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第一幕 人形令嬢の一人舞台
兄弟王子の対立
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「あ」
ルナールの硬い声で、なんとか我に返った。
群衆の中に、ひときわ目立つ人影がある。
貴族たちは岩を避ける小魚のように、彼の周りを避けていく。がっしりとした体躯、雑に撫でつけられた銀髪、人を睨んでいるような赤眼。側近はおらず、彼ひとりである。
人ごみで空洞になっている場所があれば、大抵そこにいるのはクロッドだ。
ずかずかと教会の階段を上がり、その先にいるドロシーとルナールを見つけ、クロッドは顔をしかめた。不機嫌そうだ。普段ほとんど式典や交流会に出ない彼も、ドロシーが招待されたことで、今回は駆り出されたらしい。
ドロシーは即座に立ち上がり、深く頭を下げて臣下の礼をとった。
「殿下、本日はどうぞよろしくお願い致します」
クロッドはドロシーに答えない。ドロシーに寄り添うルナールを静かに見下ろしている。
『兄王子は優秀な弟王子を嫌っている』。
この国の貴族なら誰でも知っていることだ。騒動の気配を嗅ぎ付け、周囲は静まり返った。
張り詰めた空気を破ったのは、クロッドのわざとらしい大欠伸だった。掌で顔をこすり、頭を掻き、腕を組んで、再びルナールを見て「で?」と低く発する。
「なにか用か、ルナール」
「ドロシー嬢がおひとりでいらっしゃったので……お話していただけです」
「おハナシねえ」と、クロッドはせせら笑う。
「それは邪魔して悪かったな。さぞ有意義なお話ができたろう。優秀な異母弟に感謝しないとな。さ、もう行っていいぞ」
しっしっと片手で払われる仕草に、弟王子は頬を赤らめた。優しげな目が吊り上がり、寒さのせいでなくかすかに拳を震わせている。
「兄上!ドロシー嬢はずっとここで待ってたんだよ!せめて、その、一言謝るとか」
「待っててくれと頼んだ覚えはない」
ばっさり切り捨てられた。
弟の反抗にクロッドは少々驚いたようだが、すぐに応戦した。
「哀れな女だと思うなら、お前がさっさと連れて行ってやれよ。くだらないことで噛みついてくるな。こんなバカバカしい時代遅れな説教臭い集まりで、付き添いなんざ誰でもいいだろ」
ルナールは中に連れて行こうとしたがドロシーが拒んだのだ。それを口には出さず、悔しそうにクロッドを睨むルナール。
「そもそも、その女は私の婚約者だろうが。どう扱おうとお前に関係ない。どうせなんとも思ってないさ。人形みたいなもんなんだから。なあ?」
「第二王子殿下がおっしゃるには、わたくしはクロッド殿下を大切に思っているようです」
「……………………あ?」
「……………………え?」
クロッドとルナールの視線を全身に浴びながら、ドロシーは淡々と答える。
「ですので、なんとも思っていない。ということはございません」
ドロシーは、ルナールが先ほど放った衝撃発言をまだ咀嚼している段階だった。兄弟ゲンカよりもそっちが重要だった。
――わたくしが、クロッド殿下を大切にしている。なるほど。
それは、まあ、そうだろう。そう見えて当然だろう。ドロシーは自分自身に言い聞かせる。少し頭が冷えてきた。
大切にするに決まっている。だって相手はこの国の王子なのだから。例え王太子になれないとしても第一王子なのだから大切にするのは当たり前だろう。朝目覚めて夜眠るまで、晴れの日も雨の日も、赤や銀の物が目に入るたび、なにかにつけて王子のことを考えるのは普通のことだろう。
「わたくしは、クロッド殿下の婚約者であり、王家の臣下でございますから」
そう、大切に決まっている。婚約者であり臣下なのだから。
…………婚約者であり、臣下なのだから?
