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第24話 俺の主張を聞いてくれ
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昼休みはどうしてもアルトと一緒になるからなかなか一人の時間が取れない。お貴族様だから、昼食の時間が若干長めだ。日本と違って昼休みが一時間なんてことはなく、1時間半もある。だがそれでもゆっくりと食事をするのでわりかし自由な時間は取れないものなのだ。だがしかし、俺はどうしても確かめたくて昼食後に一人温室へと向かった。
アリスはいないけれど、温室に鍵がかかっているなんてことはなく、小さな温室に入ることが出来た。以前アリエッティ様とお会いした温室とは違い、本当に小さな温室だ。植えられている薔薇は一株だけらしく、こんもりとした緑にしか見えないのが残念だ。
俺はアリスが教えてくれた辺りを眺めた。
「この辺につぼみがあったはずなんだけど……」
棘は無いとはきいたけど、やはり怖くて手は出せない。葉の影にいつくかあったつぼみはまだ固く、とても咲きそうには見えなかった。のだが、俺は見つけてしまった。花ではないと思ってしまったのはその色のせいだった。アリスの言う通り、瞳の色だからだ。ジーク様の瞳の色は緑、そして俺の瞳の色は青。なんとも分かりづらい色をした小さなつぼみが寄り添うようにあったのだ。
「う、嘘だ」
確かアリスは気持ちが通じ合うとか、そういう感情の変化に応じて花が咲くと言ってはいなかっただろうか?だとしたら、俺とジーク様の気持ちが寄り添ったとでも言うのだろうか?いや、ない。断じてない。
「このつぼみ、色がついてる。よ、な?」
そっと手を伸ばし、葉の陰に隠れているまだ小さなつぼみを確認してみる。
だがしかし、どう見ても二つ色づき始めたつぼみがあり、その色は青と緑だ。青は何となく分かるのだが、緑はなんとも分かりにくい。なにしろ青々とした葉っぱは緑色なのだからな。俺はしゃがんでじっくりと眺めてみた。下から見ても、この2つしか色がついてはいなかった。
「いや、でも、認めたくなんかないぞ。俺は認めない」
俺が声に出してそう言うと、背後から声がした。
「何を認めないの?セレスティン」
驚いて振り返ると、温室の入口にはアルトが立っていた。その後ろにはデヴイットとモリルがいた。
盛大な独り言を聞かれてしまい、俺は何と弁明しようかと慌てて考え込んだ。だが、俺が考えているすきにアルトは温室の中に入ってきて、俺の隣にしゃがみ込んだ。
「なに、これ?」
アルトは俺の指先が触れている緑色のつぼみを見て言った。その隣には青いつぼみもあるのだが、アルトは何故だか緑色のつぼみしか見ていない。
「なにって、薔薇のつぼみだけど」
「いや、だから、何色の花が咲くの?」
「え?見たまんまだよ」
「は?え?緑色だけど?」
「うん、だから緑色の、花が咲くんだよ」
「緑色の、花?なにそれ」
アルトは驚きすぎたのか、いつもよりさらに目が大きく開いていた。俺とアルトが並んでるしゃがんたものだから、デヴイットとモリルが温室に入ってきた。
「もう、二人ともなにしてんの?」
「これ、なんの木?花がないけど?」
やはり二人とも不思議そうに薔薇の木を見る。どう見ても花のない葉っぱだけの変な木だ。棘もないからパッと見は薔薇の木には見えないのだろう。
「なんか花が咲くみたい。でも緑色なんだよ。変じゃない?」
アルトがそう言って緑色のつぼみを二人に示した。言われ所を2人ともが見つめる。
「緑色?これから咲くの?何色の花?」
「こっちに青いのがあるじゃん。でも、まだ固いね」
二人はまだ固いつぼみを触って感想を述べた。確かに緑色だとまだ咲くようには見えない。その隣にある小さいけれど色の着いたつぼみの方がこれから咲くと思ったのだろう。
