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オマケの一ノ瀬くんと菊地くん

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「一之瀬って、コスプレが好きなの?」

 新婚旅行で撮りまくった画像を眺めながら菊地は尋ねた。白の豪華なウェディングドレスに始まり、最後は城で王様のようにすごした。ただ、どの写真を見ても、一之瀬は見事に着こなしていて格好が良かった。

「コスプレ?」

 聞きなれない単語に一之瀬が聞き返す。

「うん、まぁ、エロビの話になるけどさぁ、つか、性癖?」
「性癖とは、どういうことだ?」

 仕方が無いので、菊地は一之瀬にエロビにおけるコスプレについて説明し、性癖について解説したのだった。もちろん、そんな話を一之瀬はとても真面目な顔で聞いていた。変にニヤけるでもなく、顔を赤らめることも無く、菊地の話を聞いていた。

「和真が可愛いからだ」
「は?」

 トルコの民族衣装を着て、アイスを嬉しそうに食べている菊地の写真を観て、一之瀬が言う。

「俺のオメガがこんなにも可愛らしいんだ。あれこれ着せたくなるに決まっている」

 真面目な顔でそんなことを言われれば、菊地も何となく察するというものだ。これは孫にアレコレ着せたがる祖父母みたいなものなのだ。

「他になんか俺に着て欲しいのってあるの?」

 思わず興味本位で口にしてみれば、予想外の言葉が帰ってきた。

「……体操着」
「へ?な、なんて?」

 いや、聞こえた。確かに聞こえた。
だがそれは、ものすごく危ない。
体操着を着ている年齢は未成年。犯罪の性癖になってしまう。

「……ん、その、持っているんだろ?和真は」

 珍しく一之瀬が言葉に詰まるので、菊地は察した。高校時代の体操着を未だに寝巻き替わりに着ている。と話したことを一之瀬は言っているのだ。確かに高校時代、菊地は一之瀬を避けまくっていた。島野経由で画像は見ていただろうけれど、生で見たいと言うことなのだろう。

「ええと、今?」
「………………」

 無言で一之瀬が頷いた。

「えと、うん。ちょっとまってて」

 菊地は一之瀬の隣からスルリと抜け出ると、自分の部屋へと向かった。一人暮らしのアパートの荷物がそのまま運び込まれた部屋だ。冷蔵庫は中身がないからコンセントは抜いてある。タンスの中身もそのままなので、ベータ時代の服がはいっている。施設で説明されたとおり、サイズが合わなくなっているから処分してもいいものばかりだ。菊地が言い出さないからそのままなのだけど、本来処分されているはずの物が全てここにあるのは一之瀬の指示があったから。

「中身、見てないって本当なのかな?」

 冷蔵庫は中のものを出さないと運べなかっただろうけど、タンスは中身が入ったままでは運びづらかったに違いない。しかし、一之瀬からの指示であれば、多少の不可能は可能にされたかもしれない。
 一番下の引き出しを開ければ、そこにはきちんと畳まれた体操着が入っていた。中学と違って部活動をしていなかったから、着ていたのは体育の時間だけ。三年間で考えたらコスパの悪い体操着だ。

「制服は毎日着るから元は取れてたと思うけど、体操着は勿体ないからな」

 基本ベータの思想なら、体操着は卒業後も着るものだと思っている。自分ではなくても、親が部屋着として活用するのが平凡家庭のお約束だと思っている。もちろん、大学の体育の実技で着たことだってある。スポーツウェアをわざわざ買うなら、こっちの方が楽だったからだ。たった三回の実技のために出費するなんて馬鹿げている。
 そんなわけで、菊地は高校時代の体操着を未だに大切に保管していて、時折寝巻き代わりに活用していた。

「うん。全く違和感なく着れてる」

 アパートに置いてあった唯一の鏡である姿見で確認すれば、全く違和感なく体操着を着れていた。かれこれ十年近い年月が経つと言うのに、なんと丈夫なのだろう。

「一之瀬」

 そっとドアから顔を出せば、一之瀬が期待に満ちた目でこちらを見た。

(ワンコかよ)

