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第34話 手ほどき

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 一之瀬の手が、ぎゅうぎゅう抱きしめていたところから、場所を変えていく。耳朶を食んでいた唇は、首筋を音をたてながら移動していく。

「和真」

 低く心地のいい声が、自分の名前を呼ぶ。
 以前はこの声が嫌いだった。この匂いも、嗅げばお腹が痛くなって、気持ちが悪くなった。
 なのに、今はこの声で自分の名前を呼ばれると嬉しくて、この匂いを嗅ぐと安心する。

「あっ、ダメだって…明日は、会社に行くんだから」

 菊地は頑張って抵抗した。一之瀬の手は菊地の手を一つにまとめて掴んでいて、空いている方の手がパジャマの中に入り込んでいる。

 一之瀬の言う通り、ヒートを迎えて肌質が変わっていた。ベータの頃はなんとも思っていなかったのに、寝返りをうつと、パジャマの縫い目が気になるのだ。赤ちゃんが使うみたいな、ガーゼでできたパジャマを一之瀬が用意してくれた。肌触りが柔らかくて、菊地はかなり気に入ったのだけど、こうやって一之瀬が直ぐに脱がせようとするから困ったものだ。
 裸で寝たのでは意味が無い。ついでに、一之瀬のパジャマを着ても仕方がないのだ。

「和真、ヤキモチ焼いてくれないのか?」

 一之瀬としては、昼間に三ノ輪から聞かされた話で、菊地がヤキモチを焼いてくれることを期待していたようだ。
 けれど、後天性でオメガになった菊池は、同じオメガである三ノ輪に、嫉妬するというような感情がわかないらしい。むしろ、高校で見た件の事故の印象のせいで、アルファとは、そういうものだと認識しているふしがある。

「別に焼かない。ヒートが大変なの知ってるし。男なのにいきなり女に抱かれるとか、精神的ダメージデカいじゃん。今は俺だけなんだから、別にいい」

 菊地から、達観したようなことを言われて、アルファの独占欲がちっぽけに感じてしまった。それに、何より、菊地がサラッと言ってくれた事がものすごく嬉しい。

「和真、嬉しいことを言ってくれるな」

 そう言って、一之瀬は菊地の唇を塞いできた。優しくとか、そんなことは一切なくて、貪るように菊地の全てを塞いできた。
 吸って、舐めて、食んで、パジャマの中にいた手が、襟から出てきて菊地の頬を掴んでいた。

「んんんんん」

 予期していないことをされて、菊地は軽く呼吸困難を、起こしていた。鼻から息をすることは覚えだけれども、予備動作なしに貪るようにされては、先に吸うのか吐くのか分からなくなる。唇が離れた瞬間に、少しだけ息を吸うけれど、水泳の呼吸法より難しい。何しろ自分のタイミングはまるでない。

「和真、そんなこと言って煽るなんてな」

 一之瀬は勝手に喜んで、菊地の唇だけではなく、頬やら瞼やらにも唇を落としていく。

「んっ、なに、一之瀬…苦しい」

 菊地がそう言って、一之瀬の胸をたたく。

「和真、ダメ。そうじゃない」

 菊地が叩くのなんて、一之瀬には何ともなかった。そもそも人類の中で最も優秀なアルファである。少し鍛えただけで、その辺のベータとは雲泥の差が生まれるほどだ。それが、もとベータがオメガになった菊地では、どんなに頑張っても一之瀬を怯ませるほどのことは出来ない。

「もう、なんだよ、バカ」

 菊地が悪態をつくけれど、一之瀬はそんなことを気にするつもりはなかった。
 そのまま立ち上がり、菊地を抱えて寝室へと移動する。

「なんだよ、もう。明日会社なんだからっ」

「お仕置はさせてもらう」

 一之瀬はそう言って、楽しそうに菊地をベッドにおろした。

「お仕置ってなんだよ」

 菊地が不満そうに言ったところで、一之瀬は軽く笑う。

「二人の時は名前で呼ぶように言った」

 一之瀬にそう言われて、菊地は思わず口に手を当てた。急に今までの習慣を変えられるほど菊地は器用ではない。

「明日から、明日からでっ」

 菊地は慌てて起き上がって逃げようとしたけれど、一之瀬が菊地の腰を引き寄せた。

「会社に行くなら、尚更マーキングしとかないとな」

 一之瀬が菊地の口を塞ぐ。
 甘い、お菓子を連想させるような匂いが口の中に広がった。バター砂糖をたっぷりと使った、焼き菓子のようなふわりと甘い匂いが口の中に広がって、一之瀬の柔らかい舌が菊地の口の中を舐め回す。
 菊地の口の中に、それだけの匂いを撒き散らしながら、一之瀬は菊地の口内をゆっくりと味わっていく。

