【完結】仄暗い光の先にある何か

久乃り

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第14話 冬休み

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 短い冬休みだけれど、行事が沢山あって日本人は忙しい。クリスマスとお正月で二週間などあっという間だ。
 一学期の終業式は、ヒートが始まりかけていたから教室で待機していた将晴は、高校で初めて終業式に参加した。オメガ性の生徒は一番後ろに集められて、終われば一番最初に体育館から出される。
 なんてことの無い普通の県立高校だから、終業式も別段なんてことも無く校長の話を聞くだけだった。
 先頭の教師の背中を見ながら、オメガ性の生徒だけが先に体育館を出ると、同じクラスの生徒が将晴に声をかけてきた。

「ねぇねぇ、冬休みもコテージ使うの?」

 夏休み、母親が行きたがっていたのに将晴が石崎に連れられて沖縄に行ってしまった。もちろんバイトを兼ねていたけれど、八月いっぱい沖縄に滞在した。かなり日焼けをしてしまったので、一応同じクラスのオメガ性の生徒にはお土産を買ってみたら、写真を見せろとせがまれて見せたら、案の定「アルファと付き合ってるの?」と質問されて返答に困った。

「コテージじゃない、かなぁ」

 短い冬休み、コテージには滞在しない。石崎がホテルをとっている。

「え、ホテル?クリスマスデート?」

 そんなことを言われて、将晴はまた返答に困る。

「…うん、雪がみたいなぁって、頼んではある」

「うわ、なにそれ。じゃあ、北海道とか?」

 興奮した感じで聞かれると、ますます困る。
 教室に着いた頃、同じ1年生のオメガ性の生徒たちが、将晴の話に食いついてきていた。

「特定のアルファと仲良くなれたの?」

「ホテル取ってくれるとか、凄いじゃん」

「そのアルファって、男性?女性?」

「北海道?それとも海外?」

 ほかのクラスの生徒まで来てしまって、将晴の教室の前に廊下にはオメガ性の生徒が団子状態になっていた。

「パスポートは持ってないから国内じゃないかな」

 将晴だって本当の行先なんか知らない。
 それに、どんなアルファに会うのかも分からない。

「クリスマスデートにホテルとってくれるって、上位のアルファだよね」

 女子生徒がくいついてきた。この生徒はオメガ性ではない。ベータだ。

「上位って言うのがよく分からないけど」

 石崎が言うには、別れた父親がアルファだから、石崎と一緒にいるのを見られた時は「父親の秘書」と答えるように教えられた。

「父親に会うんだ。俺がオメガ性って知ったらしくてさ」

「えっと、木崎くんのお父さん、アルファ?」

「そうだよ。必ず秘書の人が間に入ってくる」

 将晴がそう言うと、周りに集まった生徒たちは急に黙って、隣の生徒と小声で何かを話している。皆、将晴の家庭環境は何となくは知っている。

「そういや、ネックガードももお父さんだっけ?」

 同じクラスのオメガ性の男子生徒がそんなことを言うと、皆が将晴の首元に目線を向けたのが分かった。冬服だからよく見えないだろうけれど。

「でも、クリスマスデートはするんでしょ?」

 それでもしつこく女子生徒が聞いてくる。

「デートかどうかは分からないけど、クリスマスに会うよ」

 クリスマス当日に、誰かは分からないけれどアルファには会うから、嘘ではない。アレを、デートと呼ぶかどうかは微妙なところだ。ネットで調べたら、そう言うアルバイトが本当にあったから、アルバイトをしていると言うのも嘘にはならないだろう。

「ほら、お前ら教室に戻れ」

 廊下でわちゃわちゃしていたら、やっぱり担任が戻ってきたタイミングで解散させられた。みんな慌てて席に着く。成績表を渡されて、冬休みの注意事項を聞かされたら解散となった。

「木崎」

 帰ろうとしたら、担任が声をかけてきた。廊下での話の事だろう。と、すぐに推測したけれど、とりあえず返事はする。

「その、廊下で話してたことなんだが」

 ベータである担任は、アルファとオメガの関係性については教科書程度の知識しか持っていない。だから、将晴に声をかけてきたのは普通に交際についての注意だろう。

「はい?」

 分かっていても、聞かないわけにはいかないから、将晴は素直に椅子に座ったままで担任の顔を見る。

「まぁ、その、なんだ……まだ高校生だからな、キチンと卒業できるように、冬休みを過ごすんだぞ」

 教室で声をかけてしまったから、具体的な事を言えなくて、だいぶ遠回りの注意になってしまったのは仕方がないだろう。そもそも、一部のオメガ性を持つ生徒は婚約者がいたりもする。

