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ジークフリート目線5
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セレスティンに盗聴していることがバレる訳にはいかない。
だからといって、今日のことを確認しないわけにもいかなかった。昼休み、セレスティンたちはいつもの四人で食堂へと行った。いつの通りの行動であるから、俺はリヒト様の護衛を兼ねて特別室で共に昼食をとった。だから聞こえてくる音はほとんど意識していなかったのだが、突如として聞こえてきたセレスティンのつぶやきに思わず反応をしてしまった。
つぶやき言葉の感じからして、この間の温室だろう。だがセレスティンはつぼみに色がついたことを喜んではいないようだ。エトワール令嬢と話をしていた時は、楽しみにしているような口ぶりであったのに、何があったというのだろうか。
そんな事を考えていると、聞き慣れた声がした。アルトが温室にやってきたようだ。アルトがしきりに花についてセレスティンに質問をしている。どうやら花の色は緑色らしい。たしかに変わった色だ。護衛の任務でなければ俺も見に行きたいところだが、無理だろう。リヒト様が温室を見学されたいとでもおっしゃってくだされば、それを口実に赴けるのだがな。
「なんでコソコソこんなところに来たの?この緑色の薔薇って僕たちにに知られたくないことなの?」
突然アルトが声を荒げた。セレスティンが萎縮したような声で応じているが、アルトはなおも追求しているようだ。おそらくアルトは、この温室には別の目的があることに気がついているのだろう。そしてそれを知りたくてこのような態度を取ってしまったのだろう。だが、それではダメなのだ。おそらくセレスティンが何かを話してくれたとしても、この間のように聞き取れなだろう。いや、聞こえてはいるのだが、言葉の意味をなさないのだ。
懐中時計を確認すれば、いい時間だった。俺の耳にもモリルの声でそんなことが聞こえてきた。歩きながらもアルトがセレスティンを咎める声が聞こえてくる。だが俺は、いつも通りにリヒト様の後ろを歩くだけだ。そうして教室に戻ってきた時、別段不穏な空気もなかったので、俺は安心していた。だがしかし、それは馬車の中で起きてしまった。
アルトに向かってセレスティンが思いの丈を吐き出している。そしてアルトはそれを受け止めきれずにいるようだ。そうだろう、俺だってそんな事を目の前で言われたら対処なんてできようもない。
なぜ、なんで、と言ったところで、答えはたった一つなのだ。
女の子と結婚がしたい。
ただそれだけだ。
セレスティンの願いはただそれだけで、俺がどんなに努力をしても叶えられる事ではなかった。おまけに俺は嫌われている。六年間、同じ屋根の下で生活をしてきたというのに、全く進展がないことがわかってしまった。それどころか、セレスティンにはある種諦めにも似た感情が芽生えているようだ。ついこの間は婚約破棄をする方法を知って喜んでいたのにな。
セレスティンの部屋へ向かっている最中、またノイズが入ったように音声が不鮮明になった。以前から時々起きていた現象ではあったが、ここ最近頻繁に起きるようになってきた。六年も使っているからメンテナンスをするか、新しいものに変えた方がいいのかもしれないな。
メイドたちから度々報告は上がってはいるが、やはりセレスティンは俺との婚約を破棄したいようだ。俺はもちろん応じるつもりはない。
「俺が昼休みにどう過ごそうと俺の勝手でしょ?なんでそんなことまで制限されなきゃなんないの?もう、いちいちうるさいよ」
やんわりと諭したかったのに、セレスティンの口からまさかの反論が飛び出して、俺は言葉を失った。今まで表面上は俺に従順な婚約者であったというのに、ついに限界に達してしまったのだろうか?今日はアルトもなかなかしつこかったから、夜になってまた俺に似たような事を言われてうんざりしただけかもしれない。そう、思いたい。
