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5 シルヴィの悪行その1

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 とにかく知りたかった、そしてこの目で見たかった。

 追加された、新しい物語。

 それを見ることが、最近の楽しみ。

 本当に大好きだから、最後の最後に残しておいたのに。



 その結末を、それを確かめる日を待ち望んでいたのに。



 もう、この願いは叶わない。

 悲しい。





 悲しい……。





 **********







「それじゃあ行ってくるぞ。

 ……本当に一緒に来ないのか?」

「大丈夫だよ」



 心配そうな面持ちのアンジュを追い出し、

 私は一人で支度をする。



 今日はイベントでもある試験の日だ。



 ゲームではシルヴィたんはこの日別行動をしていたし、アンジュは誘ってくれたけど、

 正直、あのメンバーに入って何もしないでいるのは気まずいので断った。



 私は治癒魔法しかまともにできない。

 それなのに、アンジュも攻略対象も、

  みんなハイスペックで強い上に、防御特化のマルクがいれば怪我なんてするはずもない。

 そんな中で役立たずでいるのはなかなか堪えるのである。



 アンジュは私にとっては残念なことに順調に攻略対象の好感度を上げつつあった。

 そんなアンジュに可愛がられている私はあんまり攻略対象からよく思われていない気がするのだ。

 女だから目こぼしされてるけど、男だったら決闘にでもなってたかも?





 なので今日は一番しょぼいダンジョンで一人、試験の課題をこなす。

 まあ、普段はアンジュのおかげで楽させてもらっているし、

 そのおかげかこのダンジョンならひとりでも問題なく攻略できるほどには鍛えられている。

 最近はアンジュに習って短剣の扱い方を勉強中だし、ちょうどいい実践だろう。



 この試験の結果がしょぼくても、普段の課題でカバーできているしね。

 アンジュは逆に、こういう試験の出来で普段をカバーしている。

 まあ、カバーせずとも聖女なだけで学業の成績なんてどうでも良いんだけどね。





 さて、このダンジョンは攻略で試験クリアとなる。

 アイテムの採集や指定のモンスターの退治など、選ぶダンジョンによって試験内容は異なるが、

 私が潜ったのはしょぼいダンジョンなので……。





 攻略の証を持って、学園に戻る。



 攻略対象の中で唯一今日はアンジュ一行に加わっていないリュカ先生のもとに行き、報告。

 ちなみにリュカ先生は、戻ってきたらイベントがあったはずだ。

 まあ私には関係のない話……。







「はい。確かに。お疲れ様でしたシルヴィさん。

 ……学園長が最近の様子を伺いたいと言っておられましたので、

 後で行ってもらえますか?」

「わかりました」



 その足で、学園長のもとへ向かう。

 部屋をノックし、声をかける。



「シルヴィです」

「入りなさい」



 初老に差し掛かった頃の学園長がこちらを向いた。

 私は一礼して部屋の中に入る。

 学園長からいつもの通り指示書というか、攻略対象の情報を記した紙を受け取る。

 それに目を通した後、頭に刻んで紙をちぎって燃やす。



「最近はどうだね?」

「それぞれと仲良くされているようです」



 アンジュ、と名前は出さないが、暗黙の了解でアンジュについて話す。



「ふむ……誰が一番上手く行きそうかな?」

「伺いましたが……

 まだ、誰かお一人には決めかねているご様子でした」



 さすがに私が1番好き、なんて言われたなんて言えません。

 学園長は渋い顔を見せる。



「魔王の力が強まりつつあるのだ……。

 できることなら早く覚醒して頂きたいのだが……」

「そうですね……」



 正直、魔王の封印についてアンジュのやる気は微妙である。

 腕っぷしでどうにかなると思っているのか、

 そもそも魔王なんてどうでもいいと思っているのか……。



 まあ、私も魔王とか言われてもピンとこないし、

 ゲームのイベントだからどうにかしないとな、という程度の心持ちしかない。



 魔王自体が目覚めたばかりで、力をつけるために今はあまり活動的でないからか、

 魔王で困ってるとかヤバいとか、シルヴィたんにもそう言った記憶はないのであった。



 我が道を行くタイプのアンジュが魔王を気にする日が来るとしたら、目の前に立ちふさがれたときだけだろう。

 ゲーム的にいつかは立ちふさがるのだからそのときに頑張ってもらうしかない。



 ここで学園長が憂いてもどうしようもないというのが本音であるが、私は不安げに頷くのがここでの仕事であった。





 そこへ、誰かがやってくる。





「学園長、この間の件だが……。

 ん、シルヴィ・ジラールか」



 入ってきた理事長が私に目を留める。

 私は挨拶をして、そっと退出しようとするが、理事長が私を呼び止めた。くそ。



「おまえ、もう少し己の仕事の重要性について理解しろ。

 聖女様が覚醒するためにちゃん尽力しているのか?

 聖女様は普段からおまえとばかり課題に出ているそうではないか」

「……申し訳ございません」



 だってアンジュが誘うんだもん。等と言い訳したら確実に説教コースな予感がして、

 とりあえず謝罪する。

 理事長の説教はくどくてめんどくさいのだ。

 しかし理事長のご機嫌はいまいちだったらしく、

 蔑むような目で見ながらブツブツ文句を言われてしまう。



「申し訳ございませんというからには、自覚があるのだな?

