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どこか誰かと
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「発情期って、年一なのか?」
ようやく我が子に血を飲まれる日常が終わったと思ったら、嫁の耳が赤く色づいていた。何日か前から少し甘い香りがし始めたとは思ってはいたが、それが発情期の合図だとは知らなかった。
侍従たちは、分かったようにエリクドゥールを別宅に連れて行った。
「うーん、どうだろう?竜族ってなかなか番に孕んでもらえないんだよね」
「俺、去年産んだよね?」
せっせと作られる、いわゆる愛の巣をフィートルは眺めていた。別に、止めろとか、そう言うことではない。
ことではないのだが、フィートルだって、思うところはある。
「鶏みたいなのが嫌なんだが」
去年のことだけど、ついこの間のように、嫌でも覚えている。
何より苦しい。
腹の中の何処に、出来上がっていたのか分からない卵が、自分の体内からでてきた。
鶏と同じように。
それを出産というのは、多分違う。
実際苦しかった。産んだ後に鶏がけたたましく鳴くのも頷けるほどに。
何故、竜族はしっぽを使って巣作りをするのだろう?そんな疑問を持ちつつも、出来上がった新しい巣を眺める。
既に入口が閉じられていて、充満する甘い香りを肺いっぱいに吸っていた。
世界会議が行われる海の中の小さな島。
各国の王が船でやってくるが、海にも住まう竜族が結界を張っているからか、この時期だけはなみも穏やかになり、ひとつの事故も起こらず済む。
大抵、王が単身で来ることはなく、伴侶を伴うか、継承権のある者を伴うことが多い。
リスデン帝国の王は、伴侶ではなく王子を連れてきていた。世界各国の王族が集う場所であれば、顔を売るのは当然で、世界情勢を見るだけでなく、王族の婚姻相手を探すのにも適していた。
第二王子カイルは、程なくして目的の人物を探し出せた。
シヴィシス帝国の、王子。
やはり、2人しか来ていない。
多少残念な気持ちはあるものの、ゆっくりと近づいて行った。
各国王族しかいない空間であれば、挨拶を断るような無粋な態度はない。カイルをみて、2人の王子は一瞬目線を合わせたあと、穏やかな笑顔をカイルに向けた。
「その節は、我弟がお世話になりましたね」
第一王子リッカルドが笑みを浮かべながらそう言うと、第二王子フェデリーコも同じように礼を述べる。二人の王子は似たような笑顔をしていた。
カイルはその笑顔を見て、社交辞令的なものをしっかりと受け止めていた。察するに、第三王子についてはこれ以上話を広げられないということらしい。
同じ帝国どうし、繋がりを持ちたいとは思うものの、さすがに第二王子である自分が嫁ぐという選択肢はない。
「今日はお二人なのですか?」
それでも、多少は強引に話を持っていかなければ埒があかない。
「ええ、国政に携わるものとして少しは顔を売っておかないといけませんからね」
フェデリーコが軽い口調で言えば、隣でリッカルドも頷いている。噂通りシヴィシス帝国は第一王子と第二王子が国政を担うようだ。と、なれば第三王子は政略的な何かを請け負うはず。
今年成人したはずなので、ここまで大規模でなくとも何かしら社交の場に顔を出しても良さそうなものだが?カイルが話の切り出し方を考えていると、音楽が止み、先触れの声がした。
竜族が出てくる。
会場に集まっているのは各国の王族であるにもかかわらず、全員が膝をついた。
そうしなくてはいけないほど、天帝の圧が強いのだ。体が従えと自然に動く。
顔を上げることも許されないほどの圧が会場全体を覆うと、衣擦れの音とともに天帝が姿を現した。見えなくとも、そこに居ることが理解出来る。
天帝の発する竜族の言葉は理解出来ないが、この場にいる各国の王族に、祝福を与えているのだろう。
誰もが体が軽くなるのを感じた。
「新しい我らが同胞を紹介しよう。何れはこの者が統べるであろうからよく見ておけ」
天帝がそう言うと、新しい気配がやってきた。
小さな子どもが手を引かれてやってきた。
みな、ゆっくりと顔を上げる。
見ておけ。そう、天帝が言ったから。
虹色の色彩を纏った小さな子ども。
姿は見られるが、顔を見ることは叶わない。
それほどまでに力があった。
「ここにいるリシュデリュアルが子だ。まだ幼いが全ての力を有しておる」
