する素振りもないのでそのままそのまま顔を寄せていった。

「キスまでです」

 唐突にセレスティンの唇が言葉を紡いだ。
 一瞬、俺は何を言われたのか理解できずに固まってしまい、そうして美しい青の瞳とかちあったのだった。
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