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54.報道規制されてもなかなか大変です
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54.
昨今大学の合格発表はネットで見られる。にもかかわらず、わざわざ現地で合格発表を確認するのはなぜなのだろうか?
答えは簡単だ。
一之瀬義隆だからである。
あれだけ大々的に報道されては、合格発表を現地で確認しない訳にはいかなくなってしまったのだ。つまり、見世物パンダよろしく自分の受験番号を指さしてニッコリ微笑むことを義隆は強要されるのである。無視しても構わないだろうが世間の注目を浴びているのが分かっている以上、最大限譲歩する。
「貴文さん、足元に気を付けてください」
いつものワンボックスから義隆に手をとられて降りる貴文の姿があった。
(俺は今お姫様。お姫様の気持ちで行動するんだ)
自己暗示をかけるように何度も心の中で繰り返す。車内で「普通にしてください」とは言われたけれど、いざ車から降りてみれば、大勢の報道陣からの視線が怖かった。複数のカメラが遠巻きに追いかけてきて、フラッシュもたかれていた。そんな貴文に気が付いたのか、義隆が貴文を隠すように肩を抱いてきた。念のため貴文は大きめのマスクをつけて、姉が用意してくれたハイネックのシャツを着ている。着ているコートは通勤用のものだから、見る人が見れば量販店のものだとばれるだろう。
「貴文さん、見えてきました。一緒に確認してくださいね」
肩を抱き寄せているから、必然的に耳元で話すことになり、なんだかくすぐったかった。
「お、おう」
完全に緊張している貴文は、ぎくしゃくした感じで返事をした。
何しろ、前方に合格発表が張り出されているというのに、誰もいないのだ。いや、いることはいる。ただ、このただならぬ報道陣をみて一斉に避けていったのだ。
「義隆様、受験票をお持ちになって番様とご一緒に合格発表を見ていただけませんか?」
どこかの局のデレクたーらしき人物がそんなことを言ってきた。完全にやらせではないか。と思いつつも義隆はポケットから受験票を取り出し貴文の前に見せてきた。
「あ、うん。探す、よ」
貴文は義隆に肩を抱かれたまま合格発表に目を向けた。たくさんの数字が並んでいて眩暈がしそうだった。まあ、だが、探す場所は限られているので、義隆にひかれるままに横に移動する。そうして近い数字の辺りで貴文は思わず手を挙げてしまった。そして数字を指さしてしまったのだ。まったくもって完全によくできた。察した義隆が貴文に顔を近づけてきた。おかげで二人で頬を寄せ合って合格発表を確認しているという素晴らしい構図が出来上がったのであった。
もちろん、貴文のうなじはハイネックのシャツと義隆の腕によって隠されている。
「…………っい」
番号が見つかった瞬間、義隆が貴文を強く引き寄せたのだ。
「ありましたね、貴文さん」
ぎゅっとされて思わず貴文はおかしな声を出してしまったが、義隆は手にした受験票を上へと上げ、張り出された合格発表の数字の下に並べるようにした。そうすると、一斉に「おめでとうございます」の声があちこちから叫ばれ、すさまじい勢いでシャッター音が聞こえてきた。
「しばらく我慢してください」
義隆に言われ貴文は黙って頷いた。
そうして時間にして1~2分たったころ、義隆はようやく腕をおろし、くるりと体を反転させた。貴文の視界はその瞬間真っ黒になった。
「本日はわざわざお越しくださりありがとうございました。大勢の皆様からの祝福ありがとうございます。他の方のご迷惑になりますので本日はこれにて失礼いたします」
義隆が挨拶をすれば、なぜだか拍手が沸き起こり、貴文は視界が真っ黒のまま義隆に抱きしめられたまま移動した。義隆の腕にいつもより力が入っていることぐらい貴文は感じ取っていた。よくわからないが、アルファの威嚇のフェロモンが出されていることも感じ取れていた。確かに受験日とは比較にならないほどの報道陣の数だった。これ以上マイクを向けられないための措置なのだろう。
「義隆様、こちらです」
聞きなれた秘書の田中の声がした。狭い視界の中、貴文にもいつものワンボックスが見えた。扉が開けられ、貴文を押し込むように乗せると、義隆はもう一度報道陣に向かって挨拶をした。それが終わり義隆が乗り込むと扉が閉まる。なぜか田中も後ろに乗り込んできた。
「あまりにも人が多すぎますので、本日の運転は専用運転手にさせております。周りにも護衛の車が付いておりますので安心してください」
「え?護衛?なに、安心って」
驚きすぎた貴文がきょろきょろとしたけれど、この車は外など見えないのだ。
「オメガ保護法がありますから。オメガの個人情報を勝手に報道すること、調べることは禁じられています」
「俺、ベータですけど……」
申し訳なさそうに貴文が言うと、田中が笑った。
「それは関係ありません。現状貴文さんのことを勝手に調べることが違法になりますから」
「え?なんで?」
不思議そうな顔をする貴文に義隆が教えてくれた。
「アルファである俺が宣言すればそれでいいんです。『俺のオメガ』と言うだけなんですよ」
「は?へ?なに、それ?」
ベータの家庭で生まれ育ち、義隆に会うまでアルファとまったく接点がなかった貴文にとっては、目からうろこである。
「アルファ社会の常識なんです。『俺のオメガ』という宣言は絶対なんです。これを破ることは宣戦布告ととられますから」
なんだか平穏ではない言葉が聞こえた気がして貴文は頬をひきつらせた。
(え?俺、オメガになっちゃったの?)