「はい」

「コテージを、正しく利用するようにな」

 担任は、とりあえず注意した。という体をとりたかっただけのようで、逃げるように教室を出ていってしまった。

「なにあれ?」

 同じクラスのオメガ性の男子生徒が口にした。

「直接的なことを言うとセクハラになるからじゃない?」

 将晴がそう答えると、他の生徒が笑うのが聞こえた。

「コテージを正しくって、笑えるんだけど」

「直訳すると『避妊しろ』ってことかな?」

 また笑いが起きて、将晴たちは挨拶を交わして教室を後にした。


 ───────


 一学期と同じように成績表をテーブルにおいて、軽装で家を出た。違うのはコートを着ているということだ。通学用のダッフルコートも、今着ているこのコートも、石崎から買い与えられた。今回の為なのか、ショート丈のブーツももらったから、早めのクリスマスプレゼントと解釈して着用してみた。

「うん、似合うね」

 駐車場に車を停めて、降りた途端に石崎からマフラーを巻き付けられた。肌触りのかなりいい上質なものだ。
 将晴が不思議そうにしていると、石崎が、いつものように薄く笑った。

「オメガの項は隠さないとね」

 そう言って将晴の首の後ろを軽く撫でた。
 それに反応して、将晴の肩が揺れると、石崎はまた薄く笑う。

「じゃあ、行こうか」

「どこ行くの?」

 今更だけど、聞いてみる。

「在り来りだけど、雪が見たいなら北海道」

 今更だけど、ココは空港の駐車場で、国内線乗り場の入口だ。

「ホテル?」

「そうだよ。今回もちゃんと着替えは用意してあるから心配しないで」

 そんなことを言われても、心配しないとかはない。どんな着替えが用意されているのかが心配なのだ。
 ホテルについて部屋に入ると、将晴の着替えが用意されていた。

「なにこれ」

 マネキンに着させられている着替えは、三着もあった。

「まずはこれに着替えて」

 オフホワイトのセーターに黒のスキニーのセットを示されて、将晴は軽く驚いた。

「え、なに」

 状況が、呑み込めない将晴から、石崎がどんどん着ているものを外していく。

「クリスマスデートで、ディナーの予約が入ってるんだよ」

 学校で同級生たちに言われたことがそのまま現実になっている。

「なにそれ?」

 急にそんなことを言われても、将晴はこんな高級リゾートホテルのレストランで、食事をするマナーなんて知らない。

「食事してこの部屋に送るまでがセットだから」

「エレベーター乗ったら密室じゃん」

 今までアルファたちとは一定の距離が保たれていたのに、エレベーターなんて密室に二人っきりになるのはだいぶ怖い。

「俺も乗るから」

 石崎が当たり前のようにそう言って、将晴の着替えが再開された。
 普段何もしていない髪の毛に、石崎が何かをつけて髪に動きをつけられた。

「うん、年下の可愛いオメガって感じになった」

 将晴の仕上がり満足したらしい石崎は、時間だからと言って将晴を連れ出した。
 ホテルの入口近くのソファーに座らされてしばらくすると、明らかにアルファと分かる男が将晴に近づいてきた。モノトーンの装いではあるけれど、明らかに上質な物を身につけているとわかる。歩き方も隙がなく、モデルがウォーキングしているのかと錯覚するほどだった。

「お待たせ、ハル」

 そう、声をかけられて、上目遣いで微笑むと、相手も同じように微笑んでくれた。立ち上がろうとすると手を差し出されたので、素直に手を握ってみる。ようはエスコートされているわけだ。エレベーターに乗り込む時、本当に石崎がさりげなく乗り込んできた。
 クリスマスデートをするレストランはからは、綺麗な夜景が見えた。
 案内されて席に着くと、早速アルファが口を開いた。

