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19.想定外にほくそ笑む
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義隆は、一之瀬家当主が代々運命の番を求めるのが非生産的だと馬鹿にしていた。もちろん、自分の両親もその例にもれず運命的な出会いをして番になった。たまたま立ち寄った花火大会で、花火の音に驚いてよろけた母を父が抱きとめたらしい。なんともロマンチックな話ではあるが、花火の音でよろけるなんて、どれだけ足腰が弱いんだ。と義隆は思っている。まぁ、盛ってはいるのだろうけれど。自分の両親のなれそめだから、いちゃもんを付けるわけにもいかないので黙ってはいる。
そもそも名家と言われ、何百年も前から日本を支配する五大名家の一つとして君臨してきた一之瀬家だ。歴史の教科書に載るほど昔は政略結婚など当たり前で、気に入ったオメガを監禁同然に囲っていたはずだ。それがいつの日か相性のとてもいい、世間一般でいうところの『運命の番』と出会ってしまったのだろう。そしてその番との間に優秀なアルファがたくさん生まれた。そのおかげで一之瀬家は他の名家より頭一つ抜け出したのだろう。だから一之瀬家は運命を信じている。義隆はそう考えていた。ただ単に優秀な跡継ぎが欲しいがためのいいわけだ。
そう、思っていた。
それなのに……
「あんな一瞬で」
あの日あの瞬間の出来事は一週間以上たった今でも色鮮やかに脳裏に思い出すことができる。見るからにベータだとはっきりとわかる年上の男だった。ベータらしく周りの景色に同化してしまいそうな雰囲気を醸し出していた。相手は車から降りた義隆を認識すると、ほんの少し警戒したように見えた。だが、別段大きく避けるようなことはせず、義隆の動線を確認しながらこちらにやってきた。おそらく普通に義隆が入ってきた入り口、つまりは彼にとっては今まさに出口として認識されていたのだろう。
義隆が行きたい方向に足を向ければ、相手は瞬時にそれを察して義隆をよけた。そう、ぶつからずにすれ違える程度に義隆をよけたのだ。だからこそ、義隆はその横を急ぎ足で通り抜けようとした。まさにその瞬間まで義隆にとって相手は景色に同化する程度の、モブ当然のベータだった。
それなのに……
「一目惚れだぞ」
家で、学校で、散々見目麗しい優秀なアルファを見てきた義隆だ。近づいてくるオメガだって眉目秀麗な者たちだった。だからこそ、景色に同化してしまいそうなベータの顔なんて、見たところで記憶にも残らないだろうと思っていた。だが実際は、目が合ったとかそういう次元ではなく、脳天に矢が突き刺さったかの如くの衝撃が義隆に襲い掛かったのだ。
その瞬間、義隆は逃げ出した。
運命だ、俺のものだ、何ていう思考は生まれなかった。いや、もしかするとどこかに生まれていたのかもしれないが、あの瞬間、義隆は生まれて初めて自分の中に生じた感情の名前を知らなかったのだ。
未知なるものは恐怖でしかない。
たとえそれが名家名門と呼ばれる一之瀬家の跡取り息子で、優秀なアルファと称される義隆であったとしても、いや、だからこそだったのだろう。人間だれしも目に見えない存在には畏怖の念を抱くものである。
優秀なアルファであるからこそ、義隆には理解できなかったのである。その衝撃からもたらされる感情の名前が。
「年上すぎるだろぉ」
そもそも名家と言われ、何百年も前から日本を支配する五大名家の一つとして君臨してきた一之瀬家だ。歴史の教科書に載るほど昔は政略結婚など当たり前で、気に入ったオメガを監禁同然に囲っていたはずだ。それがいつの日か相性のとてもいい、世間一般でいうところの『運命の番』と出会ってしまったのだろう。そしてその番との間に優秀なアルファがたくさん生まれた。そのおかげで一之瀬家は他の名家より頭一つ抜け出したのだろう。だから一之瀬家は運命を信じている。義隆はそう考えていた。ただ単に優秀な跡継ぎが欲しいがためのいいわけだ。
そう、思っていた。
それなのに……
「あんな一瞬で」
あの日あの瞬間の出来事は一週間以上たった今でも色鮮やかに脳裏に思い出すことができる。見るからにベータだとはっきりとわかる年上の男だった。ベータらしく周りの景色に同化してしまいそうな雰囲気を醸し出していた。相手は車から降りた義隆を認識すると、ほんの少し警戒したように見えた。だが、別段大きく避けるようなことはせず、義隆の動線を確認しながらこちらにやってきた。おそらく普通に義隆が入ってきた入り口、つまりは彼にとっては今まさに出口として認識されていたのだろう。
義隆が行きたい方向に足を向ければ、相手は瞬時にそれを察して義隆をよけた。そう、ぶつからずにすれ違える程度に義隆をよけたのだ。だからこそ、義隆はその横を急ぎ足で通り抜けようとした。まさにその瞬間まで義隆にとって相手は景色に同化する程度の、モブ当然のベータだった。
それなのに……
「一目惚れだぞ」
家で、学校で、散々見目麗しい優秀なアルファを見てきた義隆だ。近づいてくるオメガだって眉目秀麗な者たちだった。だからこそ、景色に同化してしまいそうなベータの顔なんて、見たところで記憶にも残らないだろうと思っていた。だが実際は、目が合ったとかそういう次元ではなく、脳天に矢が突き刺さったかの如くの衝撃が義隆に襲い掛かったのだ。
その瞬間、義隆は逃げ出した。
運命だ、俺のものだ、何ていう思考は生まれなかった。いや、もしかするとどこかに生まれていたのかもしれないが、あの瞬間、義隆は生まれて初めて自分の中に生じた感情の名前を知らなかったのだ。
未知なるものは恐怖でしかない。
たとえそれが名家名門と呼ばれる一之瀬家の跡取り息子で、優秀なアルファと称される義隆であったとしても、いや、だからこそだったのだろう。人間だれしも目に見えない存在には畏怖の念を抱くものである。
優秀なアルファであるからこそ、義隆には理解できなかったのである。その衝撃からもたらされる感情の名前が。
「年上すぎるだろぉ」
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