「え?青いつぼみ?」
言われて気づたのか、アルトが瞳をキョロキョロさせて青いつぼみを探す。割と目の前にあるのになかなか気づけないのはやはりそう言う使用なのだろうか?緑色はジーク様の瞳の色だから、弟であるアルトは直ぐに気づいたのかもしれない。逆に俺の瞳の色である青色は、アルトからすれば邪魔な存在だから、あえて気づけないのかもしれない。
「ここだよ」
そう言って青いつぼみをアルトに教えたのはデヴイットだ。指先でつつくようにしてアルトに教えてきた。そこでようやくアルトも青いつぼみに気づいたようだ。
「うわ、ほんとだ。青いね。……じゃあ、こっちも青くなるの?」
「いや、ならない……予定」
「予定?予定ってなに?」
「それは、だから……その、緑色の薔薇が咲く予定、なんだ」
「は?緑色の薔薇?なにそれ」
アルトはまじまじと緑色したつぼみを見つめた。そうしてじっくりと観察をして、俺の事を見た。
「なんでコソコソこんなところに来たの?この緑色の薔薇って僕たちに知られたくないことなの?」
「え?……そ、そんなことは、ないけど」
「ないけど?」
アルトの尋問が止まらない。俺が白状するまで緩めるつもりはないんだろうけど、俺だって事情と言うものがある。別にアリスと約束をした訳じゃないけれど、この温室に咲く薔薇については秘密なきがする。それに、本当のことを話したところで伝わらない気がするんだよな。
「なぁ、授業に間に合わなくなるから、その話歩きながらじゃダメなのか?」
モリルが制服のポケットから懐中時計を取りだして言った。俺も慌てて時計を見てみると、確かに時間があまり無さそうだ。立ち上がろうとしたら、デヴイットが直ぐに手を差し出してくれた。俺は有難くその手を掴み立ち上がる。当然のようにモリルがアルトに手を差し出し、立ち上がるのを助けていた。さすがにアルトもコレを浮気だとは言ってこなかったので、俺はデヴイットにお礼を言って温室をあとにした。
そうして教室に戻りながら温室話を当たり障りのない範囲で説明した。中等部に入ってから見つけたばかりの温室で、こじんまりとしていて落ち着くのだと説明した。アルトは疑いの目で俺を見たけれど、デヴイットは納得してくれた。「一人になりたい時ってあるよね」なんて言ってくれるもんだから、アルトが俺の事を睨んできたのだ。
「ちゃんとセレスティンの部屋があるじゃん」
「いやいや、アルト、それは違うな。家にいるとなんだかんだ言っても常に侍従がいるじゃないか。家具のようなものだなんて言うけれど、実際人だからね。いないように気配は消してくれてるけど、実際はいるんだ。一人にはなれないさ」
何故かモリルが、俺の行動を擁護してくれた。納得いかないアルトは頬を膨らませてブーブー言っているけれど、反応するのがもう面倒なので適当に返事をしておいた。
そうして何とかアルトの追求をかわしたのだけれど、よく考えたら同じ家に帰るのだった。そう、つまり同じ馬車に乗るのだ。一人で帰るなんて言えるわけもなく、俺はアルトと同じ公爵家の馬車に乗り込んだ。
小等部の頃は隣りに座っていたけれど、さすがに中等部ともなればいい加減体も大きくなったから、向かい合わせに座ることになる。俺はできるだけ顔を見ないように窓枠に肘を着いて外を見た。そんなことでなんとかなるとは思わないけれど、それでもこれは俺のささやかな抵抗なのだ。
「そんなに一人になりたいの?」
アルトは不機嫌そうな声で聞いてきた。ゴウジャス美人のアルトが不機嫌丸出しの顔をしているものだから、なんだかとても凄みがある。だがしかし、俺だって不機嫌ではある。一人でゆっくり薔薇を確認しようと思っていたのに、アルトがデヴイットとモリルを連れてやってきてしまったのだ。アリスからこの世界の秘密をこっそり聞くための温室でもあるのに、あっさりと奪われたわけで、言わば秘密基地を壊された子どもの気分だ。