「……っん…ん……ぅん…」

 一之瀬だけが味わっているのかと思えば、菊地も味わっていたのは同じこと。オメガになって、すっかり味覚が変わってきた菊地は、一之瀬から与えられるこのお菓子のような甘い香りが好きになっていた。昔は、お腹が痛くなっていたから、一之瀬の匂いで胃が刺激されて胃酸が出すぎているのかと思った程だった。実際気分も悪くなっていたからよけいだ。

 けれど、今は分かる。

 一之瀬の匂いが美味しい。一之瀬が、甘いと言うけれど、一之瀬だって甘い。一之瀬に吸われた舌が痺れるようだけれど、菊地は口内に溜まった唾液を上手に飲み込む。喉が上下して、体の中に一之瀬が広がっていく。

「もっと…一之瀬……もっと」

 蕩けた目で見つめながら菊地は言うけれど、一之瀬はそんな菊地の下半身に手を伸ばす。

「約束」

 一之瀬の大きな手が、菊地を捉えた。

「あっ、やぁっ」

 突然の刺激に、菊地の身体が跳ねた。

「名前を呼んで?和真」

 一之瀬の舌が、菊地の耳を上から下へとおおきく舐める。

「ひゃああ」

 そう叫んで、菊地の身体は跳ねるけど、一箇所だけは一之瀬の手の中だ。
 全体を包み込むように持ち上げられて、優しく揉みしだかれていると、何かが上から下へと撫でるように通り過ぎた。

「んっ…な、に」

 いつもと違う感触があって、菊地は思わずそこを見た。

「え?なに?」

 菊地が、驚いて目を見開いていると、一之瀬の唇が薄く笑う。

「俺が一回の間に、和真は何回もしてしまって疲れるんだろう?だから、俺と合わせるために、な」

 そんなことを言われて、菊地は目を見開いたまま一之瀬を見つめる。そういう問題を言った訳では無い。それに、そっちの回数だけじゃなくて、色んな回数が多すぎて疲れるんだろう。
 菊地が文句を言おうとした時、一之瀬が菊地の胸をきつく摘んだ。

「やっ、あっ」

 思わず背中が反るほどの反応をしてしまったけれど、腰の辺りを一之瀬が支えていたので、ただ身体を反らせただけで済んだ。

「気持ちいい?和真」

 一之瀬の手は、相変わらず菊地の胸を摘んでいて、指の腹で時折潰すような動きをする。最初は痛いだけだったのに、今では一之瀬にそうされると刺激がジンジンと腰に来る。

「…っん、気持ちい…いちの、せ」

 菊地が、そう呟いた途端、一之瀬の指が強くひねりを与えてきた。

「だめだ、名前を呼んで?」

 一之瀬が耳元でそう囁く。強い刺激と甘い囁きが同時に来て、菊地の脳内は処理が追いつかない。

「あっ、あ…た、すく、匡」

「そう、正解。ちゃんと呼べるまで躾けるからな」

 一之瀬の声が一弾低くなった。喉の奥でかるく笑っているのかもしれない。

「し、つけ、って、なんだ、よ」

 途切れがちになる声で、菊地が言う。

「俺の名前を呼びながらイケるように」

 一之瀬の声が耳元で響く。そうして、胸にまた強い刺激を与えられて、菊地の身体がまた跳ねる。

「身体はおぼえたのに、な」

 一之瀬の手が菊地の肌を撫で回して、柔らかく刺激を与えていく。それに反応して菊地の身体が揺れ始める。

「本当に、和真の身体は素直になった」

 一之瀬が、嬉しそうにそう言って、菊地のパジャマを脱がせていく。ボタンは全部外されて、ズボンも下着ごと脱がされた。その時軽く持ち上げられて、一之瀬の上に跨るように座らされる。膝を折った体勢で、それでも一之瀬と腰の位置が近い。

