【完結】仄暗い光の先にある何か

久乃り

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第15話 それから

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 何回ヒートを迎えても、自身の身体の変化にはなかなか慣れない。
 上質なシーツの上で、身体に溜まった熱を吐き出し続ける。「使ってもいいよ」と言って石崎が用意してくれるディルドは、毎回視界の範囲から遠ざけるようにしている。初心者でも使い安いような構造になっているそれは、柔らかいシリコンでできていた。
 けれど、何かを自分の身体の胎内に入れるなんて、将晴には怖くて出来なかった。
 学校の友だちは、「アルファとしちゃえば楽なのに」と笑って言うけれど、そっちの方がもっと怖かった。

「んぅぅ、んっ」

 自分のモノを見るのも怖くて、いつもうつ伏せの体勢を取ってしまう。数値を測っていると石崎は言うけれど、この体勢では見えないのではないだろうかと、時折考える。何も言われたことがないので、特に体勢を変えるつもりはない。
 胸の下あたりにクッションを入れると、楽な体勢になるので、最近は気に入ったサイズのクッションを用意してもらってはいる。

 今日も、ゆっくりと後ろに指を抜き差しすれば、そこからタラタラと零れる雫で、前が濡れて動かしやすくなる。指がふやけてしまいそうだけど、将晴には自分の指を使うしか方法がない。
 クッションの布地は固めのものを選んでいる。擦れる感触が気持ちいいから。自分で摘んだりするのもいいけれど、ヒートになった時にはあちこちに、刺激が欲しくてたまらないのだ。
 ぼんやりとした意識の向こうに、誰かが見ている。感じ取れるのはアルファのフェロモン。それを感じ取ってしまうと、たまらなく欲しくなって、思わず手を伸ばす。

「っな、んでぇ……も、ぅ」

 いつも手を伸ばしても、誰もその手をとってはくれない。その手はそのままシーツを握りしめて、皺を作る。高くあげた腰を緩く振って、身体の中の熱を吐きだせば、また程よいだるさが襲ってきて目を閉じる。
 そうやって眠ってしまえば、また全て忘れられる。
 心地の良い疲労感に身を委ねて、将晴は眠りについた。



 ───────



 一月の末頃にヒートがあるのが分かっていたから、受験の日程を組むのはそれほど難しくはなかった。
 オメガ枠で受けて合格できた。
 何故か受験する大学は、石崎が指定してきた。
 母親に相談したら、一瞬驚いた顔をしたものの「いいんじゃないかしら」と笑って返事をしてくれた。
 その後に、「最近、誰かに会った?」と言う質問をされたので、どう返事をしようかと考えていたら、母親は、将晴の返事を聞かないまま台所に行ってしまった。

 2月の自由登校は、進学や就職が決まったオメガ同級生たちと一緒にコテージに泊まって、オメガだけの卒業旅行を楽しんだ。高校生の集団だから、大人のアルファたちは誰も声をかけてこなかった。同級生のなかの数名は、進学や就職を機にコテージに併設された施設に住むと教えてくれた。

「君の住むところは用意してあるよ」

 合格祝いに高級なお寿司が食べたいと言ったら、石崎が金沢まで連れてきてくれた。大学への手続きを確認したらあっさりと言われた。

「学費の心配もいらないから、全て手続きはこちらでする」

 そう言われて、将晴は母親の言葉を思い出した。

「そう言えば、母さんから『誰かに会った?』って聞かれたんだけど」

 将晴がそう言うと、石崎はいつものように薄く笑った。

「そうか、そうだね。じゃあ、『お父さんの秘書』に会ったと、答えておいて」

 そう言われたので、無言で頷いた。
 お寿司をたべて、旅館に泊まったのに、アルバイトがなかった。

「今回はお客さん来ないの?」

 朝食を食べながら尋ねると、石崎がまた薄く笑いながら答えた。

「今回は合格祝いだからね」

 金沢から帰って、お土産を渡しながら、

「あのさ、『お父さんの秘書』に会ったよ。大学の学費とか、住むところは用意してある。って言われた」

 と、言うと母親は驚いた顔をしたけれど、

「分かったわ」

 と、いつもの感じで返事をしてくれた。
 引越しの準備は、全くしなかった。何を持っていくのかなんて、まるで分からないから、石崎にメッセージを送ったら、荷造りはいらないと返事をもらった。
 3月に入って、卒業式には母親が参列してくれた。暖房をたいてはあるけれど、体育館は少し寒かった。
 卒業式が終わったあと、教室で少し友だちと話をしたり、記念写真を撮ったりして過ごしたあと、将晴はいつものように徒歩で帰宅した。

