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エリクドゥールに血を与えるのに、毎回毎回首筋を噛まれるのは死活問題だ。食いつくために爪を立てられると、肺が潰れそうだし、徐々に大きくなるため首が折れそうな程の負荷がかかる。そして、それとは別に首筋から血を流すフィートルがエロいらしい。これはリシュデリュアルの主観である。
妥協案で肘の内側から飲んでもらうことにした。膝に抱けるので体勢が安定する。
フィートルは授乳と同じ感覚で与えればいいと考えていたが、さすがに一回の量が多いので一日一回にしてもらった。
エリクドゥールが満足して眠りにつくと、フィートルは直ぐに傷を消す。造血のための美味しくない飲み物を侍従から受け取ると、心底嫌そうな顔をして一気に飲み干した。
「ふふ、君でもそんな顔をするんだね」
番のする意外な顔を見て、リシュデリュアルは嬉しそうにしていた。
「俺が無表情だと、決めつけるな」
フィートルは横目で軽く睨むと、コップを侍従に返す。
そうして、ふと頭上に目をやった。
「あいつ…」
天帝に取られた黒がフィートルの体に戻ってきた。気に入らない気配を感じて、フィートルの力を纏った証拠だ。
「どうしたの?」
リシュデリュアルは気づかなかった。自分の留守に襲撃してきた竜族が飛ばされた先からようやく戻って来たことに。
「あの時のあいつが、戻ってきた」
フィートルに言われて、リシュデリュアルも上を見上げれば、確かに竜族の気配があった。
「エディファイゼン」
リシュデリュアルはおじゃま虫の名前を呟いた。
「そういう名前か」
眠る我が子にシーツをかけ直し、フィートルが、立ち上がった。
「えと、確認だけど、何をするつもりかな?」
リシュデリュアルが慌てると、フィートルは軽く笑った。
「天帝が、認めたのさえ気に入らないというのなら、俺が直接わからせる」
「え、いやいや、ダメだよ。番にそんなことさせるだなんて」
リシュデリュアルが慌てるけれど、フィートルは片手でそれを制する。
「俺のプライドを痛く傷つけられた。自分でやらなくちゃ気が済まない」
「えっと、うん…怪我、しないでね」
リシュデリュアルは最近になってようやく分かってきた。番となったこの王子は、子どものようではなく子どもで、自由気ままに行動を取ってしまい、王族らしくないのだ。それでいて、愛情を求めているのか、なにかとリシュデリュアルの顔色をうかがう。
生意気な口をききながらも、随分と年上のリシュデリュアルを慕っている。
多分、慕っていると思う。
甘え方が下手なのだと途中で気づいた。
ニンゲンが黒の魔術を恐れていることは知っていた。愛する番がそのせいで、産みの親から厭われていた事も聞いた。そんな国、滅ぼそうかと思ってしまった。けれど、愛する番が災厄の発生原因を浄化していたのを知っているので出来なかった。
だから、リシュデリュアルはどう答えるか今なお模索中なのだ。
「殺したら、やっぱりまずいか?」
愛する番の質問は、随分と物騒だった。
「さすがに、それは…」
言い淀むと承知した。と言う顔をされた。
「リシュデリュアル、見損なったぞ」
上から高圧的に言い放つ竜族は、フィートルを無視してリシュデリュアルを見た。
「どういう意味かな?」
耳元の後れ毛を指でクルクル弄びながらリシュデリュアルは聞き返した。
「お前ほどの者がニンゲンの、しかも人族を番に選ぶなど、どのような迷い事だ」
「僕の番を馬鹿にしないで欲しいな。知ってるよね、僕たちにとって番は絶対だよ?」
剣呑な空気を放ってリシュデリュアルは答える。上空にいる竜族は、相当な選民意識があるようだ。
「子さえ成せれば最も次期天帝に近い男と言われたお前が、なぜ故ニンゲンの中でも最弱と呼ばれる人族を番に選んだのか、理解しかねる」
「人族だけが獣人では無いからと、見下しすぎなんじゃない?」
リシュデリュアルが少々イラついた口調になると、上空の竜族は面白そうに笑った。
