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ようやく帰る

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「答える義務はない」
 フィートルがにべもなくそう言うと、カイルは笑っていた。
「予想はしていたけどね。保護した手前、聞く権利はあると思う」
 未だにフードを被り続けるフィートルに、探るような目線を投げかける。
「保護は頼んでいない。なんなら今すぐでも出ていく」
 そう言い放つフィートルに、カイルは少し慌てた。
「俺を保護したことにしたいのは、そちらの都合だろう?別に俺はすぐにでも国に帰れるんだが?」
 そう言うと、カイルはわかりやすいため息をついた。
「他国が是が非にでもあなたと関わりたいと願っているのに、そんなに無下にしないで欲しいな」
 上目遣いでカイルがそう言ったところで、フィートルは別段反応はしなかった。
「輿入れの申し出は全て断っている」
 しつこいカイルの真意を理解してなのか、フィートルはあっさりと告げた。
「少しは聞いて欲しいな」
「興味が無い。断る」
 フィートルが立ち上がると、カイルがまた左手首を掴もうと手を伸ばしてきた。
 フィートルの左手とカイルの右手の間に小さな雷が発生したように、白い光が弾けた。
「同じ手はくわない」
「既成事実でも、って、思ったんだけどな」
 弾けた光が痛かったのか、カイルは右手をさすっていた。
「生憎政治の道具に成り下がるつもりは無い」
 フィートルは大股で窓に近づいた。当然ながら鍵は開かない。
 窓から逃げられないフィートルをみて、カイルがゆっくりと近づいてきた。
「既成事実を受け入れてくれると助かる」
「生憎、茶は浄化して飲んだ。鍵は…」
 フィートルは、話しながらも窓の鍵に触れる。魔力で施錠されていて、普通では開けられない。
 だが、フィートルが何かを口の中で呟くと、窓は大きく開け放たれた。
「バカな」
 茶に仕込んだ薬が効かず、窓に施した魔力の施錠も開けられて、カイルはどうしようもなかった。
 闇魔法の使い手だと言うのに、どうして光魔法の真似事ができる?
「悪いが、国に帰る」
 フィートルは、そのままベランダに出ると魔力を行使して姿を消した。
「はぁ、物凄いチャンスだったのになぁ」
 闇魔法使い手で、絶世の美丈夫で、帝国の第三王子。
 それなりの地位になければ、求婚することさえ出来ないと二の足を踏んでいたけれど、偶然にも自国の領地に現れてくれたからこそ、上手い具合に囲んだはずだった。
 なのにどうして、浄化が使えて、土魔法と風魔法を組み合わせた施錠を開けてしまったのか?
「使えるのが闇魔法だけでないのなら、ますます欲しいなぁ」
 カイルはフィートルが消えたベランダをしばらく眺めていた。




 リスデン帝国から、第三王子を保護したという旨の連絡を受けて、シヴィシス帝国は慌ただしかった。
 時々ふらりと出かけては、一、二週間程不在になる事を繰り返していた第三王子が、ある日突然連絡もないままいなくなり、半年が過ぎていた。
 魔力探知で探しても、特殊な闇魔法が引っかかることはなく、心当たりを探してみてもまるで痕跡を見つけられなかった。
 最悪な場合を想定して、王の名の元に各国に捜索を依頼したのだ。
 そうして程なくリスデン帝国から連絡を受け、第三王子が無事であること知ると、迎えに行く準備を始めたところだった。
 礼の品をふんだんに用意しなくてはならないが、取り急ぎ高価な魔石を百個程準備した。
 少しでも第三王子の輿入れを匂わされてはならない。
 明日の早朝には出立できるよう準備を整えている最中に、城の上空に第三王子が現れた。
「下に降りても構わないか?」
 相変わらずの抑揚のない声で、そう告げると返事を待たずに庭の真ん中に降りてきた。
「王子、ご無事で」
 駆け寄る騎士たちは、フィートルの2メートル程手前で膝を着いた。
 彼らの仕える第三王子は、パーソナルスペースが広かった。迂闊に近づくと「近い」の一言で飛ばされるのだ。作業をしていた兵士たちは、騎士たちよりはるか遠くに逃げていた。
「礼の品なら後で俺が届ける」
 それだけ告げるとフィートルは、城の中に消えていった。
 第三王子からの一言で、すぐに作業は中止され、騎士たちが慌てて第三王子の後を追う。
「王子、お待ちしておりました」
 騎士がそう声をかけるが、第三王子は振り返らない。物凄い早歩きで、向かった先は王の私室である。
 探知で王の居場所を探っていたのだ。そのため、迷うことなくそちらに歩くことが出来た。
 先触れもなく王の私室に第三王子はやってきた。
「だ、第三王子が参られました」
 扉の前にたつ騎士が慌てて室内に声がけをする。
「ただいま戻りました」
 中からの返事を待たずにフィートルは扉を開けて入室した。後を着いてきた騎士たちは、そのまま扉の前に待機する。
「フィートル、よく無事で」
 王妃が椅子に座ってい泣いていた。触れ合いを好まない第三王子に、こんな時でさえ母親である妃は抱きしめにいかない。
 幼少の頃、闇魔法の発動により、母親である妃はフィートルを恐れて乳を与えることもしなかった。
 スキンシップが滞ったせいか、フィートルは全く母親に懐かなかった。
 そのせいか、こうして帰宅の挨拶も父親である王に手短に済ませると、踵を返して退出してしまった。
 母親である妃には、一言も声をかけずにである。
 フィートルは、そのまま自室に向かった。探知で自分の部屋を探る。迷いなくたどり着くと、自室の扉に施された鍵に内心うんざりした。
(誰も信用しちゃいないな)
 結界にも似た施錠の魔法を解くと、扉を開ける。
 着いてきていた騎士たちに、先程の事をもう一度言う。
「リスデン帝国への礼は、俺が届ける」
 そうして、扉は閉められた。
 騎士たちは、それを報告するために宰相の執務室へと走った。
 宰相は執務室で目録をしたためていた。明日の早朝にたつ予定のため、宰相はかなり急いで作業をしていたのだが、騎士たちからの報告でピタリと筆が止まった。
「それは本当か?」
「はい、先程第三王子が帰城されまして、そのように仰りました」
「そうか、そうか」
 宰相は、安堵で一気に力が抜けた。
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