【完結】第三王子は逃げ出したい

久乃り

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旅路

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「ここから?」
 半分海水に浸された洞窟を前に、リシュデリュアルは大きく目を見開いた。
「南半球に向かう」
 フィートルがそう言うと、リシュデリュアルは目をまん丸に見開いた。聞きなれないワードである。
「南半球?って、なに」
「そこからか、やっぱり」
 フィートルは小さくため息をついて、リシュデリ
 ュアルを見た。
「えと、ごめん。僕世間知らず、だよね?」
「いや、ほとんどのニンゲンは知らない。この世界の半分にしかニンゲンが生息していないことを」
 フィートルの言うことは、本格的に知らない事だった。世界地図は何度も見てきたが、それが半分しかない?
「この世界が丸いことは?」
「うん、知ってる」
 リシュデリュアルは、懸命に話をしながらフィートルの後をついて行った。基本天の竜族の国で引きこもりみたいな生活をしていたので、誰かと話すなんてことは稀で、更に自分の足で歩くなんてことは、滅多にない。それを同時進行するというのは、なんと大変なことか。すっかり忘れていた感覚だった。
「この世界は、上半分しか使われていない。上半分が北半球で下半分が南半球と呼ばれる」
「初めて聞いた」
「この知識は北半球には存在しない」
 フィートルはサラリと言うが、それはすなわちこの世界の最高の存在である竜族でさえ知らない知識ということだ。
「えーっ、つまり…このことは君が独自に調べたこと?」
「偶然知った。まなの実を拾ったから」
「まなの実って落ちてるの?」
 リシュデリュアルにとって、またもや知らない知識だった。
「まなの実はがどうやってできるのか、誰も知らない。なのに時々まなの実はニンゲンの前に現れ、恵みを与える」
「うん、凄い栄養っていうか、魔力に溢れてるよね」
 食べたからこそ言える。膨大な魔力量を有する竜族が、魔力切れを起こしていた状態を復活させられるだけの栄養が蓄えられているのだ。それがなぜか落ちているだけとは?
「まなの実がどうやって現れるのか、誰も解明していなかった」
「うん、僕も知らない」
 千年程生きてきている竜族のリシュデリュアルも、まなの実がどうして現れるのか、聞いたことがなかった。しかも、あの時初めて見たのだ。
「隠れるように移動しているからな、洞窟なんかもよく歩く」
 隠密の魔法でも使えばいいのに、そう言うことはしないあたりが王族らしいのか?リシュデリュアルは聞いて楽しくなった。
「海辺の洞窟の中を歩いていたら、中にまなの実が落ちていた」
「波に流された?」
「違う。海水が着いた形跡がなかった」
「?」
 話を聞いてもリシュデリュアルには理解できなかった。海辺の洞窟に落ちていたのに、海水に濡れていなかった?
「こっちだ」
 案内をするフィートルは、いつの間にかに明かりを灯していた。それにリシュデリュアルの手をとるその仕草は、女性をエスコートする時のそれだった。
 歩いていくと、確かに洞窟の中は濡れていなかった。それどころか草が生えている箇所さえある。
 いくつかの分岐点があったのに、フィートルは迷いなく進んでいく。
「道、わかるの?」
「分からないか?」
 軽く喉の奥で笑うフィートルに、リシュデリュアルは戸惑った。一体何が分かるというのだろうか?
「食べたよな?」
「え、あ、まなの実?」
「そうだ」
「……うん」
 誰かと会話をするのになれてい無さすぎるのか、それともこの人を寄せつけない雰囲気の王子のせいなのか、リシュデリュアルは歩きながらの、会話に苦労していた。
「匂いだよ」
「え、匂うの?」
 目を閉じて意識を鼻に集中してみるが、何の匂いなのかまるで分からなかった。
「二つも食べたのに忘れたのか」
 呆れたように言われてしまい、リシュデリュアルは恥ずかしくなった。これでは、食い意地が張っていただけになる。
「嗅いでみろ」
 立ち止まり、分岐点のような場所で目を閉じた。
 鼻先に、微かに何かの匂いがする。
「う、ん。 なにか、甘い?」
 鼻に意識を集中して、ようやく微かに感じる程度の甘い香り。あの時食べた果実を思い出し、リシュデリュアルの、喉が鳴った。
「欲しがるな」
 また喉の奥で笑われて、リシュデリュアルは頬が赤くなった。
「ぼ、僕…」
「行けば食べられる実があるだろう」
 自分より小さく、年下の人族に子どもの扱いを受けていること事態が恥ずかしかった。けれど、それを口にするのはもっと恥ずかしかった。


