【オメガバース】替えのパンツは3日分です

久乃り

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48.本人未承諾案件です

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「なんだかすみません」

 自宅に帰ると、父親も母親も、ついでに姉まで出てきて貴文を迎えてくれた。おそらくは事前に秘書の田中が連絡を入れたのだろう。母が薄化粧をしているのはまあわかるが、姉に至ってはフルメイクで髪までコテで巻いていたのだ。えらい気合の入れように貴文は若干引き気味だった。
 貴文はクリーニングに出されたスエット上下ではなく、義隆がホテル内のセレクトショップで買ってくれたこじゃれたジャケットを羽織っていた。病み上がりだからとインナーはハイネックのセーターだ。しかも靴まで買ってもらった。なぜなら貴文はつっかけのサンダルを履いていっていたのだ。本当にとんでもない服装で一流ホテルに行ったものだ。

「家族団らんのクリスマスを台無しにしてしまったのはこちらの落ち度です。お正月は楽しくお過ごしください」

 義隆が風呂敷に包まれた大きな荷物を貴文の父親に渡していた。風呂敷にさりげなく書かれているのは老舗料亭の家紋と名前だ。ぺこぺこと頭を下げる父親に合わせて母親も姉も頭を下げていた。それを眺めつつ、貴文は如何したものかと考える。なにしろ手ぶらで行ったから、貴文は義隆にプレゼントなんて渡してなどいないのだ。

「貴文さん、あの……」

 門の外で棒立ちをしていた貴文に義隆が声をかけてきた。

「あ、な、なにかな」

 ぼんやりしすぎて、しかも唇が渇いていたからうまく声が出なかった。

「一緒に初もうでに行ってくれませんか?」

 まるでものすごく重大なことのように義隆は言った。

(あ、義隆くん受験生だった。どんな大学だって受かるんだろうけど、そこは人並みに緊張してるのかな?)

 受験生の初もうでと聞いて平凡な貴文の脳内では実に単純な答えが出来上がっていた。

「いいよ、天満宮だよね。合格祈願といえば……ええと、会社が始まっちゃうから、二日か三日でどうかな?」
「はい、三日でお願いします」
「じゃあさ、駅で待ち合わせしてみないか?」
「……は、はい」
「最寄り駅に10時でどうかな?」
「はい、わかりました」

 そんな約束の仕方は完全にデートだ。誰かとそんな風に待ち合わせなどしたことのない義隆はこの時点で完全に舞い上がっていた。

「貴文さんのお荷物です」

 そんな風に舞い上がっている義隆を、押さえつけるかの如く冷静な田中の声が背後から降り注いだ。

「あ、ありがとうございます」

 渡された紙袋は全部で三つ。
 一つはクリーニングに出されたスエット上下が入っていて、一つはおじいさまからのクリスマスプレゼントと義隆の妹の美幸からのプレゼントが入っていた。そして、最後の一つは、

「これ、貴文さんに、俺からのクリスマスプレゼントです」

 シンプルな紙袋の中にはなにやらキラキラした包装紙に包まれた何かが入っていた。

「え、ありがとう。この服だってもらっちゃったのに、俺ばっかりだよね」
「これは、貴文さんがそろそろ買い求めそうなものを先回りして俺が買ってしまったんです。気に入っていただければ、嬉しいです。じゃあ、三日に駅で」

 キラキラした笑顔を振りまいて義隆は車に乗り込んでいった。中は見えないが去っていく車に貴文は手を振って、見えなくなると家の中に入った。リビングにはソファーに座った家族が風呂敷包みとにらめっこしていた。

「何してんの?」

 紙袋を手にぶら下げたまま、貴文はリビングの入り口で聞いた。

「何って、あんた」

 貴文を見て最初に口を開いたのは姉だ。

「なんなのよ、そのこじゃれた格好は?それに、なにその荷物。いいからこっちに来なさい」

 自分のことは棚に上げ、全然優しくない手招きをされて貴文は渋々リビングに入っていった。

「で、何してんの?なんで開けないわけ?生ものだったらやばいじゃん」

 貴文はなんの遠慮もなく風呂敷の結び目を解いた。出てきたのは立派な漆塗りの重箱だ。その上に木箱が一つ。

「中なんだろ?」

 貴文は木箱から蓋を開けてみた。

「蕎麦だ。これつゆかな?重箱は、どう見ても……」

 貴文がどんどん蓋を開けるから、中を見て家族はただ口をあんぐりと開けるリアクションしかできてはいなかった。木箱の蕎麦はともかく、問題は漆塗りの重箱だった。テレビでしか見たことのない老舗料亭のおせちなのだ。聞いた話では何万円もするという。アワビもあれば伊勢エビもあり、数の子は粒が大きくて食べ応えがありそうだ。ローストビーフもあって、かまぼこに至っては金箔が練りこまれていた。