だが、最近一人になるとセレスティンはやたらと婚約破棄と口にしている。セレスティンのクラスにはエトワール令嬢しかいないが、下位のクラスに行けばそれなりに女子生徒は在籍している。今まではただ口にしていただけだったが、女の子と結婚するという事に現実味を帯びてしまったのかも知れない。俺はセレスティンの部屋を後にして、母である公爵の部屋へと向かった。
「まだ盗聴してたんだ」
母は呆れた顔でため息をついた。父であるゼスがお茶を三人分入れてくれた。プライベートな話のため、使用人たちは下げてあるから、俺は包み隠さず話をしたのだ。
「それよりも、アルトも困ったものだな。昔はお前のブラコン具合に困っていたものだが、今ではすっかりアルトの方がブラコンだ。しかも拗らせてるよ」
父がそんな事を言うけれど、アルトがブラコンとはどう言う事だろうか。
「わかってないのか、アルトはブラコンだよ。もちろんお前に憧れているんだ。年の離れた兄に尊敬して憧れる。まあ普通のことなんだけど、自分のことを一番に考えてくれていたのに、婚約者ができた途端に自分が二の次三の次扱いされて、おまけにその婚約者はお前のことが嫌いだと言う。アルトからすれば到底理解できないことだろう。こんなに立派な兄のどこが不満なんだ。ってね」
「強いて言えば、女の子ではないことですね」
父の話に自虐的に答えた。俺は男で、しかも男らしい職業筆頭の騎士だ。どう頑張っても可愛らしい女の子にはなれない。
「まあ、アルトからすれば大好きな兄上を取られたのだから、相手にもそれなりのものを要求していたんだろうね。おまけに一緒に暮らしてるのに一向になびかないから、セレスティンくんがお高くとまってると思っていたんだろう」
「セレスティンくん美人だからねぇ」
両親にそんなことを言われてしまい心が痛む。そもそもアルトに向けていた気持ちは、セレスティンに向けている気持ちとは全く別ものだ。今でもアルトに近づくおかしな輩は排除の対象であることに変わりはない。
「に、しても、エトワール男爵家のアリスちゃんだっけ?」
「はい」
「余計なこと教えてくれちゃったなぁ」
「いずれ知ることだったでしょう?」
「まあ、ね。高等部に上がったら私が教えるつもりだったんだよ」
「え?」
俺は純粋に驚いた。この母は何を言っているのだろうか。
「だってね。ウィンス伯爵家に子作りの魔道具を送ったのは私なんだから。責任は感じている。シャロンに似たセレスティンくんが生まれた後、第二子を望まなかったのはセレスティンくんを手放したくなかったからなんだろうね。それなのに、うちが奪うようなことをしてしまったから、責任を感じて送ったんだけど、その結果セレスティンくんの居場所をなくしてしまった」
「………………」
「たとえ婚約破棄できたとしても、セレスティンくんは傷物扱いされるだろうし、シャロンのあの性格じゃセレスティンくんのこと縁切りしそうだよね」
「それはセレスティンもわかっているみたいです」
「それは…………」
「ええ、独り言で言っていましたから」
「ジーク、堂々としすぎだよ」
母は頬杖をついて難しい顔をした。どうにもこうにも解決策はない。セレスティンが童貞を捨てたいと言うのなら、娼館に連れて行かないことはないが、初めては譲れない。そんな俺の考えを読んだのか、父が口を開いた。
「ジーク、閨教育を続けて、セレスティンくんにますます嫌われるんじゃないのか?」
それを聞いた母がゆっくりと目をつぶった。
「セレスティンの肌に俺以外の者の手が不触れるのは嫌なのです」
「全く、何を男のロマンをその年で……」
母は頬杖をついていた手を額に当てた。どうやら頭が痛いらしい。
「それで、ジークはセレスティンくんにどこまで教えるつもりなんだ?」
「基本的なことだけです。後ろのほぐし方なんか教えたら舌を噛まれそうですからね」
「……そうだな。うん、アルトに釘を刺しておこう。喧嘩になる」
「いや、俺から言っておきます。俺のせいですから」
「大丈夫なのか?」
「これでもアルトの自慢の兄ですから」
結局、解決策は何も出ては来なかった。ただこれ以上アルトとセレスティンの仲がこじれないようにしなくてはならない。俺は弟思いの優しい兄として、アルトの部屋へと向かった。そうして変な誤解を招くことのないよう、慎重に言葉を選んで説明したのだった。
