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ノイマン・インテリゲントの憂鬱

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なんなんだろう、この人……。

銀縁眼鏡を食堂のナプキンでぬぐいながら、ノイマン・インテリゲントはさっきから頭痛がして仕方がなかった。

結論から言うと、『ローガン・ルーザー』は、完全に変人である。

うちのクラージュ殿下もかなりワガママな人間だと思うが、それを凌ぐかもしれない。はっきり言って話がほとんど通じない。

「それで、この『季節のオムレツ』とやらは一体なにが入ってるんだ?」

彼がさっきから熱心に見て、職員に確認しているのは、ここ――学術院大食堂のメニュー表だ。

国一番の蔵書を誇る学術院の図書館にも、魔法魔術の研究棟にも、何十とある見事な庭園にも、荘厳な王立学術院の建築様式にも、聖フォーリッシュ王国の歴史にも、彼は一切興味を示さない。

なんのために留学しに来たのか、と思わず聞きそうになったが相手は外国人。しかも小国とはいえ王族である。下手なことは言えない。ルーザーという国は、遠く離れた南の地にあると聞き及ぶが、聖フォーリッシュ王国と表立った交易はなく、逆に争いもない国だ。つまりどうでもいい弱小国だが、これがなにかの縁になることもあろうと、ノイマンは一生懸命コミュニケーションをとろうとしているのである。

「ええと、それでローガン王子殿下。ルーザーの教育機関はどのような形で運営されているのですか?我が国では裕福な者はこの学術院に通うなり、家庭教師を雇うなりできますが、国民教育は教区にまかせきりなので」

「ルーザー……?」

「…………あなたの国ですよね?」

「ああ!そうそう!私の国ね!」などとローガン王子は明後日の方向を見ている。

自分の国なのに一瞬知らない単語聞いた、みたいな顔したぞこの人。ものすごくうさんくさいけれど、入学書類は不備がなく、ルーザー国からの各種証明書も完璧だった。

「教育ねえ……教育したって馬鹿もいるからな。文字が読めても物を盗む。算術ができても人を騙す。話せるくせに人の話は聞かず、欲望のまま他者を思いやらない。ああいう『頭がいい馬鹿』はどうすればいいものやら。羽虫のように潰しても潰しても沸くから」

言いながら、ローガン王子は給仕されたオムレツにざっくりとナイフを入れる。

「まず原因を消す必要がある」

白い歯を見せた彼は「教育はそのあとでいい」と続けた。

ノイマンは、なんとなくうすら寒いものを感じた。
よく分からないが過激な考え方だ。やはり聖フォーリッシュ王国のように穏やかで品性を尊ぶ感性とは相容れないところがある。住む場所が違えば、人間はこうも違うのか。

頼んだオムレツを食べもせずいじくり回し、また別の料理を注文しているローガンを横目に、ノイマンはうんざりと息をつく。

こんな野生動物のような生き方をしているからライラ嬢に手を出そうとしたのだろう、と改めて納得できた。

あの実技授業の話は、心底呆れた。留学先である国の王太子婚約者にいきなり抱き着くなんて、知らなかったとは言え軽率すぎる。ライラ嬢もあのとおりぼんやりした人間だから、急なことに対応できず魔法を暴走させたという。聖フォーリッシュのとんだ恥さらしだ。

やはりリリベルとは宝石と石ころほど差がある、とノイマンはつくづく思う。

リリベルもまれに失敗することはあるが、なにもないところで転んだり、うっかり紅茶をこぼしたりと可愛いものだ。総会の補佐はしっかりこなしてくれるし、彼女がいるだけで場が華やぐ。

本当に、何故王太子妃がリリベルではダメなのか。

聞けば、姉の苦手な分野を彼女がなにからなにまで手助けしているらしい。毎週末には王都の侯爵邸に戻るリリベルだが、王太子妃教育に役立ちそうな特別講師をつけ、勉強を進めているときく。王太子妃になる姉を支えるためだという。あんな姉のために。

リリベルは優しすぎる。

いつだったか彼女に貸した本にメモが挟まっていた。それは有名な学術誌に掲載された、ライラ嬢の論文の書き損じ。最初は知らないふりをしていたリリベルだったが、ついに「本当は自分が書いた論文を姉の名義にした」と白状した。そんなことだろうと思った。あの姉が論理的に物事を組み立てられるはずがない。いいのは成績だけで、基本的な頭は悪いのだ。

不愉快だったので、ライラ嬢への表彰は取り止めにし、総会誌にも掲載せず完全に無視をした。全く話題にのぼらず、殿下に「あれくらい誰でもできる。リリベルならもっといい物を出す」と言われ、涙ぐんでいた顔で溜飲が下がった。

リリベルになら仕えてもいい。
でも、あの姉に将来頭を下げるなんてごめんだ。

「まったく……」

「どうかしたか?」

しまった、と顔を上げれば、たくさんの料理に囲まれてご満悦のローガンがいる。思わず苦い顔になった。

この馬鹿の相手もごめんだ。
ジェネラルが戻ってきたら、『水辺』には行かず、さっさと解散しよう。
こいつにリリベルを――総会メンバーを紹介する必要は感じない。

「いえ、同行の者が戻ってこないもので、どうしたのかと……あ、いかがでしたか?王立学術院の食堂は元王宮務めの料理人が腕をふるっているんです。なかなかでしょう?」

ローガンは「へー王宮務めか」と気のない返事をして、一言だけ感想をくれた。

「ぜんぶ、いまいち」

ノイマンの額に、新しい青筋が浮かんだ。
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