「これなんだろう?」

 平凡なベータ家庭では到底お目にかからないような豪華な内容に、目を何度も瞬かせる杉山家の面々は、ようやくお品書きというものに気が付いた。

「写真解説付きのお品書きがあったわ。そのちまきみたいなのは麩饅頭ですって、こっちの毬みたいなのがお餅らしいわ」

 姉が解説をしているそばから母親は写真を撮りだした。

「ちょっと母さん、なにしてんのよ」

 姉は驚いているが、母は撮影をやめようとはしない。

「いいじゃない。うちの中だもの。折角だから自慢しなくちゃ。特に親戚とか親戚とかお義姉さんとか?」

 最後が本命なのだろう。父親の姉は、何かにつけて比較と自慢をしてくる人で、自分の弟が万年中間管理職なことを小ばかにするような人だった。最近では、姉と貴文が結婚しないで実家暮らしなことを憐れみの目で見てきていた。

「げ、母さんやめてよ」

 それを聞いて慌てたのは貴文だ。

「何言ってんのよ。今こそがチャンスなんじゃない。うちの息子の恋人はあの一之瀬さまなんです。って送り付けてやるんだから」

 思いもよらないスピードで母親はスマホの画面を操作していた。それを止めようともしない姉は、ちらりと貴文を見た。

「貴文、あんたちょっと立って」
「え?」

 不審に思いながらも反射的に立ち上がってしまうのは、今までの人生における蓄積のたまもの以外の何物でもなかった。

「あ、ほら、このプレゼント持ちなさいよ」

 姉が紙袋の中からおじいさまからのプレゼントと、義隆の妹の美幸からもらったプレゼントを取り出して貴文に持たせた。

「ほら笑って。勝者の笑みを浮かべなさい」

 めちゃくちゃなことを言われて、笑えるわけがない。

「ねえ、俺は義隆くんの恋人じゃないから」
「何言ってんの。毎日送り迎えしてもらって、一之瀬家のクリスマスパーティーに参加したのよ。参加できたっていうことは、すなわち認められたっていうことじゃないのよ」

 姉に言われて貴文は思い出した。

「そういや俺、おじいさまに頭撫でられてかわいい孫っていわれた」
「「「なんだってーーーーー」」」

 父親と母親と姉の絶叫が合致した。

「公認よ、公認だわ。自慢してやんなくちゃ」
「貴文、プレゼント開封してよ」
「ええええ」

 口をへの字にしながら貴文はプレゼントを開封した。

「うわ、一之瀬家の家紋型クッキーとか、恐れ多くて食べられないじゃない。こっちの飴も家紋になってる。うわ、この水グミ中に家紋が入ってる」

 姉は一つ一つを手に取って確認をしつつ写真を撮っていた。母親もそれに倣って写真を撮っていた。

「みて、このカップケーキ、上に乗ったチョコが家紋になってたわ」

 ずらりと並べられたお菓子を前にして貴文は半笑いを浮かべるしかなかった。これは確かに一之瀬家のパーティーでしか配られるはずのない品物だ。

「ねえ、貴文」

 姉が最後の包みを開いて固まっていた。

「どうしたのよ」

 母親が横から覗き込んで、

「あらあら、まあまあ」

 なんて口にしたものだから、父親も同じように覗き込み口を小さく開けて、それからゆっくりと大きく開けた。

「なに?何が入っていたんだよ」

 姉の手元を覗き込み、貴文は、

「げえぇええええ」

 まるでつぶされたカエルのような声を出した。

「なっ、なっ、なっ、なっ」

 姉の手から包みをひったくるように奪い取り、紙袋に押し込んだ。

「こ、これは、駄目だ」

 貴文が耳まで真っ赤になってそう言えば、全員が大きく頷いたのであった。

「おせちは台所に置いておくわ。お蕎麦は紅白見ながら食べればいいわよね?とりあえずお茶にしましょ」

 一之瀬家の家紋がはいったお菓子は紙袋に入れ、無難なお菓子を皿に並べた。

「家紋のチョコは貴文が食べればいいと思う」

 姉がそう主張して、カップケーキを食べることになった。貴文の皿だけチョコが乗せられて、ついでに家紋型のクッキーもおかれた。

「ティーポットなんて洒落たものはないから、急須でいいわよね」

 一緒に入っていた紅茶の茶葉を急須に入れてそれぞれのマグカップにそそいだ。

「ああ、おいしい」

 姉がいつもより若干低い声をだし、手掴みでカップケーキを食べ始めた。目の前で母親が父親にスマホの画面を見せている。どうやらお義姉さんから返信が来たらしい。

「ねえ、貴文。あなたお正月の予定は?」

 数年ぶりにそんなことを聞かれ、貴文は咀嚼したクッキーを飲み込んでから答えた。

「三日に義隆くんと初詣に行くよ」
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