 一之瀬の期待に満ち溢れたその表情をみて、菊地は逆に緊張した。一之瀬の、期待値が高すぎる。

「笑うなよ」

 そう言ってから、扉を閉めて一之瀬の方へと進んだ。暫定菊地の荷物部屋はリビングの奥にある。

「可愛い」

 菊地の姿を見るなり一之瀬がポツリと呟いた一言は、ちゃんと菊地の耳に届いた。

「なんだよ、それ」

 ソファーに座る一之瀬の前に菊地は立った。高校時代の体操着が着れてしまうことは男だったら屈辱かもしれない。なにしろ、目の前にいる一之瀬匡という男は、アルファらしく随分といい体格をしているのだから。

「どーせ一之瀬は高校時代の服なんか着られないほど成長してんだろ」

 そう言いながらプイと横を向けば、菊地の腕を一之瀬が掴んで引き寄せていた。

「わぁ」

 普通に菊地が驚くと、一之瀬が菊地の顔を覗き込みながら意地の悪い笑みを浮かべていた。

「和真、約束」
「っあ」

 すっかり忘れていた約束だ。

「お仕置」

 一之瀬の手が菊地の着ている体操着の中に入ってきた。菊地は真面目にちゃんと体操着を着用したものだから、半袖の裾をハーフパンツの中にしまっていた。それを見て、一之瀬が、薄く笑う。

「~~~っ」

 それがなんだかとても恥ずかしく思えて、菊地の唇の間から空気のような声が漏れた。
 それをからかうように一之瀬の舌が菊地の唇を舐めた。そんなことをされれば、さらに菊地は恥ずかしくてたまらない。知らずに口がへの字になって、そんな菊地の顔を見た一之瀬は思わず頬を弛めた。

「和真、可愛い」

 ようやく自分に向けて菊地の可愛い顔が見れて、一之瀬は満足した。けれど、まだお仕置は済んでいない。
 半袖の体操着の中に手を進めれば、そこには何も邪魔をするものなどなかった。

「和真?下着は?」
「え?なんで?日本でもつけなきゃダメ?」

 菊地は目を何度か瞬きさせて、驚きを隠せなかった。あの下着は、海外だけでつけるものだと思っていたのだ。だって、施設でそんな説明は受けなかった。

「和真、可能性はだいぶ低いんだがな。その、乳腺が、あるんだ」
「乳腺?」
「初乳は免疫力を付けるのに大切なものだと聞く。そのためにも着けた方がいい」
「あ、うん」

 そんなことを話しながらも、一之瀬の手は菊地の肌を撫で回し、左右の尖りを器用に片手で押さえつけていた。

「あ、え?ちょっと……」

 円を描くように一之瀬が手を動かし始めると、菊地は背中を仰け反らせて両手で一之瀬の服を掴んだ。

「あっあっあっ」

 そんな菊地の反応を見ながら、一之瀬は手の動きに強弱をつけていく。体操着を着ている菊地は、どうしようもなく一之瀬の劣情を煽るのだ。

「和真、和真、可愛い。俺の……」

 そう言って、一之瀬は菊地に深く口付けた。ゆっくりと菊地の口の中を一之瀬の舌が動き、菊地の舌の付け根から先端までをゆっくりと自分の舌先で舐めとるように動かす。絡めるように強く吸えば、菊地の体が小さく震えた。

「ふっ、ぅん、ん」

 必死に口を開けて菊地は呼吸をしようとするが、それさえも一之瀬は抑え込むように自分口で塞いできた。そんなことをされて、菊地がうっすらと涙を浮かべる頃、ようやく一之瀬の口が菊地の口から離れた。

「……和真」
「っは、な、に?」
「もうひとつ、着て欲しい服があるんだ」
「今度は何?」
「少し、準備に時間がかかるから、用意できたら着て欲しい」
「わかった」

 とりあえず、お仕置が終わって菊地は安堵した。


───────


 ちょっと時間がかかるから、と一之瀬は言っていたけれど、そこは名家一之瀬である。優秀な秘書である田中は仕事が早かった。季節外れだと言うのに、一日で用意してしまったのだ。

