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9 魔族との邂逅

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 樹の上から、男の声がする。


「おやおや、まさかワタシの存在に気がつくとは。
 さすがは聖女ね」
「……! お前は!」
「フッフッフ」
 

 他の面々がアンジュを囲むようにそれぞれ武器を構える。
 対峙する男は、黒い服に身を包み、優雅に木の上に立っていた。


「お前……!」
「聖女。今日こそは魔王様のために消えてもらうわ」
「お前……誰だ?
 知り合いじゃないよね?」

 小首をかしげ言うアンジュの言葉に、ガクッと足を踏み外す男。

「あっ……」

 そのまままさかの落下である。

 アンジュは走り寄り、腰を押さえ呻く男に剣を突きつけた。

「さては盗賊だな!
 アジトへ案内しろ!」
「ち、違うわよ!
 聖女のくせに生意気!」
「あっそうなの? じゃあいいや。
 おーい、ただの通りすがりらしいから、ほっといて帰るぞー」

 アンジュがのんきにそう言うと、男はムキーッとさらにヒートアップする。
 私は一応、苦言を呈した。

「ええと、ほっとくのはどうかと思うけど……」
「そうよっ! 
 何ワタシを忘れてんのよ! クソ聖女! 
 覚悟しなさい!」

 男が立ち上がると手に鞭が握られていた。
 トゲトゲ付きのヤバそうな代物だ。


「アンタのそのお綺麗な顔、今日こそはぐちゃぐちゃにしてあげるわ!」
「お前、鞭男か! 思い出した!」


 ポンと手を打って思い出したことを嬉しそうに言うアンジュ。むちお?
 鞭男さんは、頭からヒューヒュー煙を出して抗議する。

「変なアダ名はやめなさーい!」
「なんか問題でもあるか?
 非常に特徴を捉えた分かりやすい名付けができたと思うけど」

 真面目にそう思っているらしい。

「きいィ! クソ聖女!」
「きちんと名前で呼ばれたいならそっちも聖女等と記号で呼ぶのはやめるんだな」


 なんかすごい含蓄ある内容を呟くが……。


「アンタ、ワタシの名前覚えてるわけ?」
「……何だっけ?」
「キイイィ! こンのクソ聖女がああ!」
「あ、アンジュさん……。
 ヤーソンだよ」

 見かねたマルクが助け船を出してくれる。
 会ったことあるんだ。
 と言うことは、この前の試験の時にでも出くわしたのかな?

 恐らくは……魔族。

 鞭男改めヤーソンが地団駄を踏むのをやめ、鞭をしならせる。

「フン。まあ良いわ。
 アンタに名乗っても、呼ぶ機会などないものね。
 ……だってアンタはここで死ぬもの!」
「そう気色ばんで言うなよ、ヤーソン」

 アンジュが挑発的に笑う。
 ヤーソンは今回はキイイイ!と怒らずに、ニヤリと笑い、その周りが揺らめく。

「魔王様に、力を頂いたの。
 ふふ、アンタはここで終わり」
「あ、なるほど。おまえが魔族というやつか」


 気づいてなかったんかい。


 ヤーソンが返事せず鞭を振り下ろす。
 辺りに衝撃が走り、戦闘が始まった。


「マルク、貴方はアンジュに防壁を。
 レイモンドは魔法攻撃を。
 私はサポートに回ります」


 リュカ先生が指示を飛ばしていく。
 クローヴィスはアンジュに声をかける。

「アンジュ。僕に背中を預けてくれ」
「おう。頼んだ」
「オレが斬り込むから、お前たちは隙をついて攻撃してくれ」

 ヴィクトルは既に自分の攻撃が魔族に通用しないと理解しているのか。
 やはり一度交戦しているのだろう。
 私はしれっと邪魔にならなさそうなところへ移動し、気配を消して観戦することにした。