天帝が、満足そうに言い放つと、幼い子どもは会場全体を見渡した。幼いながらも、力の使い方を知っている。
誰もがその幼い子どもを直視できないがため、視線を少しずらしていると、その背後に同じ色彩を持つ者が立っているのを確認した。
おそらくは、母親。リシュデリュアルの番なのだろう。
天帝がゆっくりと椅子に座ると、音楽が再び流れ始めた。それに合わせて踊り始める者もいる。
三本爪の竜族は、天帝へと踊り、酒を捧げる。
幼い子どもを連れて、リシュデリュアルがゆっくりと会場を回り始めた。
誰も声をかけることは出来ないが、天帝が認めたその力ある竜族の子どもに頭を下げる。
ゆっくり、ゆっくりと歩みを進め、その足はシヴィシス帝国の、王子たちの前で止まった。
「初めまして」
リシュデリュアルが口を開いた。
会場にいる誰よりも先に、シヴィシス帝国の王子たちに声をかけたことにより、全ての目線が集まった。
「お声がけ頂き光栄です」
リッカルドが答え、二人とも頭を下げる。
虹色の色彩を持つ子どもは、リシュデリュアルの番が抱き上げていた。
「ご無沙汰をしております」
言われてその姿を見たけれど、その虹色の色彩にはまるで覚えがない。
「ああ」
ふっと笑みをこぼしたあと、髪が揺れ色彩が変わった。
「兄上方には、ご挨拶が遅くなりまして」
見覚えのある黒の色彩を纏うのは、シヴィシス帝国第三王子フィートルだった。
「どういう…ことだ?」
今しがた目の前で起こったことが信じられず、リッカルドが目を見開く。フェデリーコは何度も瞬きを繰り返している。
「俺は本来この色なんですよ」
そう言って、フィートルは再び虹色を纏った。
「どういうことなんだ?」
リッカルドが問う。
「生まれる時、身を守る本能で黒を纏って生まれましたが、母親があまりにも俺に怯えるのが分かってしまって、しばらく自分で力を封じていた」
フィートルがそう言うと、フェデリーコが手を伸ばしてフィートルの髪に触れた。
「ずっと、隠していた?日記にも、そんなこと書いてなかったよね?」
「そうですよ、ずっと隠していた。だから部屋に魔法で鍵をかけていた」
フィートルにそう言われて、フェデリーコは目を細めた。可愛い弟が国のために陰ながら尽力してくれていたことは日記から知った。
「なんだろう?フィートル、少し険がとれた?」
リッカルドがそう言うと、リシュデリュアルが笑った。
「親になったからでしょうね」
言われたフィートルは、唇を片方だけ上げて笑った。抱いている子どもは、フィートルの首に手を回したままニコニコとしている。
「どこかおかしな国に嫁がされるのでは無いかと懸念していたけれど、まさか竜族の番になるとは、ね」
リッカルドが嬉しそうだ。
「こうして会えて嬉しいよ」
「俺も、言葉が交わせて嬉しい限りで」
フィートルは天の浮島から、シヴィシス帝国の現状を見ていた。父王が退位の意向を示していることを。
だから、今回この世界会議に、兄王子たちが参加することを知っていた。だからこうして家族で顔見せに来たのだ。
こうでもしないと、記憶を繋げて会話ができない。
フィートルは、少し離れた所に立つカイルを見て、少しだけ笑って見せた。
ただそれだけの事でも、他国の王族からは羨望される。
リシュデリュアルがフィートルを促して、再び会場を歩き始めた。王族たちは虹色の色彩をもつ親子を目に焼きつけるように眺め、胸に刻んだ。
会場を一周すると、リシュデリュアルは天帝のそばにいき、挨拶をした。そうして番と我が子を連れて会場を後にした。
「疲れた」
控えの間に入った途端にフィートルは床に大の字になった。それをエリクドゥールも真似をする。
「だめだよ、そんなの。行儀がわるいよ」
リシュデリュアルが慌てるが、フィートルは悪びれもせず床にころがったまま侍従から飲み物をもらっていた。
「ああ、もう。二人ともどうしてそうなのさ」
リシュデリュアルは二人から上等な上着をぬがせ、侍従に渡す。
「だめだよ、エリクドゥール」
行儀の悪い我が子を叱り付けながら、世話をするのはリシュデリュアルだ。フィートルは衣装を脱いではくれたものの、着替えをする気が無いようで、下着姿で床に座り込んでいる。
「もう、どうして…」
侍従から着替えを受け取り、二人に服を着せて、リシュデリュアルはようやく自身も侍従によって着替えができた。
「美味しいお菓子は?」
ここに来る前に約束をしたお菓子を催促して、フィートルとエリクドゥールはようやくソファーに座った。