 一人で歩いていると、初めて石崎に遭遇した道に出た。あの日と時間帯が違うから、人影はまばらだ。
 卒業証書を片手に歩いていたら、誰かが横に並んできた。

「木崎将晴くん、卒業おめでとう」

 そう言われて、声のするほうをみたら、コートを着込んだ石崎が立っていた。

「…ありがとう」

 初めて会った時のように、俯きがちに返事をすると、石崎はいつものように薄く笑った。
 そうして、将晴の手から卒業証書を奪うと、将晴の手を取って歩き出す。

「またコーヒー飲むの?」

 将晴が尋ねると、石崎は首を振った。そうしていつもと少し違う車に将晴を乗せた。そのまま隣に石崎も乗り込んだ。

「え?」

 将晴が驚いているうちに車が走り出す。
 運転手がいる車に乗るのは初めてだった。今まで、どこに行っても石崎が車を運転していたのに。

「今日は卒業のお祝い、ね」

 隣に座る石崎との距離が近い。
 将晴が戸惑っているうちに、また車は高速にのっていた。景色がどんどん変わっていく。
 都内に入ると、いつもと違うホテルに車が着いた。いつもは地下の駐車場なのに、今日は正面玄関に車が止まる。車が止まると同時に、ホテルの人が近づいてきて、将晴は驚いた。
 ドアを丁寧に開けられて、だいぶ驚いたのに、石崎は平然と車から降りた。そうして、当たり前のように将晴の腰に手を回してきた。

「ご案内致します」

 係の人が石崎の斜め前を歩く。石崎も当たり前の様子で何かを機械にかざして、そのまま開いているエレベーターに乗り込んだ。
 石崎の手には将晴の卒業証書があった。けれど、将晴はいつものように無言で石崎について歩く。
 案内された部屋に入ると、石崎は手にしていた卒業証書をテーブルに置いた。いつもと違って部屋数が少ない気がする。

「今日は?監視部屋はないの?」

 将晴が確認できる限りだと、リビングと寝室しかなさそうだった。
 戸惑う将晴を石崎は眺めるだけで、自分のコートを脱いでハンガーにかけていた。そうして、将晴に近づいてきてこう言った。

「服をプレゼントするのは脱がせるためだ」

 いつもと違う石崎の顔に、将晴は驚いた。

「えっ、うそ」

 石崎の目を見た途端、腰が抜けたかと思うほどの衝撃があった。体から力が抜ける。

「ハル、こんな身分証明書なんか信じちゃダメだよ」

 そう言って目の前に見せてきたのは、最初に出された石崎の身分証明書だ。

「こんなの?」

 将晴が、聞き返すと石崎は、いつものように薄く笑った。

「生徒手帳だって、顔写真つけてるでしょ?」

 そう言って、将晴の胸ポケットから生徒手帳をとりだして見せた。確かに、将晴の顔写真が貼られていて、割印として校章が型押しされていた。

「どういう?」

 将晴が、理解できなくて聞き返すけれど、石崎は答えない。代わりに、将晴はなにかの匂いを嗅ぎとった。

「え?………コレって」

 将晴は自分が体感していることが信じられなかった。今まで、何度もこの男にあっていたのに、こんなことは初めてだった。

「よく見て、これが俺の身分証明書」

 将晴の、目の前に小さなカードが示された。ついている顔写真は、間違いなく石崎だ。が、

「…おやま、だ」

 記載されている名前は、小山田裕二、男性、アルファ

「アルファ……って」

 今まで何度も同じ車に乗って、エレベーターに乗って、幾度となく密室に二人っきりになったのに、アルファのフェロモンを感じたことなどなかった。

「だから、新薬のモニターテストって言ったよね?」

 呆然とする将晴を他所に、石崎、いや小山田は将晴のコートを脱がせて、次に制服も脱がせていく。
 シャツになったところで、抱きしめられて小山田の匂いを強く嗅いだとき、将晴は不意に思い出した。