「我の子を孕ませてやろうと思っていたのにな」
笑いながら上空の竜族がそう言うと、リシュデリュアルの頬が多少引きつった。
「は?え?何言ってくれてんの?」
突然の物言いに、リシュデリュアルは理解できどころか、不快な感情が湧いてきた。
「我がお前を成体にしてやろうと思っていたのにな」
胸糞悪い独白に、リシュデリュアルのまとう空気が良くない色に変化していく。
「俺の嫁に何言ってくれてんの?」
割ってはいったのはフィートルだった。
「さっきっから黙って聞いてれば、随分な言い草だな」
竜族の圧に全く怯まないフィートルに、リシュデリュアルは感心しつつも『嫁』と呼ばれたことに頬が緩む。
「人族ごときが何を言う」
上空の竜族はフィートルを見て嘲笑う。
「この間、俺に吹き飛ばされたのは誰なんだよ」
ついこの間の汚点をあげつられれば、上空の竜族が僅かに感情を切り替える。
「なんにしても、だ。あいつは俺の嫁だし、バカにされる筋合いはないし、俺の産んだ卵はもう孵化してるから、あんたの出番はないんだよ」
棒一本を構えてフィートルがそう言うと、上空の竜族がフィートルに向かって咆哮を上げた。
子を成せば力が増幅されるのが竜族の常識で、
「竜族と契りを交わした者は同等の命を得るんだよな?確か」
フィートルの問いかけに、上空の竜族が無言になる。命が繋がっているものを傷つければ、同じように傷つく。フィートルが傷つけば、リシュデリュアルにも痛みが生じる。
「さて、ここは俺の嫁のテリトリーなんだが?地の利を得ているのは俺だよな?」
棒一本に魔力を乗せて、上空の竜族に向かって黒い光を投げつけた。
何が飛んできたのかと、油断をしているとそれは闇の魔力であった。
「この程度で、なにを…」
黒い光を弾こうとしたはずなのに、竜族は何故かそこに囚われた。弾き返そうと触れた瞬間に魔力が広がったのだ。
「俺の作った亜空間」
上空の竜族は、成体のためかなり大きいはずなのに、何故か囚われてしまった。
「えーっと、なにを、するつもりなのかな?」
不安になって、リシュデリュアルはフィートルに聞いた。
「このまま潰す?」
「えと、殺さないでね?」
リシュデリュアルは不安になった。愛しの番は自分の言ったことをちゃんと聞いていたのだろうか?
「じゃあ、程よく潰して」
フィートルの、ちょっとした動作で亜空間の形が変わる。
浮島に、しっかりと立つフィートルは地の利を活かして魔力を底上げしたようだ。
フィートルはそのまま竜族の入った空間を自分の手元まで引き寄せた。大きかったはずの空間が随分と小さくなっている。
「えっと、潰れてないよね?」
「潰してはいないけど、程よく圧はかかってる」
フィートルは、不思議そうな顔をしてリシュデリュアルを見返した。殺さなければいいのではなかったのか?
「えーっと、も、もう、いいんじゃないかな?」
かなり小さくなった黒い光をリシュデリュアルは困った顔で、眺めていた。成体の竜族から考えると、この空間があまりにも小さすぎるのだ。潰れていないと言われても、どうにも不安である。
「分かった」
イタズラがバレた子どものような顔をして、フィートルは黒い光を棒で叩いた。
光が弾けると、そこから竜族の幼体が落ちてきた。
潰れるように地面に落ちたその姿は、だいぶ可哀想だった。
「ぐぅぅぅ、う」
呻き声しか出せないほど、弱ってしまっているようだった。
「ああ、これは、ちょっと」
さすがにリシュデリュアルはやりすぎだと感じたけれど、愛しの番を殺そうとしたのはそちらなので、あまりに同情も出来なかった。
「はぁ、仕方がないよね。自業自得だよね?」
リシュデリュアルはぐったりとした幼体を摘むように持ち上げると、中央の城へと繋がる転移装置にほおり投げた。
「さすがに、この後のことは僕も知らない」
振り返ると、なんだか嬉しそうにしている愛しの番がこちらを見ていた。
(褒めてあげた方がいいのかな?)