「シャワーを浴びて着替えて欲しい」
「うん」
「和真がシャワーを浴びている間に置いておくから」
「わかった」

 なんとなく、一之瀬が緊張している気がして、菊地も言葉少なくなる。一体一之瀬は菊地に何を着せようと言うのだろうか?
 言われた通りにシャワーを浴びて出てくると、そこはキチンと畳まれた着替えが用意されていた。しかし、それは新婚旅行で散々コスプレをさせられてきた菊地からしても、随分とハードルの高い着替えであった。

「うー」

 洗面台には、菊地愛用のワックスが置かれていた。高校生になり、ちょっと洒落っ気が出てきて使い始めた物だ。それ以来ずっと使っていた。就職してからは、寝坊した時の寝癖直しに活躍したものだ。
 髪を整えて、手に着いたワックスを丁寧に洗い落とす。新婚旅行から髪を切っていないから、襟足の長さが気になるところだ。

「一之瀬?」

 リビングに入ると、何故かそこには一之瀬の姿がなかった。パタパタとスリッパ特有の足音を立ててソファーに近づいてみるも、そこには一之瀬の姿はなかった。

「?」

 菊地はゆっくりと首を動かして辺りを見るけれど、一之瀬の姿がない。一之瀬も着替えているとすれば、自室だろうか?ふと廊下の方に目線を向けると、そこには一之瀬が立っていた。

「菊地くん」

 呼ばれた途端、菊地の体は硬直した。
 一之瀬の姿を見たからでは無い。
 耳に届いた一之瀬の声。
 自分の名前を呼ぶその声。

「い、ちの、せ」
「菊地くん」

 かろうじて口を開いてその名を呼ぶけれど、菊地の体の中では異常事態が起きていた。心臓が恐ろしいほど大きな音をたてている。どうしようもないほどに体温が上昇していく。

「菊地くん」

 一之瀬に抱きしめられても菊地は何が起きているのか分からなかった。むせ返るような匂いに包まれている。
 そう、自覚をしたけれど、対処方法がまるで分からない。これは、だって、何をしている?されている?

「え?一之瀬……な、に」
「菊地くん、好きだ」

 一之瀬の腕に力が篭もるのがわかった。けれどわかっただけで対処が出来ない。

「あ、え、っと……」

 菊地が戸惑っている間に、一之瀬の匂いが菊地を襲う。それはあの時の記憶を呼び起こし、引き戻される。

「菊地くん、好きだ」

 同じことしか言わない一之瀬は、戸惑う菊地に口付けた。そうされたことで菊地の中に一之瀬の匂いが入ってきた。拒否したくても出来なくて、菊地の下腹が反応する。チクチクとした痛みが菊地の記憶を遡り、当時の気持ちまでもを呼び起こした。

「あ、一之瀬、一之瀬っ」
「菊地くん、菊地くん好きだっ」

 一之瀬が一層強く匂いを放ち、それによって菊地は膝から崩れ落ちた。

「あ、あ、あぁ」

 廊下にいた制服姿の一之瀬が、教室の中で倒れるクラスメイトが、一瞬脳裏に浮かび、そうして目の前の一之瀬に繋がる。襟に付いている学年章はご丁寧に一年のものだった。

「菊地くん、好きだ」

 またそれを口にして、一之瀬は菊地の制服のボタンを外していく。一之瀬が放つ匂い。アルファのフェロモンに当てられて、菊地の体から力が抜けていく。抵抗なんてする気もどこかに消えていき、菊地は自身の体の熱の理由を考えた。

「なんで?」

 訳が分からないまま、菊地は肌をさらけ出していた。制服が暴かれて、そこに一之瀬が唇を押し付ける。

「好きだ、菊地くん。菊地くん」

 一之瀬はそう言いながら唇を押し当てる位置を変えていく。首筋、鎖骨、そして今はない喉仏。胸のふたつの尖りを順番に唇に含むと、さらに下へと唇を移動させた。柔らかい肌、薄い腹。ベルトの上にある楕円形の臍。
 そこまで来て、一之瀬はようやく菊地の反応を確認した。既に菊地の体からは力が抜けていて、制服のズボンの前は膨らんでいる。