「ありがとな」
フィートルがそう言うと、リシュデリュアルは満足そうに微笑んだ。
ようやく我が子に血を飲まれる日常が終わったと思ったら、嫁の耳が赤く色づいていた。何日か前から少し甘い香りがし始めたとは思ってはいたが、それが発情期の合図だとは知らなかった。
侍従たちは、分かったようにエリクドゥールを別宅に連れて行った。
「うーん、どうだろう?竜族ってなかなか番に孕んでもらえないんだよね」
「俺、去年産んだよね?」
せっせと作られる、いわゆる愛の巣をフィートルは眺めていた。別に、止めろとか、そう言うことではない。
ことではないのだが、フィートルだって、思うところはある。
「鶏みたいなのが嫌なんだが」
去年のことだけど、ついこの間のように、嫌でも覚えている。
何より苦しい。
腹の中の何処に、出来上がっていたのか分からない卵が、自分の体内からでてきた。
鶏と同じように。
それを出産というのは、多分違う。
実際苦しかった。産んだ後に鶏がけたたましく鳴くのも頷けるほどに。
何故、竜族はしっぽを使って巣作りをするのだろう?そんな疑問を持ちつつも、出来上がった新しい巣を眺める。
既に入口が閉じられていて、充満する甘い香りを肺いっぱいに吸っていた。
世界会議が行われる海の中の小さな島。
各国の王が船でやってくるが、海にも住まう竜族が結界を張っているからか、この時期だけはなみも穏やかになり、ひとつの事故も起こらず済む。
大抵、王が単身で来ることはなく、伴侶を伴うか、継承権のある者を伴うことが多い。
リスデン帝国の王は、伴侶ではなく王子を連れてきていた。世界各国の王族が集う場所であれば、顔を売るのは当然で、世界情勢を見るだけでなく、王族の婚姻相手を探すのにも適していた。
第二王子カイルは、程なくして目的の人物を探し出せた。
シヴィシス帝国の、王子。
やはり、2人しか来ていない。
多少残念な気持ちはあるものの、ゆっくりと近づいて行った。
各国王族しかいない空間であれば、挨拶を断るような無粋な態度はない。カイルをみて、2人の王子は一瞬目線を合わせたあと、穏やかな笑顔をカイルに向けた。
「その節は、我弟がお世話になりましたね」
第一王子リッカルドが笑みを浮かべながらそう言うと、第二王子フェデリーコも同じように礼を述べる。二人の王子は似たような笑顔をしていた。
カイルはその笑顔を見て、社交辞令的なものをしっかりと受け止めていた。察するに、第三王子についてはこれ以上話を広げられないということらしい。
同じ帝国どうし、繋がりを持ちたいとは思うものの、さすがに第二王子である自分が嫁ぐという選択肢はない。
「今日はお二人なのですか?」
それでも、多少は強引に話を持っていかなければ埒があかない。
「ええ、国政に携わるものとして少しは顔を売っておかないといけませんからね」
フェデリーコが軽い口調で言えば、隣でリッカルドも頷いている。噂通りシヴィシス帝国は第一王子と第二王子が国政を担うようだ。と、なれば第三王子は政略的な何かを請け負うはず。
今年成人したはずなので、ここまで大規模でなくとも何かしら社交の場に顔を出しても良さそうなものだが?カイルが話の切り出し方を考えていると、音楽が止み、先触れの声がした。
竜族が出てくる。
会場に集まっているのは各国の王族であるにもかかわらず、全員が膝をついた。
そうしなくてはいけないほど、天帝の圧が強いのだ。体が従えと自然に動く。
顔を上げることも許されないほどの圧が会場全体を覆うと、衣擦れの音とともに天帝が姿を現した。見えなくとも、そこに居ることが理解出来る。
天帝の発する竜族の言葉は理解出来ないが、この場にいる各国の王族に、祝福を与えているのだろう。
誰もが体が軽くなるのを感じた。
「新しい我らが同胞を紹介しよう。何れはこの者が統べるであろうからよく見ておけ」
天帝がそう言うと、新しい気配がやってきた。
小さな子どもが手を引かれてやってきた。
みな、ゆっくりと顔を上げる。
見ておけ。そう、天帝が言ったから。
虹色の色彩を纏った小さな子ども。
姿は見られるが、顔を見ることは叶わない。
それほどまでに力があった。
「ここにいるリシュデリュアルが子だ。まだ幼いが全ての力を有しておる」
天帝が、満足そうに言い放つと、幼い子どもは会場全体を見渡した。幼いながらも、力の使い方を知っている。
誰もがその幼い子どもを直視できないがため、視線を少しずらしていると、その背後に同じ色彩を持つ者が立っているのを確認した。