リシュデリュアルは、愛しの番への対応に大いに悩むしか無かった。
妥協案で肘の内側から飲んでもらうことにした。膝に抱けるので体勢が安定する。
フィートルは授乳と同じ感覚で与えればいいと考えていたが、さすがに一回の量が多いので一日一回にしてもらった。
エリクドゥールが満足して眠りにつくと、フィートルは直ぐに傷を消す。造血のための美味しくない飲み物を侍従から受け取ると、心底嫌そうな顔をして一気に飲み干した。
「ふふ、君でもそんな顔をするんだね」
番のする意外な顔を見て、リシュデリュアルは嬉しそうにしていた。
「俺が無表情だと、決めつけるな」
フィートルは横目で軽く睨むと、コップを侍従に返す。
そうして、ふと頭上に目をやった。
「あいつ…」
天帝に取られた黒がフィートルの体に戻ってきた。気に入らない気配を感じて、フィートルの力を纏った証拠だ。
「どうしたの?」
リシュデリュアルは気づかなかった。自分の留守に襲撃してきた竜族が飛ばされた先からようやく戻って来たことに。
「あの時のあいつが、戻ってきた」
フィートルに言われて、リシュデリュアルも上を見上げれば、確かに竜族の気配があった。
「エディファイゼン」
リシュデリュアルはおじゃま虫の名前を呟いた。
「そういう名前か」
眠る我が子にシーツをかけ直し、フィートルが、立ち上がった。
「えと、確認だけど、何をするつもりかな?」
リシュデリュアルが慌てると、フィートルは軽く笑った。
「天帝が、認めたのさえ気に入らないというのなら、俺が直接わからせる」
「え、いやいや、ダメだよ。番にそんなことさせるだなんて」
リシュデリュアルが慌てるけれど、フィートルは片手でそれを制する。
「俺のプライドを痛く傷つけられた。自分でやらなくちゃ気が済まない」
「えっと、うん…怪我、しないでね」
リシュデリュアルは最近になってようやく分かってきた。番となったこの王子は、子どものようではなく子どもで、自由気ままに行動を取ってしまい、王族らしくないのだ。それでいて、愛情を求めているのか、なにかとリシュデリュアルの顔色をうかがう。
生意気な口をききながらも、随分と年上のリシュデリュアルを慕っている。
多分、慕っていると思う。
甘え方が下手なのだと途中で気づいた。
ニンゲンが黒の魔術を恐れていることは知っていた。愛する番がそのせいで、産みの親から厭われていた事も聞いた。そんな国、滅ぼそうかと思ってしまった。けれど、愛する番が災厄の発生原因を浄化していたのを知っているので出来なかった。
だから、リシュデリュアルはどう答えるか今なお模索中なのだ。
「殺したら、やっぱりまずいか?」
愛する番の質問は、随分と物騒だった。
「さすがに、それは…」
言い淀むと承知した。と言う顔をされた。
「リシュデリュアル、見損なったぞ」
上から高圧的に言い放つ竜族は、フィートルを無視してリシュデリュアルを見た。
「どういう意味かな?」
耳元の後れ毛を指でクルクル弄びながらリシュデリュアルは聞き返した。
「お前ほどの者がニンゲンの、しかも人族を番に選ぶなど、どのような迷い事だ」
「僕の番を馬鹿にしないで欲しいな。知ってるよね、僕たちにとって番は絶対だよ?」
剣呑な空気を放ってリシュデリュアルは答える。上空にいる竜族は、相当な選民意識があるようだ。
「子さえ成せれば最も次期天帝に近い男と言われたお前が、なぜ故ニンゲンの中でも最弱と呼ばれる人族を番に選んだのか、理解しかねる」
「人族だけが獣人では無いからと、見下しすぎなんじゃない?」
リシュデリュアルが少々イラついた口調になると、上空の竜族は面白そうに笑った。
「我の子を孕ませてやろうと思っていたのにな」
笑いながら上空の竜族がそう言うと、リシュデリュアルの頬が多少引きつった。
「は?え?何言ってくれてんの?」
