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楽しくないお茶を
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馬車の扉が開くと、再びカイルの手が左手首を掴んできた。あの魔力が絡んでいる。振りほどくことが出来ないまま、仕方なく一緒に馬車を降りた。
馬車の中では何をする訳でもなく、フィートルはただ無言を貫き通した。
話しかける手間を放棄したのか、カイルもまた口を閉ざして静かにフィートルの顔を眺めていた。
そんなことだったせいか、左手首をがっしりと掴まれていることがかなり不快だった。振り解けないように魔力がまとわりついているのも気に食わない。
強引に引かれて行った先は謁見の間だった。
玉座に座るのが、この帝国の王なのだろう。
別段何も感じず、フィートルは頭を下げるでもなく、名を名乗るでもなくただ立っていた。
「シヴィシス帝国第三王子フィートル様をお連れしましたよ、父上」
カイルがそう言うと、王は身を乗り出してフィートルを見た。しかし、フィートルはフードを目深に被っていて顔が見えない。
気づいたカイルがフードを、外そうと手を伸ばすと、すかさずフィートルの右手がカイルの手を払い除けた。
「触るなといった」
今こうして左手首を掴まれている状態が不快であるのに、更に顔を晒せとは耐えがたかった。
「…………」
フードの中から、フィートルはカイルを睨んだ。
帝国と言うからには、自国と同じような規模の国なのだろう。どちらも王子という立ち位置ならば、同格とみなして対応しても構わないはずだ。
だが、あそこにいるのは間違いなく王であるのなら、それなりに応じなくてはならないかもしれない。
仕方なしに右手でフードを外し、顔を玉座に向ける。
一瞬目線を王に向けると、直ぐにフードを被り直した。
「う、うむ。誠に…」
フィートルの顔を見た王は、なんと言ったらいいのかわからず、とにかく首を縦に振った。
黒髪に黒い瞳は、おそらく目の前にいるフィートルただ1人が持つ色だった。世界に数名いる闇魔法の使い手は、髪が黒いことはあっても目は青や緑といった色が入っている。下手をすると、髪の色も毛先の方の色が抜けている時もある。
フィートルは、完全に黒い髪と目を持っていた。そして、それを隠しているからか、肌が白かった。
王族のためか、その顔立ちも麗しく、どこの国もその力とともに欲しているのだ。
だが、それを気取られないように各国はシヴィシス帝国と外交をしていた。それだけに、今回帝国が内密とはいえ第三王子の捜索を依頼してきたことは衝撃だった。
最初に保護した国は、何かと有利に話が出来る。
王子が保護が必要な状態なら、養生のために滞在を勧められる。何事もなければ、そのまま外遊としての滞在を促すことも可能だろう。
何しろ国からの依頼をこなすのだから。
魔力が使える状態ではあるが、国としての立場からフィートルは大人しくカイルに掴まれていた。
カイルの動きに合わせるのがめんどくさいと思った時、お互いの動きが合わず、フィートルの体が大きく揺れた。
慌てたカイルがフィートルの腰に手を添えようとしたが、フィートルか先にその手を払った。
「もう一度言う。触るな」
フィートルのそれを聞くと、王が慌てて退出を促した。
相変わらずカイルはフィートルの左手首を掴んだまま、城の中を歩いていく。
「逃げたりはしない」
フィートルがそう言っても、カイルは手を離さなかった。
「だって、こういうことでもなかったら触れないでしょ?」
嘘つきの笑顔を向けられて、フィートルは内心イライラしていた。
「ここ、客間」
案内されたのは広いリビングの付いた寝室だった。
「さすがに晩餐を一緒にはしてくれないよね?」
「当たり前だ」
あっさり答えると、フィートルはカイルの手を振りほどいた。しばらく触れていて、カイルの魔力の正体が判明したからだ。
「あ、やっぱり」
フィートルに手を振りほどかれて、カイルは残念そうな顔をした。
「一晩ぐらいなら泊まる」
そう言いながら、フィートルはカイルからかなり離れた。
「お腹すいてるでしょ?」
カイルから食事の提案をされたが、受け入れるつもりはなかった。
「不要だ」
「じゃあ、お風呂は入る?」
「一人で出来る」
近づいて来たカイルから、また半歩離れた。
「俺は仲良くしたいんだけど」
触れようとするカイルから、また半歩離れる。
「茶ぐらい飲ませろ」
視界の端に黙って立っている侍女が無表情に目線を下げているのが見えた。
この不毛なやり取りを空気となって待たされているのだ。
「それもそうだね」
カイルがようやくそちらに意識を動かしたので、フィートルは少し遅れてソファーに向かった。
「お前の隣になど座らない」
ひとりがけのソファーをわざと動かして、フィートルは座った。
「酷いなぁ」
侍女は美しい手つきでお茶をいれた。
白磁のカップは繊細な花柄だった。
持ち手が華奢な作りだったので、フィートルは持ちづらいなと思いつつも、カップに口をつける。飲む瞬間に浄化を施すのを忘れなかった。分かりやすく疑うのは得策ではない。
「食事は本当にいらないの?」
「結構だ」
「じゃあ、甘味は?」
「不要だ」
「つれないなぁ」
そう言いつつも、カイルは何とも思ってはいない様子だった。笑ってはいるけれど、変わらず目は笑っていない。何かを狙われているのを感じて、フィートルは気を張りつめる。
「飲み終わったのなら出ていけ」
「酷いなぁ、もてなしてるのに」
