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第11話 勃発しました

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 パーティーが始まってしまえば田中の秘書としての役割はほぼ終わりだ。あとは護衛でもある吉高に任せてコテージでの菊地のエステを見守ればいい。
 田中がタブレットでスケジュールを確認し、ホテルのエステスタッフの船に同行するために歩き出した時、後ろから肩を掴まれた。

「どうしました?」

 振り返れば焦った顔をした吉高がいた。

「昌也の生体反応が」

 耳元でそう告げられれば、田中の顔も険しくなる。島野に何かがあったとすれば、それはすなわち菊地にも、何かが起きたということだ。二人は慌ててパーティー会場へと入ろうとした。二人ともアルファであるから、ドレスコードに引っかかることは無い。

「匡様っ」

 二人がドア係に声をかけ扉を開けさせようとした時、勢いよく扉が開いて一之瀬が出てきた。直ぐに二人が一之瀬の両脇を固める。

「和真がエリアからいなくなった」
「奥様が?」

 それを聞いてやはりと思う。

「昌也はどうした?連絡は来ていないのか?」
「それが匡様、昌也の生体反応が」

 吉高の報告を聞いて一之瀬の片眉がピクリと反応した。

「直ぐにホテルの警備に確認をとれ」
「かしこまりました」
「俺は和真を探す」
「どのように?」

 田中が問いかけると一之瀬は無言でスマホの画面を見せてきた。そこには赤いアイコンが点滅していた。波のように表示される黄色の円の中心から、その赤いアイコンは随分と離れている。

「では、私はホテルの警備の確認を致します」

 田中は一礼をすると直ぐにホテルのスタッフに声を掛け、早足で動き出した。一之瀬は吉高を伴いホテルを出て行った。

 それをパーティー会場から眺めていた先程の紳士が例の女に話しかける。

『君、何かしたのかな?』
『言いがかりはやめて』

 女は慌てて否定する。

『匡のあの怒り方は普通じゃない。あれは番に何かあったんだろう』
『「ホテルの警備は」とか言っていたからね。番に何かあったことは、間違いないだろうね』

 ワイングラス片手に若い男が会話に加わってきた。

『ほう、それは興味があるな』
『ちょうど扉のそばにいたんでね。あの、一之瀬が怒りのフェロモンを急に撒いてきたから、こっちも驚いたのさ』

 肩を竦めて言われては、こちらの男は楽しんでいるようにしか思えない。だがしかし、

『君が疑われるのは間違いないだろうね』
『どうして?私はここにいるじゃない!』
『君が誰かに命じたかもしれないだろう?ここにいる者たちは、自分では行動をしないのだから』
『サメが出たのかもしれないじゃない』
『サメが出たのなら、ホテル側が警報を鳴らすだろう?海には常に警備がいるのだから』
『海賊の可能性だって』
『それこそ、誰かの手引きが必要になるね?』

 紳士がそう言うと、女の顔色が悪くなった。

『わ、私にそんなことが出来ると思っているの?』
『思ってないよ。このホテルでそんなことができるほどの家柄ではないからね』
『わかっているなら……』
『一之瀬に疑われないことを祈るよ、レディ』

 ワイングラスを手にした若い男はからかうようにグラスを掲げた。

『やめてっ』

 女が金切り声を上げたことで、他の参加者たちが異変に気がついた。パーティー会場の外が騒がしくなったのだ。

『これは、相当なことが起きたみたいだね』
『超セレブしか宿泊が許されないホテルで、番になにかがあったんじゃあ、ねぇ』

 若い男はチラと窓の外を見た。青い海を白い波飛沫を上げて何台ものジェットスキーが走っていく。これは確かに大事が起きたようだ。


 ───────


 ホテルの警備員たちがジェットスキーを走らせて、一之瀬たちが宿泊しているコテージへと到着すると、プライベートビーチに一人の男が倒れていた。

『しっかりしろ』

 声をかけると苦痛に顔をゆがめながらも手を上げた。短く荒い呼吸をしながら、首から下げたスマホの操作を始めたのを見て、ホテルの警備員たちは目の前の男性が捜査対象者ではないことを理解した。

「……はっ、ま、昌也です」

 島野が連絡を入れた相手は吉高だ。

「昌也、無事なのか?」
「一応は、無事です。き、奥様が連れ去られました」
「相手の顔は?」
「見ました。録画も残ってます」
「そこに来ているだろうホテルの警備員たちに画像を見せろ」
「了解しました」

