上 下
23 / 24

どこか誰かと

しおりを挟む
「発情期って、年一なのか?」
 ようやく我が子に血を飲まれる日常が終わったと思ったら、嫁の耳が赤く色づいていた。何日か前から少し甘い香りがし始めたとは思ってはいたが、それが発情期の合図だとは知らなかった。

 侍従たちは、分かったようにエリクドゥールを別宅に連れて行った。

「うーん、どうだろう?竜族ってなかなか番に孕んでもらえないんだよね」
「俺、去年産んだよね?」
 せっせと作られる、いわゆる愛の巣をフィートルは眺めていた。別に、止めろとか、そう言うことではない。

 ことではないのだが、フィートルだって、思うところはある。
「鶏みたいなのが嫌なんだが」
 去年のことだけど、ついこの間のように、嫌でも覚えている。

 何より苦しい。

 腹の中の何処に、出来上がっていたのか分からない卵が、自分の体内からでてきた。

 鶏と同じように。

 それを出産というのは、多分違う。

 実際苦しかった。産んだ後に鶏がけたたましく鳴くのも頷けるほどに。


 何故、竜族はしっぽを使って巣作りをするのだろう?そんな疑問を持ちつつも、出来上がった新しい巣を眺める。
 既に入口が閉じられていて、充満する甘い香りを肺いっぱいに吸っていた。




 世界会議が行われる海の中の小さな島。
 各国の王が船でやってくるが、海にも住まう竜族が結界を張っているからか、この時期だけはなみも穏やかになり、ひとつの事故も起こらず済む。
 大抵、王が単身で来ることはなく、伴侶を伴うか、継承権のある者を伴うことが多い。

 リスデン帝国の王は、伴侶ではなく王子を連れてきていた。世界各国の王族が集う場所であれば、顔を売るのは当然で、世界情勢を見るだけでなく、王族の婚姻相手を探すのにも適していた。
 第二王子カイルは、程なくして目的の人物を探し出せた。

 シヴィシス帝国の、王子。

 やはり、2人しか来ていない。
 多少残念な気持ちはあるものの、ゆっくりと近づいて行った。
 各国王族しかいない空間であれば、挨拶を断るような無粋な態度はない。カイルをみて、2人の王子は一瞬目線を合わせたあと、穏やかな笑顔をカイルに向けた。

「その節は、我弟がお世話になりましたね」

 第一王子リッカルドが笑みを浮かべながらそう言うと、第二王子フェデリーコも同じように礼を述べる。二人の王子は似たような笑顔をしていた。
 カイルはその笑顔を見て、社交辞令的なものをしっかりと受け止めていた。察するに、第三王子についてはこれ以上話を広げられないということらしい。
 同じ帝国どうし、繋がりを持ちたいとは思うものの、さすがに第二王子である自分が嫁ぐという選択肢はない。

「今日はお二人なのですか?」

 それでも、多少は強引に話を持っていかなければ埒があかない。

「ええ、国政に携わるものとして少しは顔を売っておかないといけませんからね」

 フェデリーコが軽い口調で言えば、隣でリッカルドも頷いている。噂通りシヴィシス帝国は第一王子と第二王子が国政を担うようだ。と、なれば第三王子は政略的な何かを請け負うはず。

 今年成人したはずなので、ここまで大規模でなくとも何かしら社交の場に顔を出しても良さそうなものだが?カイルが話の切り出し方を考えていると、音楽が止み、先触れの声がした。

 竜族が出てくる。

 会場に集まっているのは各国の王族であるにもかかわらず、全員が膝をついた。
 そうしなくてはいけないほど、天帝の圧が強いのだ。体が従えと自然に動く。
 顔を上げることも許されないほどの圧が会場全体を覆うと、衣擦れの音とともに天帝が姿を現した。見えなくとも、そこに居ることが理解出来る。