突然の物言いに、リシュデリュアルは理解できどころか、不快な感情が湧いてきた。
「我がお前を成体にしてやろうと思っていたのにな」
胸糞悪い独白に、リシュデリュアルのまとう空気が良くない色に変化していく。
「俺の嫁に何言ってくれてんの?」
割ってはいったのはフィートルだった。
「さっきっから黙って聞いてれば、随分な言い草だな」
竜族の圧に全く怯まないフィートルに、リシュデリュアルは感心しつつも『嫁』と呼ばれたことに頬が緩む。
「人族ごときが何を言う」
上空の竜族はフィートルを見て嘲笑う。
「この間、俺に吹き飛ばされたのは誰なんだよ」
ついこの間の汚点をあげつられれば、上空の竜族が僅かに感情を切り替える。
「なんにしても、だ。あいつは俺の嫁だし、バカにされる筋合いはないし、俺の産んだ卵はもう孵化してるから、あんたの出番はないんだよ」
棒一本を構えてフィートルがそう言うと、上空の竜族がフィートルに向かって咆哮を上げた。
子を成せば力が増幅されるのが竜族の常識で、
「竜族と契りを交わした者は同等の命を得るんだよな?確か」
フィートルの問いかけに、上空の竜族が無言になる。命が繋がっているものを傷つければ、同じように傷つく。フィートルが傷つけば、リシュデリュアルにも痛みが生じる。
「さて、ここは俺の嫁のテリトリーなんだが?地の利を得ているのは俺だよな?」
棒一本に魔力を乗せて、上空の竜族に向かって黒い光を投げつけた。
何が飛んできたのかと、油断をしているとそれは闇の魔力であった。
「この程度で、なにを…」
黒い光を弾こうとしたはずなのに、竜族は何故かそこに囚われた。弾き返そうと触れた瞬間に魔力が広がったのだ。
「俺の作った亜空間」
上空の竜族は、成体のためかなり大きいはずなのに、何故か囚われてしまった。
「えーっと、なにを、するつもりなのかな?」
不安になって、リシュデリュアルはフィートルに聞いた。
「このまま潰す?」
「えと、殺さないでね?」
リシュデリュアルは不安になった。愛しの番は自分の言ったことをちゃんと聞いていたのだろうか?
「じゃあ、程よく潰して」
フィートルの、ちょっとした動作で亜空間の形が変わる。
浮島に、しっかりと立つフィートルは地の利を活かして魔力を底上げしたようだ。
フィートルはそのまま竜族の入った空間を自分の手元まで引き寄せた。大きかったはずの空間が随分と小さくなっている。
「えっと、潰れてないよね?」
「潰してはいないけど、程よく圧はかかってる」
フィートルは、不思議そうな顔をしてリシュデリュアルを見返した。殺さなければいいのではなかったのか?
「えーっと、も、もう、いいんじゃないかな?」
かなり小さくなった黒い光をリシュデリュアルは困った顔で、眺めていた。成体の竜族から考えると、この空間があまりにも小さすぎるのだ。潰れていないと言われても、どうにも不安である。
「分かった」
イタズラがバレた子どものような顔をして、フィートルは黒い光を棒で叩いた。
光が弾けると、そこから竜族の幼体が落ちてきた。
潰れるように地面に落ちたその姿は、だいぶ可哀想だった。
「ぐぅぅぅ、う」
呻き声しか出せないほど、弱ってしまっているようだった。
「ああ、これは、ちょっと」
さすがにリシュデリュアルはやりすぎだと感じたけれど、愛しの番を殺そうとしたのはそちらなので、あまりに同情も出来なかった。
「はぁ、仕方がないよね。自業自得だよね?」
リシュデリュアルはぐったりとした幼体を摘むように持ち上げると、中央の城へと繋がる転移装置にほおり投げた。
「さすがに、この後のことは僕も知らない」
振り返ると、なんだか嬉しそうにしている愛しの番がこちらを見ていた。
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