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第一幕 人形令嬢の一人舞台

隅の部屋、小さな裏庭

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王宮は広大で、王族に気に入られているものは専用の居住区をもらえる。寵愛の度合いによって部屋のランクが変わってくるのだが、ドロシーのもらった部屋は多分下から数えた方が早い。

王子妃教育の休憩部屋としてあてがわれた一室は、狭くて暗くて、随分古かった。王宮の隅っこにあるせいか、塔や城壁の一部に囲まれて日当たりが悪く、窓から見える小さな裏庭も荒れていて、とても次期王子妃を迎える場所とは思えない。

しかし、今や王宮内でのドロシーの憩いの場はこの部屋だけだ。

「めずらしいこと、ランプ草だわ」

今日は小さな庭にランプ草が生えていた。
凍えるような寒空の下、淡い緑色の葉を揺らしながら、真っ白い蕾を寄せ合っている。ふかふかとした黒い土を寝床に、ランプ草以外にもいろんな花が咲いていた。小さな薄紅色、背の高い紫色、いくつもの黄色、名もない野花たちが庭を控えめに彩っている。

当初、荒れ放題だった庭は、知らぬ間に少しずつ整備されている。

「ドロフォノス領の黒い森を思い出しますね、ドロシー様」

武骨な石造りの暖炉に火を熾した侍女も、曇る窓をこすって庭を見つめている。

全然洗練されていない庭だ。
花は森に自生していそうなものばかり。石畳の隙間からはまだ雑草も生えているし、植木の刈込は不格好で、花の色も種類も揃っていない。でも、ドロシーはこの庭を気に入っていた。可愛らしい春の花々をのんびり眺めていると心が安らぐ。



庭を眺めて気分転換できたドロシーは少しだけ宿題の本を読んで、時間になるとサロンに向かった。

側妃殿下から、お茶に呼ばれているのだ。

ふたりきりで会うのは今年は、これが最後になるだろう。
次に顔を合わせるのは大勢の貴族が集まる大聖夜の式典か、王宮で執り行われる年末の越冬祭だ。

サロンは美しい水晶硝子窓で覆われた、中庭が一望できる部屋で、側妃ラースカのお気に入りだ。残念ながら窓の向こうに広がる風景は、あたり一面粉砂糖をまぶしたような霜がおりて寒々しいが、春になれば世界中から集めた様々な薔薇を見ることができる。

「いらっしゃい!ドロシー」

ラースカはドロシーを見るなり、パッと顔を輝かせた。

可愛らしい見た目だけでなくドロシーに対する仕草まで、なんとなくルナールに似ている。きれいに巻き上げた髪はルナールと同じ甘ったるい金茶色、瞳は優しいチョコレートブラウンだ。

年の離れた王が大層可愛がっている妃は、四十手前とは思えない若々しさで、侍女が用意するお茶についてかいがいしくドロシーに教えてくれる。これは東方から取り寄せたお茶で香りに癖があるけど美味しい。そちらのお茶は色がきれいでクリームミルクが合う。あちらのお茶は王陛下のお気に入りだけど自分にはちょっぴり渋い。などなど。

選んだ紅茶を淹れてもらい、軽食をいただいて、ドロシーはやっと一息ついた。
それを横目で見ていたラースカは、しばらくそわそわしていたが、自分も紅茶を一口飲んでから「それで」と口火を切った。

「……近頃はどう?うまくいってるかしら?」

「王子妃教育は滞りなく。側妃殿下に付けて頂いた家庭教師の皆様に、細かなところまでご教示頂いて感謝しております」

「そうじゃなくて」

言いながら、顔を曇らせる。

「クロッドに……ひどいことされてない?」
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