「ねぇ、セレスティンが一人になりたいわけって、兄上からの閨指導が始まったから?」
本当、この兄弟はそういうことを包み隠さずどストレートに口にする。そういうところは本当に兄弟なんだと思う。いや、もしかすると俺がどうしても受け入れられない貴族特有の感覚なのかもしれないな。
「そんなに嫌なの?」
アルトが口をとがらせて言ってくるから、俺は少しだけアルトの方を見た。
「アルトは嫌じゃないんだ」
「なにが?」
「閨教育」
「だって、貴族としての義務みたいなものじゃない。知らないままで婚姻は出来ないよ」
予想通りの答えが返ってきて、俺は納得しつつもやはりその感覚が受け入れられなかった。
「俺は女の子と結婚がしたいんだ」
「まだそんなこと言ってるの?」
「言うのは俺の勝手だろ。婚約者ってだけなんだから」
「婚約者ってことは将来婚姻する関係って事だよ」
「将来?俺の将来を勝手に決められても困るんだよ」
「何言ってんの?婚約の書類にセレスティンだって署名したんじゃないか」
「ああ、したよ。しなくちゃいけない状況にいたからな」
「何それ、どういう意味」
アルトがそう言って俺を睨みつけてきた。
「そういう意味だよ。公爵家から見合いの打診されて断れるとでも思ってんの?うち伯爵家だよ?公爵家から見たら伯爵家なんて平凡も平凡な貴族の中の平均点。国のツートップとも言われるハスヴェル公爵家の嫡男様に見初められたら頷くしかないじゃん」
「なに、それ……」
「ほんと、わかってないよなアルトはさ、選ぶ側の人間だよな。選ばれる側の気持ちなんて理解する気もないんだろ?それどころか、恩着せがましく思ってんだろ?公爵家と繋がりが持てるのになに文句言ってんだよ。ってさぁ」
「なに、それ……」
「なんで、好きでもないのに婚約しなくちゃいけないんだよ。初対面で頭から冷気を降らせてきたような相手に惚れるとでも思ってんの?無理に決まってんじゃん。俺あの時殺されるって思ったんだからな。そのくせ一目惚れ?笑わせんなよ。おまけに俺の両親に魔道具なんか送りやがって、おかげで弟なんかが生まれて俺は帰る場所がなくなったんだからな」
「なに、それ……僕はそんなこと聞いてないよ」
「聞いてないんじゃなくて、聞かなかっんだろ?俺が他の子と仲良くすると直ぐに浮気だなんだって、アルトは文句ばっかり言ってたからな」
「だって、だって、兄上のどこが不満なんだよ」
「どこが?全部だよ。俺は女の子と結婚したいの。男って言うだけで論外なんだよ。おまけに俺を嫁にするなんて冗談じゃない。俺の気持ちは?誰も聞いてなんかくれなかったじゃないか」
「だって、貴族は政略結婚が当たり前じゃないか」
「何言ってんの?政略結婚するメリットがどこにあるの?うちとお前のうちで親戚関係になってどんな利益が生まれるんだよ」
「え、待って……利益?」
「政略結婚するならそこに何かしらの利益がうまれなくちゃだろ?何かいい事あんの?ないだろ、って言ってるんだよ俺は」
俺が一気にまくし立てたからなのか、アルトは完全に戦意を喪失したようで、呆然と俺の事を見ていた。
「今どき上位貴族で政略結婚するのなんてアリエッティ様ぐらいだよ。だからモリルは俺の気持ちを分かってくれたんだよ。姉であるアリエッティ様が女の子だって言う理由だけで王族に嫁がなくちゃいかないんだからな」
「そんな、だって、僕……」
アルトは言葉が出てこないようで、震える手を自分の口元に当てていた。
「だからこの話はもうおしまいな。どうにもならないんだから話し合うだけ無駄なんだよ。婚約破棄したところで俺は帰る場所がないの」