 本当に、歩く以外の手段が見当たらない。それほどに洞窟は足場が悪く、草が生い茂っていた。幸いなことに魔物は気配さえ感じられない。
「えーっと、一ヶ月ほどかかるってことは、二週間も、歩くの?」
「最初にそう言ったが?」
「休憩とか、そういうのは……」
「疲れたら」
「ふぇぇ」
 リシュデリュアルは情けない声を出してしまったが、フィートルは別段気にもしない様子で、そのまま手を引いて歩き続けた。
 進むにつれて、足場は岩というより土になり、木の根のようなものも増えてきた。
「転ぶなよ」
 優しいとは言い難いが、リシュデリュアルを気遣う態度をとってくれるのがありがたかった。歩くことがまれな生活を送ってはいたが、なんとか靴を履き隣を歩く人族にあわせて進むことが出来る。もしかすると、人族が、合わせてくれているのかもしれないけれど。
 休憩は、ほとんどとることがなかった。洞窟の中を歩いているからなのか、昼夜の判別ができず、空腹も喉の乾きもほとんど感じなかった。眠りたいという感情もわいてこなかった。
 ただ、手を取って隣を歩くことだけに意識が集中していた。
「まなの実の香りを嗅いでいるからだ」
 ふと、フィートルが言った。
「え?」
「洞窟の中に、まなの実香りが漂っている。その匂いを嗅いでいるから疲れないんだ」
 言われて、鼻に意識を集中してまると、最初の頃より確実に匂いが強くなっていた。ずっと嗅いでいるので、感覚が麻痺しているのかもしれない。
 疲れないということが、いい事なのかは別として。
「歩き続けの二週間だという意識はないだろう?」
「うん、そうだね」
 隣を歩くフィートルの笑顔が優しく見えるのは、まなの実の香りのおかげなのかもしれない。もし、そうだとするのなら、目的地は御伽噺の桃源郷と呼ばれる場所なのだろうか?
 日付の感覚も何も無く、歩き続けてはいるけれど、感覚として天井が高くなったと感じるようになってきた。そして、見知らぬ花も咲いている。リシュデリュアルはそれらに度々目を奪われた。
 知らない色彩の花たちはとても美しく、葉の形も独特だった。
「もうすぐだ」
 そんなリシュデリュアルにフィートルは抑揚のない声で告げた。
 それを聞いて、リシュデリュアルはふと前を見た。
 光が差し込んで、行く先が白く見える。
「目を慣らしておけよ」
 喉の奥で笑いながらそう言われれば、行先のその光を見つめてしまう。
「ほら、そこだ」
 眩しさの中で目を細めながら言われた方を見てみれば、信じられないほどに巨大な木がそびえ立っていた。
「え?これが、木なの?」
 まるで城のような巨大な木は、緑の葉を大量に茂らせ花を沢山咲かせていた。
 ただ、あまりにも木が大きすぎて、まるで距離感がなかった。
「根元までまだまだあるぞ」
 ぼんやりしていると、手を引かれ再び歩き出した。
「実が落ちておる場合もあるから、拾えばいい。なければ登って取るしかないんだが」
  話を聞きながら歩くけれど、全く木の本体に近づく実感がなかった。足元はやけに柔らかい。
「落ちた葉が積もっているんだ。だが、ここには虫の一匹もいない」
「え?」
 言われたことに耳を疑う。これだけ生命力の溢れた木があると言うのに、虫がいない?いや、それどころか、もっと、恐ろしいことに気づいた。
 生き物の気配がまるで感じられなかった。
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