【完結】第三王子は逃げ出したい

久乃り

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誰がだれと

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「え、なに?なんで…」
愛する番が、まるで違う色をまとっていた。見たこともないような美しい色をした髪は、愛する番の顔をより一層美しく彩っていた。そして、髪と同じ色の目は吸い込まれそうなほどの、輝きを持っている。
「天帝が相手じゃ隠せないか」
不機嫌を隠そうともしない言い方をして、フィートルは天帝の伸ばした手を軽く叩いた。
「触るな、俺はモノ扱いされるのが嫌いだ」
例え相手が天帝であろうとも、フィートルは自分を殺さなかった。
「よい色だ。黒でソレを隠していたな」
天帝は満足そうな目をしてフィートルを見ていた。回りにいる竜族たちは、一瞬で色の変わったことにただ驚いている様子だった。
「産まれた時から隠していたのにな、さすがは天帝か」
不遜なものの言い方をしているのに、天帝は怒りもせずに目を細めてフィートルを見ていた。
「全属性もちはそのような虹色を纏うか」
そう言って天帝は喉の奥で愉快そうに笑うと、フィートルに手を伸ばした。
リシュデリュアルは天帝の手を抑えたかったが、それよりも早くフィートルは逃げていた。
「悪いな、趣味じゃない」
軽く片方だけで笑うと、フィートルは立って天帝を睨みつけていた。
「ヒトの番に手を出そうだなんて、天帝だからといって許していいのか?」
その問いはリシュデリュアルに、向けられていた。
「……………」
リシュデリュアルはなんと言えばいいのか、適当な言葉が見つからなかった。番を守ることは絶対で、例えそれが、天帝であっても許されることではない。
「僕は、僕の大切な番を見せに来ただけで、例え天帝様であろうとも、大切な番を奪うというのならば、戦う覚悟があります」
リシュデリュアルがそう言うと、集まっていた竜族たちが慌てて止めに入る。
「ならぬぞ、それはならぬ」
回りが慌てるのをフィートルは黙って見ていた。
「俺はモノじゃないんでね」
そう言うと、リシュデリュアルの、手を引いた。
「え、ちょっと」
リシュデリュアルは慌てた。まだ天帝から認められていない。
「下らない。色ボケジジイに許可など貰う必要は無い」
勝手に退出しようとするフィートルの前に、騎士らしい男たちが立ちはだかった。
「天帝様の許可なく退出は許されない」
剣先を向けられても、フィートルは怯えることも無く、逆に深いため息をついた。
「面倒だ、なっ」
フィートルが、言い終わる前に、何かがフィートルに襲いかかっていた。
襲われた勢いに負けて、フィートルはそのまま後ろに倒れた。リシュデリュアルもあまりのことにフィートルを庇うことが出来なかった。
「っ、くぅ…」
襲われたフィートルの口から苦痛の声がもれる。
だが、その場に居合わせた竜族たちは、襲ったものの正体を見て、声が出せないだけでなく、どうすることも出来ずに立ちすくんだ。
「嘘だろ、このタイミングで……」
自分の身に何が起きたか理解したフィートルは、己の首筋に歯を立てる我が子を優しく撫でた。
「爪を立てるな、肺が潰れる」
仰向けに倒れ、首筋から血を流している割に、フィートルは冷静だった。
「え、嘘でしょう?」
目の前で、繰り広げられる事を理解出来ず、リシュデリュアルは呆然と番とその首筋から血をすする我が子を見た。
「…ふっ、うん」
仰向けに倒れたまま、フィートルは我が子に首筋を噛まれ血を啜られていた。脳内にはしっかりと我が子の声がとどいている。
『母上、お腹空いた。コレ美味しい』
「産まれた途端に食事を要求するとは、やはり大食らいだな」
そう言いながらフィートルは、爪の刺さった辺りを治癒していく。フィートルの体に刺さる爪の色は虹色だった。
「え、ちょっと待ってよ」
我が子の状態を理解したリシュデリュアルは、とんでもない事になっていることに慌てた。が、慌てたところでどうにもならない。
「落ち着け」
首筋を噛まれたままフィートルが起き上がった。上半身には相変わらず我が子がしがみついたままだ。
「そのくらいにしてくれ、俺が死ぬ」
我が子の口の辺りに手をやって、食事の終わりを促すと、フィートルは首筋の、傷を消した。
「見事に黒い」
我が子の鱗の色を見て、フィートルは満足そうだ。
「どうだ、この間襲ってきたバカも、この我が子を見れば文句も言えないだろう?」
抱き上げる我が子は、飛竜の幼体だった。全身を覆う黒い鱗はツヤがあり、五本の爪はフィートルの髪とおなじく虹色だ。
「素晴らしいことだ」
背後で天帝が手を叩いた。
それに反応して、その場にいる全員が天帝を見る。
「祝いに名を与えよう」
その一言で、全員が膝をつき頭を下げる。
「エリクドゥール」
天帝が、短く告げる。
「竜族リシュデリュアルと人族フィートルの子に名を与える」
天に認められた。




魔力ではなく、直接血を取られたフィートルは軽く貧血を起こして横になっていた。
リシュデリュアルの屋敷に戻ったものの、天帝が認めて名を与えたとあっては、竜族からの祝いの品がひっきりなしに届けられる。
城ではゆっくりとエリクドゥールを見られなかったからと、品物を届けながら顔見せを要求されていた。
だが、フィートルは体調不良と言って、顔を見せるのを断った。
実際、血を飲まれて貧血気味だし、天帝のせいで黒が消えて落ち着かない。フィートルはこの鮮やかな、虹色が好きではなかった。
ぐったりとしているフィートルに、増血のためと肉料理がやたらと出されて、食べきれなくて困っていた。
「番様、体が温まるようこちらをどうぞ」
侍従が湯気のたつスープを持ってきた。まだ体がダルい。血が抜けたことで確かに体が冷えてはいた。
支えらて起き上がり、背中に枕をいくつか入れてもらって体勢を整える。
ゆっくりと温かい物を体に入れると、中から温まっていくのがわかった。しかし、失った血液の量が多すぎたらしい。吐き気がする。
「温石をご用意しました。火の魔力が入っておりますので温かいですよ」
侍従がそう言ってフィートルの足元に温石を入れる。
ぼんやりと考えながら、フィートルは天井を眺めていた。母乳は血液から作られるから、直接血液を飲むのはあながち間違いではないのだろう。だとすると、自分は授乳中の母親のような食生活をしなくてはならないと言うことなのだろうか?
ぼんやりとした考えではあるが、それを侍従に伝えると嬉しそうに食事の改善を承諾してくれた。
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