「菊地くん、可愛い」

 一之瀬はベルトに手をかけ、菊地の制服のズボンを一気に下ろした。いったん膝に引っ掛かりはしたものの、足から抜き取ると、そのまま床に落とした。菊地に履かせた下着は、高校時代に菊地が愛用していた物だ。

「あっ、んぅ、や、ヤダヤダ一之瀬っ」

 自分の状態を理解して、菊地は一之瀬の手を振り払おうとした。けれどそれは叶わなくて、逆に一之瀬にその手を掴まれた。手首を掴んで一之瀬は菊地の手のひらをペロリと舐めた。

「ひっ、やめろ一之瀬」

 菊地が、制止しても一之瀬はやめない。それどころか、指の一本一本を丁寧に舐めながら、反対の手では下着の中の菊地の膨らみの形をなぞるように手を動かしてきた。

「ぁあ、や……ぃやだ。怖い」

 初めて当てられたアルファのフェロモンに、菊地はただただ怯えるしか無かった。今まで感じ取ってきた一之瀬のフェロモンはただただ甘かった。新婚旅行先で感じた異国のアルファのフェロモンだって、こんなのではなかった。
 菊地の体から力を奪い、熱を起こし、欲を求める。それが何故なのかなんなのか、知識で知ってはいても体が理解しない。

「好きだ、菊地くん」

 一之瀬がまたそう呟いて、菊地の膨らみに唇を押し当てる。菊地の下着は既に濡れいて、一之瀬の舌がそこをさらに濡らしていく。布越しに熱い互いの欲が触れ合うことが、いまの菊地にはもどかしいような、恐ろしいようななんとも判別のつかない感覚となった。

「菊地くん、俺のものになって」

 一之瀬が、覆い被さるようにきて、菊地の体は怯えるように震えた。何をいまさらと言う気持ちと目に映る一之瀬の姿が、菊地の中で処理できない。
 そんな感情をそのまま表情に表してしまった菊地を、一之瀬は追い詰めるような目で見つめる。菊地の体が小刻みに震えるのを見て、唇に薄い笑みが乗る。

「菊地くん、可愛い」

 一之瀬の手が菊地の腰を掴む。下着の中に一之瀬の大きくて長い指を持つ手が入り込む。既に濡れている布地は菊地の肌に貼り付いていて、それを剥がすように一之瀬の指が動く。
 菊地の前後から滴る雫でしっとりとした肌を、一之瀬の指が確かめるように動き、そうして菊地の体がキチンと変化していることを理解した。

「菊地くん、俺のものになって」

 もう一度、一之瀬は言って菊地の腰を両手で自身に引き寄せた。

「ひっ」

 短く小さな悲鳴を菊地があげると、それを聞いた一之瀬の口角が上がった。

「っ、あ、あぁぁ」

 初めてではない。
 初めてではないけれど、体感したことの無い現象に菊地の体は怯えていた。だから、体は固くなる。慣らしもせずに一之瀬は菊地の胎内に入り込んだ。それはどうしようもない欲を大量に孕んで。

「好きだ、菊地くん。好きだ」

 一之瀬はただその言葉を繰り返す。

「あっ、あっ、あぁぁぁ。やめて、やめてよ。一之瀬っ」

 自分自身の熱の理由と、押し込められた一之瀬の熱とがぶつかり合う恐怖に菊地は怯えた。
 一之瀬が腰を掴み、菊地の体を揺さぶる。その衝撃が菊地の理性を削り取るようで、恐ろしく感じた菊地は体を捻って逃げようとした。けれど一之瀬がしっかりと腰を掴んでいるから、それ以上菊地の体は一之瀬から逃れられない。手を伸ばして掴めたのは敷かれた毛足の長い絨毯だ。そこに爪をたてるようにすれば、一之瀬に揺さぶられる衝撃を少しは和らげることが出来た。

「菊地くん、菊地くん逃げないで」

 一之瀬は逃げる体勢をとる菊地の腕を掴んだ。腰から手が離れたので、菊地は少し腰を捻ったけれど、腕を掴まれたせいで一之瀬との距離が縮む。

「うぁっ」

 角度が変わって当たる箇所が変わったせいで、菊地は体を跳ねるように反応した。一之瀬を受け入れ続けてはきたけれど、慣れた訳では無い。
 逃れようとする菊地に再び一之瀬が覆いかぶさった。そうされたことで、結合部分がさらに深くなる。