 いいか、おまえのような貧乏人が、あの部屋に住み、あまつさえ聖女様と同室なのは、私の采配なのだ。

 お前が役目を果たさないなら部屋の家賃を払ってもらうからな?」

「畏まりました……」



 うっかり部屋を出なくて良かったかも……止めてくれたアンジュに感謝しないといけない。

 もし勝手に部屋を出てたら、役目放棄だとかなんとか言って違約金を請求されかねない剣幕だ。

 そんな契約してないのに。

 もしそうなったら……ゾッとする。私はお金なんて持ってないのだ。実家には頼れないし。



 入学当初、たまたまアンジュと仲良くなったから任せられた任務。(ゲーム的な意図が働いてるとは思うけど)



 アンジュの様子を報告すること、アンジュの世話をすること、

 そして、早く覚醒できるように立ち回ることがその任務だった。

 その仕事と引き換えに、あの部屋に住むことと、学費の免除がされているのだ。



 部屋については雨風しのげれば別にどこでも構わないのだが、学費は簡単には払えない。

 一応、貯めてたお金はあるけど、この先どうなるか分からないのだから、

 払わなくて済むならこれに越したことはないよね……。



 でも、このまま逆ハールートが進行したらお役御免と言われかねないかもしれない。

 金策を考えておかないと……。



 理事長は更に言い募る。



「おまえのような貧乏貴族にはわからないだろうが、聖女様は本物なのだ。

 あの方は、神が遣わし給うた我が国の希望……」

「確かに、素晴らしい能力をお持ちなようですな」



 学園長が口を挟む。

 理事長は、ドヤ顔で首を振った。



「能力だけではない。あの美しさ。スタイル。

 神が創ったのでなければなんなのだ!」



 見た目かーい! と突っ込まなかった私を誰か褒めてくれ。 



 理事長は恍惚とした表情でアンジュの素晴らしさを崇め奉る。

 お腹の出たはげじじいが力説しても正直気持ち悪いだけなのだが、

 アンジュが人間離れした美しい容姿を持っていることは間違いなく事実だ。



「そう! しかもだぞ、あのお方は我々に発見されるまでの経歴すべてが謎!

 気づいたらあの施設に降臨して居られたのだ。

 間違いなく神が我々に遣わせた天の御使いであろう! 

 ……いや、もしかしたら神の依り代となりあそばした巫女殿なのかもしれん。

 いや、神そのものかもしれんぞ!」



 アンジュがいた施設、孤児院か。

 確かに、あんな美少女がいたらさっさと誰かに引き取られそうなものなのに、

 アンジュが15歳になり、魔法の才を確認する儀式に出てくるまでその存在を誰も気にも留めていなかったらしい。

 そこで聖女とわかり、学園の受け入れ体制を待ってアンジュはここにやってきたのだ。



「まあ、何であろうと尊いお方であることに変わりはないですからねぇ。

 頼みますよ、シルヴィ」



 学園長がアシストをしてくれたので、これ幸いと頷き、一礼して退室した。

 理事長と違って学園長はいいおじちゃまなのだ。

 理事長より立場が低いらしいので私があれこれ言われてても楯突いてくれはしないけど……。 



 そういえば、逆ハールートに入ってシルヴィたんがアンジュにアドバイスしなくなったはずなのに、まだ指示書貰えるのか。

 ゲームで描かれなかっただけで、

 シルヴィたんは最後までどうにか逆ハーを辞めさせてひとりにしぼってもらおうと頑張っていたのかな。

 理事長に嫌味を言われながらも……。

 なんと、健気だわぁ……。




 さて、お腹も空いたし、食堂に行こうかなぁ……。
 食事はチケット制で、これも学費に含まれている。
 なので実質タダ飯なのだが、チケット一枚で食べられるメニューは決まっており、
 主食系はうどんか、ご飯と味噌汁と漬物だけの定食か、具なしカレー、サンドイッチふた切れ位しかない。
 おかずを追加するためには更にチケットを消費するか、
 別途お金を出してオプションをつけなくてはならないので貧乏人にはちょっぴり厳しいシステムである。

 私は節約、というか貯金のために具なしカレーを頼み、席が空いていなかったので通路側の席に座り、食事をした。
 みんな試験を終わらせて戻ってきた頃だったのだろう。
 せっかく早めに済ませたのに理事長の話がなければ……チッ。

 アンジュたちの姿は見えない。
 極めて目立つ御一行なので、見落とすことはないはずだ。

 まだ試験中なのか、もしくは外で食べてきているのかもしれない。
 アンジュは私の倍以上チケットを配布されているので(多分無制限)食事には困らないし、
 外で食べるにしても奢ってくれる相手はたくさんいるのだから何も問題ない。

 アンジュと一緒だとあれこれ食べたがるアンジュのおこぼれを頂戴できるんだけどね!