俺がそう言ったところでタイミングよく馬車が玄関ポーチに停まった。侍従が扉を開けたから、俺はカバンを持ってアルトより先に降りた。俺が勢いよく馬車から降りるのはいつもの事なので、侍従は別段驚きもしなかった。そうしてアルトはゆっくりと降りてきて、カバンを侍従に預けていた。
俺はそれを確認すると、真っ直ぐに自分の部屋へ向かうのだった。
アリスはいないけれど、温室に鍵がかかっているなんてことはなく、小さな温室に入ることが出来た。以前アリエッティ様とお会いした温室とは違い、本当に小さな温室だ。植えられている薔薇は一株だけらしく、こんもりとした緑にしか見えないのが残念だ。
俺はアリスが教えてくれた辺りを眺めた。
「この辺につぼみがあったはずなんだけど……」
棘は無いとはきいたけど、やはり怖くて手は出せない。葉の影にいつくかあったつぼみはまだ固く、とても咲きそうには見えなかった。のだが、俺は見つけてしまった。花ではないと思ってしまったのはその色のせいだった。アリスの言う通り、瞳の色だからだ。ジーク様の瞳の色は緑、そして俺の瞳の色は青。なんとも分かりづらい色をした小さなつぼみが寄り添うようにあったのだ。
「う、嘘だ」
確かアリスは気持ちが通じ合うとか、そういう感情の変化に応じて花が咲くと言ってはいなかっただろうか?だとしたら、俺とジーク様の気持ちが寄り添ったとでも言うのだろうか?いや、ない。断じてない。
「このつぼみ、色がついてる。よ、な?」
そっと手を伸ばし、葉の陰に隠れているまだ小さなつぼみを確認してみる。
だがしかし、どう見ても二つ色づき始めたつぼみがあり、その色は青と緑だ。青は何となく分かるのだが、緑はなんとも分かりにくい。なにしろ青々とした葉っぱは緑色なのだからな。俺はしゃがんでじっくりと眺めてみた。下から見ても、この2つしか色がついてはいなかった。
「いや、でも、認めたくなんかないぞ。俺は認めない」
俺が声に出してそう言うと、背後から声がした。
「何を認めないの?セレスティン」
驚いて振り返ると、温室の入口にはアルトが立っていた。その後ろにはデヴイットとモリルがいた。
盛大な独り言を聞かれてしまい、俺は何と弁明しようかと慌てて考え込んだ。だが、俺が考えているすきにアルトは温室の中に入ってきて、俺の隣にしゃがみ込んだ。
「なに、これ?」
アルトは俺の指先が触れている緑色のつぼみを見て言った。その隣には青いつぼみもあるのだが、アルトは何故だか緑色のつぼみしか見ていない。
「なにって、薔薇のつぼみだけど」
「いや、だから、何色の花が咲くの?」
「え?見たまんまだよ」
「は?え?緑色だけど?」
「うん、だから緑色の、花が咲くんだよ」
「緑色の、花?なにそれ」
アルトは驚きすぎたのか、いつもよりさらに目が大きく開いていた。俺とアルトが並んでるしゃがんたものだから、デヴイットとモリルが温室に入ってきた。
「もう、二人ともなにしてんの?」
「これ、なんの木?花がないけど?」
やはり二人とも不思議そうに薔薇の木を見る。どう見ても花のない葉っぱだけの変な木だ。棘もないからパッと見は薔薇の木には見えないのだろう。
「なんか花が咲くみたい。でも緑色なんだよ。変じゃない?」
アルトがそう言って緑色のつぼみを二人に示した。言われ所を2人ともが見つめる。
「緑色?これから咲くの?何色の花?」
「こっちに青いのがあるじゃん。でも、まだ固いね」
二人はまだ固いつぼみを触って感想を述べた。確かに緑色だとまだ咲くようには見えない。その隣にある小さいけれど色の着いたつぼみの方がこれから咲くと思ったのだろう。
「え?青いつぼみ?」
言われて気づたのか、アルトが瞳をキョロキョロさせて青いつぼみを探す。割と目の前にあるのになかなか気づけないのはやはりそう言う使用なのだろうか?緑色はジーク様の瞳の色だから、弟であるアルトは直ぐに気づいたのかもしれない。逆に俺の瞳の色である青色は、アルトからすれば邪魔な存在だから、あえて気づけないのかもしれない。