 通話を終えると島野は周りにいる警備員たちをコテージへと先導した。
 島野が菊地を撮影していた映像は、コテージにあるパソコンに自動録画の設定になっていたからだ。

『こちらを』

 島野が開いた画像を見ると、ホテルの警備員たちは息を飲んだ。そこに映された菊地を連れ去った男の顔を知っているからだ。
 アルフォッシ家のベルトルドだ。
 イタリアの名家の息子であるが、とにかく下半身が自由すぎる事で有名だ。アルファとしての能力が高めで、仕事も出来てしまうせいで誰も正面切って注意が出来ないのだ。
 今までもそれなりに騒ぎは起こしてきた。家の名前で通年契約しているコテージに、婚約者のいるオメガを連れ込んだり、アルファのご令嬢と火遊びをしてみたり。その度に揉め事が起きてはいたが、全て家の名前で片付けられていた。
 だが、今回はそうはいかない。
 何しろ、他人のコテージに無断で入り込み、そこにいたオメガを連れ去ってしまったのだ。護衛担当者に怪我まで負わせて。
 ホテル側の警備体制まで問題視される案件だ。
 もちろん、連れ去られた番に何かあったらタダでは済まないだろうことぐらい、この場にいる警備員たちは理解していた。

『ベルトルド様でした。……間違いありません』

 警備員が硬い声で報告をしている。
 それを眺めながら島野は苦痛に顔を歪めた。どうにもこうにも腹が痛い。ズキズキなんて可愛らしい表現で済ませられるような痛みではない。ついでに言えば、海水も飲んだ。ある程度吐き出したから、そこまででは無いけれど、呼吸がしづらいのは確かだ。

「っは、あ……や、ば」

 視界がグルグルと回り出した。これは三半規管がやられたかもしれない。パソコンのモニターが歪んで見えた。


 ───────


「相手はジェットスキーに乗っているんだったな?」
「はい。昌也の報告ですが」
「ホテル側から室内でお待ち頂きたい。との連絡が来ておりますが?」
「いらん」

 一之瀬はスマホの画面を確認しながら大股で歩き続けた。宿泊客用に用意されたジェットスキーが並ぶエリアで、ホテルのスタッフが慌てて一之瀬を止めに来た。

『黙れ、邪魔をするな』

 一之瀬は威嚇のフェロモンを発しながらジェットスキーにまたがった。

「吉高、ついて来い」
「はい」

 スマホで位置を確認する限り、菊地は誰かのコテージに連れ込まれている様子はなかった。コテージのエリアから出ているだけで、一箇所にとどまっている。何も無い海を見渡しても、そちらの方角に船は見当たらない。

「移動を始めた」

 一之瀬が途中で気がついた。菊地の所在地を示す赤いアイコンが動き始めたのだ。

「気づかれましたか?」
「移動速度はこちらと大差ない。警備の奴らが動いているからな、気づいたんだろう」

 ホテルの警備員たちは、周辺にそれらしいジェットスキーが居ないか探しているだけだ。それに、犯人がわかったから、そいつの泊まっているコテージに直行しているのだ。もし連れ込まれでもして、万が一でもあってはならない。ホテルの警備体制の信頼が揺らいでしまう。

「逃がしはしない」

 一之瀬はジェットスキーのアクセルを大きく開けた。
 目指す相手がどこに向かっているのか予測を立て、先回りできるよう方向を決めてみたが、どうにもおかしい。

「どこに向かっている?」

 コテージでも、ホテルの本館でもない方向に相手は移動を始めたのだ。

「船を呼んだのでしょうか?」
「そんなことをすれば直ぐにバレる」

 しかし、相手が進んでいる方向が全く読めない。飛行場がある訳でもないし、マリーナもない。居住区の方へと向かっているようだ。

「別の意味で厄介だな」

 居住区にはいられてしまったら、たとえそこにいるのが分かっていても無闇に侵入することが出来なくなる。あくまでもホテルの警備上のことにするためには、ホテルのエリア内で事を構えたいところだ。

「うん?」

 一之瀬はスマホの画面を見て動きをとめた。菊地の位置を示す赤いアイコンが移動をやめたのだ。

「あの辺で止まっている」
「GPSの存在に気づかれたのでは?」
「それは無いな。……もし、そんなことがあったなら、殺す」

 一瞬で一之瀬の顔が険しくなった。菊地につけたGPSが他の誰かに外されたとすれば、それは決して受け入れられない行為だ。

「匡様、前から」

 一之瀬が指し示していた方向から、一台のジェットスキーが波飛沫を上げてやってきた。けれど、乗っているのは一人で、一之瀬たちに目もくれず通り過ぎていく。

「匡様、今のは」

 乗り手の顔を確認した吉高が後を追うのか一之瀬に確認をとってきた。しかし、一之瀬は首を横に振った。

「和真を探すのが先だ」
「かしこまりました」

 一之瀬がスマホの画面で確認したとおり、居住区付近の砂浜に菊地は倒れていた。しかもご丁寧に波打ち際から随分と離れていた。オマケにラッシュガードのフードを被せてあった。
 一般的な目で見ても、溺れた風でも行倒れた風にもみえない。ただ砂浜に寝かされている。
 一之瀬はジェットスキーから降りると菊地に駆け寄った。
 規則正しい呼吸音が聞こえ、目立った外傷もない。

「和真?」

 一之瀬が声をかけるが、菊地が目覚める気配はなかった。
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