 私が一人でいるのを珍しがる同級生などが食器を下げる道中に声をかけてくる。

「ねえ、聖女様はまだ試験?」
「ええ、多分そうです。
 まだお見かけしてませんので……」
「そうか、あのこれ! 聖女様に渡しといて!」
「お預かりします」

 アンジュへの手紙やらプレゼントの類いは、3日に一度は受け取るので今回も普通に預かる。


 そしてまた、話しかけてくる金髪碧眼の令嬢。
 この令嬢は入学してからよくアンジュについて聞いてくる。
 アンジュのことライバル視してるのかな?

 結構いいところのご令嬢っぽいから、何事もなければクローヴィスの婚約者とかに収まるポジのお方なのかもしれない。
 背後にはお付きと見られる女子生徒が静かに付随っている。

「あら、シルヴィ様。ごきげんよう。
 ……ねえ、アンジュ様はどなたが本命なの?」
「え、えーと……」
「やっぱりクローヴィス殿下かしら?」
「どうでしょうか……」
「わかったら教えていただけません?」
「え、ええ。わかりました」

 攻略対象のイケメン5人(それ以外にもアンジュを好きな男子生徒はたくさんいるけど)を好きな女生徒は気が気でないよね。
 同じ人を好きになったら到底敵わない気がするもん。
 その気持ちはわかるので、心の中でエールを送る。頑張れ!

 やっぱり逆ハー、良くない。

 と、カレーを食べていると、向こうの方からざわつきが広がりだす。
 おや、お戻りかな。

 ちらりと背後に目をやると、モーゼの海割りのごとく人波が割れて、
 その中心を闊歩してくるアンジュ御一行。

 生徒たちの熱い眼差しを受けながらもそれを美しく慈愛に満ちたほほえみで受け流し、
 こちらに向かって歩いてくる。

 私は、急いでカレーをかきこんだ。

 具なしカレーを食べてるなんてあんまりバレたくない。
 殿下とか、あからさまに憐れみの眼差しを向けてきそうだし……。
 悪気はないんだけど、コチラがいたたまれないのよ……。

 最後のひとくちを口に入れ、アンジュの位置取りの把握のため少し身をよじる。

 ファンクラブの生徒たちに声をかけられまくっているので(アンジュ以外の攻略対象もだけど)、
 まだ余裕はあるはずだ。
いけそうなら、カレーの皿を返しに行って、その足でアンジュを迎えに……と、
 段取りを頭の中で組み立てながらふと、自分の脚を見た。

 3センチほどの、黒い物体が、脛のど真ん中についている。


 な……、こ、これは……!

 人間というのは、本気で驚くと声が出なくなるらしい。
 一気に鳥肌が立ち動きがとまる。



 暫しの間。
 私は……。

 無言で、脚についたGらしき何かを払うため、通路に向かって脚を振り上げた!!!!


 スコーン!!


 え?

 小気味いい音がして、なにかに思いっきり当たった。

 振り向くと、私の横を思いっきり転んで倒れ込んでいくアンジュが、
 まるでスローモーションのように崩れ落ちていった。

「い、ッ!!」
「あ、アンジュ!?」

 私は慌てて立ち上がり、アンジュを起こそうとする。
 しかし、私の前に男子生徒が割り込んだ。

「大丈夫か! アンジュ!」
「あ、ああ。急すぎて対処しきれなかった」
「ご無事ですか? アンジュ様」

 先程の金髪碧眼の令嬢が、アンジュの膝のホコリをきれいなハンカチで拭っている。
 割り込んだ男子生徒が私を振り返り、睨んでくる。

「どういうつもりだ?
 アンジュに脚を引っ掛けるなんて」
「く、クローヴィス殿下……これは、違うのです」
「違う?」
「どう見ても故意に脚を引っ掛けたようにしか見えなかったぞ?」

 お怒りのクローヴィスに、賛同の声を上げるレイモンド。

 その声に、周りの生徒たちもヒソヒソしだす。
 しかし、アンジュがそれを制した。

「いや、気にするな。
 虫を払ったのだろう? 間の悪いときに通りがかっただけさ」
「アンジュ……!」

 アンジュにはGの存在が見えていたのか。
 微笑むアンジュ、マジ天使。
 しかし、周りはあまり納得していないようで……。

「虫? そんなものオレは見てないぞ」
「虫を払うのにわざわざあんなに脚を振り上げるかな?」

 ヴィクトルとマルクが不信感をあらわに疑問を呈する。
 うう、あそこでギャーギャー叫んでGの存在を知らしめてたら良かったのか?
 この食堂でGがいるなんて騒いだらパニックになるぞ?

 半泣きの私にアンジュが笑いかける。

「初めて脚を引っ掛けられたけど、なかなかヒヤッとして面白い経験だったぞ。
 怪我もしてないから問題ない」

 改めてアンジュの膝を確認する。
 砂やホコリがついてしまっているが、あざになったりはしていない。

 私は必死で頭を下げる。

「とにかく、本当にごめんなさい! 
 まさか当たるとは思わなくて……」
「気にするな。
 さ、食事は済んだのか? 部屋に帰ろう」

 アンジュは私を促し、食堂を後にした。
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