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第19話 これは設定が大変だ

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「兄上が護衛として学園に現れて驚きました」

 夕食の席でアルトが嬉しそうに話し始めた。俺はそれを黙って聞いている。自分から話すつもりなんてなかったからだ。それは確かに驚いたけれど、わざわざ口に出す程じゃないと思っている。俺はあくまでもこの公爵家においては居候の身だ。

「護衛の任務だから、気軽に話せなかったんだ」

 ジーク様がポツリと呟くように答えた。それはそうだろう。王族の護衛だ。身内に気軽に話してしまって、何か支障が出てからでは遅いからな。

「学園で兄上と毎日会えると思うと嬉しいなぁ、ねぇセレスティン?」

 唐突にアルトに話を振られて俺は隣に座るジーク様を見て困ったように笑うしかなかった。家でも学園でも見張られているような気分で居心地が悪い。気が休まらなくて正直しんどい。今までアルトに見張られているだけでも気疲れしていたのに、これからは毎日ジーク様にまで見張られるのかと思うと正直登校拒否してしまいそうだ。

「…………」

 俺が返事をしないでいると、隣から視線が飛んできた。ジーク様が俺を見つめているのだ。

「俺は勤務中になるから、学園では話しかけられない。それは分かって欲しい」

 ああ、今日一日、学園で言葉を交わさなかったからそれについての弁明なのか。まぁ、俺も自分から近づこうとはしなかったからな。挨拶だって、アルトがしたからついでにしただけだ。正直第二王子殿下のリヒト様に興味がなかった。

「別に、気にしてません」

 俺はそう答えると立ち上がった。もう食べる気がなくなったからだ。本当はこんな贅沢なことしたくはないのだけれど、アルトが何を言わんとしているのかがわかってしまってどうにも嫌なのだ。

「そうか?」

 ジーク様が探るような目を向けるのが嫌だ。俺はあんたなんか好きじゃない。女の子と結婚したいんだ。中等部になって、下位貴族に女の子が大勢いることにほっとした。今日仲良くなれたアリスが同じ転生者で俺は正直ほっとしている。腐女子だとしても、俺が前世の記憶を持っていて、日本人としての感覚で生きていることを理解してくれる人が現れた事がまず嬉しい。
 俺はそれ以上口を開かず、そのまま食堂を後にした。

「はぁ、胃が痛い」

 部屋に入ると、扉を背中にしたまま床に座り込んだ。食事は美味しいけれど、目線が痛い。周りに控えるメイドたちは好意的のようだけど、どこか値踏みされている気がする。公爵様はニコニコしているけれど、所作を見られているようで落ち着かない。アルトに至っては言わずがもな、だ。

「はぁ、早く大人になりたい」

 アリスから聞いた有力情報だ。婚約を破棄出来るかもしれない。いや、したい。とにかくあと三年だ。

「でも、R15ってどういうことだ?」

 俺が成人するまでジーク様は性的な接触はできない。ということは?主人公であるアリスには誰かから何らかの性的な接触があるというのだろうか?今日一日の情報量が多すぎて、はっきり言って俺の脳はパンクしそうだ。主人公ちゃんであるアリスからの情報は驚きだったけど、ものすごくありがたいものだった。何しろ、婚約破棄ができるのだ。成人したら、つまり俺の誕生日が来たら教会に行って手続きすれば俺はジーク様との婚約を破棄できる。

「でも、婚約破棄したら俺はどこに行けばいいんだろう」

 漠然とした不安がある。
 大人たちは俺とジーク様が結婚するものとして扱っている。あれ以来寄り付いてはいないけれど、ウィンス伯爵家にはもう俺の部屋はないだろう。ルークも小等部に通ってるしな。一人で黙って婚約破棄したら、俺はどうなるんだろう?ジーク様の婚約者だからこの邸に部屋を与えられているわけで、婚約者で無くなれば他人となるわけで……あとアレだ、傷物になるんだ、俺。悪役令嬢物でよく言われるよな。しかも、俺が勝手にやるから慰謝料も貰えないやつだよな。

