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第33話 俺はやればできる子

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倉庫で見つけた五枚の絵を飾り、ジーク様を向かい入れた。執事のカインは何度も伺うような目線を向けてきたけれど、この屋敷の主人は俺なのだ。公爵家の離れであったとしても、現公爵シーリー様が俺にプレゼントしてくれたのだ。つまりこの屋敷の権限は俺にあると言うことで、俺がすることを咎める人は誰もいないと言うことだ。だからといって、この屋敷に当てられた予算を湯水のごと使うとかそんなことはしない。あくまでも俺にとって居心地のいい場所にするだけだ。
 要するにあれだ、俺には帰る実家がない。いや、あるけれど帰れないし、帰りたくはない。それはある意味シーリー様のせいなので、何かあったらジーク様を追い出して引きこもっていいということなのだと解釈している。
 で、だ。
 知らなかったフリをして、見なかったことにしておこうと思っていた絵画を飾るに至ったのは、マリの助言、ではなく、悪役令息になるためである。悪役令息が実のところ何なのかは理解できてはいないのだけれど、アリスが小悪魔とか言い出したのでピンときた。つまりはこのあるフリをして、ヤラセナイということだろう。これまで婚約誓約書に基づき俺に対して性的な接触をしてこなかったジーク様である。ようやく二人っきりの生活になり、俺が成人を迎えたことによって解禁となったのだが、俺はここで再びストップをかけることにしたのだ。
 そうつまり、マリの言うところの抑止力であり、ジーク様をアッシーメッシーミツグくん化計画なのである。同伴出勤はするけどアフターはしないのだ。五人の絵画を飾ることで、俺がこの屋敷の建てられた理由を知っていることを匂わせ、エイゼル様の絵画をあえて自室に飾ることで罪の意識を目覚めさせる作戦だ。

「そうか……確かに、シャロン殿よりセレスティンの方が趣が似ているかもしれないな」

 弱化動揺しているらしいジーク様は、エイゼル様が俺に似ていると言ってきた。うん、いい感じだ。

「そうですか?」

 なんてわざとらしく答えながら軽く小首を傾げてみせる。この首の傾げ方は、アルトを参考にしたのだ。アルトが事あるごとにしてみせるあざと可愛いしぐさである。ガチのブラコンであったジーク様が、あの時の一瞬で俺にシフトチェンジしたというのなら、ジーク様は俺にメロメロなはずである。それならば、俺がアルトの真似をして、あざと可愛いことをすれば、ジーク様を懐柔するなんて簡単だということだ。
 ジーク様の手がしつこいほどに俺の髪を撫でるけれど、気持ちはわかる。マリが念入りに手入れをしてくれた俺の髪は、サラサラのすべすべなのだ。いや別に、公爵家のメイドさんがダメだといっているわけではない。ジーク様の指示のせいで彼女たちは必要最低限しか俺に触れられなかったんだからな。
 ジーク様が俺の髪を撫でながら見つめてくる。婚約者と二人っきりでスキンシップをしているのだから、本来なら俺もうっとりと見つめ返すところだろう。だがしかし、俺は小悪魔だ。悪役令息になるのだ。
 ジーク様の手の動きが止まり、もう片方の手が俺の頬に触れた。
 ついにこの時が来た。俺は息を飲んで覚悟を決めた。視界の端には儚げに微笑むエイゼル様の肖像画が見えた。ゆっくりと近づくジーク様の顔はとても整っていてありえないほどにイケメンだ。前世で見てきた映画俳優やアイドルなんか目じゃないぐらい、腕のいい医師に整形してもらったてこんな隙のない甘いマスクは再現できないだろう。
 目を閉じてはいけない。

「キスまでです」

 俺は覚悟を決めて言葉を発した。
 そうすると、戸惑ったような顔をしたジーク様が俺の瞳を覗き込んできた。よし、うまくいった。

「ジーク様」

 俺は出来得る限り下から覗き込むような感じで、眩しいけれど部屋の照明を頑張って瞳の中に映しこんだ。そうやって瞬きをしないで涙を溜め込み、自力でウルウルキラキラお目目を作り出す。
 ジーク様はそんな俺をハッとした顔で見ている。

