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第二幕 道化王子の三文芝居
王陛下のお出まし
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しばし会堂は、水を打ったように静まり返った。
何者かの深い溜息が聞こえたのは、そのときだった。
「全くもって嘆かわしい騒々しさよ。とても聖なる祈りの場とは思えん」
低く太く凄みの利いた男の声に、クロッドは小さく身体を震わせる。ドロシーの気迫に中てられていた貴族たちも慌ただしく腰を浮かせた。
王族席のすぐ傍にある出入口から、護衛や修道士とともに入って来たのは。
「へ、陛下……」
弱々しく呟き、祭壇の前から後ずさるクロッドを、今代ブロウクス国王ガルス・イグルーシカは睥睨した。五十を過ぎた男とは思えぬ眼光の鋭さであった。
頭髪や口髭に白いものが混じり始めているが、縦にも横にも分厚くたくましい体躯は衰えも見られず、祭礼用の王冠と黄金の鳥の羽根を飾ったマントを身に着けていなければ、王というよりは重装歩兵のような立ち姿であった。
クロッドの背中を冷や汗が伝う。側妃は伴っていないようだが、予定より到着が早い。
「さて、誰が説明してくれる?」
獲物を選ぶようなガルス王の視線は、クロッド、ドロシー、王族席へと順に移っていき、やがて貴族席の一番前に座っていた宰相の頭頂部でとまった。
「コルネイユ卿、教えてくれ。なにがあった」
「陛下、ご機嫌麗しく。本日も拝謁が叶い誠に――」
王は首を振り、先を促す。「挨拶はいい。この状況は?」
宰相は唾を飲み込み、唇を湿らせ、慎重に言葉を選ぶ。激高しやすい王を刺激しないよう、おずおずと切り出した。
「お、畏れながら……第一王子殿下が、ドロフォノス侯爵令嬢との婚約について、ええと、破棄をすると、そのようにお話をされていらっしゃったような」
なあ、と周りに同意を求めれば、みんな口々に見聞きしたものを囀り出した。
「ええ、宰相殿のおっしゃる通り」「このような神聖な場でいきなり」「政略結婚は不必要と仰せになり、ドロフォノス侯爵令嬢に破棄同意を強要して」「その……愛する人はご自分で選ばれる、と」
王は鷹揚に頷いた。
「なるほど」
次はクロッド自身に話を聞くだろうと貴族たちは思ったが、王は息子を素通りし、ドロシーに声をかけた。短く一言。
「ドロシー・ドロフォノス侯爵令嬢、案ずるな。婚約の破棄なぞしない。以上だ」
「え……」
声を上げたのはクロッドだった。
「陛下!わ、私はこんな女と一緒になりたくありません!向こうも本心ではそう思っているはずです!婚約は今すぐ――」
「衛兵どもッ!なにをボサッと突っ立っている!こいつをつまみ出せ!」
ビリビリと腹に響く恫喝。
弾かれたように近衛騎士たちがクロッドを捕らえにかかった。
「いや、ちょっと待ってくれ!まだ話は終わってない!」
助けを求めるようにルナールを見るが、弟は静かに首を振るばかり。
かくして、クロッドの婚約破棄作戦はあえなく失敗し、ひとまず礼拝が終わるまで自室に謹慎。教会を引きずり出される道化王子が最後に見たのは、こちらを憂う澄んだ緑眼であった。
何者かの深い溜息が聞こえたのは、そのときだった。
「全くもって嘆かわしい騒々しさよ。とても聖なる祈りの場とは思えん」
低く太く凄みの利いた男の声に、クロッドは小さく身体を震わせる。ドロシーの気迫に中てられていた貴族たちも慌ただしく腰を浮かせた。
王族席のすぐ傍にある出入口から、護衛や修道士とともに入って来たのは。
「へ、陛下……」
弱々しく呟き、祭壇の前から後ずさるクロッドを、今代ブロウクス国王ガルス・イグルーシカは睥睨した。五十を過ぎた男とは思えぬ眼光の鋭さであった。
頭髪や口髭に白いものが混じり始めているが、縦にも横にも分厚くたくましい体躯は衰えも見られず、祭礼用の王冠と黄金の鳥の羽根を飾ったマントを身に着けていなければ、王というよりは重装歩兵のような立ち姿であった。
クロッドの背中を冷や汗が伝う。側妃は伴っていないようだが、予定より到着が早い。
「さて、誰が説明してくれる?」
獲物を選ぶようなガルス王の視線は、クロッド、ドロシー、王族席へと順に移っていき、やがて貴族席の一番前に座っていた宰相の頭頂部でとまった。
「コルネイユ卿、教えてくれ。なにがあった」
「陛下、ご機嫌麗しく。本日も拝謁が叶い誠に――」
王は首を振り、先を促す。「挨拶はいい。この状況は?」
宰相は唾を飲み込み、唇を湿らせ、慎重に言葉を選ぶ。激高しやすい王を刺激しないよう、おずおずと切り出した。
「お、畏れながら……第一王子殿下が、ドロフォノス侯爵令嬢との婚約について、ええと、破棄をすると、そのようにお話をされていらっしゃったような」
なあ、と周りに同意を求めれば、みんな口々に見聞きしたものを囀り出した。
「ええ、宰相殿のおっしゃる通り」「このような神聖な場でいきなり」「政略結婚は不必要と仰せになり、ドロフォノス侯爵令嬢に破棄同意を強要して」「その……愛する人はご自分で選ばれる、と」
王は鷹揚に頷いた。
「なるほど」
次はクロッド自身に話を聞くだろうと貴族たちは思ったが、王は息子を素通りし、ドロシーに声をかけた。短く一言。
「ドロシー・ドロフォノス侯爵令嬢、案ずるな。婚約の破棄なぞしない。以上だ」
「え……」
声を上げたのはクロッドだった。
「陛下!わ、私はこんな女と一緒になりたくありません!向こうも本心ではそう思っているはずです!婚約は今すぐ――」
「衛兵どもッ!なにをボサッと突っ立っている!こいつをつまみ出せ!」
ビリビリと腹に響く恫喝。
弾かれたように近衛騎士たちがクロッドを捕らえにかかった。
「いや、ちょっと待ってくれ!まだ話は終わってない!」
助けを求めるようにルナールを見るが、弟は静かに首を振るばかり。
かくして、クロッドの婚約破棄作戦はあえなく失敗し、ひとまず礼拝が終わるまで自室に謹慎。教会を引きずり出される道化王子が最後に見たのは、こちらを憂う澄んだ緑眼であった。
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