「長旅で疲れている。休ませろ」
「ふーん、どこに行っていたのか聞いてもいい?」
それが本題だったと言わんばかりに、ようやくカイルの目が笑った。
馬車の中では何をする訳でもなく、フィートルはただ無言を貫き通した。
話しかける手間を放棄したのか、カイルもまた口を閉ざして静かにフィートルの顔を眺めていた。
そんなことだったせいか、左手首をがっしりと掴まれていることがかなり不快だった。振り解けないように魔力がまとわりついているのも気に食わない。
強引に引かれて行った先は謁見の間だった。
玉座に座るのが、この帝国の王なのだろう。
別段何も感じず、フィートルは頭を下げるでもなく、名を名乗るでもなくただ立っていた。
「シヴィシス帝国第三王子フィートル様をお連れしましたよ、父上」
カイルがそう言うと、王は身を乗り出してフィートルを見た。しかし、フィートルはフードを目深に被っていて顔が見えない。
気づいたカイルがフードを、外そうと手を伸ばすと、すかさずフィートルの右手がカイルの手を払い除けた。
「触るなといった」
今こうして左手首を掴まれている状態が不快であるのに、更に顔を晒せとは耐えがたかった。
「…………」
フードの中から、フィートルはカイルを睨んだ。
帝国と言うからには、自国と同じような規模の国なのだろう。どちらも王子という立ち位置ならば、同格とみなして対応しても構わないはずだ。
だが、あそこにいるのは間違いなく王であるのなら、それなりに応じなくてはならないかもしれない。
仕方なしに右手でフードを外し、顔を玉座に向ける。
一瞬目線を王に向けると、直ぐにフードを被り直した。
「う、うむ。誠に…」
フィートルの顔を見た王は、なんと言ったらいいのかわからず、とにかく首を縦に振った。
黒髪に黒い瞳は、おそらく目の前にいるフィートルただ1人が持つ色だった。世界に数名いる闇魔法の使い手は、髪が黒いことはあっても目は青や緑といった色が入っている。下手をすると、髪の色も毛先の方の色が抜けている時もある。
フィートルは、完全に黒い髪と目を持っていた。そして、それを隠しているからか、肌が白かった。
王族のためか、その顔立ちも麗しく、どこの国もその力とともに欲しているのだ。
だが、それを気取られないように各国はシヴィシス帝国と外交をしていた。それだけに、今回帝国が内密とはいえ第三王子の捜索を依頼してきたことは衝撃だった。
最初に保護した国は、何かと有利に話が出来る。
王子が保護が必要な状態なら、養生のために滞在を勧められる。何事もなければ、そのまま外遊としての滞在を促すことも可能だろう。
何しろ国からの依頼をこなすのだから。
魔力が使える状態ではあるが、国としての立場からフィートルは大人しくカイルに掴まれていた。
カイルの動きに合わせるのがめんどくさいと思った時、お互いの動きが合わず、フィートルの体が大きく揺れた。
慌てたカイルがフィートルの腰に手を添えようとしたが、フィートルか先にその手を払った。
「もう一度言う。触るな」
フィートルのそれを聞くと、王が慌てて退出を促した。
相変わらずカイルはフィートルの左手首を掴んだまま、城の中を歩いていく。
「逃げたりはしない」
フィートルがそう言っても、カイルは手を離さなかった。
「だって、こういうことでもなかったら触れないでしょ?」
嘘つきの笑顔を向けられて、フィートルは内心イライラしていた。
「ここ、客間」
案内されたのは広いリビングの付いた寝室だった。
「さすがに晩餐を一緒にはしてくれないよね?」
「当たり前だ」
あっさり答えると、フィートルはカイルの手を振りほどいた。しばらく触れていて、カイルの魔力の正体が判明したからだ。
「あ、やっぱり」
フィートルに手を振りほどかれて、カイルは残念そうな顔をした。
「一晩ぐらいなら泊まる」
そう言いながら、フィートルはカイルからかなり離れた。
「お腹すいてるでしょ?」
カイルから食事の提案をされたが、受け入れるつもりはなかった。
「不要だ」
「じゃあ、お風呂は入る?」
「一人で出来る」
近づいて来たカイルから、また半歩離れた。
「俺は仲良くしたいんだけど」
触れようとするカイルから、また半歩離れる。
「茶ぐらい飲ませろ」
視界の端に黙って立っている侍女が無表情に目線を下げているのが見えた。
この不毛なやり取りを空気となって待たされているのだ。
「それもそうだね」
カイルがようやくそちらに意識を動かしたので、フィートルは少し遅れてソファーに向かった。
「お前の隣になど座らない」
ひとりがけのソファーをわざと動かして、フィートルは座った。
「酷いなぁ」
侍女は美しい手つきでお茶をいれた。
白磁のカップは繊細な花柄だった。
持ち手が華奢な作りだったので、フィートルは持ちづらいなと思いつつも、カップに口をつける。飲む瞬間に浄化を施すのを忘れなかった。分かりやすく疑うのは得策ではない。
「食事は本当にいらないの?」
「結構だ」
「じゃあ、甘味は?」
「不要だ」
「つれないなぁ」
そう言いつつも、カイルは何とも思ってはいない様子だった。笑ってはいるけれど、変わらず目は笑っていない。何かを狙われているのを感じて、フィートルは気を張りつめる。
「飲み終わったのなら出ていけ」
「酷いなぁ、もてなしてるのに」
「長旅で疲れている。休ませろ」
「ふーん、どこに行っていたのか聞いてもいい?」
それが本題だったと言わんばかりに、ようやくカイルの目が笑った。
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