上 下
37 / 39

怪物たちの集う夜2

しおりを挟む
『怠惰』は、淡々と続ける。

「この国では、夏の初めに成人の儀式がある。王太子の成人に合わせ、ライラ・ウェリタスは次期王太子妃として正式に表明され、遠からず王宮に召し上げられる。さすがに接触が容易でなくなるだろう。できれば、それまでに『憤怒』かどうか見極め、必要があれば説得、我が国に招聘したい」

「なあなあ」と、『強欲』が彼女らしくもなく甘えた声を出す。黒曜石の双眸がうかがうような上目使いになった。

「もしもライラが『憤怒』じゃなくってもよォ、ココに置いとかなくていいよな?どうせしょっぺェ扱いだし、アタシが子分にして連れて帰っていいか?」

『怠惰』は眉をひそめる。

「意味が分からん。言葉は正しく使え。しょっぺえ、とはどういうことだ」

「つまりね」と、割って入ったのは『暴食』。

「ライラ・ウェリタスは侯爵令嬢らしからぬ冷遇を受けてるってこと。だから、アバリシアはライラ嬢をボクらの国に連れて帰りたいわけ」

「あいつフニャフニャしてっからナメられてンだよ!着てるもんもヨレヨレだし、部屋も小さいし……ケーキ食ったのガキの頃以来だってよ。そんな侯爵令嬢いねェだろ。なァ、連れて帰っていいよな?」

『暴食』まで「ボクも拉致らちに賛成」とふざけた調子で手を上げる。

「あとさ、付かず離れず監視ってムリだから。こんなに近くにいるのに静観なんて出来っこない。さっきも困ってるの助けちゃったもん。『憤怒かどーか分かんないので聖フォーリッシュごと見捨てます』ってなったら、ボクとアバリシアで拉致するからね」

軽い調子のわりに、反論を許さない態度だった。

「へえ、ふたりともやけに肩入れするな」と、『淫欲』は意外そうだ。彼からすれば、ライラ・ウェリタスはそれなりに可愛らしいけれど、取り立ててどうということもない娘に見えた。

もしも『憤怒』でなかったら、と『怠惰』は心中でひとりごちる。

おそらく部屋付きになったふたりは、ライラ・ウェリタスが怪物を持っていない、と感じているのだろう。『憤怒』という名前を冠する怪物を有するには、あまりにも『怒り』と無縁そうな、理性的で控えめな少女だ。とはいえ、これまでの人生で一度も怒ったことがないわけでもあるまい。今まで不当な扱いを受けていたのなら尚更。怪物が発露しそうな『怒り』を覚える経験くらいあったはず。なのに、その片鱗もない。

ただ報告を聞いた、実技授業での魔力暴発は気になった。

それになにより、自分たちの主君ははじめから知っているように言うのだ。
ライラという赤い魔女が『憤怒』だ・・・・・・・・・・・・・・・・」と。
何年も前から・・・・・・

「心配いらねえよ」

『嫉妬』がおどけるように両手を大きく広げた。

「ライラ・ウェリタスは、我らが君主様のお気に入りだ。本名を教えるくらいな。だから、例え『憤怒』じゃなくたって連れて帰るに決まってる。な、旦那」

そう、昼間の様子では、『憤怒』でなくとも主君は対象を連れて帰るだろう。

「かもしれん」と言葉少なに頷けば、『暴食』と『強欲』は顔を見合わせた。

「へーえ!まあ、あの贈り物を見れば察しはついたけど!そうなんだ、そんなに気に入ったんだ!」

「あのハッピー野郎、人間のオスメスの区別はできたンだなァ」

「おや、噂をすれば」と上を見た『淫欲』の視線を追えば、金色の小鳥が浮かれたような羽ばたきで、舞い降りてくるところだった。一見ただの金糸雀カナリアに見えるが、連絡用の簡易魔術だ。

ほとんどの場合、怪物たちに指示は出ない。計画は枠組みのみ、詳細な擦り合わせもない。そもそも組んで動くことが少ないうえ、過程がどうであれ最終的な目的が一致しているからだ。シンプルな目的。

ソフトに言えば対象国の開放、ストレートに言えば破壊と殺戮をともなう 皆殺し・・・ である。

「全員に連絡を飛ばすなんて珍しいね」

5匹の金糸雀はそれぞれの相手に留まると、全員同じ言葉をさえずった。頂点にたつ『傲慢』な君主から、5人に与えられた指示は同じ内容。しかもたったひとつだけだったのだ。

怪物たちは、呆気にとられた。自分たちに全く似合わない命令だった。

「おもしれェ」と『強欲』は笑い、「苦手分野だな」と『嫉妬』は頭を掻き、「これってノロケ?」と『暴食』は肩を竦め、「恋とは素晴らしい!」と『淫欲』は拍手して、『怠惰』はほんの少し表情を和らげた。

「仰せのままに。あらゆる害意から、あらゆる災難から、あらゆる敵から、彼女の行く先を遮るものすべてから」

指示は、たったひとつ。


『ライラ・ウェリタスを守れ』


これだけだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

旦那様、最後に一言よろしいでしょうか?

