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対峙
しおりを挟む卵に魔力を与えるのは一日二回程で、卵自体が周りから魔力を取り込んでもいた。
まなの実程の大きさだった卵が、水晶玉ほどの大きさになると孵化するらしい。
フィートルは珍しいものを思う存分観察できるので、退屈もせずに卵の世話をしていた。
淡い青色の卵は、リシュデリュアルの髪の色にも似ていた。殻が魔力を宿しているのか、小刻みに揺れている。ずっと見ていると変化に気づきにくいが、確実に大きくなってきている。
「あと、二、三日で孵化しそうな大きさになったね」
卵を撫でながらリシュデリュアルが言うと、フィートルも卵に手を添える。触れることで魔力の供給ができるため胎内にいた時より楽にはなった。
「産まれると、あの時のお前みたいな姿なのか?」
フィートルが聞くのは、あの日森の中で見たリシュデリュアルの姿。
「うーん、どうだろう?幼体はそれぞれ違うんだよね。親の影響もあるけど魔力量の方が強くでるんだよね」
「お前に似るとやもりもどきか……」
フィートルが勝手に何やら想像しているのを、リシュデリュアルは面白そうに眺めていた。彼なりに自分の子どもの姿を想像してくれているのがなんだか嬉しかった。
「人型が取れるまで何年もかかるからね」
「獣人、か」
人族にとっては未知の話なのだろう。そもそも卵で生まれて孵化をして、幼体から成長となると、初めから人型でしか生まれてこない人族にとっては謎だらけのことなのだろう。
「王族だと、余計に獣人とは交わらない?」
「城に使える者に姿は見るけれど、血統を重視するから婚姻はないな」
「じゃあ、僕とはかなりの特例になるね」
そう言って笑うと、フィートルも軽く笑った。
「竜族と交わること自体特殊なんじゃない?」
フィートルは撫でていた卵をそっと持ち上げてみた。
「なかなか重たくなるんだな」
「抱けるのは今だけだからね」
「孵化したら幼体だから、普通に食事するんだよ」
「なるほど」
「爪があるから、抱くと刺さるよ」
「そういう事か」
そっと卵を下ろすと、その隣に横になった。
目を細めて卵を見る姿は母性があると言っていいのかもしれない。
「こんなにゆったりとしたのは初めてかもしれない」
「闇属性は大変そうだね」
黒髪を撫でると、目を閉じ気持ちよさそうな顔をした。穏やかな時間を共有できることを静かに喜んだ。
「受精してから産むまでは、ほとんど鶏なみだったな」
まるで他人事のようにつぶやきながら、フィートルは卵を眺めた。確かに産んだ時より大きくなっている。水晶玉ほどの大きさがどの程度か概ね予想はするが、その中にはいっている幼体の大きさまでは想像の範疇には入らない。
「卵の中のひよこって、以外と折りたたまれてるよな」
牧場や森で見かけた鳥の卵と、孵化したひよこを何度か見比べたことがあるが、この中にこの姿がどうやって?としか思えないレベルの大きさをしていて毎度驚いてはいた。
「しかし、中身が分からないからなぁ」
だいぶ大きくなった卵を撫でながら、ゆっくりと魔力を注ぐ。魔力を注ぐと、卵はゆっくりと小刻みに震えるので、それで魔力を吸収しているのだと分かる。
孵化まではだいたい一ヶ月ほどと聞いているので、まだまだ時間はかかるようだ。
ふと、知らない魔力を感知してフィートルは久しぶりに警戒した。
この領解で自在に動けるのは竜族だけとなれば、この浮島に勝手に来られるのも竜族となるはず。だが、リシュデリュアルとは、明らかに違う魔力が浮島の上に存在している。
「なんだ?」
強く警戒したフィートルの声に侍従の三本爪たちが慌てた。
浮島の主とは違う竜族の気配に、侍従たちは卵の部屋の扉を全てキッチリと閉めた。
ほとんど寝巻きのような長衣を着ているだけのフィートルは、久しぶりの威圧に唇を舐めた。
「面白い」
上からの風が髪を乱し、衣をなびかせる。押さえつけるような風圧を、頭から受けて少々首が痛かった。
「新手の押し売りかなんかかな?」
上を見上げれば、竜族の成体が浮いていた。
「なかなかな、ものだな」
上から来る威圧を感じながらも、フィートルは全く怯え様子はなかった。侍従の三本爪たちは、五本爪の成体から来る威圧に負けて閉めた扉の前で身動きが取れなくなっている。
「あそこにいれば大丈夫かな?」
招かざる客の訪問理由は不明ではあるけれど、明らかに感じると威圧が、好意的ではないことぐらいフィートルにだってよく分かった。
顔色を無くすほどに怯える侍従たちに、何かを期待するのはやめた方がいいだろう。
「ニンゲンが、卵を産んだそうだな」
上空の竜族かららしい声が聞こえた。
どうやらこの度のフィートルの行いがお気に召さないようだ。
