飛んで火に入る夏の君

柚木よう

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第10話

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 同じベッドの上で、篠崎と添い寝をしている。それだけでも充分頭がおかしくなりそうなのに、挙句この男は背後から俺に抱きつき、足を絡ませてきた。......どうしてこうなった。
 
 事の経緯はこうだ。
 家に帰ると、それぞれ風呂に入り、アイスを食べて一息ついた。風呂上がりの篠崎は色気が二割増くらいになっていて、水も滴る、とはよく言ったものだと感心してしまう。良い匂いもするし、あんまり直視するとぶっ倒れそうなので、先に髪を乾かすよう促した。
 篠崎が気になっていたという映画のDVDを持ってきていたので、それを流しながら、早速缶ビールを開けた。一風変わったホラー映画で、低予算ながら展開が読めず、案外面白かった。柿ピーをつまみに、気持ちよく酔ってきたところで、エンディングが流れる。率直で取り留めのない感想をああだこうだと言い合っていると、時刻はとっくに0時を回っていた。
 「そろそろ寝ようか?」
 「そうだな。俺のタオルケットはソファの方持ってっていいか」
 そう言うと、篠崎がきょとんとした顔でこちらを見つめた。
 「ソファ?純君はベッドで寝るべきでしょ」
 「でも篠崎にソファを使わせるのは......」
 「いや俺もベッド使うけど」
 何を言ってんだこいつ。うちのベッドはシングルだし、いやそれより何より、普通の男友達は1つのベッドで添い寝とかしないだろ。人によるのか?まあとにかく俺にとっては大問題だ。死活問題と言ってもいい。断固拒否しなければならない。
 「いや、じゃあ俺はソファで寝るって」
 「なんで?」
 「いやなんでって......」
 「2人でベッドに寝ればいいじゃん」
 篠崎は先に寝転ぶと、まるで自分のベッドであるかのようにタオルケットの片側を持ち上げてみせた。
 「ほら。おいでよ、純君」
 乙女ゲームの広告にこんなのがあったような気がする。金髪の美青年が一緒に寝ようと誘ってくる......。篠崎のその様は素晴らしく絵になっていた。軽率にYESを選択しそうになるくらい。しかし、ここは現実だ。選択したが最後、俺は明日の朝には息絶えているだろう。NOだ。絶対にNO。
 「断る。俺はソファで寝る」
 「うーん。そっか、じゃあ仕方ないね」
 良かった。何とか乗りきったみたいだ。安心して部屋を出ようとすると、背後から聞き捨てならない言葉をかけられる。
 「じゃあ線香花火の勝者命令ね。今日一晩、理由無しにベッドから降りないこと。理由は俺が認めたものに限ります」
 「は?」
 最悪だ。命令の件など完全に忘れていた。この男がそれを忘れてくれるわけないのに。
 「返事は?」
 答えたくない。答えたくないが、勝負に負けたことは事実で、男に二言は......無い。
 「......分かったよ」
 頭を抱える俺を尻目に、篠崎は頬杖をついて、ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべていた。

 さて、まんまと篠崎の策にハマり、場面は冒頭に戻る。
 「な、にしてんだ」
 「何が?」
 「あ、暑いだろ。くっつくな」
 「冷房効いてるし丁度良くない?」
 何を言っても離れてくれる気は無いようで、俺の方はもう大分限界だった。ただでさえ禁欲状態で欲求不満なのに、想い人が身体を絡みつかせてきているのだ。なんか良い匂いもするし。ひとまず逃げたい。逃げないとやばい。
 「......コンビニ行ってくる」
 「もうお腹いっぱいってさっき言ってたでしょ、却下」
 「トイレ」
 「寝る前に行ってた、却下。ほら、電気消すよ」
 ......逃げられない。ネタも尽き、電気も消され、沈黙が暗闇を満たす。視覚や聴覚で拾う情報が無くなり、自然と触覚に全ての意識が向いてしまう。本当にやばい。誰か助けてくれ。篠崎は無意識なんだろうが、絡ませてくる足の1部が俺のそれに触れている。気を紛らわそうと何度か深呼吸をしてみるが、大した効果は感じられなかった。篠崎が寝てくれればその隙に逃げられるのだが、身を捩っても巻きついてくるあたり、まだ起きているらしい。そうだ、寝てしまえばいい。俺が寝てしまえばいいのだ。酒も入っているし、心を無にして目を瞑っていれば、きっと。
 「......眠れないの?」
 ひぁ、と間の抜けた声が出た。なんの前触れもなく耳元で囁かれた言葉に、俺の身体は過剰に、本当に過剰に反応してしまった。......勃っ......てしまった......。絶望感が押し寄せる。やってしまった。頭の中はパニック状態で、どうしよう、どうしようと、答えの出ない問いが堂々巡りを繰り返す。とりあえず、とりあえず篠崎に気づかれないようにしないと。流石にこんなので反応してるとかキモすぎる。絶対にドン引かれる。......捨てられるかもしれない。思考はどんどん悪い方向へ進んでいった。ひとまず、力づくでも篠崎を引き剥がさないと。成人男性24歳、渾身の力を込めて巻き付く足を退かそうとしたが、びくともしない。俺が非力すぎるのか、篠崎が筋肉質すぎるのか、あるいはその両方か。とにかく押しても引いても全く動く気配がなかった。そんな俺の必死の努力を嘲笑うかのように、篠崎がぼそりと呟く。
 「そんな必死になって逃げなくても。......勃っちゃったからって」
 ......今なんて言った。
 「まさかこんな悪戯で反応しちゃうなんて、純君は可愛いね」
 終わった。最悪だ。もう死にたい。そりゃそうだ、こいつの足はずっと触れていたんだから。気づくに決まっている。もうとっくにバレていたことを知り、半分やけになった俺は、とにもかくにもこの場から逃げ出したくて、篠崎の拘束から抜け出そうと暴れた。
 「あははは、いくら暴れたって純君じゃ俺には勝てないよ。そんなに恥ずかしがらなくてもいいのに、敏感なの」
 「違、う」
 咄嗟に否定の言葉が口をついて出ていた。なけなしの男としてのプライドだったのかもしれない。しかし、俺はすぐにこの発言を後悔することになる。
 「何が違うの?」
 しまった。墓穴を掘った。
 「いや、今の、無し」
 「無しとかないから。ちゃんと答えて」
 質問には正直に答えること。俺はこの命令には逆らえない。

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