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策略を問う

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 黒いフードを被った男は、森の中の泉の縁にたっていた。気まぐれで助けた冒険者から言われた事を思い出す。
(黒髪に黒い瞳、か)
 泉の水面に映るのは、自分の姿。
 膝をつき、フードを外せば視界の範囲に黒髪が落ちてきた。
 水面を覗き込めば、そこに映るのが自分の顔だと認識をする。
 客観的に見て、整った顔立ちに黒い瞳がついていた。ややツリ目がちのアーモンドアイに、黒いまつ毛が縁どっている。冒険者から聞いた特徴がそのままだった。
「ナルシストなんですか?」
 背後から声をかけられたが、男は振り返ろうとはしなかった。驚いた素振りを見せるわけにはいかない。
 何事も無かったかのようにフードを被り直す。
「やはり、お顔は隠しますか、フィートル様」
 背後に現れた者は、なぜか名前を知っていた。そして、口に出しても構わないという態度をとっている。先程の冒険者たちは、名前を口にするのが恐ろしいという態度だったのに。
「何の用だ?」
 自身の状態を気取られないように、慎重に言葉を選ぶ。
「あれ?ご存知ない?」
 背後の者は、軽い調子で口を開く。何を知らないと言うのだろうか?
「心配しているんですよ?一体どれほど国を留守にしているんです?」
 背後の者から、新しい情報がもたらされた。どうやら自分は長いこと国に戻っていないらしい。
 立ち上がり、歩き始めようとしたところで、背後の者が急な動きをした。
「あ、待ってよ」
 駆け寄って腕を捕まれたので、反射的に払い除けた。
「触るな」
 睨みつけるでなく、ただ掴んできた手を払い除けるだけ。
「触れ合いは禁止なんだ」
 少し笑いを含んだ言い方が気に食わないが、おそらく以前から自分はそうなのだろうと確信する。
「え、待ってよ」
 歩き始めると、その者は半歩後ろから着いてくる。
「ごめんね、名乗らなくて。俺はこのリスデン帝国第二王子のカイルだよ」
 名乗られたところで振り返る義理はない。同じ帝国の王子が自分をそう認識するのなら、間違いなく自分はそうなのだろう。
 フィートルは無言で歩き続ける。目的がないので、立ち止まるつもりは無い。相手が諦めるまで歩くつもりだった。
「ねぇ、さっきの話聞いてたよね?あなたの国から周りの国々に依頼が来てるんだよ?第三王子を探してくれって」
 それを聞いて、フィートルは立ち止まった。国が正式に探している?たかだか第三王子をそんなに探す必要があるのだろうか?第三ということは、上に二人王子がいるのだろう。自分の体感から言って、上の王子はとっくに成人している程のはずだ。
 上の王子の結婚式でもあるのか?とその程度の認識でカイルの話を聞いてみる。
「各国に内々に依頼が来てるんだよ?余程心配されているんだね」
「帰ればいいんだな?」
 とりあえず、いまはそれを目的とすればいい。
 体感で、森を出れば自国に飛べると判断出来た。気取られないように魔力で森の出口を見つける。
 そちらに向かって歩き始めると、カイルが当たり前のように着いてきた。
「えー、一回うちの城に寄っててよ」
 前に回りこみ、人の良さそうな笑顔を向けてそう言われると、無下にはしずらい。
 同じ帝国という国ならば、それなりに対応しないと何かと火種にならないとは限らない。
 身バレしてしまった以上、一旦は立ち寄るのが筋だろうか?
 仕方なく、カイルの後に着くように森を歩いた。先程牽制したからか、カイルから体に触れてくることはなかった。


 森を抜けると、立派な城が目に付いた。
 先に見える高い塀の奥にそびえるのがカイルの言ううちの城なのだろう。
 街に入る際、門番はカイルの顔を見て何も言わずに通してくれた。フィートルもカイルの後に続くが、別段身分証を、求められることもなかった。
「馬車に乗った方がいいかな?」
 大通りを歩き始めると、カイルが聞いてきた。王子であれば歩くより馬車だろう。という認識らしい。
 フィートルは体感的に馬車に乗りなれていないと思った。大通りには、箱型の馬車や荷馬車が走ってはいるが、見ても何とも思わない。体感としての記憶が寄ってこない。
「いや、遠慮したい」
 そもそも、出会ってまもない人物とそんな密室に入るなんて危険な行為だ。
「用心されてるなぁ」
 屈託のない笑顔を向けるカイルは、あどけない少年のように見えるが、腹の底はまるで見えない、そんな老人のようにも見えた。
 話をしながら歩いてはいたが、フィートルは周りの気配を感じ取っていた。自分たちの周りに大勢の気配がやってきている。早めに対処が必要な人数だ。
「何が、目的だ」
 抑揚のない言い方をすれば、カイルが怪訝な顔をした。
「せっかくだから、立ち寄って貰いたいんだけど」
 そう言ったカイルの背後には、既に馬車が用意されていた。王家の紋章の着いた立派な箱馬車だ。
 魔力を封じる何かが全面に施されているのをみて、フィートルはますます御遠慮するしかないと、断りを口にしようとした。
「乗って」
 カイルの手が自身の左手首をがっしりと掴んでいた。振りほどこうとした時、そこに魔力が絡んでいる事に気がついた。
(離れない?)
 なんの魔力か判別がつかないそれが、カイルの手を通してフィートルにまとわりつく。
 既に周りには兵士が集まってきていた。
 振り払えないカイルの手に引かれ、否応なしに馬車に乗り込んだ。扉が閉まると同時に、カイルの手からの魔力が消える。
「なんのつもりだ?」
 別段感情を乗せずに問うと、カイルは笑って答えた。
「ずっと探してたんだよ?」
 その笑顔の中の目はまるで笑ってはいなかった。
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