昨今大学の合格発表はネットで見られる。にもかかわらず、わざわざ現地で合格発表を確認するのはなぜなのだろうか?
答えは簡単だ。
一之瀬義隆だからである。
あれだけ大々的に報道されては、合格発表を現地で確認しない訳にはいかなくなってしまったのだ。つまり、見世物パンダよろしく自分の受験番号を指さしてニッコリ微笑むことを義隆は強要されるのである。無視しても構わないだろうが世間の注目を浴びているのが分かっている以上、最大限譲歩する。
「貴文さん、足元に気を付けてください」
いつものワンボックスから義隆に手をとられて降りる貴文の姿があった。
(俺は今お姫様。お姫様の気持ちで行動するんだ)
自己暗示をかけるように何度も心の中で繰り返す。車内で「普通にしてください」とは言われたけれど、いざ車から降りてみれば、大勢の報道陣からの視線が怖かった。複数のカメラが遠巻きに追いかけてきて、フラッシュもたかれていた。そんな貴文に気が付いたのか、義隆が貴文を隠すように肩を抱いてきた。念のため貴文は大きめのマスクをつけて、姉が用意してくれたハイネックのシャツを着ている。着ているコートは通勤用のものだから、見る人が見れば量販店のものだとばれるだろう。
「貴文さん、見えてきました。一緒に確認してくださいね」
肩を抱き寄せているから、必然的に耳元で話すことになり、なんだかくすぐったかった。
「お、おう」
完全に緊張している貴文は、ぎくしゃくした感じで返事をした。
何しろ、前方に合格発表が張り出されているというのに、誰もいないのだ。いや、いることはいる。ただ、このただならぬ報道陣をみて一斉に避けていったのだ。
「義隆様、受験票をお持ちになって番様とご一緒に合格発表を見ていただけませんか?」
どこかの局のデレクたーらしき人物がそんなことを言ってきた。完全にやらせではないか。と思いつつも義隆はポケットから受験票を取り出し貴文の前に見せてきた。
「あ、うん。探す、よ」
貴文は義隆に肩を抱かれたまま合格発表に目を向けた。たくさんの数字が並んでいて眩暈がしそうだった。まあ、だが、探す場所は限られているので、義隆にひかれるままに横に移動する。そうして近い数字の辺りで貴文は思わず手を挙げてしまった。そして数字を指さしてしまったのだ。まったくもって完全によくできた。察した義隆が貴文に顔を近づけてきた。おかげで二人で頬を寄せ合って合格発表を確認しているという素晴らしい構図が出来上がったのであった。
もちろん、貴文のうなじはハイネックのシャツと義隆の腕によって隠されている。
「…………っい」
番号が見つかった瞬間、義隆が貴文を強く引き寄せたのだ。
「ありましたね、貴文さん」
ぎゅっとされて思わず貴文はおかしな声を出してしまったが、義隆は手にした受験票を上へと上げ、張り出された合格発表の数字の下に並べるようにした。そうすると、一斉に「おめでとうございます」の声があちこちから叫ばれ、すさまじい勢いでシャッター音が聞こえてきた。
「しばらく我慢してください」
義隆に言われ貴文は黙って頷いた。
そうして時間にして1~2分たったころ、義隆はようやく腕をおろし、くるりと体を反転させた。貴文の視界はその瞬間真っ黒になった。
「本日はわざわざお越しくださりありがとうございました。大勢の皆様からの祝福ありがとうございます。他の方のご迷惑になりますので本日はこれにて失礼いたします」
義隆が挨拶をすれば、なぜだか拍手が沸き起こり、貴文は視界が真っ黒のまま義隆に抱きしめられたまま移動した。義隆の腕にいつもより力が入っていることぐらい貴文は感じ取っていた。よくわからないが、アルファの威嚇のフェロモンが出されていることも感じ取れていた。確かに受験日とは比較にならないほどの報道陣の数だった。これ以上マイクを向けられないための措置なのだろう。
「義隆様、こちらです」
聞きなれた秘書の田中の声がした。狭い視界の中、貴文にもいつものワンボックスが見えた。扉が開けられ、貴文を押し込むように乗せると、義隆はもう一度報道陣に向かって挨拶をした。それが終わり義隆が乗り込むと扉が閉まる。なぜか田中も後ろに乗り込んできた。
「あまりにも人が多すぎますので、本日の運転は専用運転手にさせております。周りにも護衛の車が付いておりますので安心してください」
「え?護衛?なに、安心って」
驚きすぎた貴文がきょろきょろとしたけれど、この車は外など見えないのだ。
「オメガ保護法がありますから。オメガの個人情報を勝手に報道すること、調べることは禁じられています」
「俺、ベータですけど……」
申し訳なさそうに貴文が言うと、田中が笑った。
「それは関係ありません。現状貴文さんのことを勝手に調べることが違法になりますから」
「え?なんで?」
不思議そうな顔をする貴文に義隆が教えてくれた。
「アルファである俺が宣言すればそれでいいんです。『俺のオメガ』と言うだけなんですよ」
「は?へ?なに、それ?」
ベータの家庭で生まれ育ち、義隆に会うまでアルファとまったく接点がなかった貴文にとっては、目からうろこである。
「アルファ社会の常識なんです。『俺のオメガ』という宣言は絶対なんです。これを破ることは宣戦布告ととられますから」
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