「ここだよ」
そう言って青いつぼみをアルトに教えたのはデヴイットだ。指先でつつくようにしてアルトに教えてきた。そこでようやくアルトも青いつぼみに気づいたようだ。
「うわ、ほんとだ。青いね。……じゃあ、こっちも青くなるの?」
「いや、ならない……予定」
「予定?予定ってなに?」
「それは、だから……その、緑色の薔薇が咲く予定、なんだ」
「は?緑色の薔薇?なにそれ」
アルトはまじまじと緑色したつぼみを見つめた。そうしてじっくりと観察をして、俺の事を見た。
「なんでコソコソこんなところに来たの?この緑色の薔薇って僕たちに知られたくないことなの?」
「え?……そ、そんなことは、ないけど」
「ないけど?」
アルトの尋問が止まらない。俺が白状するまで緩めるつもりはないんだろうけど、俺だって事情と言うものがある。別にアリスと約束をした訳じゃないけれど、この温室に咲く薔薇については秘密なきがする。それに、本当のことを話したところで伝わらない気がするんだよな。
「なぁ、授業に間に合わなくなるから、その話歩きながらじゃダメなのか?」
モリルが制服のポケットから懐中時計を取りだして言った。俺も慌てて時計を見てみると、確かに時間があまり無さそうだ。立ち上がろうとしたら、デヴイットが直ぐに手を差し出してくれた。俺は有難くその手を掴み立ち上がる。当然のようにモリルがアルトに手を差し出し、立ち上がるのを助けていた。さすがにアルトもコレを浮気だとは言ってこなかったので、俺はデヴイットにお礼を言って温室をあとにした。
そうして教室に戻りながら温室話を当たり障りのない範囲で説明した。中等部に入ってから見つけたばかりの温室で、こじんまりとしていて落ち着くのだと説明した。アルトは疑いの目で俺を見たけれど、デヴイットは納得してくれた。「一人になりたい時ってあるよね」なんて言ってくれるもんだから、アルトが俺の事を睨んできたのだ。
「ちゃんとセレスティンの部屋があるじゃん」
「いやいや、アルト、それは違うな。家にいるとなんだかんだ言っても常に侍従がいるじゃないか。家具のようなものだなんて言うけれど、実際人だからね。いないように気配は消してくれてるけど、実際はいるんだ。一人にはなれないさ」
何故かモリルが、俺の行動を擁護してくれた。納得いかないアルトは頬を膨らませてブーブー言っているけれど、反応するのがもう面倒なので適当に返事をしておいた。
そうして何とかアルトの追求をかわしたのだけれど、よく考えたら同じ家に帰るのだった。そう、つまり同じ馬車に乗るのだ。一人で帰るなんて言えるわけもなく、俺はアルトと同じ公爵家の馬車に乗り込んだ。
小等部の頃は隣りに座っていたけれど、さすがに中等部ともなればいい加減体も大きくなったから、向かい合わせに座ることになる。俺はできるだけ顔を見ないように窓枠に肘を着いて外を見た。そんなことでなんとかなるとは思わないけれど、それでもこれは俺のささやかな抵抗なのだ。
「そんなに一人になりたいの?」
アルトは不機嫌そうな声で聞いてきた。ゴウジャス美人のアルトが不機嫌丸出しの顔をしているものだから、なんだかとても凄みがある。だがしかし、俺だって不機嫌ではある。一人でゆっくり薔薇を確認しようと思っていたのに、アルトがデヴイットとモリルを連れてやってきてしまったのだ。アリスからこの世界の秘密をこっそり聞くための温室でもあるのに、あっさりと奪われたわけで、言わば秘密基地を壊された子どもの気分だ。
「ねぇ、セレスティンが一人になりたいわけって、兄上からの閨指導が始まったから?」
本当、この兄弟はそういうことを包み隠さずどストレートに口にする。そういうところは本当に兄弟なんだと思う。いや、もしかすると俺がどうしても受け入れられない貴族特有の感覚なのかもしれないな。