「おおぉ!!」

 斬り込んでいくヴィクトルに、鞭が襲いかかる。
 それを斬り倒しながら肉薄する。
 が、やはりヤーソン自体には剣の攻撃が効かないようだ。

 鞭は斬り落とされた側から再生していく。
 結構気持ち悪い。
 ヤーソンが笑う中、レイモンドの魔法攻撃が炸裂する。

 しかし、鞭によって相殺したのか、大したダメージは負っていないようだ。

「行くぞ! はあっ!」

 またも突っ込んで行ったヴィクトルの背後からアンジュとクローヴィスが魔法をぶちこんだ。

「くっ……」

 さすがに止めきれなかったダメージがあるらしく、少し距離をとるヤーソン。

「やるわね……でも、ワタシはこの前とは違うわよ!」

 こちらに手をかざすと、手から何本もの触手が伸びる!
 どこのエロゲかと言わんばかりにヌメヌメと粘ついた液体が滴り、
 それぞれ独立してうねうねと動く様は非常に気持ち悪い。
 しかも液体が落ちた地面が変色している。毒か?


「ふふふ、覚悟しなさい聖女」


「マルク」
「!  はい。アンジュさん!」

 アンジュに声をかけられたマルクが、心得たようにアンジュに防御魔法をかけていく。
 リュカ先生もアンジュとアイコンタクトをとり、
 補助魔法をそれぞれにかけていく。

「ヴィクトル、クローヴィス。行くぞ!
 あとは任せたレイモンド!」

 剣士三人が突っ込んで行く。
 アンジュのジョブ?は聖女だけどな。

 うねうねを各々が斬り落とし、アンジュはヤーソンの腕を引っ付かんだ!

「燃えろ」
「ギャアア!」

 ヤーソンの腕が焼け焦げ、そこへレイモンドの攻撃が。
 本体に当たった!


 ヴィクトルが叫ぶ。


「よし、とどめだ!」





「あら。それはちょっと待ってちょうだい」


 みしらぬ女の声と共に、私の首筋に鋭いものが当てられた。

 ちりっと痛みが走り、ざっと血の気が引く。
 振り向いたアンジュが叫ぶ。


「シルヴィ!」
「あら、迂闊に近づいたらこのかわいいお顔がうっかり取れてしまうかもしれないわよ?」
「クッ……!」


 アンジュがギリリと奥歯を噛み締め私を見つめる。
 私は何もできず、ただ青くなり縮こまっていた。

 私の首に刃物を当てる女は静かに言う。

「ヤーソン、何やっているのよ。
 魔王様からの言いつけは聖女を探ることだけ。
 そこの脳筋聖女は浄化魔法がまだ使えないのがわかったのだからさっさと退却するわよ」

「フン。わかったわよ」


 ヤーソンがゆらりと溶けて消える。

 それを見届けたあと、女は私の首の血をペロリと舐め、立ち上がる。


「悪かったわね、可愛い子ちゃん」

 ようやく女の顔を見ると、ツインテールの可愛い女の子だった。
 めっちゃ牙生えてるけど。
 女の子は私に笑いかけ、同じようにゆらりと消える。

「し、シルヴィ!
 大丈夫か!?」
「あ、アンジュ。ごめん……ひゃっ!?」

 駆け寄ってきたアンジュががばりと私を抱き締め、
 首をちゅうと吸ってきたので、驚いてのけぞってしまう。

「あの女、あれも魔族か?
 変な菌でも入ったらいけない」
「あ、う、うん。そうだね」

 真剣そのものな瞳で言われれば、そうだねと返す他ない。
 私は皆に向き直ると、頭を下げた。

「申し訳ありません。
 私のせいで魔族を逃すことになってしまい……」
「シルヴィのせいじゃないぞ。私だって気づかなかった」
「アンジュ……」
「気にするな、シルヴィ嬢。
 魔族ふたりを相手に、誰も欠けず生き残れたのだから」
「ええ。下手したら全滅していたかもしれません。
 なぜあの女魔族が見逃してくれたのかは解りませんが……今は無事を喜びましょう」


 リュカ先生がそう言って微笑み、若干重苦しい空気のなか、皆は再び帰路についたのだった。
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