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第8話 真面目なあの子

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新学期が始まって1ヶ月。
大抵の生徒たちは学校生活に慣れてしまい、日常にメリハリがなくなっていく中弛みの時期に入っていた。

入学したての時はあれほど威厳を感じていた校舎も、今では見慣れた風景になっていた。

緊張感が薄れていくこの時期こそが、学校という狭いコミュニティで問題が1番発生しやすいタイミングでもあった。

リオンとアーサーは教室へと続く螺旋階段を登っていた。この学校では授業によって教室が変わるのだが、生徒たちにとってこの広い校舎を歩き回るのは一苦労だった。

「国で一番って言われてる名門校なんだからさ、この移動もなんとかならなかったのかな」

アーサーがボソリと呟く。

「お前が皇帝に即位したら是非この問題を最優先で解決してほしいよ」

リオンがそう言い終えるや否や、階段の上の踊り場から大きな怒鳴り声が響いてきた。

リオンとアーサーが野次馬に駆けつけると、人集りの真ん中で二人の生徒が睨み合っていた。

「周りが口出しすんじゃねえ!これは俺とこいつの問題だ!」

聞き覚えがある声の持ち主は、以前の戦闘訓練でバルデスに練習相手に示された生徒だった。

「リオン、あいつの名前覚えてる?」

「いや、少し前のことだから忘れた」

「あいつはコーザ、父さんの家臣でルテイリア家っていう代々皇帝に仕える家系がいるんだけど、その家系の奴だよ」

「じゃあお前は面識があるのか。あの時の戦いは負けたとはいえ、あいつなかなか強かったよな」

「今、父さんの側近として働いてる家臣の息子だからね。僕も幼い頃はよく話したけど、最近はまったくだね。昔からあまり相性が良くなくて」

その理由はすぐに分かった。この喧嘩、どうやら平民出身の生徒とコーザがすれ違いざまに少しぶつかったらしいのだが、コーザは謝罪せず自分より格下の相手が謝るべきだと喧嘩をふっかけたようだ。

「お前みたいな下民が、もしこの場が学校じゃなかったら即監獄行きだぞ」

「でもここは学校だろう。この学校のルールは、『生徒は出身や人種による差別なくみんなが平等』だ。ぶつかってしまった俺も悪いが、不注意だったのはお互い様だろう。君も謝るべきだ」

もう一方の生徒が反論する。奴隷出身のリオンにとってはごもっともな意見だが、国の階級制度が染みついている生徒たちにとっては受け入れがたいルールなのだろう。ちらほらとコーザを支持する声も上がっている。

「いい気になるなよ。お前みたいな奴学校を出たら俺の気分次第じゃどうにでも...」

「コーザ!いい加減にしなさい!!相手はちゃんと謝ってるでしょう!」

野次馬が群がる後方から甲高い声が轟く。
生徒が皆声の方へ振り返るとそこには小柄な女子生徒が腕組みをしてコーザを睨みつけていた。

女子生徒は他の生徒たちの視線なんて感じないかのように、群れを掻き分けコーザへと詰め寄る。

「貴方のそういう態度が貴族階級全体へのイメージを悪くするのよ!何度も教えたわよね?国民があっての国なのよ!確かに貴方のお父様は立派な方のでしょうけど、その父親の権威を振るって立場の弱い人に威張り散らすのは格好悪いわよ!」

アーサーはニヤニヤしながら二人のやりとりを眺めていた。

周りの生徒たちは彼女の登場で興が醒めてしまったようで、ちらほらとその場を離れ出した。

「リオン、これから面白いものが見られるよ」

「あの子も知り合いか?凄い綺麗な子だな」

アーサーはリオンの意外な言葉に少し驚いたが、その後に静かに笑った。

「リオンは金髪が好みか」

「そこじゃねえよ!まあ...あの髪も魅力の一つだけどさ」

リオンは赤面した隠すように俯いた。アーサーは今まで見たことないリオンの反応が面白くて仕方ないらしい。

「おい、聞いてなかったのか。これは俺とこいつの問題だと言っていたんだ。外野は黙ってろ」

そう凄んで見せたコーザだったが、先ほどの威勢は失われている。

「お前はすぐに国民があってだのなんだの言いやがるけど...」

「何よ、男ならはっきりいいなさい!」

「それはお前の...いや、もういい」

コーザは出かけた言葉を引っ込めるとその場から足早に去っていった。

「ほら見てよ、さっきまであれだけ強気だったコーザが子犬のように萎縮してる。面白いでしょ」

アーサーは満足そうに言った。

「ありがとう、君のおかげで大事にならずに済んだ。貴族はあんな奴ばっかりだから気に入らないんだ」

コーザと喧嘩していた男子生徒がそういいながら女子生徒に近づいた。

「貴族って一括りにしないで。私も貴方が気に入らない貴族階級だけど、自分の家系に誇りを持ってるわ」

そう言われると男子生徒はすごすごと教室にに消えていった。

「やあ、相変わらず元気だね」

アーサーは事の顛末を見届けると、満足気に女子生徒に話しかけた。

「殿下!」

「殿下はやめてくれって言ったじゃないか。ここは学校だよ。ちゃんと対等に接してよ」

「しかし、急に殿下と同級生と言われても、私には心の準備が...」

女子生徒は突然のアーサーの登場に驚き表情を崩していたが、リオンの存在に気づくと先ほどと同じく凛々しい表情に戻った。

「殿下、そちらの方は?」

「彼はリオン、僕の学校生活でできた初めての友達なんだ!」

アーサーは嬉しそうにリオンを紹介した。

「はじめまして」

リオンはぎこちなく挨拶する。リオンにとっては女性との会話は極めて珍しい体験だった。こんな美少女相手なら尚更だ。

「はじめまして、私はシアノ・ナバドゥールと申します」

女子生徒もまたぎこちなく堅い返事を返す。

「あらら、お二人とも堅いなあ。緊張しちゃってるのかな?」

アーサーはニヤニヤしながら双方をからかう。

「リオン、彼女の家系もコーザと同じく僕の父さんの側近で仕えているんだ。だから僕とシアノは幼馴染みたいなものかな」

リオンは今日ほどアーサーの事が羨ましいと感じたことはなかった。




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