「ハルとデートが出来るって言うから何も考えずに申し込んだんだけど」

 そう言って笑う顔は結構若い。

「プレゼント、貰ってくれるかな?」

 将晴の前に小さな包みが置かれた。クリスマスらしい包装紙ではあるけれど、将晴でも聞いたことのあるブランドのロゴが印刷されている。聞いた話だと、女子が欲しがるブランドだった。

「……開けても、いい?」

 よく分からないけれど、目の前で開けるのがいいのだろう。周りにいる他の客はモブ程度に考えているのだろう、アルファらしい。
 リボンを解いて箱を丁寧に開ける。包装した方も、こういうシーンを想定しているのか、テープなどで包装紙を止めてはいなかった。
 出てきたのは黄色い箱に入ったシルバーのアクセサリーで、中央になにかの石が一列に並んでいた。
 この手の物に疎い将晴は、箱から取り出してソレをじっと見つめた。一体どう言った用途のものなのか全くもって分からない。

「バングルなんだけど、付けても?」

 将晴が困ったような顔をしたからか、アルファが将晴の手からソレを受け取って将晴の左手首につけてきた。触られるなんて聞いていなかったから、将晴は瞬間的に固まってしまって、掴まれた左手とアルファの顔を交互にみる。
 将晴のそれを見て、アルファはやたらと機嫌がよくて、手を離そうとしない。困っていると、ようやく前菜が運ばれてきた。
 クリスマスディナーだから、前菜からしてクリスマスを意識したカラーで作られている。女子なら「可愛い」とでも言っておけばいいのだろうけれど、一応は男子高校生である将晴は、無言でその皿にフォークを突き刺した。
 食べ慣れないドレッシングの味に一瞬眉間にシワがよった。

「どうしたの?」

 アルファが将晴に声をかけてきた。

「初めて食べた」

 普段、サラダにはマヨネーズしかかけたことがない将晴には、酢がキツかったのだ。

「こいうこのは苦手だったかな?」

「わかんない」

 別に不味かった訳ではなくて、初めての味だったから驚いただけだ。苦手かどうかと言われれば、酸っぱいのは苦手なのかもしれない。
 何もより、将晴が、気になるのは左手につけられたバングルだ。腕時計もしていない将晴にとって、腕に何かがまとわりついているのは落ち着かなかった。
 それでも、時々外を眺めながら食事をして、聞かれたことに答えるだけで目の前のアルファは上機嫌なのだから不思議だ。

 食事が終わって席を立つと、当たり前のようにアルファが将晴の腰に手を回してきた。そんな話は聞いていなかったから、将晴は咄嗟に石崎を探した。けれど、視界の範囲に石崎がいない。
 そのままエレベーターの前までたどり着いた時、ようやく石崎が視界の端に映った。

「どうぞ」

 扉が開けられて、促されるままに乗り込むと、自然な流れで石崎が入ってきた。将晴はあからさまに不機嫌な顔もできず、アルファから顔を逸らすぐらいしか出来ない。エレベーターを降りる時もアルファは将晴の腰から手を離さず、分かっているのか、部屋へと進んでいく。ふと顔を上げると、石崎がなんともないように部屋のドアを開けていた。

「お疲れ様」

 将晴は躊躇いもなくドアをくぐる。アルファはドアの手前で立ち止まったから、自然と将晴の腰から手が離れた。
 将晴が振り返ると、アルファが見ていた。

「ご馳走様、コレ……ありがとう」

 将晴がそう言うと、アルファは小さく手を振ってドアの前からいなくなった。そうして、石崎がドアを閉める。

「お風呂に入ろうか」

 石崎がそういうので、奥の部屋へと移動する。ご丁寧に、風呂は外の景色が見えるような作りになっていた。

「コレ、どうするの?それと、触られるとか聞いてない」

 手を掴まれたのも驚いたけど、腰を抱かれるのは正直驚きすぎて悲鳴が出そうだった。

「ごめん」

 石崎が将晴を、抱きしめて髪を撫でた。まるで小さな子どもをあやすようなやり方で、将晴は騙されないぞ。と思いつつも、案外気持ちがいいのでそのまま身を任せた。

「お風呂で綺麗にしような」

 そう言われたので、安心して風呂に入り、大きすぎるベッドで一人で寝た。明日もランチとディナーでデートをしなくちゃいけないらしい。レストランは変えてあるらしいから、「こんなの初めて」と言うの体の演技は必要なさそうで、将晴は安心した。
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