「っあ、あぁぁぁ」

 菊地はただ口を開けて好きなだけ声を出しす。そうしなければ一之瀬から与えられる衝撃に耐えられない。得体の知れない熱と、一之瀬から溢れてくる欲が菊地の体に絡みつき菊地は逃げ場を失った。ただ、指先が白くなるほど絨毯に押し付けられていた。

「菊地くん、菊地くん。俺のものになって」

 一之瀬が熱い息と共に菊地の耳元で欲を囁く。

「ひっ、あっあっ、やぁ怖い」

 一之瀬から放たれる知らないフェロモンは、いつもの匂いとは違っていた。甘いようでどこか甘すぎてまとわりついて喉につかえる。菊地は上手く唾を呑み込めず、何度も喉を鳴らすけれど、口の端からヨダレがたれた。

「菊地くん、好きだ菊地くん」

 そう言って、一之瀬は菊地を強く抱き寄せた。

「はぁ、あぁぁ、こ、わい……やめて、一之瀬」

 逃れようと菊地が懇願しても、一之瀬は菊地を離さなかった。それどころか、さらに強く抱き寄せる。そうして菊地の項に鼻を寄せて鼻を鳴らした。

「いい匂い。たまらない」

 一之瀬の鼻が項に当たり、菊地は得体の知れない恐怖に襲われた。既に項は一之瀬に噛まれているのに、まるで違うアルファに狙われているような錯覚を起こしたのだ。

「やぁぁ、怖い、怖い、やめて、一之瀬」

 逃げようとする菊地の肩を掴み、一之瀬が体を密着させた。そうされて、菊地は絨毯に押しつぶされるように倒れ込む。繋がった下半身は一之瀬の熱で感覚がおかしくなっていた。

「噛みたい。噛ませて、菊地くん」

 一之瀬が菊地の項を舐めた。そこには既に噛み跡がある。

「も、もう、噛んでるっ、もう噛んでるからぁ」

 菊地が叫ぶようにそういうと、一之瀬は噛み跡の上に歯を当てた。

「ひっ……ぁあ、ああぁぁぁぁぁ」

 菊地の胎内で熱い激流が渦を巻いて流れていく。逃げることが叶わなければ、その激流に飲まれるだけだ。菊地は抗えない恐怖に飲まれ、そしてその先にある温かなものに安堵した。
 菊地の胎内に放たれた一之瀬の熱は、穏やかに菊地を包み込んで行った。



 菊地が目を覚ますと、そこはいつもの布団の中だった。肌触りのいいシーツに軽い上掛け。頭の下には一之瀬の腕。

「っは、よ」
「おはよう、和真」

 菊地は声がかすれて上手く言えなかったけれど、それでも一之瀬はいつもの穏やかな笑顔に甘い匂いで菊地を包み込んでいる。

「和真、可愛い。朝食を持ってくるから待ってて」

 そう言って一之瀬は裸のままでキッチンへと行ってしまった。

(フルチンなのに様になるってなんなんだよ)

 菊地は色々な不満でいっぱいだったけれど、一之瀬に抱きしめられて口に食事を運ばれながら気がついた。

(俺の事、和真って呼んでる)

 菊地の心のうちが読めたのか、一之瀬が薄く笑った。

「和真、約束が守れないとお仕置だからな」
「っ、ん」

 上手く返事が出来なくて、菊地は頭を上下に振る。お仕置の意味を菊地はようやく理解した。『一之瀬』と菊地が口にする度に、一之瀬の目が笑っていなかったことを思い出す。そうして昨日、一之瀬は菊地のことを『菊地くん』と呼んでいた。それになんの意味があるのか、それがどんな理由なのか、菊地はようやく理解した。
 音を立てて唾を飲み込み、菊地はゆっくりと口を開いた。

「わかったよ。匡」

 二度と一之瀬なんて呼ばない。
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