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ジークフリート目線6

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 翌朝、食堂でいつものようにセレスティンが来るのを待った。どんなことがあろうと、セレスティンはメイドにつき従われてやってくる。俺が見立てた中等部の制服が随分と様になってきた。ネクタイピンは進学の際のプレゼントで、俺の瞳の色の石をはめてある。土台に瑪瑙を貼り付けたら母が顔をひきつらせていた。俺の色を送って何がいけないというのだろうか。

「おはようございます。ジーク様」

 いつも通りの挨拶をして、セレスティンがやってきた。メイドは入口で待機する。

「おはよう、セレスティン」

 今日も美しい俺の婚約者。六年たってもまだ逃げようとする。どうしてそこまで女がいいのか正直理解し難い。その辺の女より自分の方が美しいと言う自覚はないのだろうか。

「セレスティン」

 名前を呼んで立ち上がり、セレスティンの隣に立った。いつもと違う俺の行動にセレスティンが驚いた顔をした。ポケットから小箱を取り出しセレスティンの前で開けて見せる。

「え、っと……」

 小箱の中身を見てセレスティンが戸惑っている。それはそうだ、中等部に上がった時にネクタイピンを送ったと言うのに、また贈り物を見せられたのだから。

「イヤーカフスだ。今つけているものはデザインが古いだろう?それに、セレスティンの体も大きくなったからな」

 もっともらしい言い訳をして、セレスティンの耳についているイヤーカフスを付け替えた。最近音が聞こえずらいことが多いので、本来ならメンテナンスをしたいところだが、イヤーカフスに通信機能が付いている事を知らないセレスティンにうまい言い訳が思いつかなかったのだ。騎士であるため、この手の魔道具は自分で組み立てるので、セレスティンへ贈るイヤーカフスも設計から俺が考えたものである。
 セレスティンの耳の形に添うように、そして薄い皮膚を傷つけないようなデザインを考え、宝石商から俺の瞳に近い色を買い付けた。セレスティンを守るためと言う言い訳を盾にして、通信機を身につけさせる。使い方を教えなければ、それはたしかに盗聴器と呼ばれても仕方がない。

「ほら、とてもよく似合っている」

 侍従が大きめの鏡を持ってきて、セレスティンの姿を写した。セレスティンの絹のような金髪から、俺の瞳の色の石が見える。セレスティン付きのメイドは、いつもセレスティンの耳が見えるような髪型を心がけているから、今日もセレスティンの横顔が美しい。

「そ、うかな」

 セレスティンが自分の横顔が映し出された鏡を見て首をかしげる。その仕草に妙な色気を見つけてしまい、俺は慌てて侍従に鏡をしまわせた。

「ジークフリート様、朝食にございます」

 いつもより始まりが遅くなってしまったが、パンは焼き立てだし、スープも温かい。セレスティンは小さな声でお礼を言って、いつも通りに食べはじめた。そうして穏やかないつもの朝となったのだった。

「感度は悪くないな」

 朝食後、自室に戻ってからセレスティンに新しく付けた魔道具の具合を確認する。基本セレスティンは一人っきりにならないと喋らない。だから自室に戻ったセレスティンの声より、聞こえてくるのはメイドの声だ。メイドとの会話はおかしなノイズもなく良く聞こえてくる。
 だが、俺を見送り、セレスティンが自室でなにやら独り言をつぶやき出すと、ところどころノイズが入り出した。やはりセレスティンの使う言葉になにかがあるのだろうか。魔道具では拾えない言葉があるとでも言うのだろうか。
 俺がそんな事を悩んでいると言うのに、リヒト様は今日に限って学園への出発の時間を急遽早めた。

「誰もいない学園を見てみたくてね」

 そんな事を言うけれど、学園に入れると言うことは、すでに誰かが来ていると言うことだ。生徒の数が少ないと言う点は間違いのないことだ。学園の中なら、城内より安全だから反対をする理由がなかった。警備が手薄のように見えて、その実強力な魔道具で囲われている学園の安全は計り知れない。敷地内に入れる者に年齢制限がかけられているからだ。教職員は許可証の魔道具を身につけていないと入れない仕組みになっている。入学式などの行事に父兄が参列できない理由はここにあるのだ。リヒト様の警護に当たる俺には、勲章を模した魔道具が与えられている。これには血の忠誠が付与されているため、俺以外が使用することはできない。

「こんなにも静かだとは驚いたよ」

 リヒト様は人気のない廊下を楽しそうに歩くが、教職員はすでに来ているわけで、完全な無人ではない。普段と雰囲気の違う教室をみて回り、リヒト様のクラスに近づいた時、おかしなノイズにも似た音が聞こえてきた。一瞬、セレスティンの声かと思い魔道具に触れてみたが、その音は確かに扉の中から聞こえてきた。

「不思議な音色だ」

 どうやらリヒト様の耳には言葉ではなく音階のように聞こえているようだ。セレスティンではない者が発する謎の言葉に警戒しつつ扉を開ければ、そこにはピンク色の頭をしたエトワール令嬢がいたのだった。

「おはよう、早いのだね」
「おはようございます。リヒト殿下」

 エトワール令嬢は制服のスカートを摘んで淑女の礼をした。

「手にしているそれはなにかな?」

 エトワール令嬢の手に見慣れぬ布のような物を見つけ、リヒト様が問う。

「ああ、これは雑巾です。教室の机を拭いていました」
「机を拭く?生活魔法で綺麗になるだろう?」
「ええ、でも……自分が使う物ですから、自らの手で労いを込めて綺麗にしたいとは思いませんか?」

 エトワール令嬢はそう言ってリヒト様に微笑んだ。忖度も媚びもない。一瞬不敬にあたるかとリヒト様の様子を伺ったが、リヒト様は大きく目を見開いて……どうやら感動したようだ。何かと第一王子であるアベル様と比較されてしまうためか、たまに卑屈な態度をとることがあるのだが、この程度のことで感動されるとは意外だった。

「なるほど、物に対して労いの心を持つとはなかなか斬新だな」
「斬新?……はぁ、物にだって心は宿りますわよ。人に心がある様に、物にだってそれに答えようとする心があるものです。ねぇ、騎士様?」

 急に俺に話を投げてくるから、思わず変な声をだしそうになったが、いつも通りの声で答える。

「騎士はその剣に忠誠を乗せますからね。確かに、我が剣に我が心が宿っております」

 俺の答えにリヒト様は感心したように頷いた。

「なるほど、愛用のペンはよく手に馴染む。魔道具だと言えばそれまでだが、私の書きやすいように動いてくれるのだから、それは道具と心が通じあっていると言うことになるのだな。うん、素晴らしい話をありがとう」

 リヒト様は雑巾を手にしているエトワール令嬢の手を両手で握りしめて礼を述べたが、若干エトワール令嬢の頬が引きつっているように見えたのは俺の気のせいだろうか?なんにしても、この事は陛下に報告案件であることは間違いないだろう。
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