おそらくは、母親。リシュデリュアルの番なのだろう。
天帝がゆっくりと椅子に座ると、音楽が再び流れ始めた。それに合わせて踊り始める者もいる。
三本爪の竜族は、天帝へと踊り、酒を捧げる。
幼い子どもを連れて、リシュデリュアルがゆっくりと会場を回り始めた。
誰も声をかけることは出来ないが、天帝が認めたその力ある竜族の子どもに頭を下げる。
ゆっくり、ゆっくりと歩みを進め、その足はシヴィシス帝国の、王子たちの前で止まった。
「初めまして」
リシュデリュアルが口を開いた。
会場にいる誰よりも先に、シヴィシス帝国の王子たちに声をかけたことにより、全ての目線が集まった。
「お声がけ頂き光栄です」
リッカルドが答え、二人とも頭を下げる。
虹色の色彩を持つ子どもは、リシュデリュアルの番が抱き上げていた。
「ご無沙汰をしております」
言われてその姿を見たけれど、その虹色の色彩にはまるで覚えがない。
「ああ」
ふっと笑みをこぼしたあと、髪が揺れ色彩が変わった。
「兄上方には、ご挨拶が遅くなりまして」
見覚えのある黒の色彩を纏うのは、シヴィシス帝国第三王子フィートルだった。
「どういう…ことだ?」
今しがた目の前で起こったことが信じられず、リッカルドが目を見開く。フェデリーコは何度も瞬きを繰り返している。
「俺は本来この色なんですよ」
そう言って、フィートルは再び虹色を纏った。
「どういうことなんだ?」
リッカルドが問う。
「生まれる時、身を守る本能で黒を纏って生まれましたが、母親があまりにも俺に怯えるのが分かってしまって、しばらく自分で力を封じていた」
フィートルがそう言うと、フェデリーコが手を伸ばしてフィートルの髪に触れた。
「ずっと、隠していた?日記にも、そんなこと書いてなかったよね?」
「そうですよ、ずっと隠していた。だから部屋に魔法で鍵をかけていた」
フィートルにそう言われて、フェデリーコは目を細めた。可愛い弟が国のために陰ながら尽力してくれていたことは日記から知った。
「なんだろう?フィートル、少し険がとれた?」
リッカルドがそう言うと、リシュデリュアルが笑った。
「親になったからでしょうね」
言われたフィートルは、唇を片方だけ上げて笑った。抱いている子どもは、フィートルの首に手を回したままニコニコとしている。
「どこかおかしな国に嫁がされるのでは無いかと懸念していたけれど、まさか竜族の番になるとは、ね」
リッカルドが嬉しそうだ。
「こうして会えて嬉しいよ」
「俺も、言葉が交わせて嬉しい限りで」
フィートルは天の浮島から、シヴィシス帝国の現状を見ていた。父王が退位の意向を示していることを。
だから、今回この世界会議に、兄王子たちが参加することを知っていた。だからこうして家族で顔見せに来たのだ。
こうでもしないと、記憶を繋げて会話ができない。
フィートルは、少し離れた所に立つカイルを見て、少しだけ笑って見せた。
ただそれだけの事でも、他国の王族からは羨望される。
リシュデリュアルがフィートルを促して、再び会場を歩き始めた。王族たちは虹色の色彩をもつ親子を目に焼きつけるように眺め、胸に刻んだ。
会場を一周すると、リシュデリュアルは天帝のそばにいき、挨拶をした。そうして番と我が子を連れて会場を後にした。
「疲れた」
控えの間に入った途端にフィートルは床に大の字になった。それをエリクドゥールも真似をする。
「だめだよ、そんなの。行儀がわるいよ」
リシュデリュアルが慌てるが、フィートルは悪びれもせず床にころがったまま侍従から飲み物をもらっていた。
「ああ、もう。二人ともどうしてそうなのさ」
リシュデリュアルは二人から上等な上着をぬがせ、侍従に渡す。
「だめだよ、エリクドゥール」
行儀の悪い我が子を叱り付けながら、世話をするのはリシュデリュアルだ。フィートルは衣装を脱いではくれたものの、着替えをする気が無いようで、下着姿で床に座り込んでいる。
「もう、どうして…」
侍従から着替えを受け取り、二人に服を着せて、リシュデリュアルはようやく自身も侍従によって着替えができた。
「美味しいお菓子は?」
ここに来る前に約束をしたお菓子を催促して、フィートルとエリクドゥールはようやくソファーに座った。
「ありがとな」
フィートルがそう言うと、リシュデリュアルは満足そうに微笑んだ。
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