「あっ」

 菊地が一瞬腰を引きそうにしたけれど、一之瀬の手が後ろに回されていて、開かされている後ろの入口から入ってきた。
 ジェルを掻き回す時に似た音がした。

「あああっ」

 容易く一本の侵入を許してしまい、菊地の胎内は直ぐに蠢き出す。閉じたくても開かされているから、余計に動いてしまう胎内は、菊地の気持ちを汲んではくれない。

「やぁ、そっこ……だめぇ」

 思わず一之瀬の首に手を回そうとして、菊地は手が上げられないことに気がついた。

「えっなんで」

 わざと一之瀬が、菊地のパジャマを半端に脱がせていたのだ。そのせいで、菊地の腕は後ろに回されたままの状態だ。

「縛ってあるから抜けないよ」

 一之瀬が意地の悪い言い方をしてきた。

「やっ…あ、なんでぇ……」

 菊地が力なく呟くけれど、一之瀬の手の動きはとまらない。膝立ちに近い体勢をしているから、自然と内太腿に力がはいって一之瀬の指を締め付ける。

「そんなに欲しかった?」

 しがみつくことが出来ないから、嫌でも一之瀬の顔をみることになる。それはつまり、一之瀬に、顔をみられている。
 一之瀬と目が合って、どうにもならないぐらい恥ずかしい。こんな体勢で、それでも咥えこんだ指を抜いてなんて言うつもりなんてなくて、恥ずかしいのに気持ちがいい。

「あっ、あっ、あっ、あっ」

 身体が小刻みに震えて、力を入れたり緩めたりをしてしまう。そんなことをしてしまえば、一之瀬の指が深くなったり浅くなったりして、菊地の胎内のあちこちを刺激していく。ジェルを掻き混ぜるような音が、どんどん大きくなっていき、太腿を溢れたものがたれていく。

「気持ちいいね?和真」

 そう言って一之瀬が菊地の耳全体を食んで、口の中で舐るように舌を動かす。

「っんぁ、ん……ふぁ、ぁん」

 菊地が身体を揺らして必死に耐える。
 倒れないように支えているのが、自分の胎内に差し込まれた一之瀬の指だ。そんな心もとないものでどうしろと言うのか。

「ここも、気持ちいいね」

 一之瀬が菊地の胸を弄ぶ。すっかりオメガらしくなって、二つが赤くなり各々の主張をしてきていた。手を広げて、親指と中指で同時に押さえつける。押しつぶすようにしてきて、その後は円を描くように手を動かす。

「ひっ……はっ、あっあっあ」

 一定のリズムで刺激が与えられて、菊地の身体はその動きに合わせて揺れる。けれど、ずっと一定で、それ以上の刺激はやってこない。

「一緒にイこうな」

 一之瀬が薄い笑いを浮かべながらそんなことを言ってきて、菊地はすがるような目を一之瀬に向ける。
 一定の刺激を与えられ続けたせいで、菊地はゆっくりと高められていた。けれど決定的なものがこないから、菊地はゆるゆると立ち上がり、切なげな動きをするだけだ。

「ああ、ヤダ、出したい、出したいっ」

 菊地はイくより、出したい。一定のリズムで与えられた刺激のせいで、菊地はかなり高められていて、泣き出したいぐらいまできていた。

「ん?和真、可愛くオネダリしてみせて?」

 一之瀬が菊地の顎を舐める。菊地の口からは、喘ぐに合わせて唾液がこぼれていた。

「お願い、出したい…一之瀬」

「ダメ」

 言うなり一之瀬は菊地の先端を指で弾いた。

「やァァァ」

 菊地が倒れないように、片手でささえる。弾かれた菊地のものは可哀想な色をしていた。けれど、それを眺めて一之瀬は軽く唇を舐めた。

「頑張ってるの、可愛いね。和真?間違えたらダメだよ」

 大きく喘ぐ菊地の顔を覗き込むようにして一之瀬は言う。

「ね?和真、俺だって名前で呼んで欲しいな」

 舌で菊地の頬をねっとりと舐める。

「はぁ…あ、あ、あ、あ、あ、あ」

 菊地の目はそろそろ焦点が合わなくなってきていた。けれど、一之瀬はそんなことをかまってはあげない。

「いいの?和真。出すのは一回だけなんだよ?出しちゃったらこの後ずっと我慢するの?俺と一緒に出してくれないの?」

 一之瀬の言っている事が菊地には、理解できない。出口が塞がれて苦しくて仕方がない。一之瀬が早々に菊地を高めるからこんなことになるのに、まるで菊地がイケナイみたいだ。