「主の留守に襲撃とは竜族もたいしたことないな」
フィートルが煽ると、竜族が反応した。
「掃除に来てやったのだ」
上空の竜族はそう言うと、ゆっくりと口を開けた。
来る。と分かってフィートルはすぐに構えた。色からして風魔法が得意そうな竜族ではある。
「壁ぐらい作ってみようかな」
久しぶりに唯一の武器である棒をもち、竜族の行動にに対する防御壁を作ってみる。自分はともかく、侍従と建物ぐらいは守る必要があるだろう。
周りの空気を揺するように、竜族が咆哮した。音なのか、振動なのか区別のつけずらいものが真っ直ぐにフィートル目掛けて飛んできた。
「ふっ」
予め作っておいた壁にあたり、竜族と咆哮は霧散した。
「なんだと」
たかだか人族に己の咆哮を消されて、竜族は気分を悪くした。天に住まう竜族からの一撃を受けることなく消し去るなんて、身分に釣り合わない所業である。
少し魔力を送ると、そこに壁が存在していることが知れた。
「生意気な」
竜族は五本の爪で目障りな壁を破壊した。
「ふふ、そうくるか」
防御壁を破壊されても、フィートルは動じなかった。爪が当たれば破壊されることは予想通りで、自分の予想通りに行動した竜族が面白かった。
相変わらず、侍従たちは身動きが取れないようで、建物の壁際に座り込んで身動きが取れていなかった。
「直接我が爪を、くれてやろう」
威圧的な態度で竜族はフィートルへと接近してきた。身分の高さを表す五本の爪が、フィートルの真上から振り下ろされた。
だが、フィートルは逃げもしないでその爪を眺めていた。
「なるほど」
面白くもないという声を出し、フィートルは自分と竜族の間に何かを作り出した。竜族の爪がそこに到達した時、竜族はそれに吸い込まれるように消えると、元いた上空に戻されていた。
「なんだ、一体?」
状況が飲み込めない竜族は、己に起きたことを理解出来ないでいた。フィートルはその様子をただ眺めている。退屈そうに棒をクルクル回しながら。
「相手にする必要は無さそうだな」
フィートルはそう言うと、ゆっくりと建物に向かって歩き出した。
上空の竜族はことの事態をまだ把握出来て居ないようで、フィートルのいた辺りを凝視している。そうして、ようやく何があるのかを見つけ出すと、苛立ちを露にフィートル目掛けて滑空してきた。
「ああ」
建物の壁際で身動きが取れなくなっていた侍従が、フィートルの、背後に迫る竜族を見て絶望的な、声を出した。あの勢いで突進されては、フィートルだけでなく、この建物ごと破壊される。そう思って固く目を閉じた。
が、竜族の突進で吹いた風は唐突になくなり、耳鳴りがするほどの静寂が辺りには広がっていた。
両手で顔をおおって履いたが、ゆっくりとうでをうごかし、隙間から様子を伺うと、主の番がたった一本の棒切れで竜族の突進を阻んでいた。
「この程度、食らうわけが無い」
少し伸びた黒髪を、竜族が巻き起こす風になびかせて、それでも棒一本で竜族の動きを止めていた。
「ばかな、人族の分際で」
自慢の五本爪が、棒一本で抑えられ、竜族は信じられないと目を見開いている。
「重力が操れるからね、ちょっとした風なら吸い込めるよ」
手にした棒に魔力を乗せているらしく、竜族が発する風がそこに吸い込まれていくのが分かった。そして、そのせいで竜族もまたその棒から離れられない程に吸われていた。
「本当はダメだけど、特別に亜空間に入れてやろうか?」
「そんなことができるはず…」
「俺はマジックバックを持っているから、そこに特別に入れてやってもいい」
フィートルの腰に、小さい袋が下がっているのを見つけて、竜族は慌てた。そんな小さな袋に、どれほどの空間魔法が施されているというのか?何より、そんなところに入れられて、無事に出られるとは到底思えなかった。
「ふざけるなっ」
竜族は慌ててフィートルの持つ棒から離れようとしたが、どう足掻いても棒から爪が離れない。
「吸い込んでいるからね。入口が小さいから入らないだけ」
フィートルはそう言うと、とてもめんどくさいという顔をして、棒を持つ手に力を込めた。
「なっ、まさか、まさか、貴様っ」
フィートルの顔を見て、竜族は慌てたが、既に遅かった。
「お前から吸い取った風を返してやる。受け取って、飛んでいけっ」
いままで吸い込んだ竜族の魔力の風を、一気に放出して、その勢いに乗せて竜族を殴りつけた。おのれの放った魔力を、勢いよく叩きつけられて、竜族は浮島より遥か彼方に飛ばされた。
「比較的、平和な解決策だったな」
フィートルは振り返ると、力なくへたり込む侍従に手を差し出した。とりあえず、中に入りたい。
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