 天帝の発する竜族の言葉は理解出来ないが、この場にいる各国の王族に、祝福を与えているのだろう。
誰もが体が軽くなるのを感じた。

「新しい我らが同胞を紹介しよう。何れはこの者が統べるであろうからよく見ておけ」

 天帝がそう言うと、新しい気配がやってきた。

 小さな子どもが手を引かれてやってきた。

 みな、ゆっくりと顔を上げる。

 見ておけ。そう、天帝が言ったから。

 虹色の色彩を纏った小さな子ども。
 姿は見られるが、顔を見ることは叶わない。
 それほどまでに力があった。

「ここにいるリシュデリュアルが子だ。まだ幼いが全ての力を有しておる」

 天帝が、満足そうに言い放つと、幼い子どもは会場全体を見渡した。幼いながらも、力の使い方を知っている。

 誰もがその幼い子どもを直視できないがため、視線を少しずらしていると、その背後に同じ色彩を持つ者が立っているのを確認した。
 おそらくは、母親。リシュデリュアルの番なのだろう。

 天帝がゆっくりと椅子に座ると、音楽が再び流れ始めた。それに合わせて踊り始める者もいる。
 三本爪の竜族は、天帝へと踊り、酒を捧げる。
 幼い子どもを連れて、リシュデリュアルがゆっくりと会場を回り始めた。
 誰も声をかけることは出来ないが、天帝が認めたその力ある竜族の子どもに頭を下げる。

 ゆっくり、ゆっくりと歩みを進め、その足はシヴィシス帝国の、王子たちの前で止まった。

「初めまして」

 リシュデリュアルが口を開いた。
 会場にいる誰よりも先に、シヴィシス帝国の王子たちに声をかけたことにより、全ての目線が集まった。

「お声がけ頂き光栄です」

 リッカルドが答え、二人とも頭を下げる。
 虹色の色彩を持つ子どもは、リシュデリュアルの番が抱き上げていた。

「ご無沙汰をしております」

 言われてその姿を見たけれど、その虹色の色彩にはまるで覚えがない。

「ああ」

 ふっと笑みをこぼしたあと、髪が揺れ色彩が変わった。

「兄上方には、ご挨拶が遅くなりまして」

 見覚えのある黒の色彩を纏うのは、シヴィシス帝国第三王子フィートルだった。

「どういう…ことだ?」

 今しがた目の前で起こったことが信じられず、リッカルドが目を見開く。フェデリーコは何度も瞬きを繰り返している。

「俺は本来この色なんですよ」

 そう言って、フィートルは再び虹色を纏った。

「どういうことなんだ?」
 リッカルドが問う。

「生まれる時、身を守る本能で黒を纏って生まれましたが、母親があまりにも俺に怯えるのが分かってしまって、しばらく自分で力を封じていた」

 フィートルがそう言うと、フェデリーコが手を伸ばしてフィートルの髪に触れた。

「ずっと、隠していた?日記にも、そんなこと書いてなかったよね?」
「そうですよ、ずっと隠していた。だから部屋に魔法で鍵をかけていた」

 フィートルにそう言われて、フェデリーコは目を細めた。可愛い弟が国のために陰ながら尽力してくれていたことは日記から知った。

「なんだろう?フィートル、少し険がとれた?」
 リッカルドがそう言うと、リシュデリュアルが笑った。

「親になったからでしょうね」

 言われたフィートルは、唇を片方だけ上げて笑った。抱いている子どもは、フィートルの首に手を回したままニコニコとしている。

「どこかおかしな国に嫁がされるのでは無いかと懸念していたけれど、まさか竜族の番になるとは、ね」
 リッカルドが嬉しそうだ。

「こうして会えて嬉しいよ」
「俺も、言葉が交わせて嬉しい限りで」
 フィートルは天の浮島から、シヴィシス帝国の現状を見ていた。父王が退位の意向を示していることを。

 だから、今回この世界会議に、兄王子たちが参加することを知っていた。だからこうして家族で顔見せに来たのだ。
 こうでもしないと、記憶を繋げて会話ができない。


 フィートルは、少し離れた所に立つカイルを見て、少しだけ笑って見せた。
 ただそれだけの事でも、他国の王族からは羨望される。
 リシュデリュアルがフィートルを促して、再び会場を歩き始めた。王族たちは虹色の色彩をもつ親子を目に焼きつけるように眺め、胸に刻んだ。

 会場を一周すると、リシュデリュアルは天帝のそばにいき、挨拶をした。そうして番と我が子を連れて会場を後にした。



「疲れた」
 控えの間に入った途端にフィートルは床に大の字になった。それをエリクドゥールも真似をする。

「だめだよ、そんなの。行儀がわるいよ」
 リシュデリュアルが慌てるが、フィートルは悪びれもせず床にころがったまま侍従から飲み物をもらっていた。

「ああ、もう。二人ともどうしてそうなのさ」
 リシュデリュアルは二人から上等な上着をぬがせ、侍従に渡す。

「だめだよ、エリクドゥール」
 行儀の悪い我が子を叱り付けながら、世話をするのはリシュデリュアルだ。フィートルは衣装を脱いではくれたものの、着替えをする気が無いようで、下着姿で床に座り込んでいる。