「セレスティン、少しいいか?」

 考え事をしていたら、軽いノックの音がしてジーク様の声がした。

「あ、あ、はい」

 俺は慌てて立ち上がると扉を開けた。目の前にはジーク様が立っている。服装は食堂で見たままだから、食後にそのまま来てくれたのだろう。
 なんとなしにソファーへと移動して、これまたなんとなしに隣り合わせで座る。ほんの少し二人の間に隙間を作るのは俺がまだ未成年だからだ。この隙間がゼロになるのは俺が成人した時だ。

「今日は驚かせて済まなかった」
「いや、大丈夫」
「そうか」

 何が大丈夫なのか俺自身分かってないけど、ジーク様もなんだか返事が曖昧だよな。

「リヒト様の仰ることは気にしないでくれると助かるのだが」
「え?リヒト様?何か言ってたっけ?」
「その、俺の事を氷の貴公子とか、だな」
「あ、ああ、うん」

 それね。実は聞き流してました。なんて口が裂けても言えないよな。仮にも第二王子の話を聞いていなかっただなんて不敬もいいところだ。どう考えても俺に向かって話をしてくれていたのにな。でも、氷の貴公子って言うのはまぁ、俺の前でもだいたいそんなんじゃないかなって思う。確かに笑うけど、笑っていない時は何考えてるのか分からないぐらいに結構真顔だ。

「エトワール男爵令嬢とは、仲がいいのか?」
「えっ、な、んで?」

 アリスの事を聞かれて思わず唾を飲み込んだ。見られてた?いや、王子の護衛だからあの温室には近づいてはいないはずだ。それともアルトに聞いたのか?

「その、よく見ていたように思う」
「え、あ、うん……その頭がピンクだから」
「……そうか」
「う、うん。色物って言うの?ほら、初めて近くで見たから気になっちゃって」
「……そうか。確かにこの公爵家の使用人にはあの手の髪色はいなかったな」

 うう、なんか疑われてるっぽい。そりゃ確かにめちゃめちゃ見ていたのは認める。だって気になるし、気になったし。そいで間違いなかったし。ただ恋愛対象ではなかったけど、お互いにな。

「下位クラスに行けば結構いるって聞いたけど、その、やっぱり覗きに行くのはよくない、よな?」
「……そうだな。あまり宜しくは無い行動にはなるな」
「うん、わかった」

 やっぱりなぁ、色物って言うより下位貴族の女の子とお知り合いになりたいけど、他のクラスに用もなく立ち入るのはマナー違反になるもんな。そう簡単にはお知り合いにはなれないよな。アルトの目もあるし。

「……中等部入学おめでとう」
「え、あ、あ、りがと、う?」

 突然話の流れが変わって驚いた。貴族の義務だから入学して当たり前の事だし、制服は今回も一緒に仕立てに行ったし。そりゃ、仕事だからと朝早く出かけてしまったから、制服姿は教室で見せたと言うより見たって感じにはなったけどさ。

「制服、似合っていた」
「ありがとう」
「その、タイは」
「あ、自分で縛ったよ」
「そうか」

 なんかほっとしたような顔されたけど、前世の記憶にあったからさ。ネクタイ縛れるのよ、俺。多分だけど普通の貴族子息は自分じゃ縛れないんだろうな。俺が一人で縛ったらメイドさんたちが驚いていたからな。

「その、だな……」
「うん」
「中等部に入ると我が家では閨教育が始まるのだ」
「…………えっ」

 一瞬言われた意味が理解出来ず、俺は間抜けた返事をしてしまった。閨教育って、閨って、つまり性教育ってことだよな?

「専門の教師を招くのだが、大抵は信頼のおける高級娼館か親戚筋の未亡人なのだが……」
「あ、ああ、うん」
「アルトには親戚筋の子爵夫人が来る予定になっている。まぁ、夫人とは言っても男性なのだが」
「う、うん」
「それで、だな……」

 ジーク様は一つ大きく息を吐き出すと、真っ直ぐに俺を見てきた。

「セレスティンの閨教育は俺がしたいのだが、いいだろうか?」
「え?」
「貴族の嗜みとしてとはいえ、やはり閨教育だからな。体を見せるし触らせる。……俺は、セレスティンの全てにおいて初めての相手でありたいし、セレスティンが俺以外の手に晒されるのは、つまり、その、嫌なんだ」

 俺の思考は止まった。
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