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波乱の三学期

第13話 晴れ晴れとした

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次の日佐藤は、静かに授業を受けていた。
 顔の傷に下総がガーゼを当てたせいで、なかなか目立つ風貌にされていた。けれど教師たちは何も聞かない。自主性を重んじる方向性が違うと感じつつも、揉め事は、風紀委員会から職員室に上がってくるまで教師たちは知らぬ存じぬで通してしまう。
 昨日のことは、まだ風紀からあがっていないのだろうか?モニターを直接見なかった生徒たちは、休み時間ごとに噂話で広がる話に耳を傾けた。


 包帯を巻かれた手で、佐藤が作ったのはおにぎりだった。とは言っても、握ってはいない。ラップにご飯をおいて、遠心力で丸めただけのものだ。
 一人でゆっくり食べようとしたら、何故か下総がついてきた。仕方が無いので生徒会室で食べることになった。
 昨日の今日で、周りの生徒たちからの視線が集まりがちだ。

「凄いね、それ」

 生徒会室のソファーでおにぎりを食べている佐藤を見て、遠山が言った。

「下総が過保護すぎるんだ。こんなに巻かなくてもいいのに」
「雑菌が入るとよくないから」

 下総は本当は医務室に行って欲しいのに行ってくれないから、と説明してきた。けれど遠山たちはちゃんと知っていた。下総が佐藤の部屋に泊まったことも、食べているおにぎりが同じことも。

 放課後に、風紀委員会室で昨日の映像を佐藤は見ていた。学校に提出する書類を作るのは榊原だった。

「なかなかエグイな」

 自分の映像なのに、佐藤はまるで他人事のように眺めていた。

「今回の件は、職員会議飛び越して理事会にかけられるんだとさ」

 榊原がそう言うと、佐藤が呆れた顔をした。

「退学か…」
「さすがに隠しきれないからな」
「自己顕示欲さえなければ転校で済んだのにな」
「意外と優しいんだな」
「興味がないだけだ」

 そんなやり取りをしつつも、佐藤は映像を自分のスマホにコピーしてた。榊原からしたら、そちらの方が理解し難いことだった。
 そうして、桜木に続いて榊原も佐藤の生徒手帳を見ることになった。生徒手帳をみて、榊原は一度顔を上げて佐藤を見る。

「守秘義務」

 佐藤が笑いながらそう言うと、榊原は小さく息を吐き出した。ため息とは違う行為だ。

「坂口も聞けよ。それで忘れろ」

 佐藤が、無茶を言う。
 坂口は立ち上がり、風紀委員長室の扉の鍵をかけた。

「生徒手帳の記載内容と随分違うだろ?」

 佐藤が笑うので、坂口は示された箇所を見る。

「俺さぁ、この間お嫁に行ったんだよね」

 そう言って佐藤はイタズラっぽく笑った。

「は?」

 榊原と坂口は佐藤を見る。

「俺と下総が付き合ってないってわかってるでしょ?」

 佐藤に言われて頷く。

「この学園の人間なら理解すると思ってたけど」

 佐藤が笑いながら言うので、榊原と坂口は顔を見合せた。

「と、いうと?」

 榊原が言う。

「同性って結婚出来ないでしょ?」

 佐藤はそう言って生徒手帳を指差す。

「だから、養子縁組したんだよね」

 坂口は佐藤の指差す箇所を黙って見ていた。

「16からお嫁に行けるじゃん、俺この間やっと16に、なったからさ」

 笑う佐藤を見て、坂口は目を見開いている。

「って、言うのは建前で、本当は相続争いから逃げる為、法的な手続きするのに保護者が居ないと面倒だから、養子縁組して保護者になってもらった」
「…それって」

 榊原は怪訝な顔をした。そんなことをして、学費はどうなるのか。

「俺さぁ、株やってんの。三年分の学費は自力で前払い済みだから、安心してくれよ」

 休み時間ごとに、佐藤がスマホをいじる理由が垣間見えた。

「面倒だから、卒業まで佐藤で通すから」

 榊原と坂口は無言で頷いた。

「でも面白だろ?この学園でなら嫁に行った。ってみんな信じるよな」
 佐藤は笑うけど、こっちは笑えないと二人は思った。



 送別会は本当に有志が参加して、在り来りに歌を歌ったり、生徒会役員たちの親衛隊が三年生全員にちょっとしたプレゼントを配ったりして、それなりに盛りあがった。
 ちょっとしたお笑い芸人と司会者がセットになっていたので、足代がガソリン代だけで済んだのが経費節約に繋がったらしい。会計として相葉はなかなかやり手のようだ。




 卒業式は、佐藤がしれっと長々しい送辞を読み上げて、一部の生徒が涙を流していた。
 付属の大学に入るのが大半なので、泣くほどのことも無いと内心佐藤は呆れていた。長く在籍している生徒は、幼稚舎からだろうから、ついに一般人と肩を並べるのはさぞや大変だろう。この学園の常識は通用しなくなるから。
 入れ替わりで壇上にたった生徒会長の二階堂とすれ違った時、佐藤は何となく笑っていた。
 答辞を述べて戻ってきた二階堂は、佐藤に声をかけた。

「なんでわらった?」
「あんたは最後までイケメンなんだな、って思ってさぁ」

 佐藤は最初に顔を合わせた時とまるで違う顔をしていた。

 男子校であるにもかかわらず、卒業式のあとは学ランのボタン争奪戦が勃発していた。
 伝統だかなんだか知らないが、生徒会役員たちはもれなくボタンが全て無くなるらしい。
 下手すれば学ランまで取られる騒ぎになるようで、必死で逃げる姿は笑いを誘う。まぁ、すぐに寮に帰れるからいいものの、3月上旬の山はまだ寒い。
 新しい生徒会役員たちは、そんな騒ぎを聞きながら、卒業式の片付けをしていた。忙しいのは風紀で、ネコの卒業生を救出するのに走り回っているようだ。
 桜木もターゲットにされているらしく、今まで追いかける側だったのが、逃げる側になっていて、そんな新鮮な桜木を見られるのも、最初で最後だ。
 生徒会室で佐藤たちが片付けをしていると、卒業した役員たちがやってきた。

「なにか、忘れ物でも?」

 下総が聞く。

「最後だからさ」

 神山が生徒会室をゆっくりと見回している。

「卒業後も来られますよ?」
「まぁ、そうなんだけどさぁ」

 卒業して、退寮してしまえば、こんな山の中の学園にわざわざ足を運ぶことはないだろう。最寄り駅で言えば、大学は隣の駅になる。ふらりと立ち寄るような感じはしない。

「佐藤」

 二階堂が佐藤の側に寄った。

「何か?」

 佐藤が椅子から立ち上がって二階堂と向き合う。
 二階堂の学ランはボタンが、全て無くなっていた。さすがに会長であった二階堂の身ぐるみを剥がすような行為はなされなかったようだ。
 二階堂は慣れた手つきで佐藤の学ランのボタンを外して、脱がした。

「なにか?」

 佐藤は特に抵抗もせずに、それを見ていた。

「貰ってくれ」
 時分の学ランを佐藤に羽織らせた。

「デカすぎます」
「来年にはピッタリになるんじゃないか?」

 二階堂は笑いながらそう言って、襟から校章だけ外した。

「学年章はいいんですか?」
「そうだな、思い出の品ではあるか」

 佐藤が外して二階堂に渡した。

「着られるように大きくなりますよ」

 身長差は約10センチ、袖から手は出ていない。

「二人の世界に入らないでねぇ」
 振り返ると、全員揃って最後のお茶を、楽しむ用意が出来ていた。
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