「もう、どうして…」

 侍従から着替えを受け取り、二人に服を着せて、リシュデリュアルはようやく自身も侍従によって着替えができた。

「美味しいお菓子は?」

 ここに来る前に約束をしたお菓子を催促して、フィートルとエリクドゥールはようやくソファーに座った。

「ありがとな」

 フィートルがそう言うと、リシュデリュアルは満足そうに微笑んだ。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

【第1章完結】悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!

梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!? 【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】 ▼第2章2025年1月18日より投稿予定 ▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。 ▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

すべてはあなたを守るため

高菜あやめ
BL
【天然超絶美形な王太子×妾のフリした護衛】 Y国の次期国王セレスタン王太子殿下の妾になるため、はるばるX国からやってきたロキ。だが妾とは表向きの姿で、その正体はY国政府の依頼で派遣された『雇われ』護衛だ。戴冠式を一か月後に控え、殿下をあらゆる刺客から守りぬかなくてはならない。しかしこの任務、殿下に素性を知られないことが条件で、そのため武器も取り上げられ、丸腰で護衛をするとか無茶な注文をされる。ロキははたして殿下を守りぬけるのか……愛情深い王太子殿下とポンコツ護衛のほのぼの切ないラブコメディです

完結·助けた犬は騎士団長でした

BL
母を亡くしたクレムは王都を見下ろす丘の森に一人で暮らしていた。 ある日、森の中で傷を負った犬を見つけて介抱する。犬との生活は穏やかで温かく、クレムの孤独を癒していった。 しかし、犬は突然いなくなり、ふたたび孤独な日々に寂しさを覚えていると、城から迎えが現れた。 強引に連れて行かれた王城でクレムの出生の秘密が明かされ…… ※完結まで毎日投稿します

本日のディナーは勇者さんです。

木樫
BL
〈12/8 完結〉 純情ツンデレ溺愛魔王✕素直な鈍感天然勇者で、魔王に負けたら飼われた話。  【あらすじ】  異世界に強制召喚され酷使される日々に辟易していた社畜勇者の勝流は、魔王を殺ってこいと城を追い出され、単身、魔王城へ乗り込んだ……が、あっさり敗北。  死を覚悟した勝流が目を覚ますと、鉄の檻に閉じ込められ、やたら豪奢なベッドに檻ごとのせられていた。 「なにも怪我人檻に入れるこたねぇだろ!? うっかり最終形態になっちまった俺が悪いんだ……ッ!」 「いけません魔王様! 勇者というのは魔物をサーチアンドデストロイするデンジャラスバーサーカーなんです! 噛みつかれたらどうするのですか!」 「か、噛むのか!?」 ※ただいまレイアウト修正中!  途中からレイアウトが変わっていて読みにくいかもしれません。申し訳ねぇ。

男装の麗人と呼ばれる俺は正真正銘の男なのだが~双子の姉のせいでややこしい事態になっている~

さいはて旅行社
BL
双子の姉が失踪した。 そのせいで、弟である俺が騎士学校を休学して、姉の通っている貴族学校に姉として通うことになってしまった。 姉は男子の制服を着ていたため、服装に違和感はない。 だが、姉は男装の麗人として女子生徒に恐ろしいほど大人気だった。 その女子生徒たちは今、何も知らずに俺を囲んでいる。 女性に囲まれて嬉しい、わけもなく、彼女たちの理想の王子様像を演技しなければならない上に、男性が女子寮の部屋に一歩入っただけでも騒ぎになる貴族学校。 もしこの事実がバレたら退学ぐらいで済むわけがない。。。 周辺国家の情勢がキナ臭くなっていくなかで、俺は双子の姉が戻って来るまで、協力してくれる仲間たちに笑われながらでも、無事にバレずに女子生徒たちの理想の王子様像を演じ切れるのか? 侯爵家の命令でそんなことまでやらないといけない自分を救ってくれるヒロインでもヒーローでも現れるのか?

処理中です...