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帰路の中

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時間の感覚がまるでなかった。
 ただ目の前にある欲を互いに欲していた。
 何度合わせて重ねても、まるで足りない。
 獣のようだ。と頭の片隅で思って思わず笑みがもれる。そもそも竜族も獣人だ。本能のままに行動をして何が悪いというのだろうか。
 千年生きてようやく手に入れた愛しい相手だ。
 挿したまま唇を重ねれば、互いの魔力が溶け合って巡る。それが胎内を流れるのを感じるのもまた気持ちが良かった。
 ねっとりとした空気が肌にまとわりつき、そこからも欲を感じるほど濃厚になってきた頃、人族の王子が自ら動き出した。起き上がり、両手で竜族の頬を掴む。そのまま唇を重ねて、輪郭を味わい軽く喰む。上と下と、濡れた音が耳に響く。口角の辺りから差し込まれた舌は、自分のに比べれば幾分短いと思う。歯列をなぞったりこちらの舌を舐めたりはするものの、奥までは届かない。
 そんな舌っ足らず感さえまた可愛い。
 答えてやると角度を変えてきた。より深くと貪りたいのか、頬に添えられていた手が頭の後ろに回っていた。
「ん、ふっ」
 合間合間の息継ぎのような声だけが耳に届く。そろそろ終わりが近い。濃密な空気が、ゆっくりと軽くなるのを体が感じていた。
「匂いが、変わったな」
 唇を離した途端、人族の王子が呟いた。
 なかなかよく分かっているようだ。竜族の発情期の間に発せられる特有の匂い。それが無くなれば竜族の発情期は終わりを告げる。
「うん、残念だけどもうおしまい」
 名残惜しくもう一度唇を合わせた。軽く重ねただけなので、離れるのも早い。
「一番最初に身につけるのが手袋って」
 情事の後の身支度を眺めていたら、人族の王子は何故か手袋から見に付け始めた。
「俺が一番隠さなくちゃいけないものだ」
「な、なんかやだ」
 もっと色っぽい事を予想していたのに、現実だけを突きつけられたようでガッカリしてしまう。
「さっさと帰るぞ」
 フィートルは、勝手に出口を作って外に出てしまった。
「え、僕まだなのに」
 普段自分で服を着る習慣がないリシュデリュアルは、自分の服なのに着替えに手間取っていた。
「下手くそか」
 確実に舌打ちをして、フィートルはリシュデリュアルの着替えを手伝った。
「な、なんか、ごめん」
「ああ、そうだな。一人で服も着られないような奴が発情するなんて冗談みたいだ」
 服装を整え、リシュデリュアルのぐちゃぐちゃになった髪を見苦しくない程度にまとめ直す。
「え、髪の毛縛れるの?」
「このくらいのまとめ髪ならできるだろう?」
「え、僕出来ないけど…」
「……クズだな」
 そう言って、フィートルはリシュデリュアルから離れてしまった。
「ええ、酷い」
「どっちがだ。後処理も出来ないなんてクズだろう」
「そ、そうなの?」
「普通男がするもんだ」
「だって侍従がいるし」
「閨の後始末を、侍従にやらせるなんて最低だ」
 リシュデリュアルが巣から出てくるなり、フィートルは足で蹴って巣を破壊した。
「怒らないで」
 思わずリシュデリュアルが抱きつくと、またフィートルは舌打ちをした。
「なんか、王子っぽくない素行だよね」
「その手の教育は全て放棄してある」
「堅苦しいのが嫌い?」
「スペアは一人いればいい」
 フィートルはそう言って、その辺をフラフラ歩いたあと、リシュデリュアルの側に戻ってきた。
「お前はいくつ欲しかったんだ?」
 差し出されたのはまなの実だった。
「え? ああ、うん。そうだね、天帝様にと、あと自分の分」
「わかった。俺の袋に入れておくから後で渡す」
「うん、ありがとう」
 リシュデリュアルが礼を言うと、目の前にまなの実を差し出された。
「?」
「とりあえずひとつ食べておけ。帰りもまた歩く」
「うん、わかった」
