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46.楽しいことは2人で2倍
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「うわぁ、凄い」
熱が下がって体が軽くなった貴文は、窓から見える壮大な景色に驚いていた。もっとも、貴文は風邪をひいたわけでもなく、ましてインフルエンザにかかっていた訳でもない。ただ単にオメガの発情期だっただけだ。本人が自分の第二次性を把握していないため、12歳の時に血液検査の結果で判定された、ベータということになっているだけなのだ。
「パジャマのまま歩き回ったら……また熱が出ますよ」
背後から義隆がガウンをかけてきた。空調設備の整ったホテルの、しかもスィートな部屋なので、寒いということはないのだけれど、やはりどう頑張っても窓際は少しヒンヤリとしてしまう。
「ありがとう」
振り返ればそこには自分より頭半分程背の高い義隆が立っていて、ニコニコと人懐こい笑顔を向けている。一体自分のような平凡顔したベータ男性の何処に惚れたと言うのだろう?一目惚れだと言われて鏡で何度も自分の顔を確認したが、惚れる要素が一つも見当たらなかった。
「リビングで温かいものを飲みましょう」
義隆に言われてリビングに向かう。その前に肩にかけられたガウンに袖をとおそうとして、貴文はだいぶ苦戦した。貴文が普段自宅で愛用しているのは裏起毛のスエット上下で、その上に何かを着るようなことはない。受験のころはワタ入りはんてんを愛用してはいた。つまり、貴文は上着に袖を通すという行為が下手なのだ。
「手伝いますよ」
年上の貴文に気を使っていた義隆であったが、とうとう耐えられなくなって手を出した。さすがにガウンが一般的ではないことぐらいは知っている。袖も丈も長いから、歩きながら一人で着られる代物ではないのだ。
「ありがとう」
前のボタンまで留めてもらって、まさに至れり尽くせりで、しかもイケメンの顔面を見下ろして、貴文の心臓はいつもより少し早くなっていた。
「飲み物はショウガ入りのミルクティーになります。本日のケーキはシャインマスカットとラ・フランスのミニタルトになります」
そう解説してくれたのは秘書の田中だった。
おとぎ話を題材にしたアニメ映画で見たことのある白磁のポットから、白茶色の液体がカップに注がれた。なるほど、秘書なのにまるで執事のようだと貴文はしばし見とれてしまった。
「貴文さん?どうかしましたか」
明らかに田中に視線が集中していることに気が付いた義隆が、空気を遮断するかのように声をかけた。貴文の目が明らかに動揺しているのが見て取れた。だが、この程度のことで感情を乱しては名家のアルファとしては失格である。
「ああ、ごめん。田中さんの動きが綺麗だったから」
素直に思ったままを口にする貴文に、田中は驚いた。だが秘書であるからその感情は決して表には出さない。
「それは、ありがとうございます」
田中は頭を軽く下げると、リビングから姿を消した。
「どうぞ、貴文さん。このホテルのケーキお好きでしたよね」
義隆に勧められて貴文はフォークとナイフを手にした。問題は、タルト生地を上手に切れるのかということだ。
「えっと、俺だけ?」
見れば、義隆の前にはケーキが置かれていなかった。
「クリスマスの夜に俺は食べましたから」
義隆に言われて貴文の顔がこわばった。そう、よりによって貴文はクリスマスの夜にインフルエンザにかかってしまったのだ。なんとも申し訳ないことをしてしまった。
「でも、これは食べたないよね?」
貴文はそう言ってケーキを何とか少し大きめの一口サイズに切り分けた。
「はい、どーぞ」
口の前に出されれば、条件反射で口を開いてしまう。義隆の口の中に優しい果物の甘さと、タルト生地に隠されたチョコレートババロアが見事に重なり合い、調和した。
「おいしいです」
むぐむぐと口を動かし、義隆は感想を述べた。それを聞いて貴文は笑顔を見せると、自分もケーキをほおばった。
「んーーーー」
よほどおいしかったらしく、貴文はうっとりとした顔になった。
(か、間接キスだ)
思わず義隆の喉が鳴り、口の中のケーキを一度に飲み込んでしまった。いくら優秀なアルファとは言えど、そんなに咀嚼をしていないタルトとラ・フランスはまずかった。ゼリーでコーティングされているとはいえ、一切れが細長いのだ。
「んぐっ」
義隆の異変に気が付いた貴文が、慌ててカップを義隆の手に持たせた。
「んっ…………」
カップいっぱいのミルクティーを飲み干し、義隆は恥ずかしさのあまり俯くしかなかった。まったくアルファらしくない失態だった。子どもじみたことで興奮して食べ物をのどに詰まらせるだなんて。
「ふふ、よかった。大丈夫?喉に違和感はない?」
貴文がそう言って義隆の喉元に手を伸ばしてきた。指先がかすめるように触れた。
「大丈夫です。ご心配をおかけしました」
そう言ってカップを置こうとした時、義隆は気が付いた。飲み干したミルクティーは貴文のものだったのだ。だが、ここでわざとらしくカップを取り換えるのどこかしらじらしい。義隆は出来るだけ自然に空いているソーサーにカップを戻し、慣れた手つきでポットからミルクティーを注いだ。
「新しいのをどうぞ」
「ありがとう」
貴文が嬉しそうにミルクティーを飲むのを見て、再び義隆は興奮した。
(そこ、俺が口を付けたところぉ)
興奮する義隆には全く気付かずに、貴文はゆっくりとカップをおいて一言。
「なんだかものすごくいい匂いがするね」
楽しそうにそんなことを口にした貴文を、扉の向こうから見守っていた田中は思った。
