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傲慢な独白とジャムサンドイッチ2
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「ああ、王太子の側近ということは」
イーズは、王子の背後にある壁を眺めた。
美しい壁紙がズタズタに引き裂かれたそこには、様々なものがピンで貼り付けられている。巨大な大陸地図、聖フォーリッシュ王国の地形図、主要都市の写真、三大筆頭貴族の直近家系図のほか、どう考えても部外者が手に入れられないような資料もあった。
王子は、椅子に背を預けて家系図に目をやる。「この3名だろうな」
「ノイマン・インテリゲント公爵令息。先んじて学術院を最高等部まで進み、すでに上級学位を取得している。木の精霊の加護を体現したように、あらゆる知識を吸収して各方面に生かしているようだな。実に優秀だ。
同じく次期公爵位からフォールス・オブスティナ。ほう、聖騎士団所属か。将来有望で、学生の身分ながらちょっとした小隊くらいなら指揮を任されてるみたいだぞ。立派なものだ。風の精霊がいい相性なんだろう。
それからヴェルデ公の長子ジェネラル・ヴェルデ。国庫の管理、内政の大半を王家より預かって運営している、もっとも発言権のある一族だ。本人は敬虔な聖女の使徒、加護は秘密を守る土の精霊ね。素晴らしい。
それから、言わずと知れた王太子クラージュ・グラン・フォーリッシュ。彼は水の加護だから、この4人は実にバランスのいい組み合わせだな。お互いの欠点を補いあえる見本のような人間配置だ」
王子はゆったりと足を組み替え、笑い声をあげる。
「まあ、私は遠くて小さな国の王子だから、この大層なお歴々には相手にされないだろう。ひょっとしたら側近の側近の側近が案内してくれるかもな」
イーズは「それは」といったん言葉を選び、「楽しみですね」と結んだ。
「そうだ、リリベル・ウェリタスの能力が確認できたぞ。確かに光の精霊の加護を持っていた」
「ほう、噂通りでしたか。いかがなさいますか」
「いらん。必要ない」
「しかし、リリベル・ウェリタスは次期聖女と名高いそうですが」
ペンを弄ぶ指先が止まる。
傲慢な王子は、はっきりと断言した。
「『ライラ・ウェリタス』以外はいらない」
それから明日の天気でも話すように、気安く、柔らかく、どうでもよさそうに。「だから」
「別になくなっていいだろう、この国は」
ガラーン……ガラーン……
ふいに部屋に響いたのは大聖堂の鐘だった。物悲しい音色がゆっくり刻限を打つ。街は水底のように静かで、平穏な夜が人々を優しく包んでいた。
「むむッ!?」
王子が突然立ち上がった。勢いがよすぎて椅子が派手に吹っ飛ぶ。
「まずい!今何時だ!!??」
「23時になったばかりですが」
「イーズ!大至急サンドイッチを作ってくれないか!」
「は?」
「明日の昼飯だ!ライラはいつも持参しているようだから、私も用意して一緒に食べようと思っていたんだ!野良猫のように警戒心が強いから、豪華なサンドイッチを持って行って分けてやったら懐くんじゃないかと思うんだッ!!」
こぶしを握り力説する王子。イーズはたじたじと身を引いた。
「な、なるほど」
「えーと、えーと具はなにがいいか……カタツムリが好きだと言ってたが」
つい突っ込む。
「それ絶対ちがいますよ」
「絶対ちがうか……そうだ!アリにジャムのサンドイッチを与えてるみたいだったから、それにしよう!あとは適当に見繕ってくれ!」
「アリの件はちょっと意味不明ですけど、すぐにご用意します」
「女子力高いやつを頼む!」
「善処します」
深夜にとんでもない無茶ぶりをされたが、全く問題ない。ずっと以前、殺した敵対国の諜報員から耳を切り取り、数を数えて帳簿に書きつける命令を受けたが、それに比べれば可愛いものだ。
「さあ、それで?いかがでしたか?」
王子はきょとんとイーズを見つめる。
「さっきからなんなんだ?『いかが』『いかが』と。タコもビックリするぞ」
「なに言ってるのかちょっと分からないですけど、ライラ・ウェリタスですよ。具体的にはどのような少女なんですか?ちっとも教えてくださらない」
「どんなって」と首をひねる。
「赤くて、ビクビクしている!」
「死にかけの金魚みたいな言い方はやめてください」
「あと手が冷たい!」
王子は――自分で口にしたくせに、驚いたようにもう一度繰り返した。
「――彼女の手は、小さくて、とても冷たいんだ」
自分に言い聞かせるような調子だった。そのまま手のひらをじっと見下ろしている。イーズは、黙り込んだ王子に静かに同調した。
「そうなんですね」
その返事で、再び王子はいつもの調子を取り戻し、声高に話し始める。
「あ、そうだ!あったかいものを持っていったら喜ぶかもな!あと血がギュンギュン増えるやつ!血が足りてないから、あんなに冷たいんだろうからな!栄養剤や筋肉増強のアンプル剤も贈ればよかった!サンドイッチに混ぜるのはどう思う?」
「最悪ですね」
「そっか、じゃあやめとこう」
王子はなんだかんだとまだ喋り倒していたが、イーズは早々に部屋を辞した。
イーズの主人の状況は、とっても重症だと言って差し支えなかった。側に仕えるようになって十数年、常識外れで冷酷な傲慢きわまりないあの王子が『あったかいものを持っていったら喜ぶかも』ときた。本人はちっとも自身の異変に気付いていないようだが。