だからといって、今日のことを確認しないわけにもいかなかった。昼休み、セレスティンたちはいつもの四人で食堂へと行った。いつの通りの行動であるから、俺はリヒト様の護衛を兼ねて特別室で共に昼食をとった。だから聞こえてくる音はほとんど意識していなかったのだが、突如として聞こえてきたセレスティンのつぶやきに思わず反応をしてしまった。
つぶやき言葉の感じからして、この間の温室だろう。だがセレスティンはつぼみに色がついたことを喜んではいないようだ。エトワール令嬢と話をしていた時は、楽しみにしているような口ぶりであったのに、何があったというのだろうか。
そんな事を考えていると、聞き慣れた声がした。アルトが温室にやってきたようだ。アルトがしきりに花についてセレスティンに質問をしている。どうやら花の色は緑色らしい。たしかに変わった色だ。護衛の任務でなければ俺も見に行きたいところだが、無理だろう。リヒト様が温室を見学されたいとでもおっしゃってくだされば、それを口実に赴けるのだがな。
「なんでコソコソこんなところに来たの?この緑色の薔薇って僕たちにに知られたくないことなの?」
突然アルトが声を荒げた。セレスティンが萎縮したような声で応じているが、アルトはなおも追求しているようだ。おそらくアルトは、この温室には別の目的があることに気がついているのだろう。そしてそれを知りたくてこのような態度を取ってしまったのだろう。だが、それではダメなのだ。おそらくセレスティンが何かを話してくれたとしても、この間のように聞き取れなだろう。いや、聞こえてはいるのだが、言葉の意味をなさないのだ。
懐中時計を確認すれば、いい時間だった。俺の耳にもモリルの声でそんなことが聞こえてきた。歩きながらもアルトがセレスティンを咎める声が聞こえてくる。だが俺は、いつも通りにリヒト様の後ろを歩くだけだ。そうして教室に戻ってきた時、別段不穏な空気もなかったので、俺は安心していた。だがしかし、それは馬車の中で起きてしまった。
アルトに向かってセレスティンが思いの丈を吐き出している。そしてアルトはそれを受け止めきれずにいるようだ。そうだろう、俺だってそんな事を目の前で言われたら対処なんてできようもない。
なぜ、なんで、と言ったところで、答えはたった一つなのだ。
女の子と結婚がしたい。
ただそれだけだ。
セレスティンの願いはただそれだけで、俺がどんなに努力をしても叶えられる事ではなかった。おまけに俺は嫌われている。六年間、同じ屋根の下で生活をしてきたというのに、全く進展がないことがわかってしまった。それどころか、セレスティンにはある種諦めにも似た感情が芽生えているようだ。ついこの間は婚約破棄をする方法を知って喜んでいたのにな。
セレスティンの部屋へ向かっている最中、またノイズが入ったように音声が不鮮明になった。以前から時々起きていた現象ではあったが、ここ最近頻繁に起きるようになってきた。六年も使っているからメンテナンスをするか、新しいものに変えた方がいいのかもしれないな。
メイドたちから度々報告は上がってはいるが、やはりセレスティンは俺との婚約を破棄したいようだ。俺はもちろん応じるつもりはない。
「俺が昼休みにどう過ごそうと俺の勝手でしょ?なんでそんなことまで制限されなきゃなんないの?もう、いちいちうるさいよ」
やんわりと諭したかったのに、セレスティンの口からまさかの反論が飛び出して、俺は言葉を失った。今まで表面上は俺に従順な婚約者であったというのに、ついに限界に達してしまったのだろうか?今日はアルトもなかなかしつこかったから、夜になってまた俺に似たような事を言われてうんざりしただけかもしれない。そう、思いたい。
だが、最近一人になるとセレスティンはやたらと婚約破棄と口にしている。セレスティンのクラスにはエトワール令嬢しかいないが、下位のクラスに行けばそれなりに女子生徒は在籍している。今まではただ口にしていただけだったが、女の子と結婚するという事に現実味を帯びてしまったのかも知れない。俺はセレスティンの部屋を後にして、母である公爵の部屋へと向かった。
