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第12話 異世界あるあるは疲れる

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「ここどこ?」

 ふかふかの布団にくるまれて、目を開けたら天井にものすごく綺麗な絵が描かれている部屋だった。自分の部屋でないことはすぐにわかったけれど、転生モノお約束の見知らぬ天井にちょっとドキドキしてしまう。

「お目覚めですか?セレスティン様」

 そして聞きなれない声。マリじゃない。が、やっぱり俺はセレスティンだった。

「はい、起きました……あの」

 声のする方に顔を向ければ、やっぱり見知らぬメイドさんが立っているのだけれど、美しい所作で俺に向かって頭を下げてきた。うーん、俺六歳なんだけどな。そこまでかしこまってもらうほどの人物ではないよ?

「それでは着替えをして、朝食と致しましょう」

 メイドさんはそう言うと、俺の前に水の入った洗面器とタオルの乗ったワゴンを持ってきた。…………たぶん、ベッドに腰かけたまま顔を洗えってことだよな?こんなこと前世と合わせても人生で初めてだよ。
 起き上がってみると、俺は寝間着をキチンと着用していた。誰が着替えさせてくれたのかは考えちゃいけないところだ。肌触りのいい寝間着は俺が普段着ているものより絶対にお高いに違いない。
 顔を洗ってタオルで拭いて、差し出されたハーブ水で口をゆすいで、俺が短時間で出した汚れ物はそのままワゴンに乗せられてメイドさんが持っていった。違うメイドさんが着替えの手伝いをしてきたので、断る暇もなく手際よく脱がされて服を着させられてしまった。うぬぬ、入学前の準備としてそれなりに練習していたのにな。手際がよすぎるなぁ。

「こちらにどうぞ」

 声をかけられると、そこには一人分の食事が用意されていた。食べやすそうなシンプルなパンに果物のジャムに生野菜のサラダ、シンブルなオムレツにはトマトソースがかかっていた。

「いただきます」

 寝起きの胃に優しく食べやすい味付けで、食後の紅茶もシンプルな味わいだった。一息ついていると、片付けるメイドさんと入れ替わりにシーリー様がやってきた。
 うん、やっぱりそうだよな。ジークフリートと買い物中に寝てしまった事は理解していたわけで、目が覚めたら見知らぬ天井だったから、予想はしていたんだ。やっぱりここはハスヴェル公爵家だった。

「おはよう、セレスティンくん。ご飯は美味しかったかな?」

 ニコニコ笑顔のシーリー様は、本日も正しく美の化身みたいなゴウジャス美人だ。前世の記憶がなければただ惚けて見とれるだけなんだけど、この人も男なんだよなぁ。おっぱいないとか、信じられん。

「昨日は疲れさせてしまったね。久しぶりの外出なのにジークはあちこち連れ回してしまったようで」
「いえ、入学に必要な品ですから」
「いやいや、セレスティンくんをうちに連れてきて、ここで買い物をすれば良かったのに。ジークときたら二人っきりになりたいからって、強引に連れ回したんだよ。ごめんね」

 なんですと?
 ここで買い物?
 …………そ、そうか。
 お貴族様、それも上位貴族のツートップの公爵家だ。わざわざ買い物になんか出かけるわけなかったんじゃねーか。そうだよな、公爵家だぞ、うっかり誘拐とかされたら大変じゃん。それこそ悪役令嬢もの読んでりゃはなからわかってたんじゃねーの?俺。店を呼び付けてなんぼのもんじゃい!ってやつじゃねーか。

「あとまだ靴を発注してないし、学用品も買ってないそうだね」
「え?まだあったんですか?」

 俺が素直に驚くと、シーリー様は深いため息をついた。そういや、次の店に向かっていたような気もする。

「ジークの次の休みまで、待ってられないから、店を呼んだんだ。午後からまずは学用品。アルトと同じ店でいいかな?」
「へ?あの、いいんですか?俺のものをわざわざ公爵家で買うなんて……」

 一応、公爵様ご本人であるシーリー様に確認してみる。当代のご当主である方に確認してみないとな。あとからうちに請求書がまわってきたらアランが卒倒しちまうだろう。

「あれ?ジークはちゃんと説明しなかったのかな?セレスティンくんはうちのジークフリートの婚約者だろう?そういった物を取り揃えるのも婚約者側の責務ってところかな?ほら、学園に入ると大勢の目があるからね。セレスティンくんが見下されたりしないように取り計らうこともこちらの責務だよ?」
「はぁ」

 要約すると、公爵家の婚約者として相応しいものを身につけないと、公爵家が恥をかく。ってことかな?