甘糖むい
恋愛
白い結婚をしてから3年目。 夫ライドとメイドのロゼールに召使いのような扱いを受けていたエラリアは、ロゼールが妊娠した事を知らされ離婚を決意する。 「死んでくれ」 夫にそう言われるまでは。

どーでもいいからさっさと勘当して

恋愛
とある侯爵貴族、三兄妹の真ん中長女のヒルディア。優秀な兄、可憐な妹に囲まれた彼女の人生はある日をきっかけに転機を迎える。 妹に婚約者?あたしの婚約者だった人? 姉だから妹の幸せを祈って身を引け?普通逆じゃないっけ。 うん、まあどーでもいいし、それならこっちも好き勝手にするわ。 ※ザマアに期待しないでください

妊娠した愛妾の暗殺を疑われたのは、心優しき正妃様でした。〜さよなら陛下。貴方の事を愛していた私はもういないの〜

五月ふう
恋愛
「アリス……!!君がロゼッタの食事に毒を入れたんだろ……?自分の『正妃』としての地位がそんなに大切なのか?!」  今日は正妃アリスの誕生日を祝うパーティ。園庭には正妃の誕生日を祝うため、大勢の貴族たちが集まっている。主役である正妃アリスは自ら料理を作り、皆にふるまっていた。 「私は……ロゼッタの食事に毒を入れていないわ。」  アリスは毅然とした表情を浮かべて、はっきりとした口調で答えた。  銀色の髪に、透き通った緑の瞳を持つアリス。22歳を迎えたアリスは、多くの国民に慕われている。 「でもロゼッタが倒れたのは……君が作った料理を食べた直後だ!アリス……君は嫉妬に狂って、ロゼッタを傷つけたんだ‼僕の最愛の人を‼」 「まだ……毒を盛られたと決まったわけじゃないでしょう?ロゼッタが単に貧血で倒れた可能性もあるし……。」  突如倒れたロゼッタは医務室に運ばれ、現在看護を受けている。 「いや違う!それまで愛らしく微笑んでいたロゼッタが、突然血を吐いて倒れたんだぞ‼君が食事に何かを仕込んだんだ‼」 「落ち着いて……レオ……。」 「ロゼッタだけでなく、僕たちの子供まで亡き者にするつもりだったのだな‼」  愛人ロゼッタがレオナルドの子供を妊娠したとわかったのは、つい一週間前のことだ。ロゼッタは下級貴族の娘であり、本来ならばレオナルドと結ばれる身分ではなかった。  だが、正妃アリスには子供がいない。ロゼッタの存在はスウェルド王家にとって、重要なものとなっていた。国王レオナルドは、アリスのことを信じようとしない。  正妃の地位を剥奪され、牢屋に入れられることを予期したアリスはーーーー。

【完結】王子妃候補をクビになった公爵令嬢は、拗らせた初恋の思い出だけで生きていく

たまこ
恋愛
 10年の間、王子妃教育を受けてきた公爵令嬢シャーロットは、政治的な背景から王子妃候補をクビになってしまう。  多額の慰謝料を貰ったものの、婚約者を見つけることは絶望的な状況であり、シャーロットは結婚は諦めて公爵家の仕事に打ち込む。  もう会えないであろう初恋の相手のことだけを想って、生涯を終えるのだと覚悟していたのだが…。

「私も新婚旅行に一緒に行きたい」彼を溺愛する幼馴染がお願いしてきた。彼は喜ぶが二人は喧嘩になり別れを選択する。

window
恋愛
イリス公爵令嬢とハリー王子は、お互いに惹かれ合い相思相愛になる。 「私と結婚していただけますか?」とハリーはプロポーズし、イリスはそれを受け入れた。 関係者を招待した結婚披露パーティーが開かれて、会場でエレナというハリーの幼馴染の子爵令嬢と出会う。 「新婚旅行に私も一緒に行きたい」エレナは結婚した二人の間に図々しく踏み込んでくる。エレナの厚かましいお願いに、イリスは怒るより驚き呆れていた。 「僕は構わないよ。エレナも一緒に行こう」ハリーは信じられないことを言い出す。エレナが同行することに乗り気になり、花嫁のイリスの面目をつぶし感情を傷つける。 とんでもない男と結婚したことが分かったイリスは、言葉を失うほかなく立ち尽くしていた。

完結 若い愛人がいる?それは良かったです。

音爽(ネソウ)
恋愛
妻が余命宣告を受けた、愛人を抱える夫は小躍りするのだが……

花婿が差し替えられました

凛江
恋愛
伯爵令嬢アリスの結婚式当日、突然花婿が相手の弟クロードに差し替えられた。 元々結婚相手など誰でもよかったアリスにはどうでもいいが、クロードは相当不満らしい。 その不満が花嫁に向かい、初夜の晩に爆発!二人はそのまま白い結婚に突入するのだった。 ラブコメ風(?)西洋ファンタジーの予定です。 ※『お転婆令嬢』と『さげわたし』読んでくださっている方、話がなかなか完結せず申し訳ありません。 ゆっくりでも完結させるつもりなので長い目で見ていただけると嬉しいです。 こちらの話は、早めに(80000字くらい?)完結させる予定です。 出来るだけ休まず突っ走りたいと思いますので、読んでいただけたら嬉しいです! ※すみません、100000字くらいになりそうです…。

「君の為の時間は取れない」と告げた旦那様の意図を私はちゃんと理解しています。

あおくん
恋愛
憧れの人であった旦那様は初夜が終わったあと私にこう告げた。 「君の為の時間は取れない」と。 それでも私は幸せだった。だから、旦那様を支えられるような妻になりたいと願った。 そして騎士団長でもある旦那様は次の日から家を空け、旦那様と入れ違いにやって来たのは旦那様の母親と見知らぬ女性。 旦那様の告げた「君の為の時間は取れない」という言葉はお二人には別の意味で伝わったようだ。 あなたは愛されていない。愛してもらうためには必要なことだと過度な労働を強いた結果、過労で倒れた私は記憶喪失になる。 そして帰ってきた旦那様は、全てを忘れていた私に困惑する。 ※35〜37話くらいで終わります。

処理中です...