「俺、清い体でいたいんです。結婚式までは、清い体で過ごさせてくれませんか?」

 もちろん、おねだりポーズも忘れない。おっぱいないけど、この顔に一目惚れしたというジーク様なら絶対にいけるはずなんだ。

「…………え」

 俺のいっていることが瞬時に理解できなかったのか、ジーク様が固まっている。様子を伺っていると、ゆっくりと目線だけが横に動き、エイゼル様の絵画を確認しているようだった。

「ダメ……ですか?」

 俺はそう言って視線を落とした。そうしてジーク様の手から逃れるように体を小さくした。

「そう、だな……今更急ぐ必要もない」

 ジーク様はそう言って俺の頬をひと撫ですると、両手でしっかりと俺の顔を固定してきた。これは逃れられない。困った。ディープなやつをいきなりされたらどうしよう。大体、アリスが全部を禁止したらヤンデレ化して監禁ルートまっしぐらですよ。なんて脅かすからだ。ヤンデレがなんなのかは知らないけれど、語感からいってやばそうなことことぐらいわかる。だがしかし、小悪魔ちゃんは「キスは本当に好きになった人とするの」なんて言っていたと記憶している。だとすると、そんなことをジーク様に言うのは逆効果だ。それはつまり俺がジーク様を好きじゃない。と宣言するようなものだ。貞操の危機から逃れるためにヤンデレ監禁ルートという恐ろしい語感の扉を開けるわけにはいかないだろう。

「セレスティン」

 ジーク様が恐ろしいほど甘い声で俺のことを呼んだから、俺は下げていた目線をゆっくりとあげた。とても美しい緑色をした瞳が俺を見つめている。

「目を、閉じて?」

 ゆっくりとジーク様の顔が近づいてきた。これは、約束のやつだ。触れるだけ、触れるだけなら犬に噛まれるようなもんだ。俺は覚悟を決めてそっと目を閉じた。

「………………」

 お茶を飲んでいたからか、お互いの唇はしっとりとしていた。触れた瞬間自分とは違う体温に心臓が跳ねた。前世で最後にしたキスなんて覚えちゃいないし、今世では初めてだ。あまりにも怖くて目も口も力一杯閉じてしまった。
 俺のそんな反応に気づいたのだろう。ジーク様は軽く唇を触れさせた状態でしばらく動かないでいてくれて、その後ゆっくりと離れてくれた。

「おやすみ、セレスティン」

 ジーク様がそう言って、目を閉じたままの俺の額に唇を押し当てた。ジーク様が俺から離れていくのが気配でわかる。絨毯の毛脚が長いから足音は聞こえないけれど、扉が開けられて閉まる音は聞こえる。目を閉じたままだから、余計に感覚が鋭くなっているのだろう。ジーク様の気配が完全に扉から離れるまでまって、ようやく目を開けた。

「はぁぁぁぁぁぁぁ」

 俺は一気に肩の力が抜けて、背もたれに頭を預けた。目線の先にはエイゼル様の儚げな微笑みがあった。じっくりと見ればなんとなく、モナリザの微笑みのような感じがする。微笑んでいるのか泣いているのかわからないと言うことだ。前世で見たドラマであったな、お嬢様のふりをするためにモナリザの微笑を相手に見せるって、自分の本心を隠すってやつだ。一説によればモナリザは子を亡くしたばかりでうまく笑えなくて、泣き笑いのような顔をしていたと聞いた。
 つまり、エイゼル様もそうだったと考えられるわけだ。国一番の公爵に囚われ、年上の愛人たちと過ごす日々は本心を隠さなくてはならなかったことだろう。そうして耐え忍んで学園でしか逢瀬を重ねられなかった恋人と結婚した。なかなかすごいことだけど、俺にもできるだろうか?

「俺は絶対にやってやる。女の子と結婚するんだ」

 俺は立ち上がり、エイゼル様の絵画に向かって拳を突き上げ誓ったのであった。
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