「そんなに嫌なの?」
アルトが口をとがらせて言ってくるから、俺は少しだけアルトの方を見た。
「アルトは嫌じゃないんだ」
「なにが?」
「閨教育」
「だって、貴族としての義務みたいなものじゃない。知らないままで婚姻は出来ないよ」
予想通りの答えが返ってきて、俺は納得しつつもやはりその感覚が受け入れられなかった。
「俺は女の子と結婚がしたいんだ」
「まだそんなこと言ってるの?」
「言うのは俺の勝手だろ。婚約者ってだけなんだから」
「婚約者ってことは将来婚姻する関係って事だよ」
「将来?俺の将来を勝手に決められても困るんだよ」
「何言ってんの?婚約の書類にセレスティンだって署名したんじゃないか」
「ああ、したよ。しなくちゃいけない状況にいたからな」
「何それ、どういう意味」
アルトがそう言って俺を睨みつけてきた。
「そういう意味だよ。公爵家から見合いの打診されて断れるとでも思ってんの?うち伯爵家だよ?公爵家から見たら伯爵家なんて平凡も平凡な貴族の中の平均点。国のツートップとも言われるハスヴェル公爵家の嫡男様に見初められたら頷くしかないじゃん」
「なに、それ……」
「ほんと、わかってないよなアルトはさ、選ぶ側の人間だよな。選ばれる側の気持ちなんて理解する気もないんだろ?それどころか、恩着せがましく思ってんだろ?公爵家と繋がりが持てるのになに文句言ってんだよ。ってさぁ」
「なに、それ……」
「なんで、好きでもないのに婚約しなくちゃいけないんだよ。初対面で頭から冷気を降らせてきたような相手に惚れるとでも思ってんの?無理に決まってんじゃん。俺あの時殺されるって思ったんだからな。そのくせ一目惚れ?笑わせんなよ。おまけに俺の両親に魔道具なんか送りやがって、おかげで弟なんかが生まれて俺は帰る場所がなくなったんだからな」
「なに、それ……僕はそんなこと聞いてないよ」
「聞いてないんじゃなくて、聞かなかっんだろ?俺が他の子と仲良くすると直ぐに浮気だなんだって、アルトは文句ばっかり言ってたからな」
「だって、だって、兄上のどこが不満なんだよ」
「どこが?全部だよ。俺は女の子と結婚したいの。男って言うだけで論外なんだよ。おまけに俺を嫁にするなんて冗談じゃない。俺の気持ちは?誰も聞いてなんかくれなかったじゃないか」
「だって、貴族は政略結婚が当たり前じゃないか」
「何言ってんの?政略結婚するメリットがどこにあるの?うちとお前のうちで親戚関係になってどんな利益が生まれるんだよ」
「え、待って……利益?」
「政略結婚するならそこに何かしらの利益がうまれなくちゃだろ?何かいい事あんの?ないだろ、って言ってるんだよ俺は」
俺が一気にまくし立てたからなのか、アルトは完全に戦意を喪失したようで、呆然と俺の事を見ていた。
「今どき上位貴族で政略結婚するのなんてアリエッティ様ぐらいだよ。だからモリルは俺の気持ちを分かってくれたんだよ。姉であるアリエッティ様が女の子だって言う理由だけで王族に嫁がなくちゃいかないんだからな」
「そんな、だって、僕……」
アルトは言葉が出てこないようで、震える手を自分の口元に当てていた。
「だからこの話はもうおしまいな。どうにもならないんだから話し合うだけ無駄なんだよ。婚約破棄したところで俺は帰る場所がないの」
俺がそう言ったところでタイミングよく馬車が玄関ポーチに停まった。侍従が扉を開けたから、俺はカバンを持ってアルトより先に降りた。俺が勢いよく馬車から降りるのはいつもの事なので、侍従は別段驚きもしなかった。そうしてアルトはゆっくりと降りてきて、カバンを侍従に預けていた。
俺はそれを確認すると、真っ直ぐに自分の部屋へ向かうのだった。
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