「─────!」

 突き放そうとしたけれど、小山田の腕ががっちりと将晴を押さえ込んでいた。

「思い出してくれた?」

 将晴は、ようやく目の前の男が誰なのか思い出した。


 ───────


 将晴が、小学校に入学したその日、新しいランドセルを背負って、将晴は両親と一緒に祖父母に挨拶に訪れた。
 ランドセルの中は空っぽで、黄色い帽子を被った将晴は、新しい小学校の制服を着て、履きなれない革靴を履いていた。
 いつものように玄関を素通りして、祖父母のいる居間の方へ中庭を走っていくと、その日同じ系列の高等部に入学した、将晴からすれば叔父も同じように祖父母の所に来ていた。
 初めて見た叔父に、将晴は戸惑いながらも丁寧に頭を下げて挨拶をした。だが、将晴が頭を上げた瞬間、将晴は頭が真っ白になるほどの、強い衝撃を受けた。

「きゃぁぁぁぁ」

 小さな子どもからとは思えないほどの悲鳴だった。
 しかも、膝から崩れ落ちる将晴を、叔父が上から羽交い締めするかのように覆いかぶさっているのだ。
 遅れてきた将晴の両親が、慌てて駆け寄り、父親が叔父を、つまりは自分の弟を将晴から力ずくで、引き剥がした。
 意識のない将晴を母親が、慌てて抱き上げる。将晴は口を大きく開けて、浅い呼吸を繰り返していた。

「そんな、ヒート?」

 オメガである母親は、将晴の症状を見て直ぐに思い当たった。意識は無いものの、将晴の目の辺りが赤くなり、体温が上昇している。

「緊急抑制剤を、早く」

 向こうでは、弟を押さえつける夫が邸のものに指示を出していた。共にアルファである兄弟だから、夫は自分のポケットから、緊急抑制剤を取り出して押さえつける弟の太ももに突き刺した。
 その向こうで、祖父母が、青ざめた顔をしてたっているのが見えた。

「なんてこと」

 母親は、震えながらも将晴を抱き抱え、邸の中に避難した。敷かれた布団に将晴を寝かせて、呼び出した主治医に診てもらうと、やはり将晴はオメガだと言われた。

「どうして、こんなことに」

 アルファとオメガの間の第一子は、アルファである確率が90%と言われているのに、残りの確率で将晴はオメガであった。

「あまり、現実的な話ではありませんが、この年齢で突発的にヒートが、起きたということは、『運命』ではないかと」

 主治医の言っていることを受け入れられるはずがない。そんなのは相性の問題で、お互いのフェロモンの遺伝子がたまたま似通っているから、相乗効果で爆発的にフェロモンが発生しているだけだ。似ているから心地よい。そう言うものだと言われているのに、おとぎ話のような『運命』なんて言葉で片付けられる問題ではない。

「別れましょう」

 父親が部屋に入ってくるなり、母親はそう切り出した。

「なにを急に」

 父親が慌てるけれど、母親は既に決心しているらしい。

「三歳児の検査で、下の子はアルファと診断されています。恐らく覆らないでしょう。将晴は三歳児の検査ではベータでした。けれど今しがたの検査でオメガと出ました。ヒートも起こしましたから、間違いないでしょう」

「そうか」

 父親は返事をしながら、将晴の髪を撫でた。まだ頬の辺りが赤くて、熱が下がっていないことがみてとれる。

「同じ敷地内の学校に通わせるのは危険です。もし、本当に運命だとしても、今は受け入れられません。将晴が、自分で判断ができる年まで離れさせてください」

 母親は、オメガであるからこそ、まだ幼い将晴の将来を決めつけたくはなかった。
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