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旅支度

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 翌朝、約束通りリシュデリュアルはちゃんとベッドにいた。
 朝が来るまで、ちゃんとこの部屋にいた。
 窓の外は明るいので、もう大丈夫だろう。
 着替えて扉を開けると、ソファーの上にフィートルがいた。そう、いたのだ。クッションを頭と背中に置いて、ひざ掛けひとつを半端にかけて、目を閉じて動かない。
 つまり、寝ている。
 静かに近づくと、規則正しい寝息が聞こえた。人を寄せつけないと噂の多いシヴィシス帝国の第三王子。
 けれども、得体の知れない自分に貴重なまなの実を二つも分けてくれた。冷たいわけではなくて、接し方が分からないだけ。
 グイグイと接して見たけれど、嫌われる感じはしなかった。むしろ許されている感じがして嬉しかった。
 竜族である自分より、はるかに年下のはずなのに、なぜかどうして態度がでかい。王族であるはずなのに、竜族である自分に対して敬意がかんじられなかった。
 またそれもいいと思った。
 朝食は何を食べるのだろう? と思って台所を見ると、昨夜とは違う鍋が出ていて、パンの準備が出来ていた。手伝いたいと思ったものの、パンの焼き方なんて知らない。でも、お腹がすいてきた。だから、
「ねぇ、フィートル。おなか、すいたよ」
 耳元で囁くように言うと、微かに瞼が動いた。
「おなか、すいた」
 なんなら魔力を食べてもいいほどだ。昨日は一方的に食べられたけれど、フィートルの魔力はどんな味がするのだろうか? 相性がいいととてつもなく美味である。とは聞いたことがあるけれど。
 好奇心が勝って微かに開いた唇に舌を差し込んで舐めてみた。粘膜からかすめ取るようにすると効率がいいとは聞いている。
 軽く舐めただけで、美味しいことが分かった。もっと味わいたくて奥に差し込んだ時、
「…ふぇ…っん」
 差し込んだ舌が噛まれた。しかも、離してくれない。
「いっ、ふ……っ」
 唇が離れても、舌は相手の歯の間に挟まれたままで、白い歯と自身の赤い舌が朝から視覚を刺激する。
 黒い目がそれを満足そうに眺めていて、目線があってしまって狼狽えるしかない。
 歯列の向こうに隠れた舌先を、相手の舌先が突いてくるので、その刺激で唾液がぽたぽたと垂れていく。魔力を味見するどころか、逆にまた魔力を飲まれていく。
 中腰の姿勢に、耐えきれなくて体が震え出した頃、腰から一気に引き寄せられた。
 歯が当たると思って慌てて手をついたが、後頭部を簡単に抑えられて昨日と同様に唾液ごと魔力を飲まれた。
「ひ、酷い」
「発情期も迎えていないくせに、朝から随分だな」
 自分より体の小さい相手に、あっさりとソファーに転がされて、リシュデリュアルは顔が赤くなった。
「直ぐに朝食だ」
 フィートルはそのまま台所に向かって、パンをオーブンにいれ焼き始めた。
「僕、パンを焼くのを見るの初めてだ」
「長生きしているくせに世間知らずだな」
 鼻を鳴らしてフィートルはリシュデリュアルをみた。
「近づき過ぎると髪が焦げるぞ」
 そう言って、また後ろ髪を引っ張った。



「どこ行くの? ついて行ってもいい?」
 身支度を整えたフィートルに、リシュデリュアルはまとわりつく。
「暇なのか、お前?」
 礼を受け取ったつもりでいるフィートルからすると、用もない竜族がまとわりつくのは正直に言うと迷惑なだけだ。
「うん、天にいても退屈だし。大人じゃないから仕事も貰えないし」
 自分より体が小さくて、歳も遥かに下の人族に後ろから抱きつくと、その頭に頬ずりをした。フードを被っているから、髪のやわらかさを堪能できないのが残念である。
「まなの実」
 聞き覚えのあるワードが呟かれた。
「うん?」
「まなの実を取りに行く」
「え? まなの実ってとれるの? どこ? どこに行くの?」
 リシュデリュアルはあの日食べたまなの実に興味があった。天に帰っても、誰もまなの実がなる場所を知らなくて、売られてもいないと教えられた。稀にオークションに出てきても、城が買えるほどの大金が必要になるらしい。
 それを惜しげも無く二つも与えてくれたフィートルに恩義を感じないわけが無い。
 天に住む竜族の王は、とにかく納得のいく礼をしてくるように、とリシュデリュアルに厳命したのだ。
 あの程度の魔力讓渡では、到底納得できるわけがない。
「一ヶ月ほどかかる。その間は歩きだ」
 家の片付けを終えたフィートルは、あっさりと答えた。
「一ヶ月かかるの?」
「お前には歩けないだろう?」
 どう見ても体を動かすことが出来なさそうなリシュデリュアルを見て、フィートルは諭すように言った。
「え、歩けるよ、大丈夫。天の王から気の済むまで行ってこいって言われてるから」
 そのままリシュデリュアルを置いていきそうな雰囲気があったので、慌てて腕を掴んだ。
「僕も行く。ついて行っていいでしょう? 迷惑かけないから」
「………好きにしろ」
 自分の腕を若干上に持ち上げられているのを不満そうにしながらも、フィートルは承諾した。
「うん」
 リシュデリュアルは嬉しそうにフィートルの隣を歩いた。
「一ヶ月って、片道?」
「往復だ」
「外で寝るの?」
「…ああ」
「うわぁ、僕そーゆーの初めてだよ。楽しみだなぁ」
「…………」
 普段は一人で寡黙にしているフィートルは、この賑やかな竜族と一ヶ月も共に過ごすことに、既に疲れていた。
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