「ちゃんとオネダリして?和真」

 一之瀬に再度催促されて、菊地は必死に口を動かす。

「あ、た、すくぅ…たすく、出したいよ」

 前に頭をたおして、一之瀬の肩に額を擦り付ける。苦しくて仕方がない。

「じゃあ、イク時にちゃんと名前が呼べたら、ね」

 一之瀬はそう言って菊地の中から指を抜き、両手で菊地の臀を抑えるように持ち上げた。

「あっあ…やァ」

 何をされるか理解して、菊地が身をよじる。けれど、一之瀬は易々と菊地を自分の上に下ろしていく。

「ひゃああ」

 中からの強い刺激がさらに菊地を追い詰める。手で支えられないから、膝を立てているけれど、力なんて既に入らない。

「手を離すよ、和真」

 一之瀬の手が菊地の臀から離れると、菊地は重力に逆らえずにそのまま腰を落としてしまう。

「ああああああああぁぁぁ」

 辛うじて、膝を折った体勢であったから、最奥まで達しなかっただけで、それでもその刺激で軽くイったのは確かだ。

「イったの?和真」

 菊地の腰を支えるようにしているから一之瀬は、楽しそうに菊地の顔を見ている。

「あぁぁぁ、ヤダ…一之瀬」

 菊地がそう言った瞬間、一之瀬が下から突き上げる。

「ああああああぁぁぁ」

 菊地の胎内が激しく蠢いて、また達しているというのが分かった。けれど、一之瀬はわかった上で菊地を揺さぶるのをやめない。

「和真、間違えたらダメ。ちゃんと覚えられるまでやめてあげない」

 一之瀬は薄い笑いを浮かべたまま言う。

「ひゃ、あ…ぁ、たす、くぅ……たすく、も、許して」

 菊地は今にも倒れそうで、それでも一之瀬が支えているから倒れないだけだ。

「うん、そう。よく出来ました」

 一之瀬は満足そうに笑って、菊地の腰から手を離した。支えがなくなって、菊地はそのまま力なくへたり込む。

「っあ、あぁぁぁ」

 ギリギリのところで止まっていたのに、膝が滑って最後まで一之瀬を迎え入れてしまった。

「またイった?和真、いっぱいイっていいからね?出すのは俺と一緒に一回だけ、ね」

 一之瀬の揺さぶりはとまることがなく、下からしっかりと骨ごと掴んで突き上げるような動きに変わる。

「も、もぉ無理、無理だからぁ……イってる、から…ずっと、イってる」

 揺さぶられて、掻き回されて、逃げたくても逃げられない体勢で、菊地はずっとイかされていた。本来なら、これだけイっていれば何度も吐き出せていたはずなのに、一之瀬が着けたもののせいで吐き出させない。

「やァァァ…だし、たいっ」

 菊地が耐えきれなくて叫ぶように言う。口の端からは唾液が垂れていて、もう目線を一之瀬に合わせることもできなくなっていた。

「和真、オネダリするときはなんて言うの?」

 一之瀬は下から突き上げながら言う。可哀想な菊地は、後ろ手にされているせいで一之瀬にされるがままだ。

「たすく、たすくぅ…も、もぉむりぃ」

 頭をイヤイヤするように振る菊地は、可愛い。一之瀬は視感的にはだいぶ満足はしていた。

「和真、どうして欲しい?」

 けれど、菊地の口から決定的な言葉を聞きたくて仕方がない。

「はぁ…た、たすく、も、出したい…からぁ、一緒…に、ねっ……一緒に出したいったすく」

 菊地が、必死にそう言うと、ようやく一之瀬は満足して菊地の後頭部に手を回す。
 顎から舐めとるように舌を這わせて、唇を合わせる。そうして、お互いの舌を絡めるようにしてから、菊地の胎内を堪能するように腰を動かした。

「んっ、ぅぅん」

 菊地が息継ぎのような声を出した。
 強く舌を吸い取って、それから離れると、欲望の名残が痕を引く。

「上手にオネダリ出来たね、和真。ご褒美だよ」

 菊地の腰を支えて、そのまま、貪るように突き上げると菊地の身体は為す術なくその動きに翻弄されて力なく揺れた。

「んっ、一緒に、ね」

 一之瀬の甘い声がして、菊地を拘束していたものがゆっくり外された。

「はぁぁぁぁぁぁ」

 長い嬌声を上げながら菊地はようやく我慢したものを吐き出した。もちろん、一之瀬も菊地の最奥にたっぷりと吐き出した。
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