 頷いて受け取り、皮ごとかじりついた。初めて食べた時と違って、ゆっくりと味わえた。
「余計な時間がかかったからな。それでも帰りは同じ時間かかるぞ」
「はーい」
 リシュデリュアルはフィートルの後をついてまなの実のなる木を後にした。結局根元にまではたどり着かなかったけれど、城よりも大きな木はその存在が素晴らしかった。




「帰り道、よく分かるね?」
 迷いなく歩くフィートルに、リシュデリュアルは尋ねた。
「風が吹いている。出口に向かって吹いている」
 気が付かなかったので、そちらに神経を向けてみると、確かに空気が動いていた。空気の流れは一定で、それは確かに風と呼べるものだった。
 洞窟の中なので、相変わらず時間の流れが分からなかった。常にフィートルが作り出した明かりが足元だけでなく、自分たちの回りを照らしているため、歩きにくいとか、そういった不安はなかった。
「変だ」
 突然フィートルが呟いた。しかも、なんの脈絡もない。
「え?なに?道に迷ったの?」
 疲れが来ないので、ずっと歩き続けて入るけれど、風の流れる方に歩いていたのは確かだ。リシュデリュアルの感覚でも、道に迷った感じはしなかった。
「そうじゃない」
 振り返ったフィートルの顔は、いままで見たことがない表情だった。何かを欲しているような、失ったような、得たような。何とも言い表しにくい顔をしていた。
「じゃあ、なに?」
 リシュデリュアルが繋いだ手と逆の手でフィートルに触れようとした時、フィートルが膝から崩れ落ちた。
「……っ、なんで…」
 繋いだ手がそのままだったせいで、リシュデリュアルも地面に座り込むような形になった。
「え?どうしたの?」
 不安になったリシュデリュアルが、今度こそフィートルの頬に、触れようとした時、フィートルの方が早く動いた。
「んっ」
 髪を強く引っ張られて、そのまま唇が重なった。躊躇しないで舌が入り込んできた。そうして舌がからめとられ、強く吸われた。
「ふっ、ん、うん」
 フィートルの突然の行動にリシュデリュアルは嫌な気はしなかった。むしろ発情期が終わっても竜族を求めてくれた事が嬉しかった。
「魔力が、切れた」
 やっと唇が離れた時、フィートルが言ったのはかなり衝撃的な事だった。
「え?どうして…」
 まなの実を食べたのに、魔力が切れるなんてありえない事だった。何より、ただ歩いているだけなのに。
「分かれよ」
「え?わかんない」
 リシュデリュアルの返答に、フィートルはまた舌打ちをした。
「腹ん中のに、魔力を持っていかれる」
「……………………………」
「分かったか?」
 リシュデリュアルはひたすらに壊れた人形のように首を縦に振った。
「とにかく、この洞窟は自力ででないと、ダメなんだ」
「わ、分かったよ」
 定期的にキスをして、魔力を補充しながら外へと、向かった。
 ようやく外に出られた時、フィートルは肩で息をしていた。
「あ、あのね。天で産まないと、ダメなんだ」
 リシュデリュアルが慌てるが、フィートルは魔力切れが起きてしまって立つことが出来なくなっていた。
「転移魔法が使えない。お前は使えるのか?」
「ご、ごめん。僕は一人しか………」
 フィートルは、魔力切れのせいか顔色がだいぶ白くなっていた。
「僕、天への移動は変態して飛ぶのがきほんなんだ」
「じゃあ、それで連れて行け」
「でも、どうやって君を運ぶの?」
 リシュデリュアルはオロオロするだけで、解決策が見つけられない。
「俺は今からこれの中に入る。天へ入って準備が全部整ったら俺を呼べ。いいか、全部完璧になってから呼べよ」
「え、あ、あの、その袋、ニンゲンが入ってもいいの?」
「術者の技量による」
 そう言い残して、フィートルは袋の中に入ってしまった。それは本当に魔法のようで、リシュデリュアルは瞬き一回分動くのをやめてしまった。
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