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第34話 テンプレは繰り返す

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目が覚めたら知らない天井だった。再び。……ではなく、たしかに知らない天井だったけれども、顔を動かすと憔悴しきったジーク様がいた。

「なんで?」

 口から出た言葉はそんなんだった。

「倒れたんだ。覚えていないのか?」

 ジーク様にそう言われてもイマイチ記憶があやふやだった。確か昼休みにいつもの通りに温室に行ったらアリスが何かをしていて……

「温室に行ったことは、覚えていますけど」
「そうだ、温室で倒れたんだ。俺はたまたまリヒト様がエトワール嬢に会いに行くと言ったからちょうどセレスティンの後ろを歩いていた」
「……」
「そうしたら、だな、セレスティン、お前が何かを叫んで倒れたんだ」
「何かを叫んだ?」

 さて、なんのことだろう?何かを叫んだとしても、さてはて記憶にない。これはもしかしてひっかけ問題だったりするのだろうか?温室に行ったのだから、バラの花の咲きぐあいを確認したかったんだよな?でも、俺の記憶にはバラの花が咲いていた記憶はない。一番咲きそうなのは、リヒト様の赤色のバラだったはず、だがそれが咲いていれば俺よりもアリスが叫んだことだろう。
 だが、アリスは温室でなにをしていたかな?思い出そうとしたら、急に頭が痛くなった。

「いっ、たぁ」

 思わず顔が歪んだ。

「セレスティン」

 ジーク様が驚いて俺の顔を覗き込んできた。その瞳が不安で揺れていて、俺は思わず息を飲んだ。

「あ、あの……」
「無理をしない方がいい。もう放課後だからそろそろ馬車もくる」
「放課後?」
「ああ、そうだ。倒れたのが昼休みだからな」
「え?ジーク様、護衛の仕事は?」
「リヒト様が婚約者のそばにいるよう取り計らってくれた」
「え、あ、ご、ご迷惑を……」
「気にすることはない。セレスティンの体調の変化に気づけなかった俺のミスだ」

 ジーク様はそう言って俺の髪を優しく撫でてくれた。そうして、馬車がきて、俺はお姫様抱っこをされて馬車に乗り込み、そのまま帰宅したのだった。
 一応先触れが出されていたから、カインが先導してサクサクと俺の部屋にたどり着き、マリが魔道具で布団を温めてくれていた。ふわふわと心地のいい布団にくるまれて、俺はウトウトしてしまう。もちろん、寝間着への着替えはマリがしてくれた。ジーク様は俺が寝台の上で温かな飲み物を飲んでいるのを確認すると、城に報告に行ってしまった。本当はリヒト様が不要だと言ってくれていたらしいのだけど、真面目で律儀なジーク様は俺が無事に目を覚ましたからと言って行ってしまったのだった。

「お腹は空いていませんか?」

 マリが聞いてきたので頭を左右に振る。昼食後の事だったから、食べたものが消化されていないのかどちらかと言えば胃もたれ気味かもしれない。

「では、もう少しお休み致しましょう」

 マリはそう言って俺からカップを受け取ると、ワゴンに置き、そうして俺の体を布団の中に滑り込ませた。温められた布団と、温かな飲み物を飲んで体内から温まった俺は直ぐに眠たくなった。まぶたが何となく重たいな。なんて考えているうちに、マリが天蓋を閉めたので周りがやんわりと暗くなった。そうして俺は深い眠りに落ちていった。

「あれ?」

 ふんわりと浮上するように目が覚めて、俺の目線の先には誰かの後頭部が見えた。柔らかな日差しを浴びて、ふたつに分けられたお下げ髪、俯きがちな項、小さな肩……

「ゆきちゃん……おはよう」

 俺は自然とそんなことを口にした。すると、小さな肩がピクリと反応して、立ち上がり、こちらを向いた。逆光で顔がよく見えないけれど、ゆきちゃんだ。

「……っ」

 何かを言われたような気がするけれど、上手く聞き取れなかった。そうして俺のそばまで駆け寄ると、寝台の脇にしゃがみ込んだ。

「セレスティン様……私のこと、ゆきちゃんって」
「……アリス…………」

 ぼんやりとした記憶の向こうにお下げ髪の女の子がいた。いつも俺の寝ているベッドの脇に座り込んで、背中をベッドに寄りかからせて、そうしてスマホをいじっていた。だからいつも見ていたのはお下げ頭の後頭部と白いうなじに細い首。

「ゆきちゃん、大きくなったなぁ」

 俺は何故かそう言ってアリスの頭を撫でた。

「……おじいちゃん」

 アリスが俺をそう呼んだから、そこでようやく記憶が繋がった。俺の前世の最後の記憶、6畳ほどの部屋に置かれたベッドの上でテレビを観ていた。傍らには孫のゆきちゃんがいて、トイレに行くのをいつも手伝って貰っていた。「ありがとう」と言って頭を撫でるとはにかんだような笑顔を向けてくれる可愛い孫。いつもスマホをいじっていたな。だからか、スマホのゲームだったのかこの世界。

「どうして、俺たちはここにいるんだろう?」
「死んじゃったから?」
「俺は年寄りだったからわかるけど、ゆきちゃんはまだ若かっただろう?」
「ゆきはヒキニートだったからなぁ」
「ヒキニート?」
「うん、学校も行かなくて仕事もしてなくて、家に引きこもっていたから引きこもりニート、略してヒキニート」
「だってゆきちゃんは俺の介護をしてくれてたじゃないか。そのせいで学校に行けなかったんだろう?」
「違うよ。ゆきが引きこもりになったから、何もしないでってお姉ちゃんに怒られておじいちゃんの世話をすることになったの。ゆきはおじいちゃんのお世話をするかわりにヒキニートを許されたんだよ」