「それに、ほら……今、シャロンが大変だろう?」

 シーリー様が笑いながらそう言ってきたから、俺は察した。うん、前世の記憶があるからこそだよな。うん、わかった。わかったよ。

「そう、ですね。……そう、なんですね?シーリー様、いやハスヴェル公爵様」

 俺が改まってそう呼ぶと、シーリー様は軽く目を見開いた。

「知ってます。あの魔道具は結構な値段ですからね。貴族でなければおいそれと買うことは出来ないでしょう。それに、たしか受注生産と聞いています。随分とタイミングよく手に入れられましたよね、うちの両親も」
「セレスティンくん?」
「だからそう、もしかして婚約成立の結納品のひとつとしてくださったんでしょうか?俺は一人っ子でしたから、俺が公爵家に嫁いだら俺の家の後継いなくなりますもんね?」

 俺がそう言うと、今度こそシーリー様は黙り込んでしまった。もう、笑ってなんか居ない。

「俺、詳しい日数とかは分かりませんけれど、シャロンが、具合悪そうにしていた時期とか、体型の変化とか、一応気にはしているんですよ?」

 俺がそう言って微笑むと、シーリー様は引きつった笑顔をうかべた。さすがにゴウジャス感は感じられない笑い方だ。

「たしか、学園の入学式って、親は参列しないんでしたよね?」
「そ、うだよ。学園への入学は貴族の義務だからね」



 シーリー様と何度だか重苦しい雰囲気になってしまったのは否めないが、まだ六歳の俺があんな言い方をするなんて思っていなかったのだろう。俺、前世の記憶があるからな。何歳まで生きていたのかは分からないけれど、それなりに人生経験は積んでいたと思う。だからこそ、はっきりとは告げないで、暗にほのめかすような回りくどい言い方をしてしまったけれど……
 要するに、シーリー様は俺から嫌味を言われたと思っただろう。俺の帰る場所を間接的に無くしたのだから。俺が学園に入学する前にはウィンス伯爵家には二人目の子どもが産まれて、世間から羨ましがられるんだろうな。産まれながらの優良物件だ。兄が公爵家の後継の婚約者なんだから。

 で、昼食はアルトと一緒に食べた。
 シーリー様は公爵としての業務があるらしく、執務室で片手でつまめる物をとっているそうだ。うげ、俺がジークフリートと結婚したら、それを俺もやらなくちゃいけないのか?完全にブラック確定じゃん。定時とかの概念無さそうだし、自分ちの業務だから、残業代出ないじゃん。

「セレスティン?口に合わなかった?」

 俺が眉間に皺を寄せ寄せたからか、アルトが不安そうな顔をした。

「あ、いや……とっても美味しいよ。口当たりが軽くていくらでも食べられそうだ」

 お昼ご飯のサンドイッチは、クリームチーズに柑橘系の果汁が混ざっているようで、とても爽やかな口当たりだ。サーモンも燻製されているのかなんだか香ばしい。実家のシャロン好みの味付けのバターたっぷりと違って、重くない。フルーツの盛り合わせには高級な蜂蜜がかけられていた。多分アルトのために甘くしてるんだろう。

「な、何か嫌いなものでも入ってた?僕の嫌いなものは入ってたないんだけど、入ってたのなら教えて?」

 アルトが可愛らしく聞いくるから、俺は口ごもってしまった。まさか未来の自分を想像して、なんて言えるわけが無い。まだ六歳にして随分と尊大な想像だ。こんなことを話してしまったら、不敬だと言われてしまうだろう。まだ学園にも入学していない婚約者の分際でそんな想像をしているだなんて、乗っ取りを企んでいると疑われてしまうかもしれない。
 だから俺は子どもらしく無難な言葉を口にした。