「気の毒に」
まだ見たこともないライラ・ウェリタスに心から同情した。
「めちゃくちゃ気に入られているようだ」
イーズは、王子の背後にある壁を眺めた。
美しい壁紙がズタズタに引き裂かれたそこには、様々なものがピンで貼り付けられている。巨大な大陸地図、聖フォーリッシュ王国の地形図、主要都市の写真、三大筆頭貴族の直近家系図のほか、どう考えても部外者が手に入れられないような資料もあった。
王子は、椅子に背を預けて家系図に目をやる。「この3名だろうな」
「ノイマン・インテリゲント公爵令息。先んじて学術院を最高等部まで進み、すでに上級学位を取得している。木の精霊の加護を体現したように、あらゆる知識を吸収して各方面に生かしているようだな。実に優秀だ。
同じく次期公爵位からフォールス・オブスティナ。ほう、聖騎士団所属か。将来有望で、学生の身分ながらちょっとした小隊くらいなら指揮を任されてるみたいだぞ。立派なものだ。風の精霊がいい相性なんだろう。
それからヴェルデ公の長子ジェネラル・ヴェルデ。国庫の管理、内政の大半を王家より預かって運営している、もっとも発言権のある一族だ。本人は敬虔な聖女の使徒、加護は秘密を守る土の精霊ね。素晴らしい。
それから、言わずと知れた王太子クラージュ・グラン・フォーリッシュ。彼は水の加護だから、この4人は実にバランスのいい組み合わせだな。お互いの欠点を補いあえる見本のような人間配置だ」
王子はゆったりと足を組み替え、笑い声をあげる。
「まあ、私は遠くて小さな国の王子だから、この大層なお歴々には相手にされないだろう。ひょっとしたら側近の側近の側近が案内してくれるかもな」
イーズは「それは」といったん言葉を選び、「楽しみですね」と結んだ。
「そうだ、リリベル・ウェリタスの能力が確認できたぞ。確かに光の精霊の加護を持っていた」
「ほう、噂通りでしたか。いかがなさいますか」
「いらん。必要ない」
「しかし、リリベル・ウェリタスは次期聖女と名高いそうですが」
ペンを弄ぶ指先が止まる。
傲慢な王子は、はっきりと断言した。
「『ライラ・ウェリタス』以外はいらない」
それから明日の天気でも話すように、気安く、柔らかく、どうでもよさそうに。「だから」
「別になくなっていいだろう、この国は」
ガラーン……ガラーン……
ふいに部屋に響いたのは大聖堂の鐘だった。物悲しい音色がゆっくり刻限を打つ。街は水底のように静かで、平穏な夜が人々を優しく包んでいた。
「むむッ!?」
王子が突然立ち上がった。勢いがよすぎて椅子が派手に吹っ飛ぶ。
「まずい!今何時だ!!??」
「23時になったばかりですが」
「イーズ!大至急サンドイッチを作ってくれないか!」
「は?」
「明日の昼飯だ!ライラはいつも持参しているようだから、私も用意して一緒に食べようと思っていたんだ!野良猫のように警戒心が強いから、豪華なサンドイッチを持って行って分けてやったら懐くんじゃないかと思うんだッ!!」
こぶしを握り力説する王子。イーズはたじたじと身を引いた。
「な、なるほど」
「えーと、えーと具はなにがいいか……カタツムリが好きだと言ってたが」
つい突っ込む。
「それ絶対ちがいますよ」
「絶対ちがうか……そうだ!アリにジャムのサンドイッチを与えてるみたいだったから、それにしよう!あとは適当に見繕ってくれ!」
「アリの件はちょっと意味不明ですけど、すぐにご用意します」
「女子力高いやつを頼む!」
「善処します」
深夜にとんでもない無茶ぶりをされたが、全く問題ない。ずっと以前、殺した敵対国の諜報員から耳を切り取り、数を数えて帳簿に書きつける命令を受けたが、それに比べれば可愛いものだ。
「さあ、それで?いかがでしたか?」
王子はきょとんとイーズを見つめる。
「さっきからなんなんだ?『いかが』『いかが』と。タコもビックリするぞ」
「なに言ってるのかちょっと分からないですけど、ライラ・ウェリタスですよ。具体的にはどのような少女なんですか?ちっとも教えてくださらない」
「どんなって」と首をひねる。
「赤くて、ビクビクしている!」
「死にかけの金魚みたいな言い方はやめてください」
「あと手が冷たい!」
王子は――自分で口にしたくせに、驚いたようにもう一度繰り返した。
「――彼女の手は、小さくて、とても冷たいんだ」
自分に言い聞かせるような調子だった。そのまま手のひらをじっと見下ろしている。イーズは、黙り込んだ王子に静かに同調した。
「そうなんですね」
その返事で、再び王子はいつもの調子を取り戻し、声高に話し始める。
「あ、そうだ!あったかいものを持っていったら喜ぶかもな!あと血がギュンギュン増えるやつ!血が足りてないから、あんなに冷たいんだろうからな!栄養剤や筋肉増強のアンプル剤も贈ればよかった!サンドイッチに混ぜるのはどう思う?」
「最悪ですね」
「そっか、じゃあやめとこう」
王子はなんだかんだとまだ喋り倒していたが、イーズは早々に部屋を辞した。
イーズの主人の状況は、とっても重症だと言って差し支えなかった。側に仕えるようになって十数年、常識外れで冷酷な傲慢きわまりないあの王子が『あったかいものを持っていったら喜ぶかも』ときた。本人はちっとも自身の異変に気付いていないようだが。
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