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聖フォーリッシュ王立学術院にて

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笑い声で、目が覚めた。

わたしはベッドに潜ったまま、目だけを動かして周囲をうかがった。

漆喰しっくいの壁、寄木張りの天井と床、小さな机に椅子、古いクローゼット、必要最低限のものだけが揃った自分の部屋――ここは聖フォーリッシュ王立学術院の寄宿舎だ。ようやく大きく息をつく。

(まだ夢の中にいるみたい)

夢と現実を曖昧にした笑い声の正体は、扉の外にいる侍女たちだった。夢中でおしゃべりに興じているのかさっきからクスクスと笑いっぱなしだ。

(楽しそう。なんの話をしてるのかな)

侍女たちの話し声がだんだん遠ざかっていく。悲しい夢を見た後だから、なんだか心細い。

(ずいぶん昔の夢を見たなあ。リリベルたちが侯爵家に来た頃、わたしが7歳のとき――もう9年も前のことになるのね)

わたしはベッドから身を起こした。窓の外はまだ薄暗いけれど、もう眠れる気がしない。

備え付けのバスルームにいき鏡をのぞくと、ひどい顔だった。まっすぐで面白みのない肩までの赤毛、おどおどとした赤い瞳。わたしは目を逸らして、洗顔用の水差しからボウルに水を注ぎ、おもいきり顔を洗う。

(元気を出さなくちゃ。今日はきっといいことがあるよね)

「16歳のお誕生日おめでとう、ライラわたし


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王立学術院は、聖フォーリッシュ王国が誇る教育の粋を集めた寄宿制学校である。

一部の上流階級がはじめた交流会が起源だという。

社交界お披露目前の若い世代に、自前の家庭教師が教えるだけでは身につかないあらゆること――多数の外国語や地理、宗教と歴史、芸術、そのほか外交・交渉術など――を学ばせる場としてつくられた。今ではそんな高尚な教えは形骸化し、入学すればはくがつく通過点として、または格上の結婚相手を見つけるお見合い会場として、あるいは気の合う学友とともに最後の子供時代を楽しむ社交場として愛されている。

貴族に限らず、入学金を払える裕福な家庭なら誰でも入ることができるほど門戸が広がった学術院だが、未だに外国からわざわざ入学してくる者もいる。その理由は、世界でも優れた講師陣がそろっている「魔法魔術」学問があるからだ。

(午後からは魔法魔術の実技……しかもリリベルの学年と合同か。みんなの前でうまくできるか不安だな。でもリリベルの魔法はとってもキレイだから見るの楽しみ)

リリベルは膨大な魔力、それにとても貴重な光の精霊の加護を持っている。

これは聖フォーリッシュ王国を守護する聖女であり、現王妃でもあるオーレリア様と同じ系統で、その聖なる光はどんな傷も癒し、悪いものを退ける。緑豊かな美しい聖フォーリッシュ王国が未だ他国の侵入を一切許さないのは、大聖堂にいらっしゃる光魔術の聖団やオーレリア様の守護のおかげだと言われている。

きっと大聖堂が推戴すいたいする次の聖女はリリベルだろう。そんな子が自分の義妹で誇らしい。でも、リリベルはわたしなんかに誇らしく思ってほしくはないだろう。なぜなら上級生も下級生も教授も学友たちも、みんなリリベルを褒めちぎったあとは必ずこう言う。

「リリベル嬢に比べて姉のライラ・ウェリタスときたら。外見にくわえて魔力まで平凡。王太子の婚約者なんて名ばかりさ」

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