「まだ盗聴してたんだ」
母は呆れた顔でため息をついた。父であるゼスがお茶を三人分入れてくれた。プライベートな話のため、使用人たちは下げてあるから、俺は包み隠さず話をしたのだ。
「それよりも、アルトも困ったものだな。昔はお前のブラコン具合に困っていたものだが、今ではすっかりアルトの方がブラコンだ。しかも拗らせてるよ」
父がそんな事を言うけれど、アルトがブラコンとはどう言う事だろうか。
「わかってないのか、アルトはブラコンだよ。もちろんお前に憧れているんだ。年の離れた兄に尊敬して憧れる。まあ普通のことなんだけど、自分のことを一番に考えてくれていたのに、婚約者ができた途端に自分が二の次三の次扱いされて、おまけにその婚約者はお前のことが嫌いだと言う。アルトからすれば到底理解できないことだろう。こんなに立派な兄のどこが不満なんだ。ってね」
「強いて言えば、女の子ではないことですね」
父の話に自虐的に答えた。俺は男で、しかも男らしい職業筆頭の騎士だ。どう頑張っても可愛らしい女の子にはなれない。
「まあ、アルトからすれば大好きな兄上を取られたのだから、相手にもそれなりのものを要求していたんだろうね。おまけに一緒に暮らしてるのに一向になびかないから、セレスティンくんがお高くとまってると思っていたんだろう」
「セレスティンくん美人だからねぇ」
両親にそんなことを言われてしまい心が痛む。そもそもアルトに向けていた気持ちは、セレスティンに向けている気持ちとは全く別ものだ。今でもアルトに近づくおかしな輩は排除の対象であることに変わりはない。
「に、しても、エトワール男爵家のアリスちゃんだっけ?」
「はい」
「余計なこと教えてくれちゃったなぁ」
「いずれ知ることだったでしょう?」
「まあ、ね。高等部に上がったら私が教えるつもりだったんだよ」
「え?」
俺は純粋に驚いた。この母は何を言っているのだろうか。
「だってね。ウィンス伯爵家に子作りの魔道具を送ったのは私なんだから。責任は感じている。シャロンに似たセレスティンくんが生まれた後、第二子を望まなかったのはセレスティンくんを手放したくなかったからなんだろうね。それなのに、うちが奪うようなことをしてしまったから、責任を感じて送ったんだけど、その結果セレスティンくんの居場所をなくしてしまった」
「………………」
「たとえ婚約破棄できたとしても、セレスティンくんは傷物扱いされるだろうし、シャロンのあの性格じゃセレスティンくんのこと縁切りしそうだよね」
「それはセレスティンもわかっているみたいです」
「それは…………」
「ええ、独り言で言っていましたから」
「ジーク、堂々としすぎだよ」
母は頬杖をついて難しい顔をした。どうにもこうにも解決策はない。セレスティンが童貞を捨てたいと言うのなら、娼館に連れて行かないことはないが、初めては譲れない。そんな俺の考えを読んだのか、父が口を開いた。
「ジーク、閨教育を続けて、セレスティンくんにますます嫌われるんじゃないのか?」
それを聞いた母がゆっくりと目をつぶった。
「セレスティンの肌に俺以外の者の手が不触れるのは嫌なのです」
「全く、何を男のロマンをその年で……」
母は頬杖をついていた手を額に当てた。どうやら頭が痛いらしい。
「それで、ジークはセレスティンくんにどこまで教えるつもりなんだ?」
「基本的なことだけです。後ろのほぐし方なんか教えたら舌を噛まれそうですからね」
「……そうだな。うん、アルトに釘を刺しておこう。喧嘩になる」
「いや、俺から言っておきます。俺のせいですから」
「大丈夫なのか?」
「これでもアルトの自慢の兄ですから」
結局、解決策は何も出ては来なかった。ただこれ以上アルトとセレスティンの仲がこじれないようにしなくてはならない。俺は弟思いの優しい兄として、アルトの部屋へと向かった。そうして変な誤解を招くことのないよう、慎重に言葉を選んで説明したのだった。
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