ドロシーの頭は、再び空っぽになる。
――わたくしは、なにを考えているんでしょう。
ドロシーが彼を大切にする理由、大切にしなくてはいけない理由なんてない。
だって、本当は婚約者どころか臣下でさえないのだから。
ルナールの硬い声で、なんとか我に返った。
群衆の中に、ひときわ目立つ人影がある。
貴族たちは岩を避ける小魚のように、彼の周りを避けていく。がっしりとした体躯、雑に撫でつけられた銀髪、人を睨んでいるような赤眼。側近はおらず、彼ひとりである。
人ごみで空洞になっている場所があれば、大抵そこにいるのはクロッドだ。
ずかずかと教会の階段を上がり、その先にいるドロシーとルナールを見つけ、クロッドは顔をしかめた。不機嫌そうだ。普段ほとんど式典や交流会に出ない彼も、ドロシーが招待されたことで、今回は駆り出されたらしい。
ドロシーは即座に立ち上がり、深く頭を下げて臣下の礼をとった。
「殿下、本日はどうぞよろしくお願い致します」
クロッドはドロシーに答えない。ドロシーに寄り添うルナールを静かに見下ろしている。
『兄王子は優秀な弟王子を嫌っている』。
この国の貴族なら誰でも知っていることだ。騒動の気配を嗅ぎ付け、周囲は静まり返った。
張り詰めた空気を破ったのは、クロッドのわざとらしい大欠伸だった。掌で顔をこすり、頭を掻き、腕を組んで、再びルナールを見て「で?」と低く発する。
「なにか用か、ルナール」
「ドロシー嬢がおひとりでいらっしゃったので……お話していただけです」
「おハナシねえ」と、クロッドはせせら笑う。
「それは邪魔して悪かったな。さぞ有意義なお話ができたろう。優秀な異母弟に感謝しないとな。さ、もう行っていいぞ」
しっしっと片手で払われる仕草に、弟王子は頬を赤らめた。優しげな目が吊り上がり、寒さのせいでなくかすかに拳を震わせている。
「兄上!ドロシー嬢はずっとここで待ってたんだよ!せめて、その、一言謝るとか」
「待っててくれと頼んだ覚えはない」
ばっさり切り捨てられた。
弟の反抗にクロッドは少々驚いたようだが、すぐに応戦した。
「哀れな女だと思うなら、お前がさっさと連れて行ってやれよ。くだらないことで噛みついてくるな。こんなバカバカしい時代遅れな説教臭い集まりで、付き添いなんざ誰でもいいだろ」
ルナールは中に連れて行こうとしたがドロシーが拒んだのだ。それを口には出さず、悔しそうにクロッドを睨むルナール。
「そもそも、その女は私の婚約者だろうが。どう扱おうとお前に関係ない。どうせなんとも思ってないさ。人形みたいなもんなんだから。なあ?」
「第二王子殿下がおっしゃるには、わたくしはクロッド殿下を大切に思っているようです」
「……………………あ?」
「……………………え?」
クロッドとルナールの視線を全身に浴びながら、ドロシーは淡々と答える。
「ですので、なんとも思っていない。ということはございません」
ドロシーは、ルナールが先ほど放った衝撃発言をまだ咀嚼している段階だった。兄弟ゲンカよりもそっちが重要だった。
――わたくしが、クロッド殿下を大切にしている。なるほど。
それは、まあ、そうだろう。そう見えて当然だろう。ドロシーは自分自身に言い聞かせる。少し頭が冷えてきた。
大切にするに決まっている。だって相手はこの国の王子なのだから。例え王太子になれないとしても第一王子なのだから大切にするのは当たり前だろう。朝目覚めて夜眠るまで、晴れの日も雨の日も、赤や銀の物が目に入るたび、なにかにつけて王子のことを考えるのは普通のことだろう。
「わたくしは、クロッド殿下の婚約者であり、王家の臣下でございますから」
そう、大切に決まっている。婚約者であり臣下なのだから。
…………婚約者であり、臣下なのだから?
ドロシーの頭は、再び空っぽになる。
――わたくしは、なにを考えているんでしょう。
ドロシーが彼を大切にする理由、大切にしなくてはいけない理由なんてない。
だって、本当は婚約者どころか臣下でさえないのだから。
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