 アリスはそう言って笑った。その笑い方は前世の記憶にある笑顔と同じだった。

「ゆきちゃんはなんで死んじゃったの?」
「わかんない。覚えてないの……でも、おじいちゃんのそばにいたのは覚えてる」
「そうか、何があったのかな?俺も覚えてないな」
「でもね、この世界に二人でこられて良かった。って思うよ」
「なんで?」
「だって、ゆきはこの世界に来て学園に通えて、おともだちが出来て結構楽しいもん」
「それは良かったな」
「うん、だからね。おじいちゃんも幸せになって欲しい」
「幸せ?うーん、俺の前世は幸せじゃなかったのかな?」
「知らない。でも、ゆきが知ってるおじいちゃんはずっとベッドの上だった。ご飯も一人で食べていて寂しそうだった」
「そうなんだ……覚えてないな」
「きっと辛いことや悲しいことは忘れちゃうんだよ」
「そうか、それなら良かった」
「それじゃダメ」

 アリスはそう言ってスっと立ち上がった。そうして俺の顔をじっと見つめて意を決したように口を開いた。

「幸せになろうよ。おじいちゃんの晩年はきっと寂しかったと思う。おばあちゃんが死んじゃって、体が不自由になって、ずっとベッドの上で、パパもママもおじいちゃんの事ほっておいて、それでゆきと二人で六畳間に押し込められて、寂しかったと思うよ?」
「そうか……ゆきちゃんがそういうのならそうなのかもな」
「うん。ゆきはそう思う。だから幸せになろう」

 アリスであるゆきちゃんが力強くそういうので、俺は素直に頷いた。

「でもなぁ」
「なぁに?おじいちゃん」

 寝台に堂々と腰掛けてアリスが聞いてきた。口調はもはやゆきちゃんだ。

「幸せって言われても、イマイチピンと来ないな」
「そっかぁ……じゃあさぁ、セレスティン様って今幸せ?」
「え?今?今かぁ、うーん」

 俺は腕を組んで首を捻った。どうだろう?帰れなくなった実家、したくてした訳じゃない婚約、常に監視されているような生活。衣食住はどれも完璧なまでに上質で不自由なんてない。プラスとマイナスどちらもある。

「どうなの?不幸?それとも幸せ?」
「そ、うだなぁ……俺は女の子と結婚がしたいのに、ジーク様と婚約してる。そのせいで不仲になったわけじゃないけど実家に帰れなくなった。まだ甘えたい年頃だったのに親元から引き離された?いや、違うな。親に捨てられたのかな?でも、貴族ってそんなもんだと言われれば仕方がないかも?昔の日本も丁稚奉公ってあったし、それに比べればいい暮らしさせてもらってるからなぁ」

 俺は自分のおかれている状況を比較的冷静に考えてみた。不幸と言えば不幸かもしれないけど、貴族ってそんなもんだろう。全寮制の学園があるのだって欧米の貴族文化の名残だもんな。

「女の子と結婚すると幸せになれるの?」

 アリスが聞いてきた。

「え?うーん、女の子と結婚がしたいなぁ」

 俺は曖昧に答えた。女の子と結婚がしたいのは小さな頃からの夢だ。可愛くておっぱいの大きな女の子と結婚がしたい。男のロマンだと思う。

「それってなんで?周りに女の子なんていなかったのに、なんで女の子と結婚したいって思ったの?」
「なんでって、そりゃあ……その、だな。俺さぁこの世界に生まれ変わった時からちゃんと記憶と意識があるのよ」
「記憶と意識?」
「そう、この世界に生まれたって、前世の意識を持ったまま生まれてきたんだ。だからさぁ腹が減って泣いたらシャロンのおっぱいを飲まされた時、めっちゃくちゃ驚いたわけ」
「シャロン様のおっぱい……」

 アリスは必死に想像しているのだろう。ゆきちゃんは学校にも行かずに俺の世話をしてくれていたから、年頃の男の裸なんか見たことが無いはずだ。だからスマホで見た画像とかの記憶から想像しているのだと思う。

「そう、真っ平らな胸にちょこんとあるポッチをくわえたらさ、そこから母乳が出てきたんだよ。その時の衝撃と言ったら、そりゃあもう」
「平らな胸……」

 そう言いながらアリスは自分の胸を見る。アリスの胸はちゃんと女の子らしい柔らかな膨らみがあった。

「前世の記憶があったからさ、衝撃が強すぎて、おっぱいは柔らかいに限る。だから女の子と結婚がしたい。って思ったのかなぁ」
「うん、それは確実に前世の記憶に引っ張られてる。いい、よく聞いて、男の人の鍛えられた雄っぱいは柔らかいのよ」
「鍛えられた雄っぱい?」
「そう。筋肉はね、力を入れなければ柔らかいの」

 アリスが、得意げに言ってきた。サラッと口にしていたけれど、絶対におっぱいじゃなくて雄っぱいって言ったよな。俺もだけど。

「なんだよそれ」

 俺が嫌そうな顔をすると、アリスは人差し指で俺の鼻をつついた。

「ぜーったい、ジークフリート様の雄っぱいは柔らかいから触らせてもらえばいいんだわ。そうしたら考えが変わるかもしれないから」
「触る?ジーク様の雄っぱいを?」
「そ、リバップルもありだと思うの。きっとセレスティン様はおじいちゃんの記憶があるから女の子と結婚がしたいのよ。男に抱かれたくないの。だから発想の転換よ」
「はぁ?なんだよ、それ」
「だからぁ、幸せになる方法を探そうって話しよ。私は見つけちゃったから、ね。おじいちゃん……セレスティン様も探そうよ」
「幸せになる方法を探す……」
「うん、ね?探そう?」
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