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モルテ屋敷の異変 ※聖女主軸
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郊外モルテ地区の屋敷に着いたときには、既に深夜を回っていた。
明け方まで夜会に出ることもあるから夜更かしは得意だが、今日はいろいろなことがありすぎて疲れ切っている。
モルテの家を取り仕切っている使用人たちに挨拶して、軽い夜食だけ頂く。ベッドに入ると、すぐに眠気が訪れた。
明日にはお父様と合流して、いよいよ旅立ち。
「……さようなら、ユースレス様」
――今、何時なんだろう。
イルミテラは、ふっと目を覚まして、そう思った。
一体さっきから誰が騒いでいるんだろう。閉めたカーテンの向こうがやけに明るい。公園の明かりかしら。ううん、ちがうわ。ここはモルテの屋敷。周りには果樹園くらいしかないはず。
……ャ――――
ハッと身を起こした。心臓が早鐘を打って、全身嫌な汗をかいている。
今の。今のは悲鳴では。
次いで、ガラスの割れるような音が階下から響いた。
わあわあわあわあわあ。
蜂の羽音のような、犬の唸り声のような。なんてうるさい。人間の声。
ベッドから走り出て、カーテンをそっと引き開ける。絶句した。
中庭に黒い人だかりがある。手に手に松明を持ち、鍬や斧の影絵が不吉に浮かび上がっている。
ネグリジェ一枚の自分の身体を抱き締める。ここにいては危ない。
イルミテラは裸足のまま自室から出た。廊下は暗闇に塗り潰されている。
「ね、ねえ、誰かいない?」
一歩一歩、慎重に進んでいく。普段住人のいないモルテの屋敷は、広さのわりに使用人が少ない。なかなか人が見つからない。
みんなどこに行ったの。まさかわたくしを置いて行ったの。ばあや、お父様、どこにいるの。
泣いてしゃがみこんでしまいたい衝動を必死に抑えて、とにかく誰か探そうと勇気を奮い起こす。
いつもの家ではないから勝手が分からない。厚いカーテンの間からこぼれる外の明かりを頼りに、手探りでやっと階段に辿り着いた。ここは3階。階下を覗き込めば、やはり闇に沈んでいる。
――怖い。
手すりにしがみついたまま足が動かなくなった。無理だ。怖い。降りられない。
そのとき、かすかな物音がした。
廊下に並ぶ部屋のひとつから、ひとりの男が出てきた。「いやあ、大変だぞ。これは」などと独り言ち、額の汗をぬぐっている。男はカンテラを床に置くと、うーんと背伸びをした。
あまりに自然に現れたから、構えていたイルミテラは出鼻を挫かれた。知らない顔だけど、あの慣れた様子。新しい使用人だろう。
「ねえ、ちょっと!」
男がこちらに気付いた。おや、と首を傾げる仕草。
「一体どういうことなの?みんなはどこ?」
安心して気が大きくなっていた。イルミテラは詰問口調で、男にどんどん近づいていく。
それにつれ、カンテラの明かりで男の風体がはっきりしてきた。
着古したシャツに、ツギだらけのズボン、木登りでもしたような薄汚れた格好。
ぷんと強い汗の臭いが鼻をついた。
――……使用人じゃ、ない。
男は瞳孔の開き切った目でこちらを見つめ
「…………聖女サマ?」
と、口角を上げた。
明け方まで夜会に出ることもあるから夜更かしは得意だが、今日はいろいろなことがありすぎて疲れ切っている。
モルテの家を取り仕切っている使用人たちに挨拶して、軽い夜食だけ頂く。ベッドに入ると、すぐに眠気が訪れた。
明日にはお父様と合流して、いよいよ旅立ち。
「……さようなら、ユースレス様」
――今、何時なんだろう。
イルミテラは、ふっと目を覚まして、そう思った。
一体さっきから誰が騒いでいるんだろう。閉めたカーテンの向こうがやけに明るい。公園の明かりかしら。ううん、ちがうわ。ここはモルテの屋敷。周りには果樹園くらいしかないはず。
……ャ――――
ハッと身を起こした。心臓が早鐘を打って、全身嫌な汗をかいている。
今の。今のは悲鳴では。
次いで、ガラスの割れるような音が階下から響いた。
わあわあわあわあわあ。
蜂の羽音のような、犬の唸り声のような。なんてうるさい。人間の声。
ベッドから走り出て、カーテンをそっと引き開ける。絶句した。
中庭に黒い人だかりがある。手に手に松明を持ち、鍬や斧の影絵が不吉に浮かび上がっている。
ネグリジェ一枚の自分の身体を抱き締める。ここにいては危ない。
イルミテラは裸足のまま自室から出た。廊下は暗闇に塗り潰されている。
「ね、ねえ、誰かいない?」
一歩一歩、慎重に進んでいく。普段住人のいないモルテの屋敷は、広さのわりに使用人が少ない。なかなか人が見つからない。
みんなどこに行ったの。まさかわたくしを置いて行ったの。ばあや、お父様、どこにいるの。
泣いてしゃがみこんでしまいたい衝動を必死に抑えて、とにかく誰か探そうと勇気を奮い起こす。
いつもの家ではないから勝手が分からない。厚いカーテンの間からこぼれる外の明かりを頼りに、手探りでやっと階段に辿り着いた。ここは3階。階下を覗き込めば、やはり闇に沈んでいる。
――怖い。
手すりにしがみついたまま足が動かなくなった。無理だ。怖い。降りられない。
そのとき、かすかな物音がした。
廊下に並ぶ部屋のひとつから、ひとりの男が出てきた。「いやあ、大変だぞ。これは」などと独り言ち、額の汗をぬぐっている。男はカンテラを床に置くと、うーんと背伸びをした。
あまりに自然に現れたから、構えていたイルミテラは出鼻を挫かれた。知らない顔だけど、あの慣れた様子。新しい使用人だろう。
「ねえ、ちょっと!」
男がこちらに気付いた。おや、と首を傾げる仕草。
「一体どういうことなの?みんなはどこ?」
安心して気が大きくなっていた。イルミテラは詰問口調で、男にどんどん近づいていく。
それにつれ、カンテラの明かりで男の風体がはっきりしてきた。
着古したシャツに、ツギだらけのズボン、木登りでもしたような薄汚れた格好。
ぷんと強い汗の臭いが鼻をついた。
――……使用人じゃ、ない。
男は瞳孔の開き切った目でこちらを見つめ
「…………聖女サマ?」
と、口角を上げた。
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