「ううん、シーリー様は大変なんだなって、思って」
「え?母上が?……ん?ああ、食事の時間もないって?違うよ、午後はセレスティンの買い物をするじゃない?だからお店が来る前に仕事を片付けてるだけだよ。いつもは一緒に食べてるよ?」

 俺のせいか。ますますたかだか婚約者の分際でってやつだ。


 執事に呼ばれてアルトと一緒に移動する。恐らくサロンにはシーリー様が待ち構えていた。そして、本当に店がそこに広がっていたのだ。

「筆記用具なんだけど、ノートは指定されているから、必要分と予備を注文するけど、名前は何色で入れたい?」

 なんだそれ?いきなりハードル高くねぇ?名前を入れる色?黒じゃねぇの?

「い、ろ、ですか?」

 椅子に座るまでもなくそんな事を言われたから、当然俺は戸惑った。色、色って何色なんだ?正解が分からないので隣にいるアルトの顔を見た。シーリー様に似てゴウジャス美人だ。

「僕はねぇ、金にしたよ。ほら、髪の毛の色」

 屈託のない笑顔を浮かべながら言われて、ようやく察した。そうか、そういう事か。

「焦げ茶色?」

 恐る恐る口にしてみれば、シーリー様が満面の微笑みだ。どうやら正解らしい。これは、つまり、文房具にもジークフリートが婚約者であると刻印せねばならねばなのかぁ!恐るべし婚約者の呪縛。もう俺の好き嫌いなんか関係ねーじゃねぇか。

「ペンはさぁ、どれにする?」

 アルトが並べられたペンを指さした。
 鉛筆はないんだ。そういや、俺本は読むけど字はあんまり書いたことがないな。婚約する時に自分の名前を書いたけど、正式に習った記憶が無い。なんでかけたんだろう?

「魔道具だからね、相性があるよ?セレスティンくんと相性のいいペンはどれかな?」

 突然シーリー様が口を開いた。って、魔道具?ペンが魔道具なのか。それであの時俺は自分の名前が書けたのか?よく考えたらセレスティンなんて、絶対に、つづりが面倒くさそうだ。

「ご入学のご準備ですから、この辺りが無難な品になります」

 ようやくお店の人が口を開いた。示されたのは子どもの小さな手にも馴染みそうな形をしたペンだった。俺はそこから一つ手に取ってみる。

「インクはこちらになります。試し書きはこちらのノートに……ああ、インク瓶の蓋をペン先で叩くとその色の文字がかける仕組みになっております」

 すっげえこと聞いた。すげえ、カラクリ。なにそれ?インクをつけないの?日本で使っていたペンと違って、インク瓶が連動?ペンが一本あれば何色でも書けるの?あ、インク瓶が必要か。欲しい色の数だけのインク瓶……持ち運び大変だなぁ。

「ほら、書いてみて」

 俺がペンを握ったまま動かないから、シーリー様が促してきた。うん、なんて書こうか?あいうえお?って、この世界だとなんだろう?そんなことを考えながらインク瓶の蓋を叩いてノートにペンを走らせた。

「セレスティンは書き取りの練習をしてるんだ?」

 俺が頭の中ではあいうえお、って思いながらペンを走らせたつもりだったんだけど、どうやらこの世界の文字に変換されていたらしい。うん、ABCに似てるかも。

「こっちはどうかな?」

 シーリー様に促されて今度は違うペンを持ってみる。インク瓶の蓋を叩いてまた同じ文字を書いてみる。

「あっ」

 なんかが引っかかって字が引き連れた。それですぐに違うペンに持ちかえる。色々試してみて、最初のペンと五番目のペンが良かった気がする。てか、種類多すぎるわ。俺が悩んでいると、シーリー様が2つとも注文していた。もちろん名前を入れるらしく、その色はジークフリートの瞳の色だった。
 文房具屋が帰ると、今度は靴屋がやってきた。
 俺たちは靴屋が店を広げている間におやつタイムだ。今日は公爵家の料理人が作ったチョコレートケーキだった。カカオが高級品らしいのよ。中世ヨーロッパ的な感じ?だから、チョコレートやココアは高級品なんだって。
 そうしているうちに、なんとジークフリートが学園から帰宅した。
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