(その匂いは義隆様のフェロモンです)
「うわぁ、凄い」
熱が下がって体が軽くなった貴文は、窓から見える壮大な景色に驚いていた。もっとも、貴文は風邪をひいたわけでもなく、ましてインフルエンザにかかっていた訳でもない。ただ単にオメガの発情期だっただけだ。本人が自分の第二次性を把握していないため、12歳の時に血液検査の結果で判定された、ベータということになっているだけなのだ。
「パジャマのまま歩き回ったら……また熱が出ますよ」
背後から義隆がガウンをかけてきた。空調設備の整ったホテルの、しかもスィートな部屋なので、寒いということはないのだけれど、やはりどう頑張っても窓際は少しヒンヤリとしてしまう。
「ありがとう」
振り返ればそこには自分より頭半分程背の高い義隆が立っていて、ニコニコと人懐こい笑顔を向けている。一体自分のような平凡顔したベータ男性の何処に惚れたと言うのだろう?一目惚れだと言われて鏡で何度も自分の顔を確認したが、惚れる要素が一つも見当たらなかった。
「リビングで温かいものを飲みましょう」
義隆に言われてリビングに向かう。その前に肩にかけられたガウンに袖をとおそうとして、貴文はだいぶ苦戦した。貴文が普段自宅で愛用しているのは裏起毛のスエット上下で、その上に何かを着るようなことはない。受験のころはワタ入りはんてんを愛用してはいた。つまり、貴文は上着に袖を通すという行為が下手なのだ。
「手伝いますよ」
年上の貴文に気を使っていた義隆であったが、とうとう耐えられなくなって手を出した。さすがにガウンが一般的ではないことぐらいは知っている。袖も丈も長いから、歩きながら一人で着られる代物ではないのだ。
「ありがとう」
前のボタンまで留めてもらって、まさに至れり尽くせりで、しかもイケメンの顔面を見下ろして、貴文の心臓はいつもより少し早くなっていた。
「飲み物はショウガ入りのミルクティーになります。本日のケーキはシャインマスカットとラ・フランスのミニタルトになります」
そう解説してくれたのは秘書の田中だった。
おとぎ話を題材にしたアニメ映画で見たことのある白磁のポットから、白茶色の液体がカップに注がれた。なるほど、秘書なのにまるで執事のようだと貴文はしばし見とれてしまった。
「貴文さん?どうかしましたか」
明らかに田中に視線が集中していることに気が付いた義隆が、空気を遮断するかのように声をかけた。貴文の目が明らかに動揺しているのが見て取れた。だが、この程度のことで感情を乱しては名家のアルファとしては失格である。
「ああ、ごめん。田中さんの動きが綺麗だったから」
素直に思ったままを口にする貴文に、田中は驚いた。だが秘書であるからその感情は決して表には出さない。
「それは、ありがとうございます」
田中は頭を軽く下げると、リビングから姿を消した。
「どうぞ、貴文さん。このホテルのケーキお好きでしたよね」
義隆に勧められて貴文はフォークとナイフを手にした。問題は、タルト生地を上手に切れるのかということだ。
「えっと、俺だけ?」
見れば、義隆の前にはケーキが置かれていなかった。
「クリスマスの夜に俺は食べましたから」
義隆に言われて貴文の顔がこわばった。そう、よりによって貴文はクリスマスの夜にインフルエンザにかかってしまったのだ。なんとも申し訳ないことをしてしまった。
「でも、これは食べたないよね?」
貴文はそう言ってケーキを何とか少し大きめの一口サイズに切り分けた。
「はい、どーぞ」
口の前に出されれば、条件反射で口を開いてしまう。義隆の口の中に優しい果物の甘さと、タルト生地に隠されたチョコレートババロアが見事に重なり合い、調和した。
「おいしいです」
むぐむぐと口を動かし、義隆は感想を述べた。それを聞いて貴文は笑顔を見せると、自分もケーキをほおばった。
「んーーーー」
よほどおいしかったらしく、貴文はうっとりとした顔になった。
(か、間接キスだ)
思わず義隆の喉が鳴り、口の中のケーキを一度に飲み込んでしまった。いくら優秀なアルファとは言えど、そんなに咀嚼をしていないタルトとラ・フランスはまずかった。ゼリーでコーティングされているとはいえ、一切れが細長いのだ。
「んぐっ」
義隆の異変に気が付いた貴文が、慌ててカップを義隆の手に持たせた。
「んっ…………」
カップいっぱいのミルクティーを飲み干し、義隆は恥ずかしさのあまり俯くしかなかった。まったくアルファらしくない失態だった。子どもじみたことで興奮して食べ物をのどに詰まらせるだなんて。
「ふふ、よかった。大丈夫?喉に違和感はない?」
貴文がそう言って義隆の喉元に手を伸ばしてきた。指先がかすめるように触れた。
「大丈夫です。ご心配をおかけしました」
そう言ってカップを置こうとした時、義隆は気が付いた。飲み干したミルクティーは貴文のものだったのだ。だが、ここでわざとらしくカップを取り換えるのどこかしらじらしい。義隆は出来るだけ自然に空いているソーサーにカップを戻し、慣れた手つきでポットからミルクティーを注いだ。
「新しいのをどうぞ」
「ありがとう」
貴文が嬉しそうにミルクティーを飲むのを見て、再び義隆は興奮した。
(そこ、俺が口を付けたところぉ)
興奮する義隆には全く気付かずに、貴文はゆっくりとカップをおいて一言。
「なんだかものすごくいい匂いがするね」
楽しそうにそんなことを口にした貴文を、扉の向こうから見守っていた田中